日々の映画日記、というか備忘録です。暇な人だけ読んでください。
ロバート・ワイズ『捕われの町』(The Captive City, 52, 未)★★
ロバート・ワイズの最高傑作の一つという人もいるフィルム・ノワールの佳作。私自身はそれほどの感銘を受けなかったのだが、実に興味深い作品である。
車でハイウェイを疾走していた主人公の新聞記者ジム(ジョン・フォーサイス)とその妻(ジョーン・カムデン)が――なんという地味な配役だろう――、近くに見つかった町の警察署に駆け込み、人に追われていて命が危ないから保護してくれと訴えるシーンから映画ははじまる。ワシントンまでエスコートしてくれる人たちを待つ間、ジムは、もしもの時のことを考えて、自分たちの身に起きた出来事をテープに残しておこうと思う。彼が物語を語り始めるとともに、映画は回想シーンに入ってゆく。
フィルム・ノワールの典型的な始まり方であるが、わたしがすぐさま思い出したのは、ドン・シーゲルがこの数年後に撮ることになるSF映画『ボディ・スナッチャー』だった。シーゲルが撮ったこの作品もまったく同じような始まり方をするからである。しかし、似ていたのはこのオープニングだけではなかった。この2作全体に漂っているパラノイアックな雰囲気が実にそっくりなのである。
この映画に描かれているのは、表面的には、ケニントンというどこにでもある田舎町((ケニントンという町はアメリカに存在するのだろうか。それはともかく、この映画の撮影が実際に行われたのは、ネヴァダ州のリノだった。))を舞台にした、賭博絡みのマフィアの犯罪である。主人公の新聞記者は、半信半疑で真相を調べてゆくうちに、腐敗は警察内部まで浸透していることを知る。協力者は次々と殺され、警察ではかんたんに事故や自殺として処理されてゆく。マフィアの犯罪組織と直接・間接的につながっているものたちがどこで自分たちを監視しているかわからない。誰が敵なのかわからないし、誰もが敵に見えてくる。フィルム・ノワールの終焉時代(フィルム・ノワールは50年代の後半に終わるという説に従えばだが)に撮られたこの映画には、この時代に量産された反共映画に共通していたパラノイアックな息苦しい空気がみなぎっていて、見ているうちにいささか非現実的なSF映画を見ているような気にさえなってくる。実を言うと、この映画はマフィアを描いていながら、マフィアそのものはほとんど全く登場しない。それでもマフィアによる腐敗は知らず知らずのうちに町を「捕らえて」しまっているというわけだ。
神父をはじめ町の人間は誰一人頼りにならないと知った新聞記者とその妻は、そのころ民主党の上院議員キーフォーバーが指揮していた犯罪対策組織員会がワシントンで開かれていることを知り、ひそかに車でワシントンに向かうのだが、そこにも追手が迫ってくる。 映画はこうして冒頭の場面に戻ってゆく。二人は結局、ワシントンにあっけなくたどり着き、そこで唐突に物語は終わるのだが、そこに突然、デスクに座った本物の民主党上院議員キーフォーバーが登場し、カメラに向かって語りかけるのである。その内容というのは、要するに、こんなどこにある田舎町(any town)にもマフィアは忍び込んでいる。気をつけろ、というもので、キーフォーバーは当時、実際に、組織犯罪対策のリーダーとして、マフィア撲滅に取り組んでいたのだった。 このエピローグによって、映画はたちまち『T-メン』のようなセミ・ドキュメンタリーふう犯罪映画に近づく。それまで見ていた本編のスタイルとのあまりの落差に、観客はあっけにとられるに違いない。
キーフォーバーの犯罪対策組織委員会はテレビで放映されて大評判になり、マフィアに対する興味がアメリカ全土に広まりつつあった。ハリウッドはそこに目ざとく反応し、マフィアを描く映画がこの時期に量産される。この映画もその一つだったのである。ギャングによる組織犯罪を描く映画は昔からあったが、それは基本的に大都市を舞台にした映画だった。キーフォーバーの活躍によってマフィアという言葉がアメリカの一般市民にとってもっと身近なものとなり、それが犯罪映画に新風といわないまでも、ちょっとした変化を与えたのは確かだろう。
実を言うと、このときキーフォーバーは、56年の大統領選挙の副大統領候補として打って出ようとしていたところであった。それを考えると、結局、全ては宣伝であったのかという、なんとも興ざめのするラストである。 ちなみに、この映画の製作会社 Aspen Pictures は、ワイズがマーク・ロブソンとともに49年に設立した会社で、『捕われの町』はその最初の製作作品だった。
テレンス・デイヴィス『Of Time and the City』(2008) ★★★
「われわれは自分が憎んでいる場所を愛し、そして愛している場所を憎む。愛している場所を去り、そして人生を費やしてその場所を取り戻そうとする」
冒頭、監督のテレンス・デイヴィス自身の声によって語られるこの言葉がすべてを要約していると言っていい。 『Of Time and the City』はデイヴィスが生まれ育った故郷リヴァプールを描いた映画であり、彼が初めて撮ったドキュメンタリーである。この町がヨーロッパの文化首都に制定されたことを記念して企画されたこの映画を、デイヴィスは最初何度か断ったあとでようやく引き受けたという。完成した映画は、8割近くを既存の記録映像、いわゆるアーカイヴ・フッテージを編集して作られたにもかかわらず、きわめてパーソナルな作品となった。
最初、映画館のホールをかたどったフレームがあらわれ、そのスクリーンのカーテンがアニメーションで開くとモノクロの記録映像が現れるところから映画ははじまる。すると、モノクロの映像が本物のスクリーンいっぱいに広がり、高架線を走る列車が駅に着く映像が映し出される(リュミエールの『列車の到着』への目配せ?)。それ自体ではなんでもない記録映像が、編集のリズム、音楽の見事な用い方、なによりもデイヴィス自身の声による文学的といってもよいナレーションによって、魔術的な力を獲得し、見るものをたちまち引き込んでゆく。
1945年生まれのデイヴィスが、少年時代と青年時代を過ごしたリヴァプール。しかしここには、この町のサッカー・クラブの話も出てこないし、ビートルズの映像でさえもクラシック音楽によってかき消されてしまう。この映画に描かれるのはリヴァプールのオフィシャルな歴史ではなく、時系列を無視して呼び覚まされる記憶のなかに存在するリヴァプールである。その町は、すっかり変わってしまった今現在のリヴァプールにはなく、モノクロのアーカイヴのなかにしか存在しない。もっというならば、それはどこにも存在せず、ただ痕跡をとどめているだけだ。
「今君たちが存在しているように、我等もかつて存在したのだ」 ナレーションのなかで何気なく引用されるジョイスのこの言葉は、『ユリシーズ』のなかで死者たちが語る言葉である。この現在もいずれは過ぎ去ってしまうし、過ぎ去った過去もかつては「いま」だったのだ。だからこの映画は、タイトルが示しているように、都市についての映画であると同時に、時間についての映画でもあるのである。
もっとも、デイヴィスがこの町について抱いている記憶は決して幸福なものではなかった。カトリックの信仰とその放棄、抑圧された同性愛。早くこの町から出て行きたいという思い……。そんなネガティヴな記憶は、この映画に皮肉で、批判的な眼差しをもたらしている。デイヴィスのナレーションは、ときに辛らつに批判し、ときに乾いたユーモアで笑いを誘いながら、常に対象から距離を置いて語りかけてくる。しかし、それでも、そこかしこからあふれ出してくる郷愁の念には心を打たれずにはいられない((郷愁に満ちた故郷への愛憎というテーマ系では、この映画はフェリーニの『青春群像』にインスパイアされて撮られたガイ・マディンの『マイ・ウィニペグ』などとも繋がる。))。
デイヴィスは、この映画を作るにあたってハンフリー・ジェニングスの諸作品、とりわけ『Listen to Britain』から大きな影響を受けたことを自ら認めている。音楽のように構成された詩としてのドキュメンタリーという点で、『Of Time and the city』はたしかにジェニングスのドキュメンタリーを受け継いでいるといえるかもしれない((BFI からでている DVD には、『Listen to Britain』が特典映像として収められている。))。
『遠い声、静かな暮らし』『Deep Blue See』といったデイヴィスの劇映画にはそれほど惹かれなかったし、正直、余りよく覚えていないのだが、このドキュメンタリーには素直に感動した。ただ、冒頭からいきなり、エンゲルスだのなんだのを引用してくる気取ったナレーションが少々鼻につくのも確かである。そのあたりで、乗れないという人がいるかもしれないが、必見の作品だといっておこう。
エリック・ロメール『クロイツェル・ソナタ』★★
レフ・トルストイの原作を習作時代のロメールが映画化した短編。ロメールは監督・脚本のみならず、主演もつとめている。製作担当のゴダールが、ロメールの知人役で出演しているのも見逃せない。クレジットはされていないが、撮影にはリヴェットも手を貸したという。
ロメールが俳優として登場する映画はこれ以外にもあるが、この映画のかれは、怒りにまかせて食器を床にたたきつけたり、相手を殴りつけたりと、なかなかの熱演ぶりで、最後は妻をナイフで刺し殺しさえする。こんなに熱情的なロメールは見たことがない。
映画は、そのクライマックスの殺人シーンからはじまるのだが、これもまたロメール作品としては異例のことだ。ロメールはこの作品をサイレント映画として撮っていて、そこにナレーションと音楽だけを重ねるという特殊な作り方をしている。冒頭のシーンから、映画は主役であるロメール自身の声にによるナレーションとともに、かれが未来の妻となる女性とジャズ・クラブで出会う場面にフラッシュバックしてゆく。 互いに愛のないことがわかっている2人が結婚し、当然のごとく結婚生活が破綻してゆく様が描かれるのだが、ロメールのこの映画にはトルストイの原作とは異次元の陰鬱さが漂っていていささか面食らう。だれかが言っていたが、ここにはたしかに吸血鬼映画を思わせるところがある。この映画のロメールはまるでムルナウ映画のノスフェラトゥのようではないか。
ロメールは映画のなかでほとんど音楽を使わない監督なのだが、この映画では、最初から最後まで音楽が流れつづけるのもまた珍しい(もちろん、音楽はベートーヴェン)。
古典文学の映画化だが、いかにもヌーヴェル・ヴァーグの映画らしく、ここにも途中で、「カイエ・デュ・シネマ」の事務所が一瞬映し出されて、アンドレ・バザンや、シャブロル、トリュフォー、シャルル・ビッチなどが顔を見せる場面がある。これも見逃せない。
公式の場所では2回ほどしか上映されたことがなく、長らく幻の作品だったが、数年前にデジタル化されて DVD・Blu-ray でも見られるようになった。
べつに忙しかったわけではないのだが、なんだか何もやる気が起きず、すっかりブログの方もご無沙汰している。そろそろ更新しようと思う。しかし、長いものはかけそうにないので、まずは短い記事から。
■ジョゼフ・ロージー『The Gypsy and the Gentleman』(58) ★½
ジョゼフ・ロージーが赤狩りに追われて亡命先のイギリスで撮った時代物。
ロージーという監督はときどき、なぜこんなものを撮ったのだろうという映画を撮って我々を悩ませる。これもそんな1本だ。そんなに出来が悪い映画ではない。ただ、あまりロージーらしくないのだ。
19世紀、摂政時代のイギリスが舞台。ロージーが20世紀以前の時代に設定された物語を撮るのはたぶんこれが初めてであり、それ以後も、『恋』や、音楽劇『ドン・ジョヴァンニ』など、ほんの数えるほどしか撮っていない。その点では、重要な作品である。ロージーは、摂政時代の風俗を描くことに意欲的だったというが、プロデューサーとの対立から、完成前に作品から手を引くことになる(メルクーリを監視しに(?)いつもセットにやってくるジュールス・ダッシンも目障りだったらしい)。彼のインタビューの言葉には、もっといい映画になっていたはずなのにという無念さがにじみ出ている。
自堕落な生活を送る貴族ポールは、たまたま知り合ったジプシーの女(メリナ・メルクーリ)を下女として屋敷に住まわせる。ジプシー女は、ポールの財産欲しさに、彼を誘惑し、とうとう思惑通りに結婚して屋敷の女主人におさまる。しかし、実は、男は破産寸前で、何もかもが抵当に入っているのだった。そんなとき、男の妹に遺産が転がり込む。ジプシー女は妹をだまして、遺産を手に入れようとし、情夫と共謀して、妹を屋敷近くの塔に閉じ込めさえする。ポールは、ジプシー女には愛人がいて、自分の財産にしか興味がなく、あまっさえ妹の命まで危険にさらそうとしていることを知っても、自堕落な生活を変えることができず、ジプシー女とともに文字通り堕ちてゆく……。
階級も生活環境も違うストレンジャーが家のなかに入り込み、時には主従の関係を逆転させさえして、家庭を崩壊させてゆくというのは、ロージーが何度も繰り返し描いてきた物語であり、そういう意味では、これはいかにもロージー的な物語である。なのにここには、ロージーの失敗作にさえ強烈に感じられるロージー的な〈嫌らしさ〉のようなものが希薄で、全然ロージーらしくない。むしろ、クライテリオンから DVD-BOX が出ているゲインズボロー・ピクチャーズ製作の『The Wicked Lady』などの一連の時代物メロドラマとの親近性を感じさせる作品である。ラオール・ウォルシュがもしこれを映画化していたなら、きっとすばらしい映画になっていたに違いないとも思う。
馬車とともに川に落ちたポールが、必死で這い上がろうとするジプシー女の口をキスでふさぎながら水中へと引きずり込んでゆくラストが印象深い。
シャフラム・モクリ『Fish & Cat』★★½
全編ワン・カットで撮られたイラン製スラッシャー(?)映画。好奇心で見たのだが、意外と面白かった。
イランのレストランで人肉の料理を出していたコック数人が逮捕されるという事件があったことを伝える字幕が冒頭に現れる。 カメラは最初、人気のない場所にぽつんとある小屋を捉える。建物の前に長椅子が並べられていて、そこに2人の男が立っている。あたりには、中が血のように赤く染まっているナイロン袋が2つ3つ無造作に置かれている。2人はレストランのコックで、ナイロン袋の中には食材が入っているだけなのかもしれないが、なにやら不気味だ。 するとそこに、少し離れた道路に止まった車から若い男が下に降りてきて、コックらしき男に道を尋ねる。かれは友達数名で凧揚げコンテストのキャンプ場に向かう途中で道に迷ったという。男は青年に免許証を見せろといい、青年がためらいがちに手渡すと、それをひっつかみ、汚れているといって、つばを吐きかけてシャツで拭こうとする。シャツの胸元にはべっとりと血がついている(コックならばそれも不思議はないが、やはり気味が悪い)。男は青年の免許証を、まるで人質にでもするかのようにもうひとりの男に手渡す。男は青年を何とか小屋の中に引き入れようとするが、もうひとりの男が小声で、「人が多すぎるから、いまはやめておけ」と囁く。青年はやっと解放されて、仲間の乗った車でその場を去る。
まるで、『悪魔のいけにえ』のような始まり方だ(もっとも、カメラは小屋の中には入らない。それどころか、この映画には屋内シーンは1つもなく、カメラは屋外を動き回るだけである)。
コックの男は赤く染まったナイロン袋を片手にもち、もうひとりの男と並んで、レストラン裏の森の道をどこかに向かって歩き始める。カメラは2人の背中を、カットすることなく追い続けてゆく。やがて彼らは森を抜けて、湖畔のキャンプ場にたどり着くのだが、実は、ここは先ほどの若者たちが向かっていた凧揚げコンテストの参加者たちがキャンプしている場所なのである……。
こうしてカメラは、キャンプ場の若者たちと、不気味な2人の男、さらにはその仲間らしき薄気味の悪い双子(?)などが、不意にフレームの中に入ってきて、ときにはかりそめの会話を交わし、また消えてゆくのを、切れ目なしに追いかけつづける。
「魚と猫」というタイトルは、獲物と捕食者の関係をさしているのではないかと思うのだが、ひょっとしたら思いもかけない深い意味があるのかもしれない。それはともかく、冒頭の字幕と、赤く染まったナイロン袋、コック男の怪しげな言動などから、観客は早いうちから何かよからぬ事が起きるのではないかと予感しはじめる。その実、決定的な出来事はほとんど何も起きないと言ってもいいのだが、ワン・カットの長回しは張り詰めた空気を途切れることなく持続させていく。
もっとも、全編ワン・カットの長回しといっても、いまのデジタル撮影の時代にはそう難しいことではなく、少なからぬ作品がすでにこの手法で撮られてきた。むろん、そうとうな準備がいるし、現場での撮影も大変であることは想像がつく。それでもやはり、デジタルで撮られたそれらの作品には、実はフィルムの切れ目をうまくごまかして繋いであるだけのヒッチコックの『ロープ』を見ているとほどの緊迫感が欠けることもたしかである。
この『Fish & Cat』にもそれは感じられる。登場人物はそれほど多くはないとはいえ、それなりの数が登場するのだが、カメラが捉えるのはほとんどの場合2人だけで、カメラは、かれらが会話を交わした後で、あるいは会話を交わしている間じゅう移動しつづけ、やがて別の2人をフレームに収める。その繰り返しなので、長回しといっても、いささか単調な印象を与えるのも事実だ。それでも、一見どうでもいいように思える出来事を描きながら、サスペンスを持続させてゆく手腕はまずまずのものであるといえる。
しかし、実は、わたしが面白いと思ったのはそこではない。実験映画のように撮られたホラーとして始まったこの映画は、後半になって思いもかけない方向に横滑りしてゆくのである。えっ、そんなところに行っちゃうの? と、ちょっと呆気にとられてしまうような不意の転調とでも呼ぶべきものが実に面白く、ラストショットも意表を突いている。本当に書きたかったのはそこの部分なのだが、それを書いてしまうと見たときの驚きがなくなってしまう。ここではあえて語らないでおく。
この映画は日本では未公開のはずであるが、ひょっとしたらどこかで上映されたことはあるかもしれない。数年前に撮られた映画なのに、DVD もなぜか入手しがたくなっている。Amazon.com では絶版扱いになっていたので、Amazon.uk のリンクを張っておいた(少し値がついている)。5年10年と待っていれば、イラン映画祭などで上映されることがあるかもしれない。とにかく、機会があれば一度見ておいて損はない映画である。
たかだか10本ほどしか見ていないのに断言するのもなんだが、やはりカメリーニの30年代作品は格別だ。それは、30年代に撮られた『Il cappello a tre punte』(35) とそのリメイクである『バストで勝負』(55) を見比べてみれば歴然としている。『Il cappello a tre punte』の繊細かつ軽妙なタッチと、レダ・グロリアの上品な演技に比べれば、『バストで勝負』もそれなりに面白くはあるとはいえ、いかにも繊細さに欠けるし、ソフィア・ローレンの演技も下品とはいわないまでも、ちょっと肉体が無駄に主張しすぎている。
カメリーニの映画を初めて見たのはカーク・ダグラス主演の『ユリシーズ』だったと思う((当時は、日本で見られるカメリーニの映画といえばビデオで発売されていたこの映画くらいしかなかった。いまでも状況は変わっていない。というか、『ユリシーズ』のビデオすらいまではレアなものになってしまった。))。これも叙事詩映画としてはなかなか面白いとは思ったが、正直、この監督のどこがそんなに凄いのかよくわからなかった。ただ、これがこの監督の得意なジャンルではないのだろうという見当はついた。そのだいぶ後に見た『不幸な街角』(48) などは、カメリーニの才能がネオリアリズム映画にも自然となじむことを示した戦後の傑作の1つであるといっていい。主演のアンナ・マニャーニの演技も実に素晴らしかった。しかし、この監督の才能に本当に気づかされたのは、次に見た、『ナポリのそよ風』であり、30年代に撮られた傑作群だったのである。カメリーニという監督の個性と才能について語るには、やはり彼の30年代の作品を見てからでないと話にならない。
以下、何本かの作品について簡単に紹介する。
■『殿方は嘘吐き』(Gli uomini, che mascalzoni..., 32) ★★★
カメリーニはサイレント時代に映画を撮り始めたが、これといって評判を呼ぶことはなかった(実は、カメリーニのサイレント作品は見たことがないので、それが実際にはどれほどのものだったのかはわからない)。この『殿方は嘘吐き』は、トーキーになってからカメリーニが初めて成功をつかんだ作品だった。
ヴィットリオ・デ・シーカがかつて俳優だったことを知らない人がひょっとしたらいるかもしれない。この映画はデ・シーカの俳優としての記念すべきデビュー作であり、作中で歌まで披露している(彼が映画のなかで唄った歌はヒットした)。冒頭、デ・シーカは自転車に乗って登場し、ヒロインに一目惚れする。蓮實重彦も『映画論講義』でちょこっとふれている、デ・シーカがヒロインの乗った路面電車を追いかけて自転車で併走するシーンが素晴らしい。のちに『自転車泥棒』で有名になる彼が、自転車に乗った姿で初めて映画に登場するというのが面白いところだ。
ところで、この映画には、自転車、自動車、タクシー、路面電車、さらには遊園地のゴーカートまで、様々な乗り物が登場する。乗り物は地位の象徴でもあるし(自転車をバカにされた整備工デ・シーカは、雇い主の車を借りて颯爽とヒロインをデートに誘いに行く)、生活の手段でもあり(ヒロインの父親はタクシーの夜間運転手である)、ときには男女の駆け引きの場となる(整備工をクビになったデ・シーカは運転手になるのだが、そこにヒロインが別の男と乗り込んでくる。あるいは、仲違いをしたデ・シーカが別の女と乗ったゴーカートを、ヒロインがこれまた別の男の乗っているゴーカートにぶつける場面は『少女ムシェット』の遊園地のシーンを思い出させる)。
出会い、誤解、すれ違い、そしてハッピーエンド。描かれるのは実にたあいもない恋愛話であるのだが、ミラノでのロケーション撮影(これは当時としては稀なことだったはず)が素晴らしく、まるでネオリアリズムの映画を見ているかのような、もっというならばヌーヴェル・ヴァーグの映画を見ているかのような、新鮮な空気がこの作品にはみなぎっている。社会的なメッセージ性はほとんど感じさせない映画ではあるけれども、当時のミラノの街の風景を捉えた部分はまるでドキュメンタリーを見ているようだ。そして、見終わったときには、良質のハリウッド映画を見たときのような幸せな気分になる((アンドレ・バザンの評論のなかでも、カメリーニのこの作品はネオリアリズムの先駆的作品の一つとして名前が挙がっている。もっとも、バザンがカメリーニについて書いたことはほとんどなかった。))。
この映画のデ・シーカは、最初、ヒロインの気を惹こうとして身分を偽る。本当はただの整備工なのに、借り物の車を自分の車だと思わせ、金持ちのふりをするのである(結局、それがもとで2人の関係は危うくなるのだが)。身分を偽り、別の階級の人間になること。貧乏人と金持ちが逆転すること。これは、カメリーニの30年代の作品で何度も繰り返し描かれるテーマであり、次に紹介する2作品でもそれは当てはまる。
■『Il cappello a tre punte』(35) ★★★
これは一転して時代劇。タイトルの意味は多分「三角帽子」くらいの意味で、おそらく登場人物の三角関係をさしているのだろう。
スペインの総督が貧しい粉屋の美しい妻カルメラに横恋慕する。総督は女の夫ルカを投獄し、その隙に女の家に忍び込む。一方、牢屋を抜け出して家に戻ってきたルカは、妻と総督の密会の現場を目撃する(実際には、カルメラは総督をうまくあしらって夫の釈放許可証にサインさせていたのだが、ルカは妻が浮気をしていると勘違いする)。ルカは腹いせに、脱ぎ捨ててあった総督の服を着て総督になりすまし、総督の屋敷に行ってその妻を寝取ろうと考える。結局、ルカは総督の妻の前で何もかもを打ち明けて、許しを請う。そこで総督の妻は、浮気な総督を懲らしめるために一芝居を打つ。彼女は、寝間着を着たままカルメラと一緒に駆けつけた総督に向かって、「総督なら寝室にいる」と言ってまったく取り合わない。カルメラは夫が、総督は妻が、浮気をしたのではないかと気を揉むが、結局、カルメラとルカは仲直りし、総督も妻の尻に敷かれながらも、何とか元の鞘に戻る。
この映画でも、総督と平民ルカとの身分の逆転が喜劇的な状況を生んでいる。権力者である総督は徹底的に滑稽な存在として描かれるが、一方で、平民の夫の方も、身勝手で、無分別で、決して利口とは言えない人間として描かれていて、女たちの凛とした存在感が際だつ。ルビッチならばもっと残酷な切れ味の作品になったかもしれないようなドラマチックな物語を、カメリーニはあくまで軽妙に映画にしている。
ここに描かれているのが時の権力者である事を考えると、どうしても政治的な隠喩を読み取りたくなってしまう。カメリーニがこの映画でムッソリーニを揶揄する意図があったかどうかはわからない。しかし、この映画のなかで独裁者と不平等な税金をからかった部分が、検閲で削除されたことは記しておく。
■ 『Darò un milione』(35) ★★★
むかし『百万円貰ったら』という映画があったが、この映画のタイトルの意味は「百万円あげよう」。
映画は「金銭的問題」から1人の浮浪者が海に向かって飛び込むところから始まる。近くに停泊していたクルーザーのデッキの上からその様子を見ていた大金持ちの青年ゴールド(わかりやすい名前だ)によって、『素晴らしき放浪者』のブーデュよろしくかれは海から救い出される((この当時のイタリア映画はアメリカ映画から大きな影響を受けていた(とりわけキャプラ)。しかし、ヨーロッパ映画の影響もしばしば指摘される。先ほどふれた、バザンがカメリーニついて言及した評論のなかでも、とりわけジャン・ルノワールとルネ・クレールの映画が果たした決定的な影響が指摘されている。))。だが映画の主人公は浮浪者ではなく、彼を助けた金持ちの青年のほうである。青年を演じているのはまたしてもデ・シーカだ。 ゴールドは、浮浪者が寝ているあいだに、自分の持ち金と着ていた服を置いて、代わりに浮浪者の服を着て姿を消す。ゴールドが浮浪者に語った「もし、わたしが金持ちだと知らずに、わたしに親切にしてくれる人がいたら、100万リラあげてもいい」という言葉が新聞記事になり、街は大騒ぎになる。昨日まで見向きもされなかった街の浮浪者たちが、ひょっとしたらその金持ちかもしれないという理由で、手のひらを返したようにもてなされ始めたのだ。
ゴールドは、サーカスから逃げ出した計算犬(算数ができる犬)を助けたことで、サーカス団の娘と知り合い(この犬も『素晴らしき放浪者』に出てくる迷子の犬のレニミサンスか?)、サーカスに潜り込む。ここでも100万リラ目当てに浮浪者たちを招待してのお祭り騒ぎが繰り広げられている。ゴールドはそんな偽善者たちにうんざりし、信じていた娘のことも、金目当てだったのだと誤解して、ひとりクルーザーに帰ろうとする。むろん最後は、娘の心根に気づき、ゴールドは娘を連れて船に戻り、彼女は、そこで初めて、彼こそが大金持ちの青年だったと知るというハッピーエンドだ。
金持ちと浮浪者の逆転はいつものパターンだが、ここではそれが街全体を一種のカーニヴァル状態へと巻き込んでゆく。しかも、主人公が潜り込む世界はまさにサーカスのテントの中であり、非日常はいっそう強調される。しかし、一方で、この映画は、今回紹介した3作の中でもっとも辛辣な社会風刺がこめられた作品であると言っていい。
カメリーニの30年代のコメディはいずれも、ムッソリーニのファシズム政権のまっただ中で撮られた。それらは、基本的には、ファシズムに抵抗することなく、また逆に肯定することもなく、あくまでも政治とは無関係なスタンスで作られていると言っていい。『ナポリのそよ風』に出てくる家庭には、ムッソリーニの写真がなにげに飾られていたと思うのだが、そこには、政権を支持する意図も、逆に、異議を唱える意図も感じられなかった。とはいうものの、まえに取り上げたカリグラフィスモの作品のように、現実からまったく逃避した世界が描かれるわけでもない。この映画も、一見おとぎ話のように見えるが、生(なまの)現実があちこちに顔を覗かせる。
ヒロインを演じるアッシア・ノリスは、ムッソリーニの時代に「国民の恋人」として愛されたスター女優で、カメリーニと結婚した。この作品以外にも、デ・シーカとはカメリーニ作品で何度も共演している。皮肉なことに、ムッソリーニの失脚と同時に、彼女の人気も急激に落ちていった。
脚本を書いたのはチェザーレ・ザバッティーニ。デ・シーカとザバッティーニはいうまでもなく、のちに『自転車泥棒』で監督と脚本家としてコンビを組むことになる。この映画はこの2人が、俳優と脚本家というかたちではあるが、初めて組んだ作品だ。これも映画史的には重要なポイントである。
ラウル・ルイス『盗まれた絵の仮説』★★★½
ピエール・クロソウスキーの奇々怪々な小説『バフォメット』に基づいて、というよりは、この本に緩やかにインスパイアされて作られた映画で、ルイスの名を世に知らしめた初期の代表作である。ずいぶん久しぶりに見直した。
ここに描かれるのは、19世紀に存在したアカデミックな画家トネール((トネールという名前は、クロソウスキーが画家になる以前に、小説「ロベルト三部作」の1つ『歓待の掟』の中に登場させていた架空の画家、フレデリック・トネールを直ちに思い出させる。登場人物オクターヴの日記の中でこの虚構の画家は、第二帝政時代の女性を描き、クールベ、モネらとも接触があったなどと書かれている。この映画に登場するトネールははたして、このフレデリック・トネールと同一人物なのか。しかし、ジッドからニーチェを経由して「贋造」の概念を独自に発展させたクロソウスキーにとって、そしておそらくはそこから遠くないところで映画を撮っているルイスにとって、自己同一性などといったものがどれほど曖昧で、当てにならないものかを知っているものならば、そのような問いはほとんど無意味であることがわかるだろう。))が残した7枚の絵=タブロー(そのうちの一枚は紛失しているので、正確には6枚)の世界だ。架空の人物であるこの謎めいた画家の絵を所有する、これまた謎めいたコレクターが、絵と絵のあいだの隠された繋がりを探りながら、一見ごく普通に見えるトネールの絵がなぜ当時スキャンダルとなったかを、探偵よろしく推理してゆく。こうしてコレクターが最後にたどり着くのは、かつてテンプル騎士団によってあがめられた、アンチ・キリストの化身とも言われる「悪魔的な両性具有神パフォメット」の存在だ。トネールの絵はこのバフォメットと関係のある〈儀式〉を表している。いや、その〈儀式〉そのものであるのだ……。
こんなふうに書くと、この作品がまるでトム・ハンクス主演の『天使と悪魔』のようなものに思えてくる。むろん、ルイスのこの映画は、そんな映画とは似てもにつかない奇妙奇天烈なものだ。 冒頭、美術館のような館の広間に画架に掛けて並べられたトネールの絵の間を、カメラが縫うようにして移動していくと同時に、謎のコレクターがこの画家について蕩々と語り始める。このコレクターはこの映画に登場するただ一人の人物である。いや、「ただ一人」のというのは正確ではない。コレクターが別の広間に移動すると、そこには、トネールの絵を人間によって再現した活人画((活人画 tableau vivant を描いた映画はいくつか存在する。いちばん有名なのは、ゴダールの『パッション』だろうか。この映画では、ポーランドからフランスにやってきた監督が、ドラクロワやゴヤの絵を活人画として再現する映画を撮ろうとするのだが、満足な光がえられず、女性関係でも様々な問題を抱え、制作は頓挫する。))が繰り広げられているのだ。もっとも、活人画を演じている人間たちは、少しばかり体を揺らしたりして生きていることを証明する以外は、まったく動かず、言葉も発しない。だから、言葉を発し、動き回る人物は、このコレクターだけだというのなら正しいと言える(いや、言葉を発する人物がこのコレクターだけだというのも本当は正確ではないのだが、そのことについては後でふれることにする)。
コレクターが別の部屋に移動すると、そこにはまた別の活人画が繰り広げられている。こうしてかれは、迷路のような館の広間をめぐりつつ、画家の絵と絵、活人画と活人画のあいだに隠された密かな関係を導き出してゆく。鏡による光の反射、2つの太陽……。彼の語る衒学的な言葉は、説得力があるようでもあり、また、デタラメで、途方もないものにも思える。それにしても、活人画とはいったい何なのだろうか。それは絵画以前の存在でもあり、また以後の存在でもある。つまり、絵画がそれを描いたものでもあり、また絵画から生まれたものでもある。そういう意味で、活人画は、オリジナルとコピーの関係を無効にするような存在であり、クロソウスキーがいうところの〈シュミュラクル=摸像〉からも遠くないように思える(しかし、これはわたしの能力を超える話題だ)。こうして原因と結果の時間軸から抜け出すだけでなく、活人画はまた、動と不動、表面と奥行き、物体と生物のあいだの境界をことごとく無効にしてしまう。これだけでもテーマとしては非常に面白いものだが、あまり深入りしている余裕はないのでこれくらいにしておこう。
(チェスをするテンプル騎士団の活人画。窓から差し込んでいる光はどこから来ているのか……。『美女と野獣』のアンリ・アルカンを模したともいわれるサッシャー・ヴィルニーによるモノクロ撮影が見事だ。)
面白いのは、パスカル・ボニゼールも指摘している二人の語り手の存在だ。一人はいうまでもなく、トネールの絵について語り続ける謎のコレクターである。しかし実は、この映画には語り手がもう一人いる。かれは画面オフから声が聞こえるのみで、画面には一度として姿を見せない。かれはコレクターの語る言葉に合いの手を入れたり、ときには反論したりする。しかし、その声ははたしてコレクターに聞こえているのか。一見、声は、ちょうど DVD の映画本編に付けられたコメンタリー音声のように、コレクターとは無関係に話し続けているようにも見える。しかし、コレクターと声のあいだに対話が成り立っているように見える瞬間がないわけではない。 この2人の語り手の存在は、なんとも悩ましい問題を突きつける。コレクターは絵について語り続けるが、かれはいったい誰に向けて語っているのか。見えないもう一人の語り手に向かってか、それともわれわれ(とはいったい誰なのか?)に向かってか。ボニゼールもいっているように、コレクターは一度としてカメラに視線を向けない。これは重要な指摘である。ボニゼールは、この映画をジーバーベルクの『ルトヴィッヒの台所』と比較している。わたしはこの有名な作品を見ていないのだが、この映画は、画面に現れる語り手が、"visite guidé" (ガイド付き訪問)のかたちで、観客をいざなうようにして、ルトヴィッヒの台所を歩き回ってゆくという作品らしい。ボニゼールは、ジーバーベルクのこの作品と『盗まれた絵の仮説』の類似性を指摘しつつ、そこには大きな違いがあるという。それは、ジーバーベルク作品では画面に登場する語り手がカメラをまっすぐに見るということだ。この視線によって、かれはわれわれ観客に向けて語っていることが保証される。一方、ルイス作品においては、コレクターは画面外の世界など存在しないとでもいった態度を一貫してとり続ける。そしてそこに、もう一人の見えない語り手が加わるので、事態はさらに複雑になるというわけだ。
(謎の語り手を演じているジャン・ルージュールは、この映画の撮影直後に亡くなった。)
この映画を見ているときにわたしが思い出したのは、オリヴェイラがキャリアなかばに撮った奇妙な遺作『訪問、あるいは記憶と告白』だった。長年住んでいた家を人手に手放すことになったオリヴェイラがその家で撮り上げた作品であり、当時死を意識していた彼は(その後何十年と生きて100歳を超えることになるとも知らずに)、この映画が自分の死後にのみ公開されることを望んだ。男女2人の訪問者が家を訪れるところから映画は始まる。2人は画面には登場せず、声のみが聞こえる。その家には誰も人がいないように見える。ところがそこにオリヴェイラ本人が現れ、カメラに向かって語りかける。ふしぎなことに、2人の訪問者はオリヴェイラの存在の気配を感じているようではあるが、見えてはいないようであるし、オリヴェイラも彼らの存在には気づいていないようだ。死後に公開されることを考えて作られたことを考慮するならば、この映画に登場するオリヴェイラは自らが亡霊であることを意識して演技していたと言っていいだろう。しかし、見ているうちに観客には、画面に姿を見せている彼の方ではなく、姿の見えない声の持ち主である2人の訪問客こそが、亡霊であるようにも思えてくる。そんな2つの亡霊的存在が語り手であるような、不思議な作品なのである。むろん、いろいろな違いはあるのだが、2人の語り手が存在するという点では、『盗まれた絵の仮説』とオリヴェイラのこの作品は共通している。そしてルイス作品のほうにも、やはり亡霊的雰囲気とでもいったものが漂っている((実をいうと、わたしはオリヴェイラのこの作品を、自分にはちゃんと読めない字幕版でしか見ていないので、細かいニュアンスを取り違えている可能性がある。この素晴らしい小品については、いずれ、どこかで別のかたちで見直す機会があったなら、その時にまた改めて語りたい。))
ロラン・バルトは写真について、「写真は一種の活人画であり、動きのない、仕上がった顔のフィギュラションであって、その下にわれわれは死を垣間見るのである」と書いたことがある。写真と活人画の関係というのも興味深いが、写真を通して活人画と死が結びつけられているところがここでの興味を惹く。死は、ルイスの初期作品から一貫して彼の映画のテーマだった。
難解な作品ではあるが、夢と現実がときに複雑に入り交じるルイスの他作品と比べるなら、表面的には非常にわかりやすいと言っていいかもしれない。謎解きをするように話が進んでいきながら、結局、謎を謎のままにして終わるところは人を食っている。そもそも、絵が一枚欠けているのだから、答えが出ないことは最初からわかっているのだ。しかし、本来、作品とはそういうものなのではないか。
ラウル・ルイスについては、度々名前を出しながらあまりちゃんと書いたことがなかった。いずれまた、彼のフィルモグラフィー全体についてまとめて書きたいと思っている。
ピーター・ゴッドフリー『第二の妻』★★½
『レベッカ』『ガス燈』『断崖』の系譜に連なるフィルム・ノワールの佳作。
「妻を殺そうと企む夫」という物語はフィルム・ノワールではお馴染みのもので、他にも、『扉の陰の秘密』、『底流』、『呪われた城』など、このジャンルの少なからぬ作品がこのテーマを取り上げている。男性の欲望の犠牲となる女性というのは、とりわけフェミニズムの批評にとって格好の話題であり、女性映画という観点から多くの批評家がこれらの作品に言及している((たとえばメアリー・アン・ドーンがその1人であり、彼女はこれらのフィルム・ノワールをひとまとめに "paranoid woman's films" と呼んでいる。))。
ピーター・ゴドフリーのこの映画が興味深いのは、このお馴染みのテーマに、画家とモデルの吸血的関係とでもいうべきもう一つのテーマが加わっている点だ。この映画に登場する肖像画家の夫(ハンフリー・ボガートがいつものように、ナーヴァスで、不安げで、ときとして抑えがたい暴力を噴出させる人物を見事に演じている)は、すでに一人目の妻を殺害していて、第二の妻としてバーバラ・スタンウィックを迎え入れるのだが、この第二の妻もいまや最初の妻と同様に殺されかけている。 第一の妻は一度も画面には登場しない。しかし、この前妻とのあいだに生まれた娘が無邪気に語る話から、彼女は毒入りのミルクを毎日飲まされて徐々に弱ってゆき(毒入りミルクというのは『断崖』のジョーン・フォンテーンを思い出させる)、やがて死に至ったということが判明する。画家はその間、彼女の肖像画を描きつづけ、まさにその絵が完成した瞬間に彼女は亡くなるのである(この前妻を描いた「死の天使」と名付けられた不気味な肖像画は、第二の妻スタンウィックとボガートが住んでいる家の居間に飾られていて、決してアップになることはないが、何度となく画面に登場する(『映画は絵画のように』((映画と絵画の関係は、近年、様々な形で論じられている。この本は、その成果を手際よくまとめた本で、オリジナリティにはいささか欠けるが、タルコフスキーから B級映画まで意外なほど幅広い映画が具体的に分析されていて、意外にもちゃんとした映画本になっている。とりわけ、映画に登場する絵画や彫刻について言及した部分は、普通の映画批評家には書けないところである。勉強になる。))の岡田温司によると、この絵は、聖母マリアと悪魔の関係を描いた『ヨハネの黙示録』のなかの「太陽を身にまとう女と竜」のテーマに基づいているという)。
いま、前妻に起こったのとのとまったく同じ事が、第二の妻にも起きようとしているのだ。スタンウィックも、毎日ミルクを飲まされ、それが原因で徐々に衰弱しつつあり、その間、ボガートは誰にも見られることなく彼女の肖像画を二階の部屋にこもって1人で描きつづけている。まるで、彼の描く絵が完成するにしたがって、妻から生気が失せていくかのように事態は進行する。これは言うまでもなく、ポーの「楕円形の肖像」に描かれたテーマの焼き直しである。
この点で、この映画がいくぶん焦点がぼやけているように思えるのは、ボガートがスタンウィックを殺そうとする動機が、ボガートの前に現れる新しい女(アレクシス・スミス)の存在であるようにも見えるところだ。実際、ボガートはこの女と不倫の関係をつづけ、邪魔になった妻を殺そうとしたのだと、普通は思う。最初の妻も、彼がスタンウィックと出会った直後に殺されたのだった。しかし、事態は逆で、第一の妻も第二の妻も、肖像画が完成しそうになったときに、夫=画家にとって必要なくなり、また新たな犠牲者=女が必要となったということだったのである。ボガートのセリフがそのことを物語っているのだが、この肝心な部分はあまり突っ込んで描かれておらず、彼の狂気もごくさりげなくほのめかされるだけだ。
二人の妻をゆっくりと衰弱させてゆき、ついには死に至らせる夫ボガートは、絵を描くことで彼女らから血を搾り取っていく吸血鬼のような存在である。その点で興味深いのは、妻にすべてを感づかれたボガートが、その頃街を不安に陥れていた押し込み強盗を装って妻を殺そうとするクライマックスの場面だ。雷雨の中、外に出た彼は、二階の窓をたたき割ってスタンウィックの部屋へと闖入する。作り手がどれほど意識していたのかはわからないが、このときの彼は強盗と言うよりもほとんど吸血鬼のように登場するのだ。
あるいは、ボガートがずっとひた隠しにしていたスタンウィックの肖像画を、彼女と娘がこっそり盗み見る場面。ここぞとばかりにアップになる絵には、すり切れた服を着てみる影もなくやせ細ったスタンウィックのおぞましい姿が描かれていて、二人は思わず息をのむ。
あちこちにホラーの要素が入っているフィルム・ノワールである。
「コメディはまず滑稽でなくてはいけないが、それを一段高いものにするには、人間性が必要になってくる。だからコメディとして成功したものはすべて悲劇としても成功するし、その逆もまた真なのだ」(ジョージ・キューカー)
■ ジョージ・キューカー『結婚種族』(The Marrying Kind) ★★★
脚本家ルース・ゴードン&ガーソン・ケニン夫妻と監督ジョージ・キューカーはタッグを組んで数々の傑作(『二重生活』『アダム氏とマダム』等々)を生み出したが、これもその1つに数えていいだろう。この映画は、このコンビのもっとも成功した作品とは言わないけれど、かれらが撮ったなかでもっとも野心的で、大胆な作品である事は間違いない。
タイトルから想像するのとは違って、この映画で描かれるのは、結婚ではなく離婚である。裁判所でジュディ・ホリデイとアルド・レイの夫婦が離婚調停の手続きを行っているところから映画は始まる。判事がふたりに、離婚を決めてしまうまえに、幸せだった頃のことを一度思い出してみてはどうかと勧めるのをきっかけに、映画はフラッシュバックのかたちで2人の結婚生活を振り返り始める。 面白いのは、この回想シーンだ。過去の結婚生活を描いたイメージにはときとして音声が欠けていて、そこにホリデイとレイのコメントがオフの声でかぶさる。まるで、映画の DVD で、関係者2人がしゃべっているコメンタリーを聞きながら映画の本編を見ているような気分である。しかも、2人の語る言葉はしばしば映っている映像と微妙にずれていたりするのだ(判事の言うセリフ、「どんな物語にも3つの観点(side) があります。あなたのと、彼のと、真実のとです」)。
全編がそのように進行して行き、これが作品にリアルかつ突き放したようなトーンをもたらしている。失望(採用されなかった発明)、失意(子供の溺死)、誤解による嫉妬……。どうしようもなく壊れてゆく夫婦生活。この時代のハリウッド映画が夫婦の関係をこれほど赤裸々に描くというのは、極めて稀だったのではないだろうか。 子供が溺死するシーンの演出も見事だ。子供連れでピクニックに来ていた夫婦がウクレレを弾きながら浮かれているのだが、その背景で人々がざわついて湖の方へと走っていく姿を、キューカーは彼らの脚の動きだけで見せる。やがて画面奥から、溺死した子供が画面手前にいる夫婦のもとへと担がれてくるのが見え、その時になって夫婦は初めて、自分の子供が知らないあいだに溺れ死んでいたことを知るのである。この映画全体でそうなのだが、この場面でもキューカーは、この時代としてはかなりの長回しで一連の出来事を画面に収めている。
夫のアルド・レイの勤め先が郵便局というのも面白いところだ。郵便局の窓口ではなく裏側の、郵便物が集積されて、運ばれてゆく倉庫の部分がこんなふうにリアルに描かれる映画というのも多分これが初めてだったのではないだろうか((この郵便局のシーンは、実際の郵便局でロケされた映像とスタジオで撮影された映像を巧みにモンタージュして作られている。))(この映画は、この郵便局の場面や、あるいはセントラル・パークのシーンなどに、ネオリアリズム的なタッチをしばしば指摘される)。ちなみに、この郵便局の倉庫は、途中で出てくる夢のシーンの舞台にもなっていて、夫のアルド・レイは、そのなかで自分が郵便物になって運ばれてゆくのだ。
コメディ映画として扱われることが多い作品だが、場面場面で映画のトーンは揺れ動き、ときには絶望的なほどに悲劇的になる。最後に2人が離婚を思いとどまるというエンディングは、一応ハッピー・エンドに見えるが、この夫婦がその後幸せな結婚生活を送ったと信じるものは誰もいないだろう。喜劇でも悲劇でもなく、人生を映し出そうとした映画とでもいえばいいか。そういう意味では、この作品は、同時代のハリウッド映画の大部分よりは、例えばカサヴェテスの映画の方にずっと近い(と言ったら言いすぎだろうか)。
キューカーがインタビュー本の中で、アンディ・ウォーホルのことを絶賛し、嬉々として語っているのを読んだときは驚いたものだが、こういう作品を見ると、そんなに不思議とは思えなくなる。この監督は、我々が思っている以上にずっと若々しい感性の持ち主なのだ。
完成度の高さで見れば、これよりも出来のいいキューカー作品はたくさんあると思うのだが、なんというかキューカーという監督の恐ろしさを久しぶりに見せつけられた作品だった。必見である。
アンソニー・マン『The Great Flamarion』(46) ★★
アンソニー・マンのフィルモグラフィーは、フィルム・ノワール時代、西部劇時代、スペクタクル活劇時代の大きく3つに分けられる。『The Great Flamarion』(未公開作品だが、「たそがれの恋」というノワールらしからぬ邦題でも知られる)は、マンが初めて手がけたフィルム・ノワールであり(実は、この前に『Strangers in the Night』(44) というノワールな短編を撮っているのだが)、エーリッヒ・フォン・シュトロハイムが主演していることでも有名な作品である。
製作はビリー・ワイルダーの兄、W・リー・ワイルダー(通称ウィリー・ワイルダー。この作品ではウィリアム・ワイルダーとしてクレジットされている)。これが彼の初プロデュース作品だった。ウィリーは自身でもフィルム・ノワールを多数監督しているわりには、ほとんど注目されていない。しかし、近年、かれは一部の研究者からノワール作家として再評価されはじめている。プロデューサーとしてあのジョン・アルトンに『The Pretender』(47) で初めてフィルム・ノワールを手がけさせ、アンソニー・マンにも最初のフィルム・ノワール(と『仮面の女(Strange Impersonation)』)を撮らせたというこの一点だけでも、フィルム・ノワールの歴史に名前を残して当然の存在であると言っていい。マンは、フィルム・ノワールで才能を開花させたジョン・アルトン((彼は実は20年代から撮影監督をしていたのだが、一般に認められるようになるのはフィルム・ノワール作品を撮り始めたときからであった。))をすぐさま『Tメン』の撮影に起用し、それ以後のフィルム・ノワール作品のほぼすべてでアルトンにカメラを担当させることになるわけだから、そう考えるとウィリー・ワイルダーが果たした役割はなおさら重要に思えてくる。
射撃の腕前を売り物にヴォードヴィルの舞台一筋に生きてきた初老のさえない男(シュトロハイム)が、悪い女にころっとだまされて、女の亭主(ダン・デュリエ)を舞台の上で事故に見せかけて殺すが、結局、女にはすぐに捨てられる。絶望した男は仕事も捨て、金もなくすが、それでも女を捜し続ける……。
『The Great Flamarion』は、フィルム・ノワールといっても、かなりメロドラマよりの作品であるといったほうがいいだろう。大衆向けの見せ物の世界を舞台に男女のドロドロとした恋愛模様を描いているという点では、ノワールよりもむしろE・A・デュポンの『ヴァリエテ』やスタンバーグの『嘆きの天使』といった作品に近いと言えるかも知れない。 この映画にはマンがアルトンと組んで撮ることになるこれ以後のノワール作品に見られるような深い明暗に彩られた画面もない。しかし、己の欲望に従って男をあやつり破滅させるファム・ファタールの存在、悲劇が起きたあとから過去に遡って語られる運命論的な回想形式、性的な含みを持たされたシンボリックな描写など、フィルム・ノワールの指標といってよいものが数多く見られることもまたたしかである。 妻が愛人に夫を殺させるという物語は、古くはギリシア神話の頃から繰り返し語られてきたものだが(クリュタイメストラとか)、アンソニー・マンはかれの作品としては異例なほどに鏡を多用した端正な画面で(シュトロハイムが射撃を披露する鍵となる舞台の場面にも横長の大きな鏡が使われている)、この陳腐な物語を見るに堪えうるものにしている。
この頃のシュトロハイムはほとんど仕事もなくどん底時代だったはずである。それでもこれだけの存在感を示しているだからさすがだ。芸に厳しい、冷たくて威圧的な芸人というのはいかにもシュトロハイムらしいが、女にころっとだまされてしまうウブな男というのはいつもの彼のイメージとはだいぶ違う。シュトロハイムはこの哀れな男をなかなかの説得力をもって演じているとは思うが、それでもアンソニー・マンの世界に迷い込んでしまったストレンジャーという印象はぬぐいきれない。
ろくでもない女だと知りながら妻に執着する夫役のダン・デュリエは、いつものようなチンピラっぽい役を演じていてあいかわらず素晴らしい。 一方、悪女役のメアリー・ベス・ヒューズは30年代末から多くの作品に出演している女優だが、正直、あまり印象にない(『牛泥棒』などにも出ているはず)。しかし、ここでの彼女は、嘘に塗り固められた顔の表情の素早い変化(シュトロハイムが見ていないと思ったとたんに嫌悪の表情を浮かべたかと思うと、その一瞬あとでは微笑みを浮かべているといったぐあい)など、見事にファム・ファタールを演じきっている。シュトロハイムに夫殺しをそれとなくほのめかす場面で、ピストルをなでるエロティックな仕草が強烈だ。この場面がブリーン・オフィスで問題にされなかったとは不思議である。映画の検閲は、字義通りの言葉や陰部の直接的なイメージなどには敏感だが、シンボリックな表現にはあまり関心がなかったと見える。検閲者というのは、だれにもまして唯物論者なのかも知れない。
ブライアン・デ・パルマ『レイジング・ケイン』★★
この映画を最初に見たのは、たしか当時たまたま2ヶ月ほど住んでいたトゥールの映画館のフランス語吹き替え版だった((スペインほどではないがフランスも吹き替え天国なので、地方都市では吹き替え版しか見る機会がないことも少なくない。イーストウッドの『許されざる者』を初めて見たのもフランス語吹き替え版だった。))。わけがわからない映画に見えたのは、自分の語学力のなさのせいだと思っていたのだが、今度数十年ぶりに見直してみて、元々こういう映画だったのだと気づいた。
同じ出来事が別の視点から語り直されるのだけれど、語りの視点となる1人は多重人格者で、ときには妄想と現実の区別も判別しがたく、さらには、唐突にオープニング以前の時点まで時間が遡る場面があったりして、一回見ただけでは物語の流れをちゃんと理解するのも難しいだろう。ちゃんとつじつまが合っているのかどうかも怪しかったりするのだが(いちおう矛盾なく作られているようなのだが)、ここでのデ・パルマは論理的な首尾一貫性などさして気にしていないように思える。ほとんど一瞬たりとも信じがたい物語は、演出を見せつけるためのただの口実にすぎないといっていい。
マッド・サイエンティストの父親がおこなう実験によって多重人格にされてしまった息子ケイン。オリジナルと劣化したコピー。これはまさにヒッチコック=父をコピーし、ヒッチコック的モチーフを分裂させてゆくデ・パルマそのものではないか。そもそも多重人格自体が『サイコ』のテーマである。ヒッチコックへの目配せはこれ以前の作品でも何度も見られてきた。しかし、この作品では、息子を支配する母親ではなく、父親を登場させることで、ヒッチコックとの親子関係にあからさまに自己言及しているという意味で、デ・パルマはある種の宣言のようなことをやっているようにも見える。『アンタッチャブル』や『虚栄のかがり火』など、慣れない映画を撮って失敗してしまったが、やっぱり自分の映画はこれなのだと(しかし、その後の展開を見ると、未だにやはり何がしたいのかよくわからないのだが)。
この作品におけるヒッチコックへの言及は、もはやオマージュと言うよりはパロディというしかないものにまで、あえて極端に推し進められている。ヒッチコックだけではない。クライマックスの乳母車の赤ん坊も、エイゼンシュタインへの言及と言うよりは、『アンタッチャブル』における『戦艦ポチョムキン』のオデッサの階段のシーンへの自己言及にすぎず、『アンタッチャブル』で引用されたときのような社会悪の犠牲となる無垢の存在という一応の解釈さえ許さない、ほとんどパロディに近いものになっている(階段ではなくエレベータで移動する乳母車)。
バカなことをやっているなと思いつつも否定しがたい魅力があるのもたしか。それにしても、デ・パルマはやはりピストルよりもナイフやカミソリを使っているときのほうがいいのではないかと思う。
リチャード・フライシャー『静かについて来い』★★
フライシャー初期の犯罪映画。フィルム・ノワールとして語られることもある作品だが、実際は、刑事映画といったほうが内容に近い。フライシャーとしてはマイナーな部類に入る作品で、正味一時間にも満たない小品である。出ている俳優も地味だし、傑作とは言い難いが、興味深い点は少なくない。
ひとつは、この作品の原案がアンソニー・マンによるものだということだ。アンソニー・マンの研究書のなかには、この映画に一章をさいて、マンの原案と完成した映画との相違を詳細に分析したものもある。一部の場面はマンによって監督されたと言う研究者もいるぐらいだが、実際にそういう証言があるわけではなく、フライシャーの自伝でもこの作品のことはまったくふれられていない。ガス工場の落ちれば即死という高い階段の上で主人公の刑事と犯人が取っ組み合うクライマックスのシーンなど、斜面好きのマンが撮ったのではないかとつい考えたくなるし、そう主張する研究者もいるようだ。しかしこのときマンは『恐怖時代』の撮影で忙しく、RKOの資料にもこのシーンの監督はフライシャーが行ったとの記録がある。
もう一つ興味深いのは、この映画に出てくるダミー人形だ。土砂降りの雨の日だけ殺人を繰り返す〈ザ・ジャッジ〉と名乗るシリアル・キラーは、犯行を行うたびにいくつもの手がかりを残してきた。背格好や着ている服など、多くのことがわかっているが、ただその顔だけがわからない(フランスでの公開タイトルは「顔のない殺人者」だった)。主人公の刑事は今までの手がかりをもとにして犯人そっくりのダミー人形を作る。犯人と同じ背格好、同じ服、同じ帽子。ただ、その顔だけはのっぺらぼうの人形である。その人形や、それを写真に撮ったものを、聞き込み捜査などで使おうというわけだ。しかし、その後も犯行は繰り返され、刑事はいらだちを募らせてゆく。あるとき、刑事は、誰もいない警察の薄暗い部屋のなかで、窓際で背中を向けて座っているダミー人形に向かって、そんないらだちをぶちまける。そこに同僚の刑事が現れて2人は部屋を出て行き、部屋のなかにはダミー人形だけが残される。すると、暗闇のなかでこちらに背を向けて座っていたダミー人形が突然立ち上がり動き出す。それは人形ではなく殺人鬼だったのだ。驚くべきシーンである。ちなみに、このシーンはマンの原案にはなかったという。
ほかにも、殺人鬼の顔が初めて観客に見えると同時に、犯人が警察の罠に気づく瞬間とか、銃撃で穴が空いた水道管から噴き出した水を雨と勘違いして、犯人が正気を失って暴れ出すところとか、印象に残る場面はいろいろある。地味な作品ではあるが、見逃すのは惜しいなかなかの佳作だ。
「『路上での偶然の出会いの物語』とモリスの呼ぶこの見事に様式化されたドキュメンタリーは、エドガー・G・ウルマーの『恐怖のまわり道』のように容赦のないほど運命論的であり、『ブロンドの殺人者』の夢のシークエンスのように奇妙に芸術的であり、『過去を逃れて』のように複雑で、『D.O.A.』と同じぐらい張り詰めていて、モリスがこれ以前に撮った2作同様、かれにしか撮れない映画である」(J・ホバーマン)
■ エロール・モリス『The Thin Blue Line』(88) ★★★
スクリーンに現れるタイトル "The Thin Blue Line" の "Blue" の文字だけが赤い色になっている。この赤は、デイヴィッド・ボードウェルの言うように、冒頭のダラスの高層ビルの風景に点滅する赤色灯、パトカーの赤いライト、さらには事件を担当する判事がほとんど脱線気味に語るデリンジャーの映画のラストの射殺場面に出てくる「赤い服の女」(ライトのせいでそう見えただけで、本当は赤ではなかったというのだが)、といったぐあいに「赤」のテーマとして作中に繰り返されていくと考えることもできるのだろうが、単純に、 "the thin blue line"(警察は文明をアナーキーから分かつ細い青い線だという意味がこめられている)という言葉が、もともとは『ジャングル・ブック』で知られるイギリスの詩人キップリングが、イギリスの兵士は国を敵から守る細い赤い線だという意味で使ったとされる "the thin red line" という言葉から来ているということを思い出させる((最初は、クリミア戦争における英国の軍事行動を指して使われた言葉だったらしいが、ワーテルローの戦いの時にすでにこの表現があったという話もある。キップリングの詩によってこの表現が比喩として広まったのかどうかも確認できていない。いずれにしても、瀬戸際で戦う兵士たちのことを指す表現であることだけはたしかである。))(言うまでもなく、これはテレンス・マリックの映画のタイトルでもある)。「赤」という色が使われているのは、イギリス兵の軍服の色を指していると言う。調べたわけではないが、おそらく、"the thin blue line" の「青」は、警察の制服の色と関係があるのだろう。
1976年、ダラスで、深夜パトロールをしていた男性警官が、おそらくはライトの故障を注意しようとして停車させた車のドライバーに射殺されるという事件が起きる。情報は少なかったが、犯人の車の車種(それも最初は情報が錯綜する)などから、警察は当時16歳の少年デイヴィッド・ハリスを逮捕。事件当日、ハリスは犯行に使われた車を盗んで走らせていて、警官を殺したピストルも彼が家から持ってきていたものだった。ハリスが事件の犯人は自分だと自慢していたという友人の証言もあり、かれが犯人だと思わせる点は山ほどあったにもかかわらず、結局、警察は、ハリスの証言から、犯行のあった日、かれがたまたま車に乗せた男ランドール・アダムスを犯人として逮捕し、ハリスは釈放される。アダムスは一貫して無実を主張するが、状況証拠や様々な証言から、裁判では有罪判決が下り、死刑を宣告される。
1985年、エロール・モリスは、その後終身刑に減刑されて約10年間投獄されていたアダムスに会って話を聞き、彼が無罪であることを確信する。こうしてこの映画は撮り始められたのだった。モリスの前2作、『天国の門』『ヴァーノン、フロリダ』は風変わりな主題を扱ったドキュメンタリー映画で、一部批評家の注目を集めはしたものの、興行的にはまるでふるわなかった。しかし、この3作目のドキュメンタリーは予想外に大ヒットし、一時は探偵の仕事までして生活費を稼いでいた((あとで見るように、『The Thin Blue Line』が、断片的な事実や細部から観客自身がいわば探偵となって真実を導き出すように作られていることを考えると、モリスが探偵の仕事をしていたことは、この映画と無関係ではないようにも思える。))モリスに、ドキュメンタリー作家としての地位を確立させる。しかし、それ以上に重要なのは、この映画のヒットが大きなきっかけとなって、ランドール・アダムスの無実が証明されて、釈放されたことである。
しかし、ここまでの話を聞いて、犯罪を扱ったよくあるテレビのドキュメント番組のようなものを想像した人は、この映画を見て面食らうに違いない。犯行場面の断片的な再現シーンに始まった映画は、現在投獄中のアダムスと、その後数々の犯罪を犯して死刑を宣告されているハリス、捜査を担当した刑事、ハリスの友人、アダムスの弁護士たちなどのインタビューを中心に組み立てられてゆくのだが、そこで語られる内容は時系列に沿っているとは言い難い。おまけに、この映画にはナレーションがまったくなく、説明的な字幕も皆無である。しかも、インタビュー中心に構成されているにもかかわらずインタビューされている人物の名前さえ画面に提示されない(スタイルはまったく異なるが、こういうところだけはこの映画はフレデリック・ワイズマンに似ている)。たびたび引用される新聞などのテキストも、時にあまりにもアップで撮られていて、何が書いてあるのかほとんど判読できない場合も少なくない。こうして、観客は与えられた情報を頭の中で並べ替えて事件を整理することを余儀なくされる。
この映画でもっとも印象的なのは、警官射殺事件の再現シーンだ。ドキュメンタリーのなかで再現シーン(re-enactment) を使う手法は、あの有名な「The March of Time」などでもすでに見られるというから、それほど目新しいものではなかったはずだが、こういう手法が一般化するのはおそらくこの80年代になってからであったと思う。しかし、『The Thin Blue Line』でモリスが使った再現シーンは、同時代のドキュメンタリーで使われる再現シーンとはまるで性格を異にするものであったと言っていい。
テレビの犯罪ドキュメント番組に使われる再現シーンというのは、演技も照明もいかにも安っぽく、またテロップなども多用されるのが普通だ。きちんと撮られている場合でさえ、結局のところそれは説明的な〈付け足し〉でしかない。『The Thin Blue Line』の再現シーンはそうしたありきたりの再現シーンとはまったく別物である。モリスは、アダムスが犯人とされることになる警官射殺事件を、まるでフィクション映画の、もっと言うならばフィルム・ノワールの、一場面のように撮っている((冒頭に引用したホバーマンもそうだが、この作品とフィルム・ノワールとの類似性は多くの人が指摘している。それにしても、このホバーマンの言葉はドキュメンタリー映画を表した言葉とはとても思えないのだが、作品を見れば皆納得するだろう。))。現場となった夜のハイウェイは丁寧に照明を当てられ、手持ちカメラとズームといった安易な手法を避けて、短いフィックス・ショットの積み重ねによって編集されている。そして、ここには説明的なテロップは一切使われていない。モリスは再現シーンを、ある意味、過剰にフィクション化していると言っていいだろう。 しかもこの中心となる事件の再現シーンは、様々な証言が食い違いを見せるにつれて、微妙に細部を変えながら(射殺された警官の相棒だった女警官は車の中にじっと座っていたのか。それとも、車の外にいたのか?)映画のなかでで何度も再現されてゆく。モチーフを延々と繰り返すフィリップ・グラスの、単調であると同時に、不安で不気味なミニマル音楽と相まって、それはやがて悪夢のような様相を呈していくことになるだろう。
「検察が描く事件のストーリー」などという時の〈ストーリー〉が、フィクションでしかないように、モリスは、再現シーに描かれる〈ストーリー〉がフィクションでしかないことをあからさまに強調してみせる。アダムスが犯人だと主張するハリスの証言も、その証言に乗っかって事件を組み立ててゆく検察側の主張も、さらには無実を主張するアダムス自身の語る事件の真相も1つの〈ストーリー〉にすぎない。モリスがこの映画で、ドキュメンタリーは真実を、あるいは現実を、ありのままに描くという通念に疑問を投げかける(ドキュメンタリーとフィクションを隔てるか細い線)。この映画が「ポストモダン的ドキュメンタリー」などと呼ばれもする所以である。
もっとも、『羅生門』のように、だれが真相を語っているのかわからないと主張することがこの映画の目的ではない。モリスがアダムスの無実を訴えたかったというのは本当だろう。ただ、かれは、アダムスは無実で、真犯人はハリスであるという結論ありきでこの映画を撮っていない。少なくとも、そのように映画を組み立ててはいない。事件についてのアダムスの主張と、ハリスの主張は細部において食い違いを見せ始めるが、モリスは二人の証言を並べてみせるというような安易な編集を極端に嫌ったという。それでも、最終的には、多くの観客がアダムスの無実を信じ、ハリスが真犯人であると考えるようになるのだから、観客はやはり操作されているのだと言うこともできるだろう。しかし、それはあくまで、与えられた情報のなかから観客が自分で選び取った〈ストーリー〉である。結局、無数の物語のなかからもっともありそうな物語を選ぶしかないのだ。
フィクションということで言うなら、このドキュメンタリーには、様々なフィクションが異例のかたちで引用されている。冒頭にふれた判事の語るデリンジャーを描いた映画や、アダムスとハリスがドライヴイン・シアターで見るソフト・ポルノ(モリスは、その映画のなかから、登場人物の女が自分の無実を訴える場面をわざわざ引用してみせる)、とりわけ、事件の目撃者と名乗る女(やがてその証言の信憑性が極めて不確かなものとなって行く)が、自分は幼い頃から探偵にあこがれていたと嬉々として語る場面で、「Boston Blackie」シリーズという探偵の女助手が活躍するいかにも安っぽいテレビドラマが引用される場面などでは、映画はほとんどパロディに近づく((ドキュメンタリー映画にフィクションが引用されるのはそれほど稀なことではなかったと思うが(たとえば『ハーツ・アンド・マインド』(74) やダイアン・キートンの『Heaven』(87) など)、それをドキュメンタリーにおける主観性の問題と絡めてここまで掘り下げたこの映画は、やはり当時としては非常に新しいスタイルだったと言っていいだろう(もっとも、ドキュメンタリーにおけるフィクションの問題なら、たとえばジャン・ルーシュなどが早くから別のかたちで問題提起していることではある)。))。 これらのフィクションの引用は、すべての証言者の証言が大なり小なり主観的なものであることを暗に指し示してもいる。もっとも、それは直ちに彼らの証言が無意味であることを意味しはしない。一見脱線としか思えないデリンジャーの最後の瞬間に登場する「赤い服の女」のドレスの色が実はオレンジ色だったという話は、人が簡単に見誤ることを証明しているし、アダムスの起訴を運命づけたと言ってもいい証言をした女が見せる探偵ドラマへのファンタジーは、彼女が偽証した潜在的動機を説明してもいる。
この偽証をした女にしても、アダムスを尋問した刑事にしても、さらにはハリスでさえことさら悪意を持って描かれていないことにも注目したい。かれらが必ずしも悪意を持ってアダムスを犯人に仕立て上げたのではないことは、考えてみれば、逆に恐ろしいことだ。かれらが根っからの悪人であってくれたほうがむしろ救われただろう。それぞれが、自分たちの見ている世界が〈現実〉であると信じ切っていた。大げさに言うならば、彼らにはそれ以外の世界が見えなかったのである。そこに偶然が加わったとき、アダムスは犯人にされてしまったのだ。
正直、それほど好きな映画でもないのだが、ドキュメンタリー映画史上極めて重要な作品であることは間違いない(たとえば、2014年に「Sight and Sound」が行ったドキュメンタリーのオールタイム・ベストで『The Thin Blue Line』は5位に選ばれている)。ドキュメンタリーにおける編集のあり方など、いろいろ考えさせられる映画である。ドキュメンタリーの教科書としても使えそうだ(むろん、これが模範だという意味ではない)。
余談だが、この映画がきっかけで釈放されたアダムスは、モリスを相手に訴訟を起こすことになる。モリスによって自分の物語の権利が不当に搾取された、というのが彼の主張だった……。
ウィリアム・ディターレ『科学者の道』(The Story of Louis Pasteur, 36) ★★
「『伝記映画』なんてジャンルがあるのだろうか。そりゃあ、個々別々の『伝記映画』なるものは数限りなくあるだろう。しかし、『伝記映画』というカテゴリーがかつて存在したというのか。『伝記映画』研究家などという職業が存在しうるだろうか! ためしに、世界各国(?)の本屋の映画のコーナーに行ってみたまえ。はたして『伝記映画』論の書物を一冊でも見つけられるものだろうか」
今からおよそ20年ほど前に出版された『映画の魅惑 ジャンル別ベスト1000』(安原顕 編集)という本のなかで「伝記映画ベスト50」を担当した中条省平は、上のように書き記している。 「伝記映画」なるものがはたしてジャンルと呼べるかどうかは今でも疑問だが、"biography" と "picture" を合体させた "biopic" なる言葉はもう普通に使われているし、これをテーマにした本はわたしの知っているだけでもすでに5、6冊は書かれている。映画研究の未開拓地帯は年々減少してきており、「伝記映画」もその例外ではない。
「伝記映画」の萌芽といえるものは、リュミエール兄弟やメリエスの作品のなかにもあったし、サイレント時代からアベル・ガンスの『ナポレオン』といった「伝記映画」の名作が多数撮られていた。しかし、こうした作品が本当の意味でポピュラーになるのは、トーキー時代を迎えたハリウッドの30年代からであり、そのパイオニアと呼ぶべき監督が、ウィリアム・ディターレだった((この直前にイギリスで撮られたアレクサンダー・コルダの『ヘンリー八世の私生活』の成功が重要なファクターのひとつだったことも忘れてはならない。))。
ディターレは、細菌学者ルイ・パストゥールを描いた『科学者の道』(36) で初めて「伝記映画」に取り組むと、その後立て続けに、エミール・ゾラを主人公にした『ゾラの生涯』(37)、メキシコの革命家ベニート・フアレスを描いた『革命児ファレス』(39)、ドイツの細菌学者パウル・エールリヒを取り上げた『偉人エーリッヒ博士』(40) といった「伝記映画」を発表し、「ハリウッドのプルターク」などというニックネームまで頂戴することになる。 パストゥール、ゾラ、ファレスという全く異なる3人の人物をすべてポール・ムニ(あの『暗黒街の顔役』の)が演じていると聞くと、どんな爆笑ものになっているのかと思ってしまうが、これが見てみると、ものすごいメーキャップにかくれてパストゥールやゾラに見えてくるから不思議である((もっとも、ムニは、7歳の時にアメリカに移住するとはいえ、オーストリア・ハンガリー帝国のユダヤ系家族に生まれたヨーロッパ人だった。))。19世紀以前の、せいぜい写真ぐらいしか残っていない時代の偉人たちの場合は、顔が多少似ていて(場合によっては似てさえいなくても)、演技に一貫性さえあればいい。「本当らしさ」さえ作り上げておけば、パストゥールが英語をしゃべろうが、ゾラの死に方が違おうが、観客は問題としないのである。この原理は今でも変わっていなくて、だから、ウィレム・デフォーは、さしたるメーキャップも施さずに、キリスト、マックス・シェレック、T・S・エリオットを演じることができたわけである((「伝記映画」は、同じ一人の俳優が異なる人物として何度も回帰してくるという、ラウル・ルイスいうところの映画におけるアイデンティティの問題を優れて考えさせる「ジャンル」である。))。
『科学者の道』は、『ゾラの生涯』とくらべると完成度は少し落ちるとはいえ、なかなかよくできていて、ディターレはすでにこの作品で「伝記映画」のパターンをほとんど作り上げていると言っていい。細菌の存在を頭ごなしに否定し、なにかとパストゥールに対立する仇敵シャルボネ博士など、ほとんど戯画化されて誇張気味に描かれている部分もあるのだろう。しかしそれは、主人公のポジションを際だたせるために作劇上必要なことだった。30年代のハリウッドで製作された「伝記映画」においては、主人公=偉人たちが、なによりもヒーロー(英雄)として描かれているのが特徴である。『ゾラの生涯』に描かれるゾラは、小説家である以上に、反ユダヤ主義によって弾劾されたドレフュスを擁護した人物として英雄的に描かれていた(このユダヤ人擁護の姿勢のために、この映画はヨーロッパ各地で上映禁止の憂き目を見るのだが)。この時代に、こうした作品がヒットした理由の1つには、不況の時代に大衆が求めるヒーローの姿に、「伝記映画」に描かれる偉人たちの姿が重ね合わされたということがあるのだろう((この時代に「伝記映画」がポピュラーになった他の理由としては、偉人たちの人生につきものの、声明・宣言・裁判の場面などが、映画が音声を持つことによって初めて十全な表現をえたということもある。『ゾラの生涯』のゾラの演説場面などがその典型的な例である))。そのためには多少の単純化は許された。「伝記映画」に登場する偉人たちの描かれ方は、かれらが実際に生きた時代以上に、その映画が作られた時代を如実に反映していると言っていいかもしれない。この頃作られた「伝記映画」の主人公がほとんどすべて男性であったことも、そういう観点から、分析されるべきであろう。
同じパストゥールを描いた「伝記映画」では、サッシャ・ギトリのデビュー作『パストゥール』のほうが断然優れているとフランス人はいうのだが、見ていないのでなんとも言えない。だが、こっちではパストゥールがフランス語をしゃべっていることだけはたしかだろう。
ディターレが作り上げたパターン(弾圧・無知・頑迷などによって挫折を味わったあとに、不屈の努力で挑戦し続け、最後に成功を収める主人公)は、『科学者ベル』(アーヴィング・カミングス、39)、『人間エヂソン』(クラレンス・ブラウン、40)、『ヤンキー・ドゥードル・ダンディ』、『若き日のリンカーン』などの作品でもおおむね踏襲され、「伝記映画」の大まかな基本形はこの時代にできあがったと言っていい。これ以後も、『ジョルスン物語』(46)、『炎の人ゴッホ』(56)、などの作品が作られつづけ、1927年から1960年のあいだに、ハリウッドのメジャー・スタジオだけでも実に300本近くの「伝記映画」が製作されたという(偉人の生涯を描いた映画なら、ミュージカルであろうと、戦争映画であろうと、「伝記映画」になるのだから、そう考えると、この数は驚くにあたらない)。
「伝記映画」も時代とともに様々に変化してきており、また、イミテーションと現実など、テーマ的にもいろいろ面白い問題を含んでいるので、まだまだ論じることはたくさんあるが、とりあえず今回はそのイントロダクションということで、これだけにとどめておく。また機会があったら改めて取り上げたい。
ヴェラ・ヒティロヴァ『O necem jinem』(Something Different, 63) ★★
『ひなぎく』で(というか、この一作のみを通じて)日本でも有名なチェコの女性映画監督ヴェラ・ヒティロヴァの長編デビュー作。チェコ語は全くわからないが、英題・仏題から推測するに、原題は「別の何か」ぐらいの意味であろう。
引退前の最後の競技大会にむけて特訓をする独身女子体操選手と、家事と育児に追われ、無理解な夫に嫌気がさして不倫に走る主婦。全く無関係なふたりの女の日常が、最後まで交わることなくパラレルに映し出されてゆく。冒頭、主婦の家のリヴィングのテレビに、パフォーマンスを披露する体操選手の姿が映し出される部分が、この映画で2つの物語が唯一クロスする瞬間である。それ以外は、一見、淡々とふたりの日常が交互に並べられてゆくだけに見えるが、言葉や仕草などを通して、2つのパートは微妙に共鳴し合い、また対立し合いながら、「別の何か」をわれわれに指し示す。
料理をしたことがないという独身女子体操選手と、家事に追われる毎日のなかで自分を見失ってゆく主婦。全く対照的に見えるふたりだが、今自分が置かれている現状に満足していないという点では共通している。大会で優勝し、引退した体操選手は新しい生活を夢見るが、結局、体操のコーチになって今までの生活をつづけてゆく。行きずりの男と逢い引きを重ねたあと、夫と子供のいる家庭に戻ってきた主婦は、突然、新しい女ができたことを理由に夫から離婚を告げられる。平行して描かれる2つの物語は、互いが互いの夢であり、またその廃墟のようでもある。
関係のない複数の物語を平行して描いてゆく映画は、今ではそれほど珍しくない。その意味では、この映画が当時もたらしたはずのインパクトを失ってしまっているのはたしかだろう。しかし、たった2人だけを交互に描くという構造の単純さが、モンタージュというものが編集のテクニックなどではなく、2つの異なるイメージを並べて見せることにあるのだということを、改めて考えさせる。事実、ジャック・リヴェットなどが参加した「カイエ・デュ・シネマ」のモンタージュをめぐる名高い討論会で、エイゼンシュタインの『全線』などと並んで、この映画は大きく取り上げられていた。リヴェットは、「1950年以後に撮られた映画ベスト30」のなかの1本にヒティロヴァのこの映画を選んでさえいる。この作品や、ジャン=ダニエル・ポレの『地中海』といった、当時現れ始めた新しい映画のスタイルが、『アウト・ワン』などのリヴェット作品に、直接・間接に影響を与えていることはたしかだろう。そういう点でも、『O necem jinem』は重要な位置にある作品である。
エリック・ロメール『聖杯伝説』(Perceval le gallois, 78) ★★★
クレティアン・ド・トロワによって12世紀末に書かれた未完の宮廷騎士物語『ペルスヴァル(パルシファル)、あるいは聖杯伝説』を、エリック・ロメールが非常に様式的なスタイルで映画化した実験的映画叙事詩。
たぶん、学生時代に京都日仏学館で見て以来だから、そうとう長い間一度も見直していなかったと思う。とてもユニークな映画だから強烈に記憶に残っていたものの、描かれている中世の世界にはあまり馴染みがないし、その表現も独特である上に、英語字幕での上映だったので、当時はよくわかっていなかった部分も多かったことに気づく。
アンドレ・バザンのリアリズム理論のいちばんの心酔者と目されるロメールの作品とは一見とても思えないこの映画は、かれのフィルモグラフィーのなかではひとつだけ浮いている作品という印象があったのだが、ずいぶん後になって『グレースと公爵』、『三重スパイ』などといった歴史物や、『我が至上の愛 〜アストレとセラドン〜 』といった作品を見たあとでは、『聖杯伝説』は決して突然変異的に生まれたものではなく、ロメールの作品世界に確実に属していることがはっきりとわかる。
現代のパリやヴァカンスの地を舞台に恋を語りあう人物たちを、限りなく自然に近い光のなかで描いてみせる……。ロメールの映画がそういうものだと思っている人は、まるでテレビの語学教育番組で使われるようなシンプルな舞台に、プラスティック製の巨大なオブジェのような木(それが数本で森を表している)が立っているだけの抽象的な空間に、数人よりなるコーラスが語り手よろしく古風なフランス語で歌を唄う場面より始まる『聖杯伝説』の冒頭の場面を見れば、自分が今まで見たこともないロメールの世界に迷い込んでしまったことに気づくだろう(当時としては前代未聞に思えたこの映画の試みは、ジョアン・セザール・モンテイロの『シルヴェストレ』(81) やマノエル・ド・オリヴェイラの『繻子の靴』(85) といった作品に、直接的・間接的に受け継がれているといっていい)。
この映画でロメールがやろうとしたのは、ハリウッドで撮られてきた騎士もののように中世の世界をいかにも本当らしくリアリズムで再現することではなく、中世の人々の世界観そのものを映画で表現することだった。そのためにかれは中世の彩色写本の挿絵(ミニアチュール)を参照しながらセットを組み立て、カラーを設計していった。しかし、それは直ちに反リアリズムを意味するわけではない。たとえば、この映画に登場する城(たったひとつの城が登場するすべての城に使い回しされているという)は、ベニヤ板や段ボールで作られていて、その大きさも、馬に乗った騎士の高さと大差ない小さなもので、現実のスケールを無視している。城壁の色も金色に塗られていて、全然城らしくない。しかし、中世の城というのは実際にそのように色を塗られていたのであり、むしろ、ありふれた歴史映画に登場する本物の城のほうが、今や色がはげ落ちていて、実はリアルではないのである((様式化された人工的世界を作り上げる一方で、ロメールは俳優が身につけている兜や鎖帷子などのリアルな質感にはとてもこだわっているように思える。『グレースと公爵』では、デジタルで作り出された映像のなかに人物をはめ込んでいったような人工的世界を描いておきながら、機械織りと手織りでは布の動きが違うと言って、俳優が着るドレスが手織りであることにロメールはこだわったという。ロメールのリアリズムについての考え方は見かけほど単純ではない。))。
ミニアチュールを参照して作られたことから、この映画はしばしばその画面の平板さを指摘されるのだが、それは正確ではないだろう。たしかに、この映画は全編スタジオで撮影されていて、屋外で繰り広げられる場面でさえ、画面奥にはホリゾントまるだしの空が間近に迫って見える。その向こうに見えない何かが広がっているようにはまるで思えない。ロメールがこの映画で、まだ遠近法の存在していなかった中世の世界観を画面で再現しようとしているのは本当である。ネストール・アルメンドロスらしくないどこにも影を作らない平板なライティングもその印象を助けている。しかし、この映画に奥行きがないというのは正しくない。ペルスヴァルが城の正門をくぐって奥へと進んでいく場面など、アルメンドロスのキャメラは画面手前と奥の事物を深い焦点深度で捉えてみせる。しかし、この映画においては、オーソン・ウェルズの映画でなら深さに繋がったかも知れないレンズの焦点深度が、逆説的にも、画面の二次元性を強調するような表現になっているところが、なんともユニークなのである(「三次元性を誇張することで、三次元性の不在を表す」という言い回しをロメールは使っている)((ロメールの「平面」あるいは「タブロー」へのこだわりはこれよりもずっと早い時期から認められる。たとえば、アルメンドロスによると、『クレールの膝』(70) でロメールは、「湖畔の山並みがのっぺりとした青色に見え、色彩がニュアンスのないものになることを望んでいた」という。))。
ロマネスク様式がもとになっていると言われる本作であるが、下写真のようなショットにおいては、アルベルティやブラマンテなど、むしろルネサンス建築の影響が指摘され、ある意味、この映画の美学上の統一感を壊していると言ってもいい。ミニアチュールの影響も、クレティアン・ド・トロワの原作が書かれた12世紀末だけでなく、13・14世紀のミニアチュールも参照されていると思われる。ロメールが決して歴史的な再現を愚直に試みたわけではないことには注意しなければならない。
さらには、次のようなショット(実は上写真と同じセットなのだが)では、画面は『カリガリ博士』におけるシュールなセットにかぎりなく近づきさえする。
中世の人たちが見ていたような世界を様式的に作り上げる一方で、ロメールはこの映画で、クレティアン・ド・トロワの原作のテクストにできうるかぎり忠実であることにもこだわった。この映画はクレティアン・ド・トロワのテクストを再認識させるための手段にすぎないとまで、ロメールはどこかで語っている。テーマではなく、原作のテクストそのもの、それが何よりも重要だったのである。既存の現代語訳では満足できなかったロメールは、原文の簡素な文体、八音節詩句など、アルカイックな部分をできるかぎり残したまま、現代人にも理解できるような現代語訳を自らつくった。俳優たちはそのテクストを、台詞をしゃべると言うよりは、朗読するようにして、抑揚のない調子で口にする((ブレッソンやストローブ=ユイレの作品における俳優-テクストの関係と比較したくなる部分である。たとえば、「ユリイカ」2002年11月号のエリック・ロメール特集号で、御園生涼子は、ジャック・ランシエールの民衆論をベースに、ロメールとストローブ=ユイレのリアリズムのあり方を比較検討し、そのなかで、「テクストの内容・その情報量を何よりも重要視するロメールとは異なり、ストローブ=ユイレはテクストの中に進んで異質なものを招き入れ、その意味を解体寸前まで追いやってしまう」と書いている。))。いちばん驚くべきなのは、ペルスヴァルを始め、登場人物たちすべてが、自らの行動を三人称で語り、それがいかにも自然なかたちで一人称へと移行する(そしてその逆もある)ことだ。
わたし自身はそんなふうに見たことがなかったのだが、この映画について書かれたコメントなどを見ていると、いい意味で、笑える映画だったと語っている人が多いので驚く。人物が自分のしていることを三人称で語るというのも、人によっては笑える部分かも知れない。しかし、今回見直してみて、ナイーヴ(馬鹿に近い意味の)で世間知らずのペルスヴァルを演じるファブリス・ルチーニが無表情に冒険の旅をつづけるのを見ながら、バスター・キートンをベケットではなくブレヒトが演出したらこんなふうだったかも知れないとふと思ったのもたしかである(ペルスヴァルが最後に遠ざかってゆくイメージを、たしかロメール自身はチャップリン映画のラストに喩えていた)。そういう意味では、この映画をある種の喜劇だと見なすことは、決して間違いではないのだろう。同時に、『キートンの将軍』のような作品が、喜劇であると同時に叙事詩映画であったことも再確認される。
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