映画の誘惑

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365日間映画日誌

日々の映画日記、というか備忘録です。暇な人だけ読んでください。

2002年7月〜9月

■9月27日 (金)

『華麗なるミュージカル』(38年、ジョージ・マーシャル)。ジョージ・マーシャル監督なので少しは期待したのだが、いやはやひどい出来だった。ただし、リッツ・ブラザーズが見られる機会はめったにないので、まあこれもよかったのではないか。

■9月24日 (火)

『フェリーニのローマ』(72年、フェデリコ・フェリーニ)。幼年期の思い出。小学校の授業でルビコン川を渡る場面。舞台で演じられるシーザー暗殺。ファシズムの記憶。環状線から見たローマ。フェリーニの撮影班。映画館の記憶。高級売春宿。地下鉄工事で発見され、外気に触れて消えてゆく壁画。教会のファッション・ショー。夜のローマのそこここに大きな影を落としながらバイクで走り回る暴走族。 

『博士の異常な愛情』 Dr Strangelove or How I learned to stop worrying and love the bomb(63年、スタンリー・キューブリック)。作品としては、いつものキューブリックと同じで、ちょっと出来すぎていてかえって退屈なのだが、俳優陣がすごい。すべての張本人であるリッパー将軍役のスターリング・ヘイドン、好戦的なのがありありと見て取れる将軍役のジョージ・C・スコット、そして一人三役のピーター・セラーズ、みんな素晴らしい。タイトルになっている Dr Strangelove は、どちらかというと脇役である。それに、「私」とはいったいだれなのか。

■9月16日 (月)

『グリーンマイル』(99年、フランク・ダラボン)。別にどうということもない「名作」。というか、ときに大いにいらいらさせる作品。一番よい場面は、途中二度ほど挿入される『トップ・ハット』(だったはず)からの引用場面。"Heaven, I'm in heaven..." と、天上的な歌声にあわせて、アステアが緩やかに舞い踊るさまは何度見ても素晴らしい。

『ラスト・サマー2』(98年、ダニー・キャノン)。撮った監督は脳みそが5グラムぐらいしかないのではないかと思わせるこんな映画は別にどうでもいいのだが、登場人物のひとりが『13日の金曜日』や『エルム街の悪夢』のタイトルを自己言及的に持ち出すところにちょっと注目。最近のジャンル映画における自己言及性の研究の必要? 

■9月13日 (金)

最近ぜんぜんレビューを書いていない。メルマガで撮り上げた作品は、少し書き加えてアップすればいいだけだと思うのだが、それが面倒くさい。

『虹を掴む男』(47年、ノーマン・Z・マクロード)。久しぶりに見直したが、最初に見たときよりもずっと面白かった。主人公の白昼夢があまり脈略もなく続く映画という印象を持っていたが、見直してみると、全体としてヒッチコックの『バルカン超特急』ににたサスペンス・ストーリーが貫いていて、なかなかよくできている。ボリス・カーロフが偽の精神分析医役で出演。

『要塞』(70年、フィル・カールソン)。ロック・ハドソン主演の戦争映画。ナチの支配下にあるイタリアの村を部隊に、ひとりのアメリカ兵(ロック・ハドソン)が村の子供たちと協力してダムを爆破し、ナチスを壊滅するまでを描く。この監督の映画を見るのは初めてだが、意外と達者な演出力に驚かされた。型にはまっていない脚本がまずいい。出てくる子供たちは、ナチス兵にレイプされた村の女たちの私生児ということが暗示されていて、とりわけその中のリーダー格の少年がだれに対しても激しい憎悪をみなぎらせて暴走するところとか、ナチスに協力的な村の女医の描き方とか、人間描写も悪くない。もっと評価されてもいい監督かもしれない。

■9月7日 (土)

『赤いブーツの女』(74年、フアン・ブニュエル)。ルイス・ブニュエルの息子が、脚本にジャン=クロード・カリエールの協力を得て、ドヌーヴとフェルナンド・レイを主演に撮った映画。晩年のブニュエル作品を如実に思わせる作品であるが、中途半端に終わっている印象は否めない。とはいえ、悪い映画ではなく、むしろ注目すべき映画である。女流作家のドヌーヴ(ポルノまがいの小説を書いている)、彼女が見初める編集者、彼女が同棲している画家、そして彼らを自由に操って破滅させようとする富豪フェルナンド・レイの4人の関係を描く。特に前半、ドヌーヴが編集者に送った手紙を勝手に開封して返事を書き、彼女の裸の写真を編集者に送りつけるなどして、結果的に編集者の妻を死に追いやる(狩りをしていた夫に猟銃で撃たれる)フェルナンド・レイがいったいなにをしたいのかわからず面白いのだが、後半彼が3人を自宅に招いてからのゲームは、なんとなく見え透いていて急に映画が弛緩する。過去を透視したり離れているものを動かしたりするドヌーヴの魔女ぶりは悪くないが、この映画では彼女は本当に魔女に思え、父親のルイスの映画におけるような人を食ったような曖昧さにイメージが達していないのが、残念だ。

■9月2日 (月)

『ウォーターボーイズ』(01年、矢口史靖)。結局、『シコふんじゃった』の下手な焼き直しじゃないの? これが面白い日本映画といわれるとつらい。

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■8月30日 (金)

山本昌代の『手紙』を読む。あいかわらず不気味な作風である。表題作など、結局なにが起こったのかぼんやりとしかわからない。背広のポケットにピンクの手紙を入れたのは誰なのか? そこに書かれた「I love you」という言葉の意味は? 連続殺人鬼は誰なの?  

『女優ナナ』(34年、ドロシー・アーズナー)。アンナ・ステンがきれいなので見とれてしまう。

『ザ・デュオ』(97年、マニラトナム)。女優がきれいなので見とれてしまう。友情で結ばれた映画俳優と政治家が互いの夢を実現させてゆくうちに、しだに敵対してゆく姿を描く。

『北西戦線』(50年、J・リー・トンプソン)。意外と面白い。『ボワニー分岐点』に似た状況のなか、インドの王子を反乱軍から守るため、イギリス将校に率いられた数人が列車で街を脱出する冒険ドラマ。主役の男がボギーだったら名作になっていたかもしれない。ケネス・モアではローレン・バコールの相手役としてはちょっと役不足だ。結局悪役はイスラム教徒だったという結末は、今見るとどきりとさせられる。

■8月25日 (日)

『夕陽のギャングたち』(71年、セルジオ・レオーネ)。邦題は日本で適当につけたもの。『夕陽のガンマン』と同じで、夕陽など一瞬も出てこない。ただの盗賊だったロッド・スタイガーが、アイルランド革命に失敗してメキシコに流れ着いたジェームズ・コバーンと知り合ったことでメキシコ革命に巻き込まれしだいにまわりから英雄視されてゆくという話。レオーネが革命にはまったく興味がないことがよくわかる。ぴあのシネマクラブには「レオーネが到達した文句なしの傑作」と紹介されてあるが、フランスの映画ガイドにはレオーネ最低の作品と書いてある。個人的には後者の意見に賛成だ。

■8月22日 (木)

 『コップ・ランド』(97年、)。コマーシャル入りのテレビの吹き替え版だが、思わずまじめに見てしまった。演出力にそれほど秀でたものは感じなかったが、なによりシナリオがいい。スタローン、ハーヴェイ・カイテル、デ・ニーロ、レイ・リオッタという顔ぶれもすごいが、スタローンに片耳の聴力を失った平凡で善良な保安官を演じさせるというキャスティングも成功している。この監督は『17歳のカルテ』というのを撮ったあとで、最近『ニューヨークの恋人』が公開されているのだが、両方とも見逃してしまった。

『マッケンジー脱出作戦』(70年、ラモント・ジョンソン)。『リップスティック』の監督作品。意外と面白い収容所脱出もの。イギリスの収容所が舞台で、捕虜となったナチスが毎日暴動を起こし収拾がつかないので、情報部から助っ人が送られてくる。その助っ人がアイルランド人の軍曹ブライアン・キース(収容所の所長である少佐よりも格下)という設定が面白い。ナチスの指揮官役にヘルムート・グリアム。

■8月20日 (火)

『夕陽のガンマン』(65年、セルジオ・レオーネ)。イーストウッドとリー・ヴァン・クリーフが賞金稼ぎで、ふたりで手を組んで悪党たちと戦うんだが、ふたりのあいだにも騙しあいがあってみたいな感じ。登場するのもリー・ヴァン・クリーフが最初だし(黒い服を着ているので列車のなかで牧師と間違えられる)、彼の方がいつも一枚上手で、ここではイーストウッドはどちらかというと青二才的な役である。悪党が決闘の場面でいつも懐中時計のメロディを聴かせるのが特徴。レオーネってやっぱり才能無いのか?

『奴らを高くつるせ』(68年、テッド・ポスト)。前に見ている映画だがすっかり忘れていた。無実の罪でリンチに駆けられ危うく縛り首になるところを助けられ(助けるのはベン・ジョンソン)保安官になったイーストウッドがリンチした奴らに合法的に復讐するという話。イーストウッドが保安官になる町では、裁判で子供までが縛り首になり、それを大勢の見物客がおもしろがって見物している。たくさん悪人を処刑すれば郡から州に昇格できると、市長役のアラン・ヘイル(だったかな?)がいっていたけど、そんなことがあったのだろうか? 最初から最後まで縛り首が問題になる映画だった。デニス・ホッパーがちょい役で出ているが、逃げようとしてベン・ジョンソンにすぐに撃ち殺される。

■8月19日 (月)

『儀式』(71年、大島渚)。『お葬式』のふやけた世界の横に並べてみるとさすがにぜんぜん違うね。三島由紀夫の自殺を意識して撮られたものだと思ってみていたが、三島が死んだのはこの映画の撮影中だと知って驚いた。

『緑色の部屋』(78年、フランソワ・トリュフォー)。『恋愛日記』(77年、トリュフォー)。トリュフォーの映画には作品を超えて何度も繰り返されるイメージがあり、ときおりデジャ・ヴュ感に襲われる。『緑色の少年』では、手話を話す少年がトリュフォーの家に一緒に住んでいる。トリュフォーは『野生の少年』でも手話を話していたし、『未知との遭遇』でもたしか手で話していた。『恋愛日記』のシャルル・デネは小さな飛行機を飛ばしたり、水槽に船を浮かべたりしてなにかを調べる(流体力学の研究?)をしているが、『家庭』のジャン=ピオール・レオーも同じような仕事を確かしていた。

『恋愛日記』で、誰かがトレイに載せたホテルの食事の残りを廊下に出すと、猫が来てそれをなめるという場面があるが、同じような場面は、『柔らかい肌』にも『アメリカの夜』にもあったような気がする。

『東京ジョー』(49年、スチュアート・ヘイスラー)。とりあえず、ボガートが出てくる場面はみんなスクリーンプロセス。彼は一度も東京に来てないのかもしれない。日本人の名前が、カミカゼ・ゲンゴロウになっているとか、違和感いっぱい。ボギーが戦前からの日本人の友だちに向かって、「アメリカが日本を占領したのは日本の復興を助けるためだ」という台詞がすごい。

■8月10日 (土)

 『光と影のバラード』(74年)、『愛の奴隷』(76年)、『五つの夜に』(79年、すべてニキータ・ミハルコフ)。
 
『光と影のバラード』。アメリカン・ニューシネマ風西部劇、ロシア版といった感じ。邦題は意味不明。

『愛の奴隷』。 革命初期の1917年、人気女優オルガはクリミア半島でサイレント映画の撮影をしている。その頃モスクワでは革命が勃発し、憲兵隊によるボルシェビキの弾圧が始まる。政治にはまったく無関心だったオルガは実はボルシェビキであるキャメラマンのポトツキーと親密な仲になったのをきっかけに、革命に巻き込まれてゆくという物語。革命期の映画界のドキュメントとしてはそれなりに面白くなくもないが、それ以外にはほとんどなんの興味も持てない映画。ラストの路面電車は悪くなかったが・・・。

『五つの夜に』。モノクロで撮られているせいか、ミハルコフ作品のなかでは通俗性が一番気にならない映画かもしれない。でも気のせいだろう。

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■7月30日 (火)

『マッチ工場の少女』(90年、アキ・カウリスマキ)。この作品を見るのは日本で公開されたとき以来なので、見るのはずいぶん久しぶりだ。ヒロインの家のテレビに天安門事件のニュースが何度も映し出されるところなどすっかり忘れていた。
台詞が少ない映画だとは思っていたが、見直してみてこんなに少なかったのかと驚いた。最初の15分ぐらいまったく台詞がなく、初めて聞こえる台詞もヒロインがレストランでたった一言「ビール」というだけなのだ。その後もこんな調子でひたすら寡黙に進んでいくので、最近のイベント好きの観客はこういうのに耐えられるんだろうかと人ごとながら心配になる。

映画は、工場でマッチが造られていく工程をつぶさに見せてゆくシークウェンスで始まる。フリッツ・ラングの「クラッシュ・バイ・ナイト」の冒頭でニシン工場の様子が映し出される場面を思い出させる見事な導入部だ。ティモ・サルミネンのいつもながらに見事な撮影。カウリスマキの映画はどんな話もまるでフィルム・ノワールのように照明されている。

■7月26日 (金)

いまさらだが、ニコラ・フィリベールの『音のない世界で』(92年)をテレビで見る。フランスのある聾唖学校に取材したドキュメンタリー映画だ。テレビのドキュメント番組でよくあるようなナレーションによる説明はいっさいなく、聾(ろう)の人たちがしゃべる姿が淡々と積み重ねられてゆく。むろん彼らはおもに手話で話すので、たいていの観客は字幕で彼らの語ることを聞くことになる。

この学校では聾の人たちが手話だけでなくフランス語を発話して話すことができるように訓練している。手話だけでは社会に適合することが難しいので、こうしたバイリンガルな教育が必要なのだ。映画のなかではおもに彼らが話す練習をしている場面が映し出される。何気ない言葉を発話することも彼らにとっては大変な難事だ。われわれが言葉を何事もなくしゃべっていることがほとんど奇跡に思えてくる。同時に、われわれの住むこの「音のある世界」は彼らの「音のない世界」よりも本当に豊かな世界なのだろうかという疑問も。 

フィリベール作品ではこのあと精神病院を素材に描いたドキュメンタリー『すべての些細な事柄』が日本でひっそり公開されている。まだまだ日本では無名に近い監督だが、無視できない存在である。素材へのアプローチの仕方にフレデリック・ワイズマンに近いものがあり、対象との距離の取り方もワイズマンと似ている。

■7月26日 (金)

 『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』(アキ・カウリスマキ)。ショスタコーヴィッチはいつも死の場面で鳴り響くように思えた。ハムレットの父の死。その芝居。ハムレットの母が毒入りのチキンをつまみ食いして死ぬ場面。ハムレットが芝居の役者に向かってわざとらしい派手な演技をするなと注意する台詞はまるでカウリスマキ自身の演技指導のようだ。

■7月25日 (木)

『スター・トレック4』(86年、レナード・ニモイ)。ロバート・ワイズ監督の1作目はともかく、2、3作目はひどかったが、この4作目は趣向が変わっていて結構面白かった。鯨が地球を救う鍵とわかって23世紀から20世紀にタイムトラベルし、鯨を連れて帰るという話は、ばかばかしいがそれなりに強引に見せてしまっている。

『恋は魔術師』(85年、カルロス・サウラ)。サウラのフラメンコ・ミュージカル3部作の一本。こんなのばかばかしいと思うんだけど、どうだろ?

『極道黒社会 レイニードッグ』(三池崇史)。三池崇史としては普通の極道映画。オール台湾ロケで、俳優も哀川翔と田口トモロウを別としてすべて台湾人。まるで日本のようにのびのびと撮っているところはさすが。

『情熱の友』(49年、デヴィッド・リーン)。『逢いびき』のリメイクのような感じ。同じくトレヴァー・ハワードが主演している。コントラストの強いモノクロ画面はなかなかいい。まあ、頑張ってる方だが辛気くさい。

■7月16日 (火)

プラネットでヴィンセント・ミネリの『踊る海賊』を見る。冒頭と結末の芝居=催眠術。ミネリ的な演劇=(他者の)夢。海賊役のウォルター・スレゼックの意外な経歴を発見。この人は昔ドライヤーの映画にでているのだ。

■7月11日 (木)

『ひとり狼』(68年、池広一夫)。囲炉裏を囲んでの長門勇の回想で映画は進んでゆく。冒頭いきなり、長門勇の「だれから聞きなさったんでぇ。追分の伊三郎のことなら知ってるよ」という台詞とともに、ぐいぐいと物語のなかへと観客を引っ張ってゆく。ときどき、語る長門勇のアップが途中で挿入されるのだが、聞き手の顔はいっさい見せないところがいい。飯の食べ方、床の敷き方などの細かい説明があり、渡世人入門といった感のある作品。

■7月6日 (土)

『クロッカーズ』(95年、スパイク・リー)。『若親分喧嘩状』(66年、)。

『真剣勝負』(71年、内田吐夢)。錦之助が鎖鎌の使い手である夫婦の住む一軒家に泊めてもらって夜眠っているあいだに、夫婦が彼を殺してしまう相談をするという前半は、ほとんど山姥の家に迷い込む昔話を思い出させる。宮本武蔵は赤ん坊を道具に使ったりして相変わらずずるがしこい。

『いのちぼうにふろう』(71年、小林正樹)。河に浮かぶ離れ小島にある一善飯屋が舞台。そこはアウトローたちの吹きだまりになっている。冒頭、彼らをお縄にしようとしている役人たちが地図を見ながら話す声が聞こえる場面で始まり、いきなり舞台の地形をわからせてしまう。マカロニウエスタン風のこの設定は悪くないのだが、物語の大半がこの場所で展開するので、途中で中だるみがしてくるし、結局は人情話になっていくのでがっかりする。

『上意討ち―拝領妻始末』(67年、小林正樹)。三船プロ作品。武士社会の矛盾を描く映画で、『切腹』を思わせる。『切腹』と同じで律儀すぎる作り。しかも、『切腹』ほど成功していない。

『ウェルカム・トゥ・サラエボ』(97年、マイケル・ウィンターボトム)。サラエボ話。サラエボの悲惨な状況を取材してまわるレポーターたちを描く。ロックが流れているかと思うと、虐殺された市民を描く場面ではアルビノーニのアダージョが流れたりする。通俗の極み。

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