映画の誘惑

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365日間映画日誌

日々の映画日記、というか備忘録です。暇な人だけ読んでください。

2012年1月〜3月

 

2012年3月26日
現代ルーマニア映画の2人の作家

ルーマニア映画はなかなか面白い。ルーマニア映画の現在を語るほど多くを見ているわけではないが、コルネリウ・ポルンボイウとクリスティ・プイウという2人の作家の作品を見ただけでも、いまのルーマニア映画があなどれないことはわかる。 以下、簡単なメモ書き程度だが、見た映画の感想をまとめておく。ちなみに、固有名詞の読み方はよく分からないので、ほぼローマ字読み。

■ コルネリウ・ポルンボイウ Corneliu Porumboiu

『ブカレストの東、12時8分』(12:08 East of Bucarest, 2006)

2002年の12月22日。クリスマスの数日前。しかしそれだけではない。ちょうど16年前のこの日に、チャウシェスク政権が倒れたのだ。 映画は前半、この映画の主人公といっていい3人の人物の、この日の行動を代わるがわるに見せてゆくのだが、これといった事件が起きるわけではなく、その描き方も実に淡々としている。それは最近のヨーロッパ系「芸術映画」に流行りのスタイル(たとえばヌリ・ビルゲ・ジェイランとか)に近いものがあり、正直こういうのちょっと苦手だなと思って見ていたのだが、後半、映画はがらりとスタイルを変えるのだ。

この日、3人のうちのひとりが司会をつとめるテレビの生討論番組が行われ、そこに残りのふたりがゲストとして招かれる。そして、16年前のこの日、この町に本当に革命があったのかどうかを議論し合うのだが、映画の後半は丸ごとこのテレビ番組によって、いわばジャックされるのだ。映画のキャメラは、このライブ・トーク番組のカメラと一体化し、テレビスタジオのカメラマンがカメラを不器用に動かすたびに画面が揺れるといった具合だ。討論番組といっても、3人が横一列に並んで座り、正面からカメラに向かって話すだけ。前半とはうってかわって、ここで描かれるのはひたすら言葉のやりとりである。

3人は、チャウシェスク政権が倒れた16年前のこの日、スタジオの後ろの壁を飾っている写真にもなっているこの町の広場に群衆が集まったのは、チャウシェスクが失脚する前だったのか、後だったのかを、延々議論し合う。もしも前だったとすれば、民衆の運動が政権を失脚させたことになるが、もしも後だったとすれば、人びとはチャウシェスクが失脚したのを知ってから広場に集まってきたことになり、革命はなかったことになるというわけだ。 3人の一人、歴史の教授は、チャウシェスクが失脚する前に広場に行ってデモを始めていたと主張するが、それは電話をかけてきた多くの視聴者の証言と食い違いを見せはじめ、やがて番組そのものが止めどなくファルスへと転じてゆく。この後半のコミカルな盛り上がり方はなかなかのもので、この監督は、ふつうのコメディを撮っても成功するんじゃないかと思わせる。 番組が茶番劇と化したあと、カメラがスタジオの外に出ると町には静かに雪が降っているという終わり方も余韻を残す。

 

『ポリス、形容詞』(Police, adjective, 2009)

ポルンボイウが『ブカレストの東、12時8分』につづいて撮った長編第2作。奇妙なタイトルの意味は、映画の最後の最後になってやっとわかるだろう。

主人公の刑事は、ドラッグがらみである少年をずっと尾行している。といっても、彼はディーラーでもなんでもなく、ただ吸っているだけ。吸っているドラッグもマリファナのような軽いものだ。しかも、この国ではまもなくマリファナは違法ではなくなるらしい(と刑事は主張しているのだが、それが本当なのかどうかはっきりしない)。もし逮捕されれば、少年は何年も刑務所暮らしをすることになる。刑事は、こんな軽い罪で少年の人生を破滅させることを潔しとせず、出来れば彼を逮捕したくないと思っている……。

映画は、少年を尾行する刑事の姿を、ロングショットの長回しで追い続けるのだが、これといった動きがあるわけではなく、ひたすら沈黙と無為の時間が流れてゆくだけだ。 そしてラスト。再三の説得にもかかわらず少年の逮捕を拒否する刑事を、彼の上司が問い詰める。「良心に従って逮捕はしたくない」という刑事に上司は、「君が考える良心とは何だ」と問う。「それは、自分が何か間違ったことをしようとするのを止めてくれるものです」と刑事は答える。上司は別の部下に辞書を持ってこさせ、辞書に書いてある「良心」の定義を刑事に読み上げさせる。むろん、辞書に書かれている「良心」の定義は、刑事が言った定義とは異なる。つまり、彼の答えは間違っていたわけだ。

上司はさらにつづけて、「法」「道徳」「国家」、そして「ポリス」といった言葉の辞書に書かれた定義を、刑事に読み上げさせてゆく。この映画のラスト数分間は、刑事がひたすら辞書の定義を読み上げていくだけなのである。それだけのことなのに、そこまで退屈な時間だけを積み重ねていた映画が、ここにきて不意にサスペンスに満ちてくるから不思議だ。 ろくにセリフもなかった映画が、最後に言葉のやりとりだけに終始するという展開は、『ブカレストの東、12時8分』と同じだが、ここではそれはさらに先へと推し進められている。前半の沈黙ぶりもさることながら、最後はひたすら辞書の定義を読み上げるだけなのだから。

言葉と権力の関係を、乾いた笑いの中に浮かび上がらせるこのシーンは、革命があろうとなかろうと、チャウシェスクがいようがいまいが、ルーマニアは根っこの部分では変わっていないことを暗示しているかのようだ。『ブカレストの東、12時8分』のラストもそうだったが、ここにも過去の社会主義政権の亡霊が顔を覗かせているといっていいだろう。

 

■クリスティ・プイウ『オーロラ』

クリスティ・プイウ(Cristi Puiu)の長編第2作。

3時間の上映時間のあいだ映画は一人の男の行動を追い続ける。彼はどこかの工場で何かを作っている平凡な技師らしい。物陰から何かを窺ったり、夜中、線路を横切ってどこかに行ったりと、彼の行動は不可解きわまる。しかし映画は、この男の行動を一歩距離をおいた場所から切り取り、淡々と並べてゆくだけだ。 一切の説明を排した描写から浮かび上がってくるのは、どこか陰々滅々とした日常の時間である。映画はやがてこの男が、突然殺人者へと変貌してゆく姿を描き出すのだが、その「突然」もまた、晴れていた空が突然曇って雨が落ちてきたという程度の、日常の一こまに過ぎないものとして扱われるだけだ。しかし、それは同時に悪夢のようでもある……。

もう一度最初から見直せば、男が殺人の準備を着々と進めていたらしいことが、たぶんわかるだろう。しかし、全部見終わってもすべてが説明されるわけではない。最初、男の妻に思えた女性が、そうではなかったことはやがて判明する。しかし彼が彼女からもらっている薬は、ただの薬だったのか、それともなにかのドラッグだったのか。あるいは、彼が洋服店に押しかけて、店員を脅して居場所を聞き出そうとするアンドレアという女性はだれだったのか。これも結局最後まで分からない。「この映画は、ある人物の数日間を追いかけてるのだから、その中にだれだか分からない人物が出てきたとしても不思議はないでしょう」。たぶん監督は素っ気なくそう答えることだろう。

ファスビンダーの『何故R氏は発作的に人を殺したか?』や、マルコ・フェレーリの『Dillinger è morto』を思い起こさせる展開ではあるが、ぜんぜん違う。ツァイ・ミンリャンに近い雰囲気もある作品だ。

この映画は、プイウの長編第1作『Moartea domnului Lazarescu』同様、「ブカレスト郊外の六つの物語」という、ロメールのコント・シリーズよりも、バルザックの「人間喜劇」やトリュフォーの「アントワーヌ・ドワネルもの」を意識した連作の一本として撮られたようである。『Moartea domnului Lazarescu』を見ていないのでわからないが、『オーロラ』にはこの前作の人物が多少姿を変えて再登場するらしい。

ちなみに、『四つのいのち』の監督、ミケランジェロ・フランマルティーノは、2010年のベストテンだったか、オールタイムベストだったか、忘れてしまったが、とにかくその中に、この作品を選んでいる。

『Police, adjective』につづけて、この『Aurora』を見ると、監督は違えど共通の映画的風土のようなものを感じる。これは現在のルーマニア映画全体に共通する何かなのか。どうやらこのふたりはやや特殊な存在らしいのだが、それでも、他にも逸材がいるかもしれないと期待したくなる。

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