映画の誘惑

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365日間映画日誌

日々の映画日記、というか備忘録です。暇な人だけ読んでください。

2014年04月〜06月

2014年6月19日
セルゲイ・ロズニツァについての覚書

「わたしは何よりも観察者なのです。自分にとって一番重要なのは距離の問題です。キャメラを用いることによってそこに現れ、映画をかたちづくる距離が問題なのです。」(セルゲイ・ロズニツァ)

 

セルゲイ・ロズニツァ(1964- )

ドキュメンタリー作品で知られるウクライナの監督。

64年、ベラルーシ生まれ。キエフに育つ。

87年、Kiev Polytechnic Institute を応用数学の学位を取得して卒業すると、87年から91年まで Kiev Institute of Cybernetics で人工知能に関わる仕事にたずさわる。それと同時に、日本語通訳の仕事もしていたというから、どこかで日本語を身につけていたらしい。 しかし、自分の仕事に虚しさを覚えていたロズニツァの興味は、やがて、文学や芸術や映画のほうに向かいはじめる。ソ連崩壊という社会の大きな転換も、彼のこの人生の選択に大きく影響したと思われる。

91年、ロズニツァは全ロシア映画大学(VGIK)に入学し、そこで映画作りを学びはじめる。97年に卒業。 1996年以来、ロズニツァは数多くのドキュメンタリー作品を撮りつづけており、非常にユニークなドキュメンタリー作家としての地位をすでに獲得している。かれのドキュメンタリーはほとんどすべてロシアを、──歴史的な、また同時代のロシアを描いたものであると言っていい。

2001年に家族とともにドイツに移住。本人の語るところによれば、自分が映画で描く対象であるロシアと距離をおくためだったという。

2010年、長編劇映画デビュー作『My Joy』が同年のカンヌ映画祭のコンペティション部門に選出される。2012年には、長編劇映画第2作『霧の中』がカンヌでパルムドールを争った(結果、FIPRESCI 賞を受賞)。

 

■ Polustanok (The Train Stop, 2000)

わたしが見た中では一番古いロズニツァ作品。 待合室のベンチで眠りこけている人々をひたすら撮っているだけのドキュメンタリー短篇。聞こえてくるのは、かすかな寝息と、画面外でうねるような風の音と、ときおり通り過ぎる列車の通過音だけ。どうやらここは駅の待合らしい。ジャ・ジャンクー『イン・パブリック』と並ぶ待合室映画? 音さえなければ、サイレント初期の映画にも見えるモノクロ・スタンダードの画面が美しい。しかし、『包囲』の例もあるから、これも音をエフェクトとして追加してるのかと思ったりもする。これ、ほんとにドキュメンタリーなのか。そもそも、ベンチに座っている大勢の人たちがひとり残らず眠りこけているのはおかしいだろう。スタッフが動き回っているあいだにひとりぐらいは目を覚ますはずじゃないか。と思っていると、キャメラの正面にいたオバさんが、ふと目を覚ましたりする。

バス停留所を描いた『Peyzazh』へとつながるテーマであると同時に、ウォーホルの『眠り』を彷彿とさせる作品でもある。薄もやのかかったようなモノクロのイメージは、ソクーロフの映画を想起させもする。ロズニツァの作品の中でも最もミステリアスなものの一つ。

■Poselenie (The Settlement, 2001)

■ Portret (Portrait, 2002)

ただただキャメラをまっすぐに見つめる人物を撮りつづけた肖像映画。

"Portrait is a film about a destructed space. The film looks calm and quiet, but for me it is a kind of muffled cry. It gives the impression that a bomb has just exploded there. "(Serguei Losnitza)

『風景』Peyzazh (Landscape, 2003) 60min

ひたすら360度のパンを繰り返して風景を捉え続けるキャメラ。キャメラが一周し終え、物陰に入って画面が真っ黒になるたびに、別の風景が現れる。ロシアの地方の村の寂れた冬の風景(漆喰の剥げかけた教会、田園風景にぽつぽつと立ち並ぶ木造家屋)に始まって、キャメラが360度のパンを繰り返すたびに、映画が映し出す風景は徐々に都会のものへと近づいてゆく。 画面外から聞こえてくる犬の吠え声や人の笑い声はいかにも同時録音されたサウンドのように思えるが、風景が一変しても滑らかに続いてゆく音は不自然さを感じさせる。その不自然さは映画が進むにつれて確実なものとなってゆくだろう。『包囲』以前に撮られた作品ではあるが、ここでのイメージと音との非シンクロの方法論は、『包囲』よりもさらに推し進められていると言っていい。

最初はほとんど人気のない風景だけを映していたキャメラの視界はやがて人の顔、顔、顔で一面埋め尽くされはじめる。いつの間にかキャメラもパンを繰り返すのをやめている。どうやらここはバス停留所らしい。そこで何時間も寒さをこらえながら、いつまでたっても来そうにないバスを待ち続ける人々。とぎれとぎれに聞こえてくる彼らの会話から、ロシアの人々が抱える様々な社会的問題が垣間見えてくる。もっとも、よく見れば彼らの声もまた画面の人々とは無関係に画面外から聞こえてくるようだ(それもそのはず。ロズニツァは撮影を始める数日前に、彼らの声を録音していたのだから)。

キャメラの運動、そしてまるでシンクロしていない映像と音声、これらが相まって、時間も場所も異なるイメージとサウンドが一つにブレンドされはじめ、なんとも不思議な時空を作り出してゆく。そして最後に待ちに待ったバスがまるで幻のように現れるとき、あたりには怒号が飛び交い、音と映像もカオスに飲み込まれてしまうだろう。

マイケル・スノウやジェームズ・ベニングの諸作品、あるいはシャンタル・アケルマンの『D'Est』などといった作品を想起させもする、最も実験的なロズニツァ作品。

"...there is a certain menace coming from this film. The film is connected with the concept of aggression. This aggression is caused by the fact that the social connections in society don't function." (Serguei Losnitza)

■Fabrika (Factory, 2004)

工場内の作業を淡々と映し出す短篇ドキュメンタリー。

■ 『包囲』Blokada (Blocade, 2005)

41年9月から44年1月までの872日間、ドイツ軍によって包囲され、63万人以上の餓死者が出たレニングラードの様子を、ほとんど誰にも見られずにアーカイヴスに眠っていたニュース映像(?)を編集して再現した作品、と一応はいうことができる。 元の映像はすべて無声のはずなのだが、ロズニツァはそこに、当時聞こえていたはずの音を効果音として加えてイメージを再構成している。そのサウンドは、遠くを走る列車、道行く人々の足音、木の葉をゆらす風の音までをも再現(?)した非常に繊細なもので、知らずに見たならば、きっと普通のトーキー映像と見間違えてしまうだろう。

その一方で、この作品には映像を説明するナレーションや字幕は一切ないし、雰囲気を盛り上げる効果音楽もまったく使われていない。 フッテージ映像のみを使ったドキュメンタリーなら『アトミック・カフェ』などこれまでにも数多く撮られているが、音楽もナレーションもなく、ただ環境音だけを当時のフッテージに付け加えるというのは、案外、誰もやっていないのではないだろうか。作り込まれたサウンド・トラックは不思議な臨場感を映像にもたらし、まるでその場に居合わせているかのような感覚を見るものにもたらしているが、他方で、音が嘘であることによって、映像自体までも嘘くさいものにしているともいえる。

この映画に使われたフッテージの多くは、たぶん、当時検閲を受けてお蔵入りになっていたものだったのだろう。包囲が続いて食糧不足となったために餓死した人々の死体が道ばたに無造作に横たわり、その傍らを人々が気にもとめずに通り過ぎる。この映画の映像は、ただのドキュメントとしてもなかなかに凄まじいが、同時に、ニュース映画とは思えないほどセンスがよくて、見ていてリュミエールの作品を前にしているときのような心地よさもある。ロズニツァはこれ以外にも、フッテージ映像を使ったドキュメンタリーを数多く撮っているが、これはその最も成功した例であると言っていいだろう。

■ Artel (Artel, 2006) 30min

ロシアの雪原にある湖で、4人の漁師たち(?)が、湖一面を覆っている氷にチェンソーで穴を開け、魚を捕っているらしい。この魚の捕り方はおそらく何百年も前からずっと行われてきたものなのだろう。チェンソーという現代を思わせるものの存在がなければ、このモノクロの映像も、『包囲』や『Revue』などと同じく、アーカイヴ映像が使われているのだと勘違いしてしまうかもしれない。 ロングショットの多用、ショット間に使われる黒画面などは、ロズニツァのドキュメンタリー映画のトレードマークと言っていいものだ。35mm モノクロ・フィルムを使った繊細な画面は、ときにロシアのサイレント映画の傑作を彷彿とさせもする。

Revue (Revue, 2008) 82min

『包囲』と同じ手法で、アーカイヴ映像のみを使って再構成されたドキュメンタリー。やはりここでもナレーションは一切なく、音楽も、実際に映像の中でだれかが演奏している音楽などを除くと、まったく使われていない。 しかしながら、スタイルは同じでもここでの狙いは『包囲』とはかなり異なるものだと言える。『Revue』で使われているフッテージ映像は、50ー60年代のソ連で撮られたニュース映像、プロパガンダ映画、テレビ番組などである。ここに映っているのはごく普通のロシアの市民たちの日常生活である。ロズニツァはこれらの映像に付随していたサウンドの一部──ほとんどは共産主義を褒め称えるナレーションだったのだろう──を取り除き、別のサウンドを付け加えた。こうしてプロパガンダ色を払拭された映像は、50ー60年代のソヴィエトで撮られた記録映像に否応なしにまとわりついていたイデオロギー性を奪われて、滑稽でときにグロテスクなものとして新しく立ち現れる。

■『霧の中』In the Fog (2012)

ロズニツァが『My Joy』に続いて撮った長編フィクション映画第2作。カンヌのコンペに出品され、ドキュメンタリーだけを撮っていたときは世界的にはまだまだ無名に近かったロズニツァの名を世に知らしめた作品といっていい。

大祖国戦争(ロシアでは第二次大戦のことをそう呼ぶ)中、ナチス軍に占領されたベラルーシ地方のある村。そこで破壊活動を行った3人の村人がドイツ人によって処刑されるところから映画ははじまる。実は、彼らと一緒に捕まっていた村人がもうひとりいたのだが、その男はなぜだか処刑を免れる。村人たちは彼を裏切り者扱いし、妻さえも態度を一変させる。その夜、ナチ相手にゲリラ戦をしているパルチザンの二人組が彼の家を訪れ、外に連れ出す。おそらく、裏切り者として処刑するためだ。しかし、ナチによる突然の襲撃で、パルチザンのひとりは瀕死の重傷を負ってしまう……。

〈裏切り者〉とふたりのパルチザンが森のなかをさまよう姿と平行して、映画は3人それぞれの過去を描き出してゆく。ネタバレになるので詳しくは書かないが、三つの回想シーンの中で次第に明らかになってゆくのは、誰もが最初の見かけとは違う別の顔を持っているということだ。〈裏切り者〉は本当に裏切り者なのか。気高い行いとは、いったいどういうものなのか。舞台となる場所もそうだが、テーマの点でもこの映画は、ゲルマンの『道中の点検』に通じるものが多々ある。並べて考えてみるのも面白い。 いささか図式的な作品ではあるが、良くも悪くもすべてをコントロールするのがロズニツァの作品の特徴であり、それは、このフィクション映画にとどまらず、彼のすべてのドキュメンタリー作品にも当てはまることである。

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