「みずほ点訳」ホームページ

 吾輩は阿茶である 




第81回〜第90回



阿茶
スフィンクスの体勢で、顔を横にし、見上げてる阿茶。
見てる先にあるのは星、夢、それとも・・・。




第81回 (2002.8.5)

夏どまんなかである。
暑さが猛烈である。
それが当たり前である。
・・・それにしても、度が過ぎている気がする。
熱帯夜が何日だか連続し、1890年からの観測史上で4番目の長さになったのだそうだ。
どおりで、夜、ちっとも眠れないわけである。
もっとも、吾輩は日中じゅうぶんに睡眠をとっている気もするのだが・・・。
最近の吾輩は、と言うと、事務所に出かけるおじさんを、玄関の手前で、ぽてんと横たわりながら見送った後、そのまま三和土に寝そべっているか、今いちばんお気に入りの、洗濯機の前にある整理棚の空いている段で過ごしていることが多い。
三和土は、ちょっとでも冷たくなっているので避暑というのが分からないでもないが、整理棚は、風が通らないし、狭いし、毛羽立ったマットが敷かれてあるし、とても避暑にはならない。
洗濯をしようとするおばさんにも、吾輩が眠り込んでいたりすると気を遣わせてしまうので、居場所としては全然適していないのだけれど、どういうわけか、安心してよく眠れる場所なのである。
おばさんの話だと、場合によっては、お腹を上、足を広げ、まさに「大」の字で眠りこけている、とのこと。
結局、日中は、お腹が減ったときに食餌欲しさに動くだけ。
あとは大抵、どこかで横になっている吾輩だが、おじさんが帰ってくると、そうばかりも言っていられなくなる。
この暑さにもかかわらず、果敢にだっこをしてくるのだ。
当然に吾輩は逃げ出すこととなり、忙しくなるのである。
夜中は、もっと忙しい。
おじさんも、おばさんも、寝てしまっているので、なんでも自分ひとりでやらなければならない。
長い長いつきあいである猫じゃらしを、あっちに運んだり、こっちに運んだりするのも、そうだ。
「明け方5時50分の怪」は、このところ時間が早まり、4時台に突入した。
といった感じの吾輩の一日。
おじさんたちがまた、吾輩のために買ってくれた「薬品を使わず、水の冷たさで体温を逃がす、体にやさしいクッション」なるものの出番が、これっぽっちもないままに過ぎているのである。


第82回 (2002.8.7)

『加藤獣医院』から「暑中お見舞い」ならぬ「注射お知らせ」の葉書が届いてしまった。
ほんの2週間ほど前まで、風邪により通院を余儀なくしていた吾輩としては、一難去ってまた一難、舌をやけどしながら飲み込んだ食べ物が、胃の腑においてもなおまだ熱かった、といった感じ。
ため息をつく間もない。
おじさんが事務所から帰宅するのを待ち、また吾輩がひととおり逃げまくってみてから、キャリーバッグに押し込まれると、すっかりおなじみの道順で出かけることになった。
坂道を上ってにゃあにゃあ、今度は下ってにゃおにゃお、大通りの信号を渡ってぎゃあぎゃあ、角を左に曲がってぎゃおぎゃお、それでも結局、到着してしまう。
3種混合ワクチンの追加接種ということなので、要するに、首のうしろに注射を1本されればいいだけなのだが、そうとは知らない吾輩は、またどんな大変な目に遭わされるのだろうか、と警戒して、尻尾をぎゅっと折りたたみ、暑苦しくてかなわない高温おじさんにすら、しがみついてしまったのだった。
先生にまで、威嚇するように「はあーっ」、ちょうど肺活量を測るみたいな息の吐き出しをしてしまった。先生ごめんなさい。
その先生からは、聴診器による簡単な診察とワクチン注射1本だけで済み、次回は来年でいいです、とのこと。心底ほっとしたことである。
・・・にもかかわらず、なぜか帰り道までも「にゃあにゃあ」鳴き続けてしまい、おじさんから「もう帰るだけだからね」とか「今度は来年でいいからね」とか、励ましの言葉をもらうこととなった。
そして、帰宅後もすぐキャリーバッグの口が開けられるやいなや、2階にまで駆け上がってしまったのである。
もはや尋常ではない。
明朝は、3時台にでも「怪」を実行し、おじさんたちを起こすことになるかもしれない。


第83回 (2002.8.25)

ふと、気がついたことがある。
お気に入りの整理棚のある場所から台所に上がり、食卓の部屋を通り、廊下を行けば、玄関に行き着く。
そこで、くるりと向きを変えると階段があって、とんとんと2階まで移動。
手前の部屋があり、廊下を行けば、突き当たりが奥の部屋である。
廊下の途中から横に部屋がもうひとつあって、そこに、「しつけスプレー」をしただけで砂壁がぼろぼろ剥がれ落ちてしまった年代物の床の間がある、というわけだ。
つまり、手前の部屋の真下は玄関、奥の部屋の真下は食卓の部屋と台所、廊下の真下はやっぱり廊下、じゃあ、床の間の部屋の真下は?
ということになるのである。
気がついてしまえば話は簡単、1階の廊下にもちゃんと扉がついていた。
扉の向こうに部屋があるのだが、なぜか、おばさん、おじさんが出入りしているところを、見たことがないのである。
「開かずの部屋」なのだ。
それが、5日ほど前だったか、扉がほんのちょっとだけ開いていたときがあり、さらに吾輩が前足で入り口を広げ、しめしめとばかりに入ってみた。
2階の床の間といい勝負といった感じの、畳敷きの古びた和室。
がらんとした中に、黒ずんだ仏壇が置かれてある。
なんとも、不気味。
昔、このうちに住んでいたという、大おばあさんの部屋だったらしい。
このときは、扉が開いているのに気がついたおばさんから言い付かり、「おいおい」という顔をしたおじさんが、吾輩を連れ戻しに現れた。
その後しばらく、開かずの部屋の扉は、閉められたまま。
吾輩がまた入って行きたいばかりに、扉の前で「にゃあにゃあ」と鳴き続けたものだから、許可するわけに行かないおばさんたちと、ちょっとした攻防戦があった。
吾輩は鳴き続けるのみ、それに対するおばさんたちも根気よく「そこに入っちゃダメ!」とか、「そこは何もないから」とか、「そこ、お隣さんなんだよ」とか、言い続けていた。
ところが、攻防戦は、実にあっけなく吾輩の勝利に終わったのである。
吾輩がひとりで扉を開け、さっさと中に入ってしまったのだ。
これでは許可するも何もない、時計を壊したところで時間が進むのまでは止められないのと同じ(?)だよ、というわけだ。
昨日も今日も、妙にひんやりした仏壇の前で、伸び伸びと昼寝をしている吾輩である。


第84回 (2002.9.4)

事務所の猫先輩さんと言えば、猫に関して右も左も分からなかったおじさんのたのもしき相談相手として、この『吾輩』にもしばしば登場してもらっている重要人物なのであるが、実は吾輩、まだお会いしたことがなく、先週の金曜日、日が暮れてから、ようやく初顔合わせしたのであった。
その日、おじさんはお盆の振替え休日とやらで事務所に出かけず、ぐうたらぐうたら過ごしていた。
・・・と、そこに玄関のチャイム。
猫先輩さんの突然の訪問に、大慌てしているおじさんたちのドタバタがおもしろい、なんて思っていたら、用を済ませた猫先輩さんの「ところで、阿茶くんは?」の一言から、一気に吾輩がクローズアップ されてしまったのである。
きょろきょろする間におじさんに抱えられ、否応なく猫先輩さんのそばまで行くことになってしまった。
そうなると、吾輩は一目散に逃げる!
再びおじさんに抱えられても、おじさんの腕にミミズ腫れを作ってまで逃げる!
猫先輩さんの手前、おじさんが必死になって吾輩を捕まえようとするが、もはや捕まえられることが ないほどの距離にまで逃げる!
とにもかくにも逃げる!逃げる!
逃げる!!
最後は猫先輩さんもおじさんも根負け、諦めたようだった。
猫先輩さんが帰った後、おじさんから軽く叱られたけれども、その実は、吾輩の逃げまくる現場をはじめて目の当たりにし、おじさんにしてみれば、普段、噛みつかれようとも、引っ掻かれようとも、逃げきられたりはしない、という事実から判断して、吾輩のおじさんに対する親密度を再確認したようなところがあったらしく、結構うれしそうにしていた。
叱られたと言えば、今や「開かずの部屋」から「開けっ放しの部屋」へと変身した和室において、おばさんから、こっぴどく叱られたことがあった。
仏壇のすぐ前に、寝そべった布袋さまの置物があって、吾輩も真似をし、向きは反対ながらも同じ格好で寝そべってみたところ、吾輩とその置物とで行儀の悪い狛犬のようになったのだが、何かしら、仏壇の上にのぼる気になってしまったのである。
ちょうどそこにたまたま現れたおばさんが、仏壇の上の吾輩を見つけて激怒!
厳しく叱られてしまったのだった。
事務所の猫先輩さんがその後、吾輩のことを「大きな猫だ」なんて評していたらしいが、今は、その大きな体を小さくして反省中なのである。


第85回 (2002.9.12)

辞書を引いているとたまに、びっくりすることがある。
そういうのを人間は「目から鱗」などと言うようだが、吾輩の場合は「目から縞々」。
茶トラの縞々模様が落っこちて、単色の猫になってしまうのじゃないかと思えるほど驚いた、知らなかったにゃあ、なんてくらいの意味である。
この前、何気なく、吾輩の名前であるところの「阿茶」という語を引いてみたときも、項目としてちゃんと載っていることにまず驚き、「長崎で、唐人(中国人)に対する親称」と説明されていて、また驚いた。
念の為、ここで断っておくが、勿論、吾輩は中国人ではない。
その中国にご旅行をされ、先日帰国されたサザエさまから、甘栗のおみやげをいただいた。
おじさんが袋を開けた途端、吾輩の嗅覚が鋭く反応。おじさんが食べるよりも先に、袋の口まで鼻を持って行き、くんくん、くんくん、においを嗅いでやったものだから、おじさんも思わず「阿茶くんも食べるか?」と、ひとつ差し出してくれたのである。
おじさんにしてみれば、必ずしも本気ではなかったようだけれども、手のひらにある甘栗の、あらためてにおいを嗅いだり、舐めたりしたので、すっかりその気になって、吾輩が食べやすいように細かく砕いてくれた。
こうなったら吾輩も、決して後には引けない。
甘栗を口にするのがはじめてとは思えない勢いで、ぺろりと食べてしまった。
・・・驚いたのは、おじさんたち。
特におじさんは、自分の手のひらに吾輩のざらざらした舌の感触までもが残されて、見るからに興奮し、「えーっ、猫ってふつう、甘栗を食べるのかなあ?」などと、大声でしゃべりまくっていた。
まさに、目から鱗のようであった。
結局、猫が甘栗を食べることについて、半信半疑のおじさんたちからもらうことのできた甘栗は、ひとつの半分だけだったけれども、吾輩にとってはちょうどいい「おやつ」となったことである。
サザエさま、どうも、ごちそうさまでした!


第86回 (2002.9.19)

急に秋になった気がする。
朝晩だけじゃなく、日中もかなり涼しくなった。
途端に吾輩の居場所が変わり、おじさんなどは、それで秋を知ったようである。
サービスもあって、おじさんのふとんにまでわざわざ行って眠るようにもなったし、おばさんが例のふかふか毛布を出してきてくれたので、早速、その上にも行って、よろこんで寝たりしている。
ほんと、このふかふか毛布だと不思議なほど熟睡してしまって、ちょっとやそっとの物音では全然目がさめないし、おじさんに負けないくらいの寝相をして平気で眠りこけているのだそうだ。
眠っている間の話は、勿論、自分じゃ分からないわけで、おじさんから聞いたのだが、もう少しで「鼻ちょうちんを吹き出すのじゃないか」と心配(?)されるくらいの熟睡であるらしい。

さて、今年もまた、ぶどう狩りの話になっている。
吾輩が同行するのか、留守番するのか、吾輩自身では決めかねるし、おばさんたちも非常に迷っているようだった。
同行するのは、みなさんにお会いできてうれしい反面、緊張もするし疲弊する。
そうかと言って留守番するのも、いつもの留守番よりも長時間におよぶことは必至で、寂しくもなるし退屈する。
そういった理由に加え、おばさんたちの心配は、先日の事務所の猫先輩さんに対したときのような態度だと、はるばると会うのをたのしみにしてくれているかっとび家やムーミン谷の人たちに悪いし、てんさまには恩知らずな行動になってしまう、ということであった。
しかしながら、ようやく結論が出たようだ。
同行する、である。
どうも、吾輩とそれだけの長時間離れていることができない、というのが主だった理由であるようだ。
「猫離れ」しない人間というのも、ほとほと世話がやける。
ということで、みなさん、ぶどう園では、吾輩が迷子になったりしないよう、どうぞよろしく。


第87回 (2002.9.22)

吾輩ではなく目ざまし時計が、普段と違った早い時間におばさんたちを起こし始めたのが、最初の変事だった。
すると、吾輩の「怪」には再び眠ってしまったりするおばさんたちが、そのまま行動を始めた、これが 二つ目の変事。
しばらくして今度は、そんな早い時間にもかかわらず、とっても優しそうなご主人さまに送られて、サザエさまがやってみえた、これが三つ目の変事。
ご挨拶が済んだ後、おじさんが猫砂トイレを持ち抱え、借り物のワゴン車の後部座席に運び入れたのが、四つ目の変事。
そして、おばさんが吾輩の前まで来て、「さあ、行くよ!」と抱こうとしたのが、変事の締めくくり。
そこで、はた、と思い出した。
ぶどう狩りに同行するのであった。
すっかり忘れていた!
ああ、しまった!
どうしよう、どうしよう!!
猫という生き物は気まぐれなことで有名、なんて話を何かで読んだ。
この期におよんだならば、その「気まぐれ」というのを吾輩も発揮しようか。
吾輩が同行しなかったと知ったら、かっとび家やムーミン谷の人たちががっかりするかなあ、おばさんたちにもちょっと悪いかなあ、ほんと、どうしよう、どうしよう!!
抱こうとしてきたおばさんの腕をするりとかわすや、あとは逃げることに徹してしまった。
事務所の猫先輩さんのとき同様、おばさんだろうが、おじさんだろうが、見事に振りきってしまうわけだ。
何回目か、ようやくおばさんたちを諦めさせると、おばさんは吾輩の食餌をお皿に準備し、おじさんは猫砂トイレを元に戻していた。
なんとも、ご苦労さまでした。
こうして結局、吾輩は同行せず。
早朝から約14時間、留守番をして過ごすことになった。
おとなしく留守番ができたかどうかは、吾輩の声でお察しいただきたい。
犬の仲間にハスキーというのがいるらしいが、猫の吾輩も、森進一さんばりのハスキーになって、無事に帰宅したおばさんたちをお出迎えしたのである。
にゃはごほ、にゃはごほ?


第88回 (2002.10.9)

落ちていた食欲も、秋らしくなるにつれ、徐々に出てくるようになった。
猫缶で話をすると、暑いあいだ1日1缶、それも必ずと言っていいほど半分は残してしまっていて、陽気が陽気だからと仕方なさそうにおばさんが処分する、といった毎日だったのが、今は、1日2缶をしっかりと平らげているのだ。
さらに、トランプカリカリもおやつのように食べていて、立派に「食欲の秋」をしている。
おばさんたちも、吾輩の食べっぷりを目にして、夏のような心配は全然していないようである。
ところで先日、おばさんがサザエさまから、カツオでもワカメでもなく、タチウオという魚をいただくことになった。
なんでも、サザエさまのご主人さまが腕のいい太公望で、その日も見事な釣果があり、それを分けていただいたものらしい。
早速、おばさんが、ちょうど点訳していたレシピに出てきた「タチウオのレモンじょうゆ照り焼き」にしようと考えたものの、それには漬け汁に2時間漬け込まなければならず、あきらめて、塩焼きすることになった。
それが吾輩には却って好都合、食卓に上ったタチウオから漂ってくる匂いに、すかさず過剰な反応。
にゃあにゃあ、にゃあにゃあ、うるさく近寄って行ったのである。
椅子に立ったうえで、食卓に肘(?)を張った前足まで置き、まるで演説でもしているかのような体勢。
おじさんがタチウオの身を細かくほぐし、演説中の吾輩の目の前に置いてくれたので、即座に演説を中断し、パクついた。
うまい、うまい!
こりゃ、うまい!!
あっという間に食べてしまう吾輩のために、おじさんが必死になって身をほぐしてくれたのだが、タチウオという魚は小骨が多いらしく、食べるばかりにするのには手間がかかり、吾輩の食べるペースに、ちっとも追いつかない。
しかも、そうして、身のいいところを吾輩がほとんど食べてしまって、おじさんには気の毒なことをしてしまった。
それにしても、うまかったにゃあ。


第89回 (2002.10.16)

どうにも気になって仕方がない存在、というものがあるものだ。
複雑な人間関係においては、それが、恋の相手であったり、ライバルであったり、鬱陶しい上司であったりするらしいが、われわれ猫にだって存在する。
最近の吾輩にも、そういう存在ができてしまった。
ヤツはどうやら首に鈴を付けさせられているようで、ヤツが動くたびにチャリチャリ、チャリチャリと音がする。
それですぐに吾輩の知るところとなり、音のするほうに向かう。
たとえ吾輩が、ふかふか毛布やおじさんの膝の上で気持ちよく眠っているときであっても、微かにでもチャリチャリ聞こえてしまうと、断然じっとしてはいられない。
ふかふか毛布だろうとおじさんの膝だろうと蹴飛ばして、音のする方向を聞き分け、猛然と走り出すことになるのだ。
そして、そこに、まだチビのキジトラの子猫を見つけることになったのだった。
そのチビを見かけるようになって何日目か、チビがうちの柿の木に上ったものの、下りてこられなくなった、なんて間抜けな事件が起きた。
おばさんたちが救助に協力し、怪我もなくて済んだのだけれど、そのチビが、ご近所の木三田さんちの飼い猫で、ミーという名前だと分かったのは、このときであった。
木三田さんの話だと、ミーのヤツ、事件の翌日はおとなしく反省していたらしいのだが、その翌日にはもうきれいさっぱり忘れ、それから始終、うちの狭苦しいような庭にやってくるようになってしまったのである。
昨日などは、縁側で日向ぼっこをしていた吾輩と向き合うかっこうで、飛び石にしゃがみ込んでいるので、すっかり観察することになってしまった。
よくよく見ると、愛嬌のある顔をしている。
友だちになってもいいかなと、にゃあにゃあ呼びかけたところが、「ふがーっ」と一言。
猫としての礼儀作法を教わっていないのだろうか。
また柿の木に上ってしまうといけないから、というので、おばさんに追い払われても、逃げはするけれど、ちっとも外に出て行かない。
ここはひとつ、先輩である吾輩が、教育というものをしなければならないのかな。


第90回 (2002.11.10)

木三田さんちのミーは、その後も、何かというとやって来ている。
自分ちの庭ではないのに我が物顔で歩きまわり、おばさんたちに追い払われると、縁の下に逃げ込むことを覚えて平然としている。
先輩である吾輩に対して、ろくに挨拶もしない。
猫の風上にも置けないようなヤツなのだが、それでも同じ猫どうし。
吾輩としては、仲良くして行こう、と思っている。
ミーが現れれば、例の鈴のチャリチャリで、すぐに分かる。
それで、吾輩のほうからも近寄って行くことになり、サッシのガラス越しに向き合うことになるのだ。
場合によっては、お互いがさらに顔を寄せ合うので、昔の映画の有名なワンシーンのような状態にもなってしまうのだが、そうしながらも、ミーは威嚇するように鳴き、背中の毛を逆立て、尻尾を狸のおじさんのように太くしている。
生意気だったり、強がったりしてはいても、内心恐くてどうしようもない、といった様子。
それに対し、吾輩は、後ずさりすることこそあるけれど、恐くもなければ、強がる必要もないので「にゃは、にゃは」鳴いてみている。
それが、おじさんには、なんとも腰抜けに聞こえるらしいのだが、こんな感じがいいのだ。
その証拠に、ミーも恐さがなくなってきたのか、最近は威嚇も狸の尻尾もなくなり、のんびり現れるや、吾輩にお腹を見せ、ころんころんと寝転がってばかりいる。

話は変わるが、おじさんが風邪を引いた。
鼻水が出て出てしかたがない、といった症状らしい。
おじさんが鼻をかむと、「ぶおーっ、ぶおーっ」と途轍もない音がする。
そんな鼻のかみ方をしていると耳が悪くなるのじゃないか、と思うけれど、それくらいにしないとスッキリしないのだそうだ。
さて、この鼻の轟音が、吾輩には恐怖なのである。まるで怪獣のごとく。
思わず逃げ出してしまっている。
最近は、おじさんがティッシュに手を伸ばしただけで、逃げ始める始末。
おじさんも吾輩を見習って、軽く「にゃは、にゃは」と鼻をかんでもらいたいものである。



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