「みずほ点訳」ホームページ

 吾輩は阿茶である 




第71回〜第80回



阿茶
左前足でカーテンを引き寄せ、顔を出してる阿茶。
顔つきは、至って真面目だ。




第71回 (2002.5.5)

吾輩もお蔭さまで、今日をもって満1歳になったのである。
自分で言うのも何だが、いや、おめでたい。
この1歳というのは、人間でいうと18歳に相当するらしい。
まだ煙草は吸えないし、お酒も飲めないが、パチンコはできる。
ところで、おじさんたちが、吾輩が横になっているのをいいことに、巻き尺を手に近寄ってきて、前足を引っぱったり、後ろ足を引っぱったり、尻尾をまっすぐ伸ばしたり、散々好き勝手にして、吾輩を測って行ったのであった。
それによると、頭からお尻までが51cm、尻尾だけで29cmあるので、これを足すとちょうど80cmになるわけだけれど、スーパーマンが飛んでいるときのように前足と後ろ足を伸ばすと、自己最長87cmにおよぶことが分かった。
首回りは26cm。
しかし、これは首が絞まるといけないからと言って手加減し、おばさんが緩やかに測ったときの数字。
純毛込みだ。
おじさんが構わずに測ったところでは21cmだったらしい。スリーサイズは上(?)から順に、33cm、34cm、34cm。
くびれは、まるでない。
ま、女の子じゃないしね。
そして、気になる体重なのだが、例の0・5kg単位でしか表示されない体重計を信じると、4・5kgであった。これが、1年間の成長を数字にしたすべてである。
あと、おじさんが縞の数をかぞえようとしたけれど、これは増えても減ってもいないと思う。
おじさんも、途中であきらめていた。
事務所の猫先輩さんからも、誕生日プレゼントをもらってしまった。
茶トラの猫がほのぼのと描かれた額と、ねずみと、またたびの木だった。
ねずみは前と違うタイプで、またたびの木とともに、吾輩のおもちゃになったものの、額は壁に取り付けられ、おしまい。
どちらかと言うと、おじさんたちのほうが気に入って眺めている気がする。
で、おじさんたちからは何がもらえるのかな、と思っていたら、パンジーの花と一緒に納まった記念撮影と、ケーキのうちの生クリームがちょっと。
撮影ではおもちゃにもならないし、舐めることができた生クリームはとてもおいしかったけれど、ケーキのあと全部は、結局のところ、おじさんたちの口に入ってしまったのである。
これでは、誰の誕生日なのか、わからない。
それと、メールのアドレスに吾輩の名前を入れてくれたらしいのだが、これだって、吾輩には、ちっとも実感が伴わない。
・・・などと言いながらも、この世に生を享けて、まる1年。
可愛がってくださるみなさんに、猛烈に感謝している吾輩なのである。


第72回 (2002.5.14)

ここに1枚の毛布がある。
春先までは、おじさんのふとんの間に敷かれていて、吾輩がよくおじゃましに行き、そのふかふかした感触に安らぎをおぼえたものだったが、今は、ふとんから外されている。
季節が変わったのだから当たり前だけれど、今年はまた至って気温が高いのでなおさら、毛布なんか敷いて寝られるものではない。
ところが実は、吾輩にとっては、いまだに寝床になっているのである。
折り畳まれたうえで、他の毛布といっしょに鏡台の横に積み重ねられ、そのいちばん上になっているのに気がついた吾輩が、さっさと上がり込み、気持ちよく眠っているわけだ。
夜だけではなくて、昼寝にも利用ができ、ここのところ、寝場所はほとんどここばかりである。
吾輩の姿が見当たらないという場合、探さなくても、まずここを見ればいい、という状況。
毛布が片付かなくてまいったな、といったおばさんも、探す手間が省けていいわけである。
片付かない、と言えば、日曜日からの話。
ほんとにめずらしくて、どうして雨が降らないのかな、なんて思ったことだが、おじさんが網戸の張り替えをしたのだった。
そもそもを言えば、吾輩が昨秋、網戸をびりびりにしたことに始まるわけで、些か責任を感じてはいるけれど、不器用なおじさんが要領わるくやっているので、よほど手伝ってやろうか、なんて思ってしまったことである。
実際、3枚のことに半日かかっていた。
ところで、おじさんの作業中も、手の動きにそばえてしまって仕方のなかった吾輩だが、張り替えが終わった後、役目を終えて網戸から外された前の網にまた、やたらに関心を持ってしまった。
すっかり吾輩のおもちゃになったのである。
網戸に付いているときはトランポリンのようだったが、網だけになってみると蚊帳のようなぐあいで、よく下にもぐり込んだりしている。
で、要らなくなった網なのに捨てるに捨てられなくなってしまった、と言っておばさんが嘆いているのである。
すみませんね。
もう少し、吾輩の遊び相手に置いておいてくださいにゃ。


第73回 (2002.5.25)

網戸が修復されたことによって、その後、窓が開け放してあることが多くなり、吾輩も窓枠やローボードの上にいて、外を眺めて過ごすことが多くなった。
先週は雨降りの日が続いてそうでもなかったが、今週はほとんど快晴。
青空をゆっくり移動して行く雲をポケーッと眺めていると、詩でも作ろかにゃあ、なんて思ってしまうほどだ。
そう言えば、1歳を迎えた途端から、明らかに吾輩がおしゃべりになっている。
さすがに詩を朗読しているわけではないが、むがむが、にゃはにゃは、われながら、うるさい、うるさい。
網戸と言うと、吾輩の遊び相手になっている、外されたほうの網の話。
蚊帳のようにして吾輩がその下にもぐり込んでいる、ということは前回話したとおりだが、最近、新たな利用法を思いついた。
走り幅跳びの要領で、少し距離をおいた位置から、助走をつけて網の上に飛び乗るのである。
そうすると、吾輩を乗せたまま網がずずずっとずれて、実にいい気持ちになるのだ。
何回か遊んで網が壁まで行き着いてしまったら、ずれる楽しみがなくなるので、網を引っぱってきて部屋の真ん中まで戻し、また、このくり返し。
気が変わるまで延々と遊んでいられる。
おばさんも、相手をしなくて済み、自分の時間が持てるので、悪くは思っていないようだ。
ますます網が、捨てられない運命にいることである。
網戸に関しては、もうひとつ話がある。
吾輩にまた、びりびりにされてはたまらないから、と言って、おじさんが猫用の爪切りを買ってきて、吾輩の爪を切ろうとしたのだった。
そうとは知らない吾輩が、おじさんの膝の上でうとうとしていると、どうも誰かが吾輩に握手を求めてきて仕方がない。
サイン会でもしているスター気取りで、握手を返しているうち、プチンという大きな音で目がさめてしまった。
見ると、おじさんが吾輩の左前足の親指(?)の爪を切り落としたところだったのだ。
目がさめてしまえば吾輩も、おじさんのすることに黙ってなんかいられない。
さっさと逃げ出した。
それで今、吾輩の爪は1本だけ短くて、それが目に入るたびに、妙な気分になるのである。


第74回 (2002.5.31)

画板が取り外された。
こんな風にいきなり書くと、何が何やら分からないかもしれない。
昨夏、吾輩がここに来てじきのこと。
階段がまだ苦手で、2階から落ちてはいけないからというので、階段に面した廊下の手すりに、ちょうど大きさの合った画板が柵がわりに取り付けられたのだった。
しばらくして、吾輩が階段を制覇。
今では、競走を、おじさんとしようが、おばさんとしようが、負けることなど考えられないほど、階段を得意としている。
ということは、ずいぶん以前から、画板などなくても大丈夫だったわけだけれど、先日ようやく、そのことにおばさんが気づき、取り外されることになったのである。
取り外されてみると、手すりなんてものは枠だけなので、見通しがとてもいい。
もしも室内で風が吹こうものなら、風通しもとてもいい。
実際、「猫通し」がとてもいいことになっている。
つまり、吾輩が手すりのところから階下を覗いていたり、廊下と階段の行き来をきちんと歩かずに、横着して近道したりしているのだ。
あらためて、自分の成長ぶりを実感したものであった。
成長と言えば、吾輩が1歳になったのを機に自らに課していることがある。
寝坊なおじさんたちの「目ざまし時計」になってあげているのだ。
かれこれ20日間以上続けていることになるが、毎朝決まった時間に「にゃあにゃあ」鳴いて、ふたりを起こすわけである。
吾輩も、鏡台の横に積み重ねられたふかふか毛布の上が寝床になっているので、頭を上げて時計で時間を確認してから、わざわざ毛布を降り、おじさんたちの寝室まで移動したうえで、耳許で鳴いたり、足許で鳴いたり、ふとんから出ている足首を齧ったりしながら、任務を遂行することになる。
ただし、ここで問題なのは、決まった時間というのが、なぜか5時50分である、ということらしい。
そういう時間でも、すでに働いている人、職場に向かっている人はいっぱいいると思うけれど、おじさんの場合、まだあと1時間以上寝ていても大丈夫なのだそうだ。
おじさんは、この吾輩の日課について「明け方5時50分の怪」なんて呼んでいる。
ところで、気になって仕方がない吾輩の爪であるが、その後、変わりなくて、1本だけが切られた状態のままである。


第75回 (2002.6.4)

おばさんと戦った、なんてことは一度もないが、おじさんとはよく戦っている。
戦うなんて表現が些か大げさなのかもしれないが、遊びがエスカレートして行くうちに、吾輩か、おじさんか、もしくは双方が興奮してしまうのである。
吾輩が興奮した場合は、せいぜいが「噛みつく」「引っかく」「走りまわる」なのだけれど、おじさんが興奮してしまった場合は、「絡みつく」「引っくり返る」「暴れまわる」となって、始末が悪い。
おばさんもサジを投げるしかなくなる。
ただし、妙なものなのだが、どんなに戦っていても、おじさんの視野の範囲で吾輩がころんと横になると、おじさんは必ず吾輩の背中をなでることになるのである。
どうも、そういう条件反射ができているみたいで、どんなに暴れていても怒っていても即座に中断し、背中なでなで。
見事に切り替わってしまうのだ。
吾輩はこれを「パブロフのおじさん」と呼んでいる。
戦いと言えば、日曜日のお昼過ぎのこと。
吾輩が窓枠でのんびりしていると、バサバサッ、バサバサバサッ、と聞き慣れない物音がし始めた。
その奇妙な物音のする方向を見ると、ハトが2羽、電線に並んで止まっているではないか。
ハトそのものが、この辺りではめずらしいのだが、それがまた戦っている様子なのである。
一定の距離を保ちながらも、ほぼ同時に相手に飛びかかり、空中でもつれ合う。
バサバサッと音を立てるほど、ぶつかり合うわけだけれど、次の瞬間は、また距離を保って電線に戻る、といったぐあい。
右と左が入れ替わることはあっても、場所を移動することはなく、ちょうど吾輩の目の前となる電線上。
何回も戦っていたかと思うと、一気にどこかに飛んで行ってしまった。
吾輩も、背中をまるめたり、毛を逆立てたりしながら忙しく眺めていたのだが、眺めるだけでも結構疲れる。
それにしても、決着はついたのだろうか?
それとも仲直りができたのだろうか?


第76回 (2002.6.14)

W杯というのが、日韓共催で行われている。
試合の中継が毎日のようにあって、おじさんも、おばさんも、その時間になるとテレビの前から離れない。
吾輩が目の前でころころ転がってみても、遠くから聞こえるように「遊んで」って鳴いてみても、とんと相手にしてくれない。
ころころ転がったときに、条件反射で「パブロフのおじさん」が手だけ伸ばしてきて、かろうじて背中をなでてはくれるものの、目はしっかりとテレビ画面に釘付け。
全然気がないので、平気で宙をなでていたりする。
吾輩はすぐ横にいて、何かとてもあほらしくなってしまうことである。
それで、昨夜のこと。
2階の手前の部屋の隅っこ、無造作に電話帳や昔の本が仕舞ってある上に、仰向けに寝転んでやったのだった。
しばらくして、放送が終わったのか、急に吾輩のことを思い出したらしいおじさんが「阿茶ー、阿茶ー」と呼びながら部屋を覗きにきた。
隠れる気があったわけではない吾輩だったが、おじさんには見つからず、その後に階段を上がってきたおばさんに見つかることとなった。
「阿茶くん、いたよ」というおばさんの言葉に戻ってきたおじさんの前で、仰向けのままじっと動かずにいたら、おじさんが勘違いをして猛烈に焦っていた。
おどかしっこ、大成功!
さて、おばさんもおばさんで、吾輩のことを「ベッカム」と呼ぶようになった。
美男だからか、髪の色が似ているからか、髪の伸ばしぐあいからか・・・。
逃げ足が速いから、ぐらいに考えていたおじさんが聞き出したところでは、「貴公子だから」というのが理由とのことだった。
そう言われると、悪い気がちっともしない。
ご本家のベッカムさんのことも、非常に気になり始める。
おばさんがうっとり眺めていたイングランド戦を、吾輩も後方から覗き見てみた。
なるほど、かっこいい。
足も速い。
猛烈に走っている。
ということで、ここ最近、吾輩も、おばさんたちが驚くほどのパワーとスピードで、廊下と言わず、部屋と言わず、階段と言わず、走りまくっているのである。
それも夜、かなり更けてきてから、俄然、走り出してしまうのだ。
自分でも止めることができない。
これが知れたら、どこかからオファーがくるかもしれないにゃ。


第77回 (2002.7.7)

今日は七夕。本によれば、おり姫、ひこ星にとって1年ぶりに会うことができる日とのこと。
吾輩も読者のみなさんと会うのに、ちょっと間があいたけれど、この間にW杯が終わってしまって、次回までには4年もあるらしい。
七夕よりすごい。
そのときにはベッカムさん、トッティさん、カーンさん・・・に再び会えるだろうか。
この間はまた、気候の変化も激しくて、雨ばかりの肌寒い日が続いたかと思ったら、7月になった途端、猛烈に暑い毎日。
寒いあいだ、相変わらずふかふか毛布だったり、ひさしぶりにおじさんの膝の上だったりで眠って、おじさんを喜ばせたものだったのが、一転、食卓の下、廊下や台所といった比較的ひんやりした床を選んで、伸びきった姿勢で寝転がることが、多くなってきた。
おばさんから「今からこんなで、夏本番になったらどうするの?」なんて言われるが、今はこうしていたいのである。
さすがに、ふかふか毛布もクリーニングに出された。
食餌の量も、明らかに落ちている。
猫缶を目の前にしても、これまでのような食欲がわかなくて、どうしても食べ残してしまう。
吾輩が自分で作った食べ残しではあるものの、お皿にこびりついている様子には、ますます食べる気をなくす。
にゃ〜にゃ〜鳴いて、新しく猫缶を開けてもらい、それもまた、いいだけ食べ散らし、食べ残しを作る。
そんなくり返しで、おばさんから「阿茶くん、勿体ないことするね。残したほうはどうするの?」なんて言われるが、今はこうしてしまうほかないのである。
『加藤獣医院』の先生にも悪いけれど、「錠剤カリカリ」どころか、おばさんが食欲増進にと買ってきてくれたカリカリでさえ、あんまり食べる気がしない。
今回のカリカリは、「トランプカリカリ」とでも言おうか。
味、色、形の違った4種類のカリカリがミックスされているタイプ。
最初におばさんが1種類ずつ手のひらに載せて食べさせてくれ、そのときは気に入って口にしたのだが、その後はどうも・・・。
ただし、猫缶と違い、そんなに傷まないので、おばさんから「どうするの?」なんて言われることはない。
あと、7月になってパタッとやめてしまったのが、夜更けの猛ダッシュである。
おじさんたちは、吾輩が猛暑にぐったりし、ダッシュする元気をなくした、くらいに思っているようだが、真相は違う。
W杯が終わったからである。


第78回 (2002.7.14)

「吾輩は阿茶である。名前はまだない・・・」なんてぐあいに書き始めてから明日で、まる1年。
毎日のように書いていた当時と比べれば、書く回数がずいぶん減っているけれど、まだまだ続けようと思っているので、今後ともどうぞよろしく!
語尾を「!」にしてみたものの、実は、このところの吾輩、元気がない。
昨日の昼前のこと。
おばさんが、ふと、気がついた。
吾輩の顔の輪郭が左顎のあたりだけ膨らんでいる、というのだ。
おじさんにも確かめさせ、ふたりが交互に何回も顔を触った結果、グリグリができていておかしい、『加藤獣医院』の先生に診てもらおう、という話になったのである。
おじさんが吾輩の爪を切ることができた唯一の場所、左前足の親指からバイ菌が入り、リンパ腺が腫れたのではないか、という仮説は、爪を切ってから経過した時間を考え、おばさんに却下された。
キャリーバッグに押し込まれたときから、吾輩は、にゃあにゃあ鳴き通し。
医院に到着してからは、さらに鳴き声を激しくして、おじさんを驚かせたが、先生にはすぐに「声がかすれてないか」と指摘され、触診して「扁桃腺が腫れている」としたうえで、おしりに体温計を突っ込んで熱を測られる。
・・・39度6分。
数字は人間と同じように考えればいいそうで、いわゆる熱がある状態なのだが、猫は40度が限界らしく、再びおじさんが驚いた。
施錠等によりひと足遅れることになったおばさんが現れると、驚いているだけのおじさんとは違い、コミュニケーションがきちんとできて、先生も「風邪かな」と診断されたようだった。
おばさんにだっこをされたままの体勢で、先生から「阿茶くん、ごめんな」なんて優しく言われながらも、おしりに1本、首のうしろに1本、注射をされ、どうにかこうにか終わり。
帰るとなれば、キャリーバッグにも自分からとっとと入るし、そんなには鳴かずにいられる。
行きと同様、精算等によりひと足遅れることになったおばさんを残して、先に帰る・・・はずが、途中で、なぜかUターン。
間抜けなおじさんが、診察券をそもそも出し忘れたとかで戻ったのだが、問題にはされずに済んで、吾輩にだけ、心臓によくないことであった。
先生から、「錠剤カリカリ」どころか、本物の「錠剤」をいただく。
さすがに錠剤だけでは、ペッ、ペッ、吐き出してしまったのだが、猫缶にそっと混ぜられたことで、無事に口にできたらしい。
というわけで、前回書いた「食欲が落ちた、運動量が落ちた」のには、れっきとした(?)原因があったようである。
それにしても、お風呂の湯船に落っこちた濡れねずみ事件、おじさんたちのトイレでの噴水事件、といった水難にも、あんずさまのぶどう園における寒さにも、さらには今年はじめのおじさん、おばさんの集団風邪にも、びくともしなかった吾輩でありながら、今回は、やけに簡単に風邪を引いてしまったものである。
やれやれ。


第79回 (2002.7.17)

その後の吾輩は、熱がまだ残っていた影響か、脈絡のない行動ばかりしてしまって、おばさんたちをしっかり心配させたものであった。
テレビの裏側とか、立てかけてある掃除機の横とか、窓とカーテンの間とか、整理棚の空いている段とか、とにかく目につきにくい場所ばかりを選び、おばさんか、おじさんに見つかるまで、じっと潜んでいたかと思うと、突然、理由もなく走り出すのである。
ただし、おばさんに言わせると、ふらふらしたような、なんともおぼつかない走り方だったらしいのだが・・・。
そしてまた、走っている途中で、体の清潔さが無性に気になってしまって、急に立ち止まっては体を舌でちょろちょろっと舐め、それも長続きしないで再びふらふら走り出す、といったぐあいだった。
落ち着いた感じに、ちっともなれない。
食餌といい、運動といい、睡眠といい、じっくりとは、なぜかできなかった。
食餌は、ちょっとつまんで終わり。
運動も、したような、しなかったような。
睡眠は、やっと眠くなってきたかな、でもすぐに目がさめてしまう。
トイレですら、じっくりすることがなかった。
それで、土曜日から隔日で『加藤獣医院』に出かけているのである。
月曜日は、おばさんにキャリーバッグで運んでもらったので、中で吾輩が「にゃあにゃあ」言う以上に、外のおばさんが「重い重い」を連発していた。
医院には先客のわんちゃんがいて、少しだけ待ってから、診察。
平熱にまで下がったそうで、順調に快復しています、とのことだった。
そして今日。
おじさんとまた出かけたのだけれど、「どうです?」「食欲は?」「うんちは?」といった先生からの質問に対し、はきはきした返答が全然できていなくて、診察台にいた吾輩がよっぽど答えてやろうか、と思ったような有り様だった。
「どうです?」・・・元気、出てきましたよ。
「食欲は?」・・・まだ以前ほどないです。
「うんちは?」・・・ぼちぼちですけど。
注射を2本され、次回は、また明後日。
サザエさま、おいでくださったのに、また逃げちゃってごめんなさい。
今度は、ゆっくり、ね!
そうすれば、お愛想できるかも・・・。


第80回 (2002.7.23)

おばさんの観察によれば、どうも薬を服むと、その副作用なのか、吾輩が落ち着かなくなるらしいのである。
薬は1日に半錠だけ、夕ご飯のときに猫缶もしくはトランプカリカリにさりげなく混ぜられて口にしているのだが、それからしばらくすると決まって、走ったり跳んだりしている、というのだ。
薬の効能として、やたらに元気づける、というのがあるのかもしれないが、事実、気力がみなぎり、力強くなってきたように感じられる昨今である。
先週の金曜日も、おじさんが事務所から帰ってくるや、キャリーバッグに押し込まれ、またまた『加藤獣医院』まで出かけたのであった。
吾輩のすぐ後に、バスケットを下げた若いカップルが入ってきて、そのバスケットの中に子猫でもいたのか、吾輩が「ぎゃあぎゃあ」わめくのとハモるように「みいみい」鳴くのが聞こえたのだが、タオルがかけられていて姿を見ることはできなかった。
さらに医院の外には、真っ黒なラブラドールが順番待ち。
飄々先生、千客万来といったところ。
風邪はほとんど治ったようで、扁桃腺の腫れも、先生が触診して「もう腫れていないね」とおっしゃってくれた。
食欲について、「美味そうに食べてるかな?」と質問されたが、おじさんはもぞもぞとしか返答できない。
猫缶だったらね、と言えば正しかった、と吾輩は思う。
注射2本と薬4日分。
ということで、出かけなければならなかった今日、火曜日。
おじさんが事務所から帰ってくる、おばさんがキャリーバッグを準備し始める、この時点で当然、吾輩は逃げまくったのだが、結局、捕まってしまうしかない。
それでも前足、後ろ足、使えるものをすべて使って最後の抵抗を試みた。
抵抗は抵抗でしかなかったが、抵抗できるくらいすっかり快復した、ということでもある。
診察も、先生が聴診器でポンポンしただけ。
抵抗したのが馬鹿らしくなるほど、あっけなく終わってしまった。
検温も、注射も、なし。
お蔭さまをもちまして、全快した吾輩である。
これは、おまけ。
診察台の正確な体重計によれば、吾輩の現在の体重は4・75kgとのこと。
自分で言うのも何だけれど、理想的な数字じゃあるまいか。
にゃはは。



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