「みずほ点訳」ホームページ

 吾輩は阿茶である 




第151回〜第160回



阿茶
「ライオンだにゃあ!」
手前5cm、傾斜45度で見上げられた、顔がどアップの阿茶。
金色の眼光、勢いのあるひげ、威厳もあって、これはもう猫の域を超えた?



第151回 (2006.6.15)

W杯が始まった。
今回はドイツ開催らしい。
そうにゃのだ、あの日韓共催からもう4年にゃのだ。
当時は、うちにさえ俄かサポーターが現れて、吾輩のことを「ベッカム」と呼んだりして盛り上がったものだった。
4年後なんてずっとずっと先に思えたけれど、時間が逆行しない限りは、必ずこうしてやってくる。
時差は7時間。吾輩もこれから当分の間、夜更かしが続きそうである。
さて、またまた御無沙汰の加藤獣医院だったが、ついに出かけることとなった。
勿論、吾輩の意思では断じてない。
おじさんが何食わぬ顔をして近寄ってきたので、ひょっとして・・・と思っていたら、案の定、捕まえられ、用意されていたキャリーバッグにひょいと押し込まれてしまったのである。
ところがここで、おじさんがもたもたする。
チャックされる寸前の口から、吾輩、自分でも意外なことに、外に出られてしまった。
こうなってしまうと、何食わぬ顔をしている必要など、お互いに全然ないわけで、吾輩は逃げる、逃げる、逃げる、おじさんとおばさんは、ふたりがかりで追いかけてくる。
挟み撃ちにしたり、吾輩が隠れようと身を寄せている机や椅子を動かしたり・・・。
最後はおばさんに捕まり、なおも逃げようとする吾輩に対抗して、押し込めたキャリーバッグを突っ立てた挙句、チャックが閉められた。
吾輩の大声と慌てて走り出すおじさん、毎度の光景である。
そして、加藤獣医院に到着した。
おじさんが飄々先生に説明をする。
阿茶の好きな猫缶が発売中止になってしまいまして・・・、違う猫缶だとちっとも食べませんで・・・、今は仕方なくカリカリだけにしていまして・・・、体重が減ってしまったのではないかと・・・。
診察台の体重計で測ってくれた先生、カルテを覗いてから一言。
「増えてるよ」
なんでも5・55kgだったらしい。
あちゃー。
診察では、歯ぐきに赤みがあるものの、抜歯騒動からまる2年、それだけ過ぎれば当然といった程度のもので、お腹に聴診器も当てられ、それでもって無事終了。
大騒ぎして出かけてきたのが何だったのか、と言いたいくらいに、問題なく済んだのである。
体重はさておき、めでたし、めでたしだった。


第152回 (2006.7.9)

W杯が終わる。
明朝、決勝が行われたら、どちらが勝とうが負けようが、大会は終わるのである。
吾輩も、もう夜更かしをしなくて済むというものだ。
この1ヶ月のあいだ、おばさんたちに付き合っていたら、すっかり夜行性になってしまった。
白々と夜が明け始める時間までテレビに齧りついていれば、お昼間、猛烈に眠くて仕方がないのも、無理からぬことであろう。
はやく体内時計を元に戻さなくちゃと、大あくびをしながら考えている。
さて、前回書いたことにこだわるようで何だが、気に入った猫缶がなくなってカリカリだけで暮らしながら、それで体重が減るどころか増えてしまったという事実に、どうしても納得が行かない。
人間のあいだでも、リンゴダイエットだ、さつまいもダイエットだ、などと、それだけを食べたり、主食を替えたりするダイエット方法が新聞や雑誌に取り上げられているではないか。
それがなぜ、カリカリダイエットというような効果を招かなかったのだろうか。
ふと、気がついたことがある。吾輩、「着ぶくれ」ならぬ「毛ぶくれ」していたみたいなのだ。
半月ほど前に、おばさんが吾輩を構ってくれて分かった。
じっとしている吾輩の頬から首、うなじから背中と、おばさんが両手を使って掻いてくれる。
そうすると、もわもわの毛が面白いように抜けるのだそうだ。
抜けた毛がどんどん背筋にたまって行き、傍らで眺めているおじさんの目に羊のように映るくらい、こんもりとした状態になる。
気持ちがよくて、じっとしている吾輩ではあるが、結構長いあいだ掻いてもらっていれば、さすがに もうじっとしていられなくなって、歩き出してしまう。
そこらじゅうに羊毛(?)を飛び散らされてはたまらないと、おじさんが吾輩を押さえ込み、おばさんが拭き取るように手を動かして、たまった毛を始末すれば、はい、一匹さん、毛刈り終了、なんてぐあいだったらしい。
まあ、羊ほどの毛を生やしていれば、体重も増えようというものである。


第153回 (2006.8.12)

夏の盛り、お盆がすぐ目の前ってことになれば、たまには化け猫の話でもして納涼とまいりましょうか。
・・・ここに、それはそれは大昔に建てられた、朽ちたようにしか見えない古家があったそうな。
イタリアの有名な斜塔のごとく、倒れない程度に傾いでいるので、建具の動きが気まぐれだったり、その建具をどうにかこうにか閉めても隙間が残ったりする建物である。
色彩など何もない。
古びた木造のものがすべてそうであるように、くすんだ茶色のみの世界。
一匹の猫が住んでいるのだが、まさしく彼も同系色をしていた。
その彼にひとつだけ、奇妙な行動があった。
夜な夜な行燈の油を舐める、と言うのなら決定的だが、ここには行燈もなければ油もない。
それでも何かを舐めて、ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃ、音が聞こえてくるのである。
食事中のおじさんが気がつき、音のするほうを恐る恐る覗いてみた。
目にした光景は、な、なんと、猫が夢中になって食卓の脚を舐めていたのだった・・・。
猫は勿論、吾輩である。
自分でも知らず知らずのうちに、この木製の食卓の脚を舐めるようになっていて、そうした状況を最初はおばさんに見つかった。
何の変哲もない食卓なのだが、材料か塗料が、またたびか何かでできているのかもしれない。
食卓は前から同じものだけれど、おいしさ(?)に気づいたのは、そんなに前ではない。
椅子とセットなのが、また嬉しい次第である。

さて、今日という日の、まだ夜が明ける前のこと。
凄まじい雷雨に見舞われた。
最初のうちは雨がなく、乾ききった上空を青く照らす雷光と、時間差があっての腹に響くような轟音。
そのうちに雨も降り出したが、吾輩は、雷光のたびに好奇心に駆られて縁側まで見に行き、轟音のたびに恐怖心から逃げ帰る、これを繰り返すのに忙しかった。
おへそを隠すのだけは忘れなかったけれど・・・。
そんな次第で睡眠が足りなかったか、おばさんたちが遅めの朝食を済ませても、まだ眠っていた吾輩。
ようやく、ひょっこり起きるなり、さっと捕まえられ、用意ができていたキャリーバッグに詰められる。
おじさんの「寝起き作戦」大成功?
この時期恒例のワクチン接種に、加藤獣医院まで連れて行かれたのだった。
おじさんが気にしている左下の黄ばんだ犬歯は、まだまだ大丈夫とのこと。
自然に抜けるか、支障を来してきた場合にはじめて削ればいいらしい。
それよりも問題は、体重計が5・80kgを示したことだった。
これはもう「毛ぶくれ」なんて言っている場合ではない。
これが、この夏いちばんの、納涼を呼ぶ話となったようである。


第154回 (2006.10.5)

「毎日」という一語で済ませてしまうと、日々何も変わらないように聞こえるかもしれないけれど、実際は、昨日と今日が同じではないし、今日と明日も同じではない。
この前、この『吾輩』を書いたときから、あっという間にいくつも「毎日」が過ぎているのだが、そうした中にあって、びっくりさせたこと、びっくりしたことがあった。
今回はそんな話で・・・。
どのくらい前になるのか、吾輩の左の前足が血に染まってしまったことがあった。
真っ白が自慢の足の先である。
これが血でどろんと汚れ、時間が経って変色し、固まった血がこびりついて、舐めても舐めても全然とれなかったのである。
実は吾輩、左耳の耳たぶのちょうど真ん中あたりに無性に痒いところができ、自分でポリポリポリポリ引っ掻いたのだ。
爪を立てないように注意はしていたのだが、結局、我慢できずに血の出るまで掻きむしってしまった。
そこにおじさんが現れたので、吾輩の左耳と左前足を見つけて、びっくりさせてしまった次第。
ちょっとだけ反省をしている。
それから数日して、今度は、吾輩がびっくりする番となった。
おじさんが救急車で運ばれたのである。
真夜中の、そう、草木もそろそろ眠ろうかというような時刻。
歩こうとしたおじさんの体が左に左にと傾斜し、真っすぐに歩けないでいるのだ。
吾輩もずいぶんチビのころには傾斜しながら走ったものだったが、それはまだ体ができていなかったからのこと。
おじさんのように有り余るほど体ができていて、それで傾斜してしまうというのは、大いに問題があり、実際、直後に大騒動した。
おじさんが、ぐるぐる、ぐるぐる、めまいがすると言い出すやいなや、洗面所に駆け込んで胃を空っぽにしている。
そんなおじさんは勿論のこと、おばさんも尋常ではなくなって、真夜中だというのにあちらこちらに電話をかけ、それ着替えだ、やれ保険証だと走りまわっている。
吾輩までが平静を失って、傍らでおたおたしていた。
やがて救急車が到着すると、ふたりとも乗り込んで行ってしまい、吾輩ひとりが留守番。
これまで生きてきた中で、いちばん心細い留守番となった。
断じて言うけれど、吾輩、一睡もしていなかったような・・・。
あー、疲れたにゃあー。
夜が白々と明け始めたころ、おばさんに支えられて、おじさんが帰宅。
救急病院では、ひと通りの検査を受け、耳からきた症状でしょうとのこと。
それほど心配したものではなく、まあ一度、近所の耳鼻科で診てもらってください、お大事に、だったそうである。
その日、おじさんは仕事に出かけたが、吾輩は日がな一日、取り返すようにして眠り続けたのであった。


第155回 (2006.10.21)

吾輩は今、大変である。
大事な歯が1本、ポロリと抜けてしまったのだ。
それがまた、左下の犬歯だけに、「にいっ」と笑ったときなど、抜けて無くなってしまっていることが真っ先に目につく場所だ。
これは些か体裁が悪い。
今更生え変わるとは思えないし、これから一生涯、猫としては迫力に欠けた、間抜けな顔で生きて行くことを強いられる。
そもそも、この左下の犬歯と言えば、昨年の夏あたりから深刻な問題になっていた歯なのである。
やけに長く伸びてしまった犬歯2本のうち、根本が黄ばんで削れたようになっていたのが左下だった。
実際、真夜中におじさんが(また真夜中だ!)見つけた、その歯を眺めてみると、先端から半分までで歯だと分かりはするものの、残り半分はまるで形状を留めていない。
黄ばんでいるのは勿論、表面がすっかり蝕まれ、ひどいところは中に繊維状のものが覗いていて、土から掘り起こした作物の、ずっと、ずっと、小さくした模型のような感じになってしまっている。
これが実は、猫砂トイレの脇に落ちていた、というのである。
おじさんが自分のトイレに行こうとして、猫砂トイレの脇を通りかかった際、見つけたそうなのだ。
そう、吾輩は自分では、抜けたことすら気づかなかった。
痛くもなく、痒くもなく、まったくの自然抜歯。
トイレを済ませて出てきたおじさんに捕まって、口の中を確認され、説明されてはじめて、わが身に起こった事件を知ったのであった。
さて本日、加藤獣医院にお出かけさせられた吾輩である。
おじさんのもたつきが原因で、キャリーバッグに入れられるまでに、とうとう掃除機までが出動してくる大騒動。
勿論、吸い込まれたわけではなく、掃除機の音が嫌で逃げまわるのを利用され、徐々に逃げ場を失うことになって、最後は観念させられた次第だった。
それでも、しっかり抵抗して、音量を上げて鳴き続け、加藤獣医院に到着後もキャリーバッグから出されないよう踏ん張っていたので、前足を引っかけたままキャリーバッグごと診察台まで運ばれた始末。
事件発生からここまでの大変な騒動とは無関係に、飄々先生の診察結果は、まったく心配いらない、左下の犬歯が抜けたことで、むしろ噛み合わせに支障がなくなり、さっぱりしているんじゃないか、とのことであった。
たしかに、おばさんの観察でも、カリカリはよく食べているし、自分の体を舐める時間も増えている。
吾輩は今、大変順調である・・・かもしれない。



第156回 (2006.12.31)

信じられないことに、今日はもう大晦日だと言う。
吾輩、いったい何していたのであろうか。
たしかに昨日など、おじさんまでが大掃除をしていて、年末でなければ考えられないことである。
ああ、時間の過ぎるのが早い!
そう言えば、ほんと、ここだけの話に、特におばさんの耳には入れないようにして欲しいのだが、冬らしくなってきたころから、吾輩、やたらにおじさんに甘えることで時間を過ごしてしまった記憶がある。
何をしているのか、机に向かっているおじさんがいると、すぐに近寄って行き、「にゃあ」と一言。
これがもはや、ふたり(?)の間では合図になっていたようで、腰掛けていたおじさんが、椅子の上でありながら、あぐらをかくこととなり、そこに吾輩が飛び上がって落ち着き、大抵は眠り込むこととなる次第だった。
おじさんの右側から飛び上がり、あぐらの上でひと回りして、でも結局は、おじさんの右足の上に組まれた左足の足の裏に、顔をくっつける体勢で吾輩が横になること、飛び上がる際に吾輩が「ウウッ」と唸り声を漏らすこと、おじさんの足が痺れてもぞもぞとし始め、それで吾輩が起こされてしまうこと、毎回毎回、同じパターンを繰り返していた。
実は今も、あぐらの上なのである。
まあ、時間がいくら早く過ぎると言っても、すっ飛ばして先に行くことはない。
たとえば明日の元日は、今日の大晦日が終わってから迎えるものである。
今日は些かおばさんが肝を冷やすことがあった。
洗濯物を乾かすためにベランダを行き来するうち、ちょうど吾輩の幅ほどの分、サッシを閉め残してしまったのだ。
おじさんが気付いて、嫌な予感に襲われ、さあ、ふたりして大捜し。
吾輩の名前が連呼された。
ところが、吾輩がまた、返事というものをしないことで有名な猫なのである。
捜すところがなくなってきて、またまた脱走騒動かとおばさんが責任を感じ始めたころ、食卓の椅子の下に行儀よく、ちょこんと座っている吾輩が見つけられたのであった。やれやれ。
それから間もないお昼時。
食事を始めたおばさんたちが、いきなり大騒ぎをしている。
おでんにかけた味噌が、お好みソースだったらしい。やれやれ。
そんなこんな大晦日でも、あと4時間半。
すでに「紅白」は始まっている。
徳永英明さんの出番は何時ごろになるのかにゃあ?
おっ、おじさんの足がそろそろ痺れてきたかな?
では、みなさま、よいお年を!


第157回 (2007.1.7)

新年あけましておめでとうございます。
・・・という挨拶も、もう6回目。
こうして回数を重ねて行けることに、あらためて生きていられる幸せを感じた吾輩である。
歯なんて、少々抜けてたっていい。
さて、今年はまず、そんな昨年の犬歯自然抜歯事件や猫缶発売中止事件と関係があるような、ないような話から始めよう。
某大手メーカーに対する吾輩の「猫缶発売中止を中止せよ」活動も空しく、お気に入りの猫缶は、その後も発売されることのないまま今日に至っている。
おやつだったはずのカリカリ、それだけを食餌とすることに、普通は少なからず不満を持つところであろうが、おばさんが奔走し、さまざまなカリカリを用意してくれたお蔭で、吾輩の口に合った、大満足なカリカリが見つかったのである。
で、ここからが本題なのだけれど、この大満足カリカリに定着したころから、吾輩の食餌の作法に、明らかな変化が生じてきたのであった。
カリカリは、勿論、猫缶もそうだったが、おじさんやおばさんは全然食べない。
吾輩専用のお皿に出されることになる。
猫ならばお皿に顔を持って行って、直接むしゃむしゃするところを、どうも昨今の吾輩、前足を使ってしまうのだ。
お皿の前で座り込むと、利き腕の左前足を伸ばしてカリカリを一粒、お皿の外に掻き出し、その一粒をおもむろに口にしてから、次の一粒をまた掻き出す、お皿の外で口にする、これを疲れるまで繰り返して食べるのである。
まあ!お上品だこと、と言えば言えるし、なんて無意味な、と言えば言える。
少なくとも、うちに猫がもう一匹いたならば、こんな悠長で珍妙な食べ方をしていられないことは確かである。
そして、お皿のまわりが余計に汚れて仕方ないと零しながら、おばさんが掃除してくれているのも確かなことである。
どうして大満足カリカリになって食べ方が変わったのか、抜けた犬歯の影響があるのかないのか、自分でもよく分からないが、このカリカリが発売され、流通しているお蔭で、体重を維持(?)できていると思っている。
今年のお正月は結局、鰹節にしろ何にしろ、お年玉をもらわないまま過ぎた。
それは、吾輩が大変な寝坊をしたことと、カリカリに大満足していることに原因があると思われる。
そうした身の上そのものが「お年玉」なのかもしれない。
本年もどうぞよろしくお願いします。


第158回 (2007.1.28)

おじさんが、特にここ最近、複雑な悩みを抱えているらしいのである。
暖冬とは言え、寒くなってきてから毎年と同様、おじさんのふとんに吾輩がおじゃまをするようになった。
おじゃまする意思を眠りこけているおじさんに伝えるのに、まずおばさんを起こし、そのおばさんにおじさんを起こしてもらう、なんて方法をとったことも以前にはあったが、この冬は直接的。
まっすぐおじさんのところに行き、耳許で「にゃあにゃあ」鳴く。
それで起きないときには、その丸い顎を前足で起きるまで引っ掻く。
爪を立てて引っ掻いてやるので、起きないということはない。
半分寝ぼけながらも、おじさんが片手を上げてふとんに出入口を作ってくれれば、そこに吾輩が前進してもぐり込み、中でまるくなる、という手順である。
ただし、そうやってもぐり込んだらおしまい、というわけではなくて、気が向くとふとんから出て、ぐるっとひと回り歩いたり、カリカリを食べたり、月を眺めたり・・・。
体が冷えきったころに再びおじさんのところに戻り、同じ手順でふとんにもぐり込むのだ。
結局は、ひと晩に3回ほどおじさんを起こすことになる。
そして、これがここ最近、なぜか回数を増して3回どころか7回も8回も繰り返していて、その度におじさんを起こすのだから、おじさんはたまったものでない。
しっかりと睡眠がとれないでいて、仕事中に眠くなったりするらしい。
そうかと言って、ふとんに吾輩が来ることは嬉しいらしく、拒否したり注意したりする気持ちは毛頭ないのだとか。
思いもかけない経緯に、目をこすりながら、顎におかしな傷をいっぱい作りながら、悩んだままでいるようである。
そんなおじさんがちょうど掃除し始めたばかりの猫砂トイレに、先日のこと、吾輩がお構いなく割り込んでやったのであった。
カバーは取り外されていて、まさしく青空状態。
猫砂が飛び散るのを恐れたおじさんは、猫砂よりもはやく固まってしまう。
そうして小さいほうを気持ちよく済ませた吾輩は、おじさんの心配したとおりに猫砂を飛び散らせながらトイレを後にする。
「また阿茶にやられた」と独りでぶつぶつ言いながら、周囲にまで広がってしまった掃除をどうにか終えたおじさんが、最後にカバーを戻した、まさに そのとき、再び吾輩が登場して、猫砂トイレに入り込んだのである。
自分の存在をまったく無視されながらも、とりあえず青空状態でなかったことに安堵し、こんな矢継ぎ早なトイレの利用に唖然としていたおじさんだったが、実は今度は大きいほう。
ぽとん、ぽとん、と音がしたことで妙に納得した様子だった。
猫も人間も、快眠、快食、快便が大事なのである。


第159回 (2007.2.22)

前回はおじさんのことばかり書いた。
そこで今回はおばさんのことばかりにしようと思う。
猫も人間との暮らしが長いと、いろいろ気を遣うものである。
またも猫砂トイレの話になってしまうが、ある日、用を足したくなった吾輩が猫砂トイレまで行くと、カバーの中央にあるはずの出入口が無くなっていて、全面のっぺらな、ただの四角い箱と化してしまっていたのだった。
にゃんてことだと訝りながら、そして、切羽詰っていただけ猛烈に焦りながら、猫砂トイレの周囲をぐるりと歩いてみると、ちょうど裏側に出入口とそっくりな穴が開いていて中に入ることができ、我慢していたものを排泄することができた。
ほっとひと安心、白毛の胸をなでおろす。
落ち着いたところでよくよく考えてみるに、おばさんが、少なくなっていた猫砂を補充してくれた際、カバーを逆向きにはめてしまったことに起因する話だったようである。
おじさんが帰宅した後、なぜか反対にカバーがされ、マットのないところに思いきり猫砂が飛び散っているのを目にして、過剰にのけぞったことは言うまでもない。
猫砂で、もうひとつ。
おばさんが吾輩のために近所の薬局まで出かけ、猫砂をふた袋、買ってきてくれたのだが、自転車の前かごの留め具に片方の袋の腹がちょうど当たって擦れ、破れてしまったにもかかわらず、そのことにまるで気付かないまま、ぶんぶん走って帰ってきて、うちに着いたときには、その袋の猫砂が3割ほど減ってしまっていた、という事件があった。
ひょっとして、すぐ後だったならば、ヘンゼルとグレーテルの話のパンくずのようにして、薬局からうちまで辿ることができたかもしれない。
おばさんと言えば、吾輩をよく写真に撮ってくれる。
吾輩の、なるべく自然な表情を撮りたいらしいのだが、カメラを構えられると、吾輩もついついポーズをとってしまうので、おばさんの思ったような写真には、なかなかならない。
おばさんも一計を案じて、カメラを構えずに撮影してきた。
吾輩が椅子の横の隙間にいたりすると、そこにカメラを持った片手だけ突き出してきて、でたらめにシャッターを切るのである。
そうすると、たまのたまのたまには、大傑作(?)が撮れるのだそうである。
またいずれ、ご披露しよう。
今日もおばさんのそばで一日を過ごした。
寒がりの猫にとって、この冬の暖かさは過ごしやすい。
春のような気候で、まさに「猫の日」というのに相応しい一日でもあった、かにゃ。


第160回 (2007.4.22)

書斎なんて言うと、些か体裁ぶった物言いになるが、たしかに2階にある手前の部屋にはパソコンの載った机があって、おばさんがパソコンを使用していたり、おじさんが何をしているのか机に向かっていたりする。
かく言う吾輩も今、そのパソコンを開き、前足でキーを叩いている次第なのだ。
で、この部屋の窓を開けると、うちの小庭、うちのブロック塀、そして表の道路が臨め、向こう三軒のお宅、その奥の屋根だけが見えるお宅、もっと向こうにある背の高いお宅、何階建てかのマンション、果てしない青空・・・と続いて行くのが目に入るのである。
ちょっと角度を変えれば、東隣の朝潮さんちの庭も覗けて、先月であれば花見ができたのだった。
朝潮さんちには、おじさんがまだチビの昔から桜の木があるのだそうで、今は、幹の途中でバッサリと切られてしまって高さがないものの、その幹の切り口から新たな枝が伸び、時季を迎えるとそれなりに花を咲かせるので、なんとも可愛い花見ができるのである。
窓の縁には、ちょうど高さの合ったワゴンが置かれてあり、吾輩がその上に飛び乗って座り込むと、おばさんならすぐさま、おじさんでもしばらく様子を見て仕方なさそうに、窓を開けてくれることになる・・・それは真冬でもそうだった。
網戸がしてあるので外には出られないし、吾輩もまた、出ようという気持ちなどないのだが、そうやってワゴンの上で外の景色、絶景でも何でもない景色を眺め渡していると、猫なのに寒さも忘れる始末。
見飽きることがなかった。
鳥など飛んで来ようものなら、網戸に鼻先を押しつけることもあった。
ところが、ところが、である。
半月ほど前にもなろうか、事態が大きく変わってしまったのである。
眺める角度を朝潮さんちとは逆方向に変えると、そこにうちのベランダが見えて、洗濯物を干したり取り込んだりしているおばさんからいつも「阿茶くん、阿茶くん」などと声をかけられたのだが、そのベランダに途方もないものが引っ越してきて居座ったのだ。
「パラボラアンテナ」という名前であるらしい。
大きくて、丸くて、白くて・・・無気味に笑っているように見える。
吾輩としては、こいつがどうにも恐ろしくて仕方ない。
今までと同様、おばさんが書斎の窓を開けてくれても、すでにワゴンにいたのなら飛ぶように逃げ出すし、別の場所にいたとしても、窓が開いたことで近づいては行くけれど、ヤツが目に入った途端、回れ右して逃げ出してしまう。
お気に入りだったはずの場所には、一瞬たりとも、いられなくなってしまったのだった。
おばさんたちが気の毒がってはくれるが、今のところ、打つ手は何もないようで、ちょうどたまたま、てんさまの送ってくださった猫用おやつかまぼこが猛烈に口に合い、それで気を晴らしている吾輩なのであった。




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