「みずほ点訳」ホームページ

 吾輩は阿茶である 




第101回〜第110回



阿茶
「おまえは誰だ!」
縁側で庭を眺めている阿茶。
ガラスのサッシに映った自分と向き合ってもいる。



第101回 (2003.4.17)

ここ最近、お天気がはっきりしない。
三寒四温というのか、肌寒い日があるかと思うと、馬鹿にあたたかな日があるし、晴れの日が続いたかと思うと、天気予報を裏切って雨が降り始めたりする。
吾輩も、起きていいのか、眠っていていいのか、迷ってしまうようなぐあいだ。
というのは、明け方に毎日、おじさん、もしくはおばさんを起こして、おじさんのふとんにもぐり込むのだが、その後、晴れの日であれば結構早いうちに起き出すところが、お天気が悪いといつまでも眠り続けるわけで、肝腎の天気が定まらないことには、さて、どうしたものかと、ふとんの中で思案することになってしまうからである。
悲惨なのは、朝方が快晴、しばらくして天気が崩れてしまうといった日だ。
快晴に誘われた吾輩がさっさと起き出して、ふとんに吾輩がいないとなれば、おばさんもさっさとふとんを片付ける。
それでもって、天気が崩れてきたからというので、さあ、眠り直そうとしても、もはやふとんは押入れの中。
ぬくもりを探してさまようことになってしまう次第なのだ。
猫が気まぐれなのは有名だが、お天気の気まぐれには負けることだ。
ぬくもりと言えば、常設でないながらも特別な場所をひとつ、見つけたのだった。
おばさんが、お天気のいい日の昼下がり、重たげで先の尖ったヤカンと、小さな1段きりの跳び箱を持ち出してくるのである。
そして、跳び箱の上におじさんのカッターシャツを載せると、そのまた上からヤカンをあてがって器用にならし、シャツをするめのようにするのだが、この跳び箱の上が、実にほかほかしていることを発見した。
ヤカンは「アイロン」という名前で、ほかほかを通り越して危険な温度になっているらしく、吾輩が近づかないように、おばさんに厳重に注意されているのだが、跳び箱のほうは、ちょうど気持ちのいい温度。
おばさんの作業が終わるやいなや、ほいほい上がり込み、まるで自分のベッドででもあるかのように、伸び伸びと腹ばいになるのであった。

今日の陽気は、もう初夏だった。
こうなると台所の流し台あたりが、ひんやりして気持ちがいい。
スポンジたわしなどは、吾輩の絶好のおもちゃになるのである。
おばさんが気がつくと、そのスポンジたわしが移動している、なんてことにもなる。
たわしが自分で動くわけがない、というのを決め手に、吾輩の仕業だとすぐバレる。
しかしながら、昨夜から今朝にかけては、とんでもない濡れ衣を着てしまった吾輩であった。
おばさんたちの夕ご飯になる予定で、ボールに入れられて、あさりが砂出しをさせられていたのだが、上からかけてある新聞紙に、あさりの吐き出す水気が、ピュッピュッと音を立ててかかるのが面白くて、こっそり近寄ったりした。
ところが、流し台には、くっきり吾輩の足跡が残ってしまっていて、夜中の行動があっさり、おばさんにバレたのだが、あさりの中に、なんと、巻貝がひとつ紛れていたのである。
こいつが、自分で動いたにもかかわらず、おじさんからは吾輩に容疑がかかってしまったのだ。
巻貝の移動する距離なんて、一晩かかってもたかが知れていて、ちょうど吾輩が放り出したくらいのところにいたのである。
巻貝がひょっこり顔を出したところを、おばさんが見つけてくれて、容疑は晴れたが、吾輩だって、巻貝なんかと遊んでいられるか、っていうの!
にゃんともはや・・・。


第102回 (2003.4.27)

おじさんが、ぼやいている。
今年のゴールデンウイークは、なにか損したような気分だなあ、だとか。
祝日が土日と重なっているかららしい。
休日出勤する人もいるので、そんな脳天気なことを言っていては・・・と思わないでもないが、何れにしても、吾輩には関係ない話である。
毎日が土日のようなものだからだ。
・・・なんて言いながらも、まったく無関係というわけには行かない。
おじさんといる時間が増えるからである。
たとえば吾輩が遊びたいと思ったとしよう。
そこに、おばさんしかいないとすると、必ず思いが遂げられるとは限らない。
点訳物と格闘していたり、家事に専念していたりして、全然構ってもらえないときがあるのだ。
その点、おじさんの場合は問題がない。
在宅してさえいれば、ぐうたらぐうたらしているだけなので、吾輩がちょっと誘いをかけようものなら、大喜びで追っかけてくる、というわけである。
それでもって、そんな他愛ないおじさんを相手に、最近よく遊んでいるのが「おじさん引っかき」だ。
これは、ゲームセンターなどにある「もぐらたたき」の要領の遊びで、吾輩の前足がハンマー、おじさんの両手がもぐらに相当する、と言えばいいのかな。
まず、吾輩がトンネルに潜む。
・・・と書いてしまったが、トンネルというのは『吾輩』初登場かもしれない。
かなり以前に買ってもらいながら、どういうわけか、今まで話に出てこなかった。
どのくらい以前なのかと言うと、『吾輩』第1回から第10回までのところに掲載してもらっている写真を見ると、すでに背後にでーんと写っているといった有様。
相当に以前だったらしいことが分かる。
ついでにその写真を見ると、この吾輩も、相当にチビだったらしいことが分かる。
さて、あるときはただの通り道、またあるときは謎の要塞、またまたあるときは融通のきかない寝袋。
果たしてその正体は、トンネル野郎というわけだった。
話を元に戻そう。
そのトンネルの中におじさんが手を伸ばしてきて、潜んでいる吾輩をちょいちょいと触るのだ。
吾輩が即座に反応し、伸びた手の先を引っかくことになるか、おじさんが手を引っ込めるほうが速ければ、空振りに終わることになるか、この繰り返し。
トンネルだけに出入口が双方あって、どちらから手が伸びてくるのか分からない。
おじさんも、手を引っかかれまいと懸命で、両手を使う、奇襲をかける、フェイントをかける、なかなか機敏なもぐらになる。
吾輩にしても、おじさんの癖が見抜けてくると、結構引っかくことができて、今やおじさんの手の先は、右も左も引っかき傷だらけになっているのである。
見た目には吾輩のほうが潜んでいて、もぐらっぽく映るのだが、あくまでも引っかかれるのは、おじさんのほう。
おじさんが手の痛みに耐えられなくなったとき、「おじさん引っかき」に終了が告げられることになっている。


第103回 (2003.5.5)

お蔭さまで、今日をもって満2歳になった吾輩である。
人間でいうと、22歳に換算されるらしい。
猫の年齢というのはおかしなもので、最初の1年でなんと!18歳にもなってしまうのだが、その後は、同じ1年であっても、毎年4歳ずつ増えて行けばいいようなのである。
そう言われてみると、最初の1年は猛烈に目まぐるしかった記憶があり、それに対して、この1年というのは、時間がゆっくりと流れたような気がしないでもない。
昨年の誕生日には、おじさんたちに好き勝手をされて、頭からお尻までだの、スーパーマン体勢だの、首回りだの、スリーサイズだのと測られてしまった吾輩であるが、今年もまた、巻き尺を手にしたおじさんが、どこからともなく現れたのだった。
ところが、その結果は、驚くほど昨年と変わらないものに終わり、1年前のズボンがはけなくなるのは当たり前というおじさんにすると、羨ましいかぎりだったようだ。
ただし、体重だけは、数字が些か大きくなった。
4・5kgだったのが、5・0kgである。
所詮は0・5kg単位でしか測定不能な体重計であるし、昨年7月23日『加藤獣医院』のちゃんとした体重計により測ってもらったところでは4・75kgだったことでもあるし、これも、変わりがなかったと言ってしまって問題ないのではなかろうか。
さて、この日に合わせて、サザエさまからのグリーティングカードが、メールで届けられた。
『吾輩』を書こうと、パソコンに向かったところで着信したのである。
大きなケーキの上にいるアニメの動物くんたちが、それぞれ手にロウソクを持っていて、順にともされる炎の中に浮かび上がる文字を読んで行くと、「お誕生日おめでとう」というメッセージになっている、という趣向のものだった。
動物くんの中に猫がいないのは残念だけれど、とってもうれしかった。
実は、つい昨日のこと。
ちょっとだけと言われてサザエさまがうちに寄られ、吾輩ともサッシ越しに会うことができたのである。
お元気そうで、なにより。
カードには、そのことに触れたメッセージも書かれてあったが、吾輩のほうこそ、ひさしぶりにお会いできて、感激のあまりに「にゃあにゃあ、にゃあにゃあ」おしゃべりしてしまったことである。
おしゃべりと言えば、やはり昨日のこと。
台所の窓から外を覗いていると、なんという名前の鳥か知らないし、その鳥もまた名乗らなかったのだけれど、彼が「チュンチュン」鳴くたびに、吾輩が「むが」と返事をしてしまう、なんてことがあった。
猫語の分かる鳥がいたものか、と吾輩は感心したのであるが、彼もまた彼なりに、鳥語の分かる猫がいるとは、などと思ったのかもしれない。
吾輩と彼とがひとしきり会話するうちに、おばさんたちが気付き、面白がって寄ってきたので、さらに、チュンチュンむが、チュンチュンむが、と続けた。
何を話し合ったのかは、彼との約束で、内緒である。
残念ながら、ここにも書くことができない、というわけだ。
あしからず。


第104回 (2003.5.21)

おばさんが、玄関の下駄箱の上に、ミヤコワスレを花瓶にさして飾った。
うす紫色をした可愛い花が5輪ほど。
吾輩としては、早速、興味を持って下駄箱に上がり込み、そのミヤコワスレの花びらに鼻をくっつけて、くんくん、くんくんと匂いをかぎ、それだけでは飽き足らなくて、噛みついたり、前足で引っぱったりしたのであるが、いくつかは花びらがちぎれ、いくつかは茎ごと下駄箱から下に落っこちてしまった。
おばさんに注意をされたけれども、そんな頃には、飾るどころか、却って無残な状態になってしまっていた。
ちなみに、ミヤコワスレには、「猫草」の効果があるようである。
しばらくしたところで、軽く嘔吐することになってしまったのだ。
嘔吐した直後にたまたま、おばさんが吾輩の様子を見にきてくれたので、すぐさま片付けられることにはなったのだが、じゅうたんを些か汚してしまった。
自分の口から吐き出したものにもかかわらず、じっくり観察する気にならなくて何であったが、どうも呑み込んでいた毛が、まじっていたようであった。
さて、そうして、ちょうど玄関が散らかってしまった頃に、大工の棟梁さんが、相棒をひとり連れてやって来たのであった。
なんでも、台所から裏口にかけて補修工事をすることになったとか。
ものすごい逃げたがりで、サザエさまがわざわざ吾輩に会いに来てくれようが、事務所の猫先輩さんが突然やって来ようが、ヤクルトおばさんが隔週でやって来ようが、必ず逃げ隠れてしまう吾輩だけに、棟梁さんたちに関しても、猛スピードで逃げたことは勿論だった。
ところが、この後の展開が、かなり違うものとなったのである。
騒々しい物音を立てるので、隠れていても、うるさくて仕方がない。
その反面、何をどうしているのか気になって、これまた仕方がない。
それに、作業が簡単には終わらないので、吾輩だって、まる一日隠れているというわけには行かない。
午後3時をまわった頃だったか、しーんと静まり返ったところで、ちょっと覗いてみる気になったのである。
ふたりとも、おばさんに出してもらったお茶菓子を前に一服していた。
顔を出しただけの吾輩を目ざとく見つけると、「きれいで、うまそうな猫だなあ」「焼き猫にしようか」「猫鍋にしようか」などと、とんでもない会話を始めた。
汚くて、まずそうな猫だ、と言われるよりはいいかもしれないが、妙に考えさせられてしまったことである。
さらに作業が続き、吾輩も、逃げたり近寄ったりの繰り返し。
明日もまた妙な一日になるのかなあ。


第105回 (2003.5.27)

棟梁さんたちは、一日で終わらなかった作業に、その後、すぐ続けてやって来るわけではなかった。
不規則に飛び飛びで現れ、あと、まる2日間かかって終了したのである。
現れて作業が続けられる日は勿論、現れなかった日でも、吾輩としては、落ち着かない時間を過ごすことになった。
飛び飛びだったのには、天気に左右された面もあるかと思うけれど、何はともあれ、これで片付いた。
この間、興奮していたのか、おしゃべりだった吾輩であるが、今は、落ち着きを取り戻しつつある。
さて、そんな天気については、翌日どうなるか、猫は知っているのである。
人間に言わせると「猫の仕草で、明日の天気が分かる」に表現が変わるけれど、要するに、猫の専売特許とでも言おうか、前足をグーにして顔を洗うわけだが、その範囲が耳よりも、手前だけなら翌日は晴れ、後ろまで洗ってしまうようだと翌日は雨、というものである。
この仕草は、猫から人間に対しての、さりげないサインになっているのだが、ずいぶん昔から決まりになってきているので、人間にも知れ渡っている感がある。
うちでも、おじさんこそ知らなかったが、おばさんはちゃんと心得ていて、それで実は、思いもかけなかった事実が発覚したのだった。
なんと、この吾輩たるものが、すっかり間違えておぼえてしまっていたらしく、正反対にサインを出していたのである。
おばさんが、最近はずれ続きの天気予報に替えて、吾輩のサインをもとに、洗濯する、しないを決めようとしたところが、仕草が耳の手前までだった翌日、洗濯するつもりで準備していたら、しっかりと雨に降られ、耳の後ろまで前足が伸びた翌日、晴れも晴れたり日本晴れ・・・おいおい、全然間違っているではないか、という話になってしまった次第だったらしい。
それで、おばさんによく謝っておこう、と考えて近寄って行き、膝元ですりすりしていたら、吾輩が前足をちょっと引っぱっただけだったのに、爪でもかかっていたのか、おばさんの履いていた靴下の片方が、ズルズル、ズルズル、脱げてきてしまった。
靴下のゴムも相当に疲れていたのだろう、とは思うけれど、謝るつもりが、おばさんにまた迷惑をかけてしまった。
ほんと、申し訳にゃい!
・・・なんて言いながらも、それから結局、脱げた靴下を遊び相手にしてしまった吾輩であった。


第106回 (2003.6.16)

こうしている今も、外は雨模様。
それも、まとめて降るというわけではなくて、しみったれたような降り方をしている。
今週になってずっと、こんなぐあいである。
湿度も、猛烈に高い。
そうでなくても汗っかきのおじさんなどは、毎日よれよれになって帰ってくるのだが、実は吾輩もちょっと前に体調を崩してしまったのだった。
やはり、最初に気がついたのは、おばさんであった。
吾輩にどうも食欲がない、というのだ。
言われてみれば、なるほど、そのとおり。
ちっとも食べる気がしない。
吾輩の食餌は、猫缶とトランプカリカリにすっかり落ち着いているのだが、猫缶を前にしても、トランプカリカリをきれいに並べられても、どうにも食指が動かないのである。
猫缶はお皿の上で干からびて行き、トランプカリカリは下手なマジックのように、いつまでも消えずに残ってしまうこととなる。
おばさんの観察では、水を飲む回数が普段よりも多いのではあるまいか? おじさんの観察では、鼻先が乾いているのではあるまいか? ということだったが、たしかに自分でもおかしいとは思っていた。
些か発熱もあったであろうと思う。
おじさんと遊んでいても、普段のようには気分が乗らなくて、集中力に欠けたのか、すぐに捕まってばかり。
観察のとおり、ちょっとした風邪を引いたみたいであった。
もっとも、おじさんのは観察というほどのことではなくて、実際に触ってみれば、からからに乾いてしまっていることなど、誰にでもすぐ分かる話だったけれど・・・。
ま、何れにしても、風邪は「ちょっとした」程度で済んだようで、おばさんたちが、『加藤獣医院』に診せに行かなくては、なんて言い出したころに、食欲が回復して元気も戻り、飄々先生には悪いけれど、お目にかかる前に治ったことであった。
そう言えば昨年も、もう1ヶ月ほど後ではあったが、風邪を引いた吾輩である。
毎年この時季には、特別に気をつけなくてはならないのかもしれない。
飄々先生には、もうひとつ悪いけれど、吾輩のことを考えた上でくださっている錠剤カリカリが、残念ながら、ひと粒たりとも減っておりません。
・・・ごめんなさい。
ところで、今朝の話。
おじさんが吾輩の体調を見ようとして、何とかの一つ覚えで、また鼻先を触りにやってきたのである。
「よし、よし、よく湿っているぞ」と言っておばさんに報告をしたところが、その返答を聞いて、思いっきりずっこけていたことであった。
湿っているのも当たり前。
少しだけ先にやってきたおばさんが、また乾かないようにと、吾輩の鼻先に自分の唾をこすりつけて行ったのだから。
おばさんもおばさんで、結構、「お」のつく何とかさんなのである。


第107回 (2003.7.3)

水曜日と言えば、留守番の日。
今週も、おばさんを送り出した後、気ままで孤独な時間を過ごすことになった。
おばさんに見つかってしまうと眉をひそめられることだが、うちで洗濯をしたり、クリーニングに出されたりして、あとは片付けるばかりとなった毛布やふとんに限って、吾輩としては無性に、その上で寝転んでみたくなるのである。
おばさんにしてみれば、さあて、片付けようかという矢先のこと。
吾輩をどれほど可愛く思っていてくれても、いざ寝転んだとなれば、また一から作業し直さなくてはいけなくなって大変らしいのだが、吾輩にしてみれば、やはり、洗濯されたり、クリーニングされたりしたものは、さっぱりしていて気持ちがいい。
おばさんが困るのを承知で、つい寝転がり、そのまま眠り込んでしまう、という次第である。
さて、おばさんが帰ってきた。ところが、すぐに奇妙なことを言い始めたのだ。
「阿茶くんねえ、おにいさんになれる?」「どうかな、なれるかな?」
吾輩に問いかけていることは明白だが、どういうことなのか見当もつかず、返答に窮してしまった。
結局、おじさんが帰宅してからの、おばさんの説明で、こんな話が分かった。
生センに出かけ、お昼にしましょう、と外出したところで、吾輩がてんさまに拾われたときと、ちょうど同じくらいの大きさをした子猫に遭遇。
これがまた人間に馴れたヤツで、てんさまやおばさんに持ち上げられたり、ちゃっかり抱っこされたり、お腹がすいているのか、おばさんの靴先まで齧ったり。
生センの職員さんの話では、ちょっと前から、きょうだいも何匹か、いっしょに捨てられていたのだが、今はこのチビちゃんだけになったのだそうな。
全体にはグレーの単色。
尻尾の先にだけ縞があり、おばさんにとって何より印象的だったのが、青く澄んだ瞳だとか。
このまま見捨ててしまう気持ちにもなれず、そうかと言って、うちには吾輩もいる、おじさんもいる。
まずは断腸の思いで帰途についた、という話だった。
話を聞いたおじさんはおじさんで、今日、事務所の猫先輩さんに、ちょこちょこ相談をしたようであった。
帰宅してからの、おばさんにした、今度はおじさんの説明で、こんな話が分かった。
猫と猫が同じうちで暮らすことになって、うまく行くかどうかは、ひとえに相性の問題ではあるまいか。
いたずらをしたり、けんかをしたり、遊び相手になったり。
しかし、ほんとうに相性が悪いのであれば、血みどろの戦いをするものだとか。
そして、少なくとも、うんこは2倍になるよ、という話だった。
果たして吾輩は、おにいさんになってしまうのだろうか、どうだろうか?


第108回 (2003.7.12)

生センのチビちゃんは、その後、どうなったであろうか?
先週土曜日のこと。
サザエさまのお嬢さま、つまりは当然のようにタラコさまという名前なわけだが、彼女が生センを通りがかった際、ひとり遊びをしているチビちゃんらしき子猫を目撃。
すかさずカメラ付き携帯電話で撮影をされて、うちのパソコンにも画像を送信してくれたのである。
おばさんは一目見るなり、「あっ、この子猫、この子猫!」と思い入れたっぷりに断言をし、おじさんも一目見るなり、だらしなくメロメロになっていた。
吾輩も画像をちらっと拝んだけれど、なるほど、なかなか可愛らしいチビちゃんである。
全体にはグレーというより白猫っぽく写っていて、さすがに瞳の色までは分からないのだが、尻尾の先にだけ縞があるという点は、とても分かりやすいし、タラコさまのアングルがうまく写していることだ。
これなら、思い入れたっぷりになったり、メロメロになったりするのも頷ける、といったおチビさんである。
それは認めよう。
が、しかし、である。吾輩にしてみると、そうそう喜んでもいられない話なのではあるまいか。
これまで独占してきた、たとえば、猫じゃらしを筆頭としたおもちゃ連隊、大親友ベンくん、猫砂トイレ、テレビのチャンネル、窓辺の特等席や仏壇の上、見向きをしないもののUFO、そしておばさんやおじさんなどなど、何もかもをチビちゃんと共有しなければならなくなるのである。
相性がよかったとしても、生活環境は少なからず変化する。
まして、血みどろの戦いをしなくてはいけないような相性だったら、なんて考えると・・・。
そんな吾輩の心配が態度に出てしまっていたようで、先日来しきりに、「阿茶くんの様子が、何か、いつもと違うねえ」なんて言われてしまった。
そして、そう言うおばさんたちも、大いに迷っているようであった。

今週の水曜日は、留守番の日とはならなかった。
おばさんは予定どおりに出かけたのだが、おじさんが朝いちばん、見事なまでのぎっくり腰をやらかし、痛がるばかりで、まるで身動きがとれなくなってしまったのだ。
事務所は欠勤。
部屋から1歩たりとも出ることなく、倒れ込んだままの姿勢で過ごしていた。
吾輩も、特別に付き合ったというわけではないが、廊下を隔てた手前の部屋で眠り続けてみた。
時たま、半分寝ぼけて顔を上げ、おじさんのほうを眺めると、おじさんも顔だけを、こちらに向けている様子である。
話相手になるわけでも、世話をしてくれるわけでもないのだが、やはり、ひとりで留守番をしているよりは、たとえ、おじさんといえども居れば、なんだか妙に安心できることだった。
さてさて、おばさんが帰ってきた。
どこをどう見ても、チビちゃんを連れていない。
生センの周囲を捜したところが、結局、もう見かけなかったらしいのである。
ここでまた職員さんの話を引っぱりだすのだが、おそらく、もらわれて行ったみたいよ、とのこと。
釈然としないものの、チビちゃんの幸せを願うことにしよう。
そして吾輩は、これまで同様、何もかもを独占し、留守番までも独占(?)できる、という次第である。
余談ながら、おじさんは、ゆっくりであれば移動できる程度に回復したところで、おじいさんさながらに外科医院まで出かけて行った。
驚くべきは、現代医学!
帰宅してみると、外見上、まあまあ元に戻っていたのである。
逆玉手箱なのか。


第109回 (2003.7.26)

梅雨もさすがにくたびれるのか、ちょっと一服、なんて感じに晴れる日があって、そんなときにすかさず、おばさんが、窓をすべて開け放ち、風を通すことになる。
そこで都合よく、思ったとおりの風など吹き込もうものなら、実に気持ちがいい。
吾輩が、その風に存分になでてもらえるよう、窓のすぐ手前の台の上で、揃えた前足に顎を乗せ、長々と腹ばいになって寝そべっていると、ちょうど甲羅干しをしているみたいになる。
そのうちに熟睡してしまうのだが、熟睡してからの様子は、自分では分からない。
おじさんの話だと、上手にくるんと丸まっているかと思うと、仰向けで思いっきり伸び伸びになっていることもあるとか。
先ほど書いた「甲羅干し」というのも、おじさんの発想なのだが、その体勢に少しでも変化があると、夜目遠目からでも、すぐ分かるのだそうだ。
吾輩の毛色の白い部分が、浮かび上がったように現れるからであるらしい。
さて、窓を開けたところで、おばさんたちにとって問題となってきているのは、吾輩が網戸までも開けてしまう、という点だそうだ。
吾輩としては、気持ちのいい風を、もっともっと取り込もうではないか、というだけのことなのだけれど、実際に網戸が開くとなると、吾輩が蒸発してしまうかもしれない、転落してしまうかもしれない、カラスに攻撃されるかもしれない、ぶたパンダが断りもなく上がり込んでくるかもしれない、などなどと心配がたえないことになるのだそうである。
そう言えば、ぶたパンダの首の鈴がこわれたのか、鳴らなくなっているので、周囲をうろうろされても、それで吾輩の眠りをじゃまされることがなくなった。
おばさんたちの心配をよそに、ますます熟睡できる環境にある。
ところで、おじさんとふたりで留守番をするのは考えものだ、ということが、このほど分かった。
「海の日」の連休にかけて、かっとびさまやあんずさまに会いに、おばさんひとりが泊まりがけで出かけたので、おじさんとふたりきりという状況下にはじめて置かれたわけだが、おじさんという人間は妙なところで心配性で、あとで閉め忘れるといけないから、という理由にもならない理由から、窓をちっとも開けたがらないのである。
吾輩としては、「海の日」でもあることだし、例の甲羅干しをして気持ちよく過ごそうと思っていたので、にゃあにゃあ言って催促してみたのだけれど、結局、開けずじまいであった。
温厚な吾輩といえども、些か頭に来て、その後、おじさんとは遊んでやらずに、食餌もそこそこ、うんこもそこそこ、眠りっ放しで過ごしてやった。
おばさんが帰宅したときには、吾輩、おじさん、ともに心底ホッとしたことであった。


第110回 (2003.8.9)

台風というのは、なんとも恐ろしいものなのだそうだ。
雨を伴い、風を従え、大暴れしないことには気が済まない性質であるらしい。
目玉でもって睨みをきかせながら、何もかも容赦なく水びたしにし、抵抗するものは薙ぎ払い、抵抗しないものまで蹴り倒して、通り過ぎて行く。
うちなど、睨まれたら最後、ひとたまりもないのではあるまいか。
吾輩をしつけるためのスプレーにさえ、ぼろぼろと剥がれ落ちてしまうような壁で作られているのだから。
それで、その台風に睨まれることのないよう、昨夜から、おばさんが雨戸をすべて閉めきったのである。
暗くても夜間であれば当たり前、と考えてはみたものの、やはり何かが違う。
ものものしい空気の中、過ごすこととなった。
吾輩の違和感は、朝になって、さらにはっきりした。
何時になっても雨戸が閉められたままだったのである。
台風が完全に去ってしまうまでは、ということのようだったが、普段どおりに生活できなかった分、狂ったリズムが排泄に影響してしまった。
しっこ1回だけに終わったのである。
とは言え、吾輩にしてみれば、台風なんて、それほど恐ろしくない。
もっと正確に言うならば、台風の実際のところが今ひとつで、恐ろしいかどうかも分かっていないのだ。
むしろ、吾輩は、雷というのに弱いような気がする。
雷は、梅雨明け前からちょくちょくと、吾輩を脅かしにやってきていた。
ものすごい雷鳴の前に必ずピカッと光るので分かりやすくはあるのだが、それでも雷鳴のたびに猛烈に驚いてしまう、といった始末である。
で、この季節、吾輩にとって、前ぶれがありながらも脅威に感じてしまう、というものが、もうひとつ。
恐怖のワクチン接種である。今週はじめに『加藤獣医院』から「お知らせ」の葉書が届いていて、本日決行されたのだ。
台風が過ぎ去ったとは言っても、そういう日にわざわざ出かけるなんて考えていなかった吾輩が迂闊と言えば迂闊であったが、おばさんたちがキャリーバッグをもぞもぞ準備し始めた時点で、おかしいぞ、と思わなくてはいけなかったのかもしれない。
ふたりがかりで必死に吾輩を押し込めるとすぐ、おじさんが手にさげて出発。
吾輩が声を荒げ「ぎゃおぎゃお」鳴いても、結局は連行されてしまった。
飄々先生、お久しぶり、というのが感じられないくらいにお変わりない。
肝腎の注射は、あっと言う間に済んでしまった。
診察台の正確な体重計によれば、吾輩の現在の体重は5・10kgとのこと。
昨年より微妙に増えている。
おじさんが「この調子で増えて行けば・・・」なんて、トンチンカンを言ったので、先生にしっかり釘をさされていた。
吾輩がおじさんと出かけている間に、おばさんが雨戸を開けてくれていて、帰宅したうちは、ようやく本来のすがたを取り戻した感じであった。
さて、吾輩もリズムを戻そうか。
トイレ、トイレ・・・。



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