「みずほ点訳」ホームページ

 吾輩は阿茶である 




第121回〜第130回



阿茶
「大久保さんじゃないよ」
毛足の長いクッションの上に伏せている阿茶。
元勲のごとく顎ひげを生やしているように見えないかな。



第121回 (2004.6.2)

ある日のこと。
と言っても、そんなに前の話ではないのだが、普段どおりに猫缶を口にした途端、とんでもないことが起きた。
猫缶に何か仕掛けでもしてあったのか、口の中で暴れ出したのである。
吾輩のほうが食べようとして噛みついたはずの猫缶が、口に入るやいなや反対に、吾輩に噛みついてきている、という感じがしてしまった。
思わず、前足を口まで持って行って、どうにかしようと試みたり、何歩か後ずさりをしたりしたが、そうこうするうちに食べ終えることになった。
なんという猫缶だったのだろうか。
ところが、これがこの猫缶だけに止まらず、ほかの猫缶にしろ、トランプカリカリにしろ、全員が吾輩を狙い始めて、口に入るなり大暴れするのだから、たまらない。
結局、吐き出すことこそなかったものの、犬のようによだれを垂らし、食餌のたびにおかしな動作をするようになって、それでおばさんが気がついた。
「阿茶くん、歯が痛いんじゃないの?」
話を聞きつけたおじさんまで参加し、ふたりがかりで吾輩の口の中を覗こうとして、すったもんだしたが、それより何より、食欲があっても、口にするのに些か抵抗のある吾輩の、食餌の量が減り、そうなれば物理的に当然の話、うんこも減る。
今までにも、うんこの出ない日がなかったわけではないが、それが2日続きとなったのは、生まれてはじめてのこと。
さすがに情け容赦なく加藤獣医院に連れて行かれることになってしまった。
キャリーバッグに収まるまでに、毎度おなじみの大騒動。
それから鳴き叫び続ける吾輩、なだめすかすおじさん、のんびり迎えてくれる飄々先生。
「まな板の鯉」ならぬ「診察台の猫」となった吾輩が、ようやく観念すると、熱を測られ、口の中を診察され、挙句に注射を2本。
熱は38度8分、ちょっと微熱があるのかな、という感じで済んだが、口の中が明白だったようだ。
歯ぐきが左右ともに腫れている、とのこと。
先生の横で吾輩を押さえていたおじさんにも、部分的に真っ赤になっているのが見えたそうである。
歯垢がたまって、そういった状態を招いたらしい。
あーあ、こうなることが分かっていたなら、ちゃんと毎日、もっと歯磨きをしたのににゃあ。
ちなみに、診察台に取り付けられた正確な体重計によると、現在の吾輩は、4・5kgとのこと。
奇しくも、例のうちの体重計と同じ数値を示すこととなった。
「それでは、また明日、来てくださいね」と、飄々先生の言。
6月に入った途端、昨日今日と通い、明日も行かなくてはいけないとは・・・。
今日などは、出かけるまでに昨日以上の大騒動。
一計を案じたおばさんが、キャリーバッグを2階まで持ち上げ、何食わぬ顔をしていたので、まさかそのバッグが移動してきているとは考えなかった吾輩、中を覗き込んだ拍子に、するりとチャックを閉められてしまった。
まんまとしてやられたが、明日は同じ手ではだまされない、つもりでいる。
さてさて、明後日も行くことになるのであろうか。
なんでも、その日は「虫歯の日」とか。
あまりにも旬を行く話になってしまったことである。


第122回 (2004.6.9)

その後の吾輩である。
加藤獣医院には、3日連続の後、隔日で通院することとなった。
そのたびにキャリーバッグに収まるまで、おばさんおじさん連合と吾輩との間に死闘が繰り広げられて、おじさんなどは腕や足に引っかき傷を増やしているのだが、結局、吾輩が押し込まれてしまうと、あとは診察台まで一直線。
注射を2本ずつ、律儀にちょうだいしている。
これでもって、歯ぐきの腫れや痛みが抑えられ、飄々先生の診たてでも、徐々に回復している、とのこと。
実際、3日連続で通院したころは、猫缶をむさぼり食べていた。
調子に乗ってカリカリまで口にしたところが、これはさすがに食べることができず、ポロリと吐き出したが、食欲もあって順調だったのである。
ところが、通院が隔日になったあたりから、また、食餌の量が減って行き、今週の月曜日などは、自分でも信じられない事態となってしまった。
あの鰹節を目の前にしながら、ついに食べる気が起きなかったのである。
事態を重くみた飄々先生、ちらっと話に出ていた「歯石とり」を、予定よりも早めて実行しましょう、ということになったらしい。
・・・そうとは知らない吾輩、夜食用のお皿がない、朝になっても朝ご飯がない、というところで、そう言えば以前にもこんなことがあったにゃあ、と気がついた。
あれは、何だったっけ? えーと、えーと、えーと・・・そうだ! 吾輩にとっての成人の日だった! と思い出したころには、おばさんによって加藤獣医院まで運ばれていて、またもや、先生の取り出してきた青い袋にすっぽり入れられ、口をひもで括られるところ。
うーむ、遅かったようである。
意識が、すーっとなくなって行った。
気がつくとキャリーバッグの中に戻っていて、迎えには、おじさんがやって来た。
そして、飄々先生のご説明。
口の中を徹底的に調べた先生が、びっくりされたらしいが、おじさんと一緒に説明を聞いていた吾輩も、非常にびっくりした。
どうやら吾輩は歯の性質がよくないらしく、標準的な猫と比べると本数からして少ないのだそうだ。
そして、ぐらぐらだった歯が2本、割れてしまっていた歯が2本、合計4本を抜かざるを得なかった、とのこと。
実際に、抜いた歯を冷蔵庫から持ち出し、見せてくれたのだが、そもそもが小振りで、ちゃんと育っていないような歯だそうである。
原因はまだ医学的にはっきりしていなくて、まあ、体質的なものでしょうね、とか。
吾輩にも、歯が割れるほど何かに噛みついた記憶がなく、同感、といったところだ。
最後に、やはり、「明日の夕方、また来てください。それまで何も食べさせないようにね」という指示が出されてしまった。
ほんと、これが大変なのである。
もっとも、今回は、食べようにも食べることができなくて、通院しているわけだけれど・・・。
今は、ゆっくり眠りたいばかりである。


第123回 (2004.6.10)

その後の吾輩のその後である。
そうでなくても本数の少ない歯を、4本も抜かれた吾輩だけに、ほんとは、「吾輩」というのも「わにゃひゃい」としか発音できないのだが、そこをきっちり書けば書くほど、分かりにくい文章になってしまう気がするので、ここでは標準猫語を使用することにする。
ご了承を。
実際のところ、にゃあにゃあ鳴く声も、普段とは些か違っているのである。
なんだか濁った感じの「にゃあにゃあ」なのだ。
また今日もキャリーバッグに押し込まれて加藤獣医院に出かけることになり、そうした「だみ声」で抵抗したものだった。
診察台でも今まで以上に動いてやったので、吾輩を押さえようとするおじさんと揉み合う格好になってしまい、おじさんの腕は吾輩から抜けた毛でもって、毛むくじゃら。
飄々先生曰く、「それだけ元気になっている証拠」とのこと。
口の中も、歯ぐきの赤みが落ち着いた感じになってきて、これも先生曰く、「とても順調に回復している」とのことである。
まだ固形物を口にするのは好ましくないらしく、猫缶をお湯に浸し、ぶとぶとにして食べさせるように、との飄々先生のご指示。
帰宅後、確かにぶとぶとの猫缶を与えられたが、何せ腹ぺこの吾輩、ぶとぶとだろうが、べとべとだろうが、構ってなんかいられない。
あっという間に平らげることとなった。
痛みがなくなったことで、食餌の後のおかしな仕草もしなくなった。
みなさまには、ご心配をおかけしましたが、このまま何事もなく順調に治って、通常の猫缶ないしカリカリを口にできる日も近いのじゃあるまいか、なんて考えている吾輩である。


第124回 (2004.6.27)

さらにその後も、加藤獣医院に通わなければならなかった吾輩である。
おじさんが事務所から帰ってくるたびに、あの手この手でキャリーバッグに押し込まれるので、それが条件反射として身につき、出かけない日にも、帰ってきたおじさんに対して身構えるようになってしまった。
そういう吾輩を安心させようとしてか、出かけない日、おじさんは早々とパジャマに着替えたり、わざと寝転がったりして、出かけないことのデモンストレーションをしてみせる。
これが、出かける日となれば、暴れる吾輩に引っかかれてもいいような普段ばきのズボンに着替えるので、出かける、出かけないは、おじさんの着替えを見れば一目瞭然であった。
肝腎の「歯石とり」後の経過だけれど、すこぶる順調な回復。
猫缶に限らず、カリカリであっても、ぶとぶとにすれば口にしてよくて、吾輩の食欲を満たした。
「だみ声」もいつしか元に戻り、廊下を元気に走り回れるようになっている。
おばさんの腕やおじさんの鼻に噛みつくのも、痛みがなくなった分、ちゃんとできて、歯形をくっきり残せるようになった。
加藤獣医院に出かける間隔も、だんだんと開いて行ったのである。
そして昨日、ようやく飄々先生の「もう来なくていいよ」という待望の言。
診察も注射も終えていて、すでにキャリーバッグの中にいた吾輩、思わず小躍りし、もう少しで、おでこをぶつけるところだった。
とにかく、ホッとした。
実は、先週の診察の際、飄々先生がこんな言葉を漏らされたのである。
・・・抜歯した4本のほかに、もう1本だけ気になる歯がある、抜くには惜しい状態だったので、そのままにしたが、その歯ぐきがまだ少し赤いなあ、うーむ。
吾輩に言わせれば、まあ、実際に痛むわけではなくて、むしろ、こうしてキャリーバッグで連行されてくることのほうが、余程ストレスを感じるのである。
昨日の診察の結果、歯ぐきの赤みがきれいになくなり、飄々先生から お墨付きをいただけたことに、心底、ホッとした吾輩であった。
今月1日からの通院で、およそ1ヶ月。食餌のぶとぶと制限も解かれ、お蔭さまで、全快した次第である。
ところが、である。
おじさんが飄々先生に向かって、事もあろうに次の予定を聞いているではないか。
キャリーバッグの中で、大きくズッコケてしまったことをここに打ち明け、今回の通院騒動の筆をおくことにしよう。


第125回 (2004.7.22)

木三田さんちのミーが、ひょっこり帰ってきた・・・。
と言うのも、加藤獣医院に出かけなくてよくなり、生活のリズムと安心感を取り戻しつつあった吾輩が、サッシ越しにのんびり、小庭を眺めていたときのこと。
あれから約1年半、このくらいの大きさになっていても、ちっともおかしくないのではないか、という大きさをしたキジトラの猫が、ふらふら現れたのである。
最初はどこの猫の馬の骨なんだか、なんて思っていたが、ふと、ビビビッと来るものがあって、ミーだと分かったわけだ。
吾輩から話しかけようとしたところが、そこにたまたま、おばさんがやってきてしまい、逃げることなんてないのに逃げて行って、それっきり。
話も何もあったものではなかった。
そして、この猫、おばさんに言わせると、ミーじゃないとのこと。
木三田さんと会った際に消息を聞いて、岡山から帰ってきていない、という返答をもらったそうなのだ。
うーむ、よく似ていたけれどにゃあ。
ヤツのことは、ダミーと呼ぶことにしよう。
今朝の話。
朝食中のおばさんたちを後目に、台所で伸び伸びになったり、おじさんの弁当を物色したりしていた吾輩だったが、ちょっとした猫の気配を察知するや、すぐさま小庭に面したサッシの手前まで移動したのである。
お久しぶりのぶたパンダ。
こちらは本物だった。
吾輩の動きについてきていたおばさんも目撃して、玄関から飛び出して行き、確認をしたのだから。
「もう、うんちがしてあった」なんて言いながら、おばさんが戻ってきた。
さて、吾輩のうんち、もとい、健康についてであるが、お蔭さまで歯が治り、至って順調そのもの。
唯一の悩み、それも、おばさんたちにとっての悩みが、食べ物に関してのおねだり、ということになろうか。
先月、食べることがままならなかった際、そんな吾輩に何か食べさせようとして、おばさんが苦心し、自分たちの食べ物をちょこちょこ分けてくれたのが、事の始まり。
今でも癖になっていて、おじさんが缶ビールのプルトップを開ける、その音を合図に「にゃあにゃあ」寄って行く、というわけである。
そして、おねだりに成功したのが、シシャモ、イサキ、スズキ・・・。
土用の丑の日だった昨日は、ついにウナギまで食べることができた。
当初、そうと分からなかったおばさんが、吾輩の「にゃあにゃあ」をてっきり、焼き茄子にかけられた鰹節だと思い込み、新聞紙を広げ、吾輩分としての鰹節を用意してくれたのだが、それはそれできれいに食べた後、さらに1オクターブ高い声で「にゃあにゃあ」鳴いてやったのである。
ひょっとすると・・・というおばさんたちの考えは正しく、目の前に運ばれたウナギの切れ端に、生まれて初めて食べるとは思えないくらい、夢中でむさぼりついてしまった。
ウナギは勿論のこと、おばさんが先に口に含み、醤油っ気を取り除かれてからのもの。
その作業が、吾輩のむさぼりつくペースに追いつかず、どうしても待たされてしまう。
これがまた、待ち遠しく思えるほどの美味、吾輩の口に合った食べ物、という次第であった。


第126回 (2004.8.11)

毎年のことだと言えば、たしかにそうであるが、加藤獣医院から、ほいほいワクチン接種のお知らせの葉書が届いてしまい、例によって大騒ぎの末に、キャリーバッグに押し込まれて、出かけることになったのであった。
そもそも、何かを感じた吾輩。
おじさんが帰ってきたというだけで、とことこ机の下のいちばん奥に逃げ込んで、吾輩が感づいていることを感じたおじさんたちとの、なんとも妙な、化かし合い。
最終的には、おばさんの操る猫じゃらしにつられて、キャリーバッグの中に収まることになってしまった。
吾輩としては、せめてもの抵抗で、特に大きな声を張り上げて鳴き続ける。
恥ずかしいと思ったのか、おじさんがキャリーバッグを片手にしながらも、町内を駆け抜けた。
まがり角を2回ほど折れてようやく、駆けるのをやめたようだったが、吾輩のほうは鳴きやまない。
吾輩に共鳴するように、その辺の犬が鳴く、さらに遠くの犬までが鳴く。
付近一帯が騒然とした。
結局、信号を渡り終えるまで、ずっと鳴き通したが、渡るとすぐのところにある神社の石垣に野良の子猫がいて、こいつに「ミャー」と鳴かれた途端、急に鳴くのがあほらしく思え、黙ってしまった。
自分でも訳が分からなかったが、とりあえず加藤獣医院に到着した。
早速、診察台にのせられる。
口の中を診察され、熱を測られ、ワクチンの注射を打たれた。
口の中はまずまず順調、熱は38度5分で問題ない。
さあて、猫もおじさんも嫌いな注射である。
打たれた瞬間、ギャッと体をよじった吾輩に、飄々先生が「まだ打ってないだろ」と一言。
真に受けたおじさんが「まだ打ってないんですか?」と間抜けな質問をして、先生をにやりとさせた。
コントじゃあるまいし、打たれていないのに演技ができるような吾輩ではない。
しっかり注射されていて、しかしながら、そういったやりとりの間に終わった次第だった。
帰りは、行きと別の猫であるかのように、おとなしくしていた。


第127回 (2004.8.25)

開催地がアテネだけに、今回の五輪は、夜が更けてからの中継が多くて、おばさんたちの睡眠不足が甚だしい。
普段なら眠りこけているような時刻に、テレビの前で頑張っている。
吾輩は生来、夜行性であるし、昼間にちゃんと睡眠をとっているので、真夜中だって問題はないが、そういうわけに行かないおばさんたちは、途中からうつらうつらして肝腎の決勝を見逃したり、完全に眠り込んでしまってテレビだけが徹夜をしたり、吾輩がひとり観戦していたりする。
こう言うと何だが、思いのほか日本勢が活躍し、メダル獲得も記録的。
シドニーのときにすら、まだ生まれていなかった吾輩ではあるが、日本で暮らしている猫として、大いに鼻が高いことである。
ちょうどアテネ五輪が始まったころ、東隣の朝潮さんちが、建物のぐるっと外壁を修繕し始めた。
そして昨日、とうとう西側の外壁、つまり、うちに面した側を修繕するところまで進んで、うちの敷地に足場が組まれたのである。
朝潮さんの奥さんが事前に挨拶にみえた時点ですでに、おばさんの心配は、専ら吾輩にあったらしいのだが、実際、そのとおりに落ち着かない時間を過ごすこととなってしまった。
考えてみれば、うちの中にまで踏み込んでくるわけではないので、安心していればいいのに、なぜかしら、あたふたしてしまう。
憶病な性格なのである。
昨夜は、思いがけない来客に大騒ぎをした。
台所の出窓にいた吾輩が、最初にヤツに気がついた。
ほんの少し開けられた窓の上方、窓枠と窓枠に下半身をはさまれながら、奇妙な動き方をしていたのだ。
こうなると、決して黙ってはいられない。
後ろ足だけで立ち上がり、前足を伸ばし、つまみ出してやろうとしたが、窓枠の隙間に前足が入らない。
顔を近づけてもみたが、あまり効果がない。
吾輩もそのうち、意地になってきてしまった。
そうした吾輩の行動に気づいたのがおばさんで、すぐにおじさんを呼びに行く。
新聞を無造作にまるめ、手に持って現れたおじさん、吾輩にお構いなく、窓を開け閉めして左右に動かすと、ヤツがはずれて飛び出してきた。
地味な色合いにもかかわらず、目だけが真っ赤なヤモリ。
吾輩とおばさんが、わっと逃げ出した後で、おじさんが捕まえ、戸外に放り投げたそうである。
・・・ここだけの話、おじさんも、実はおっかなびっくり。
シンクに落ちたヤモリと睨み合いながら、水責めしたものかどうか、必死に考えをめぐらせ、自分が汗びっしょりだったらしい。
憶病な性格は、おじさん譲りかもしれない。


第128回 (2004.9.6)

五輪が終わり、夏が終わった。
吾輩もどこか気が抜けていて、ぼんやり小庭を眺めていることが多い。
おばさんが手をかけ、小庭のプランターから2階のベランダまで張りめぐらした網の目に、ゴーヤ、朝顔、夕顔が絡みついて、気ままに風に吹かれている。
なかでもゴーヤの実は存在感があり、おばさんと並んで、その数を勘定してみるのだが、葉っぱの陰に隠れているのがいたり、途中で目がちらちらしたりして、ちっとも数えられない。
収穫されなかった実は熟れて割れ、中から真っ赤な種が落ちる。
それはそれは、気味が悪いほどの色鮮やかさ。
思わず逃げ出してしまった。
朝顔は朝顔で、どうもおかしい。
寝坊なのか、朝は咲かない。
昼を過ぎ、夕顔が咲くような時間になってから、おもむろに咲くのである。
何か夕顔に対抗意識があるのかもしれない。
・・・というわけで、最近の吾輩は、縁側にいることが多くなっている。
ちょっと前にも、夜になってカーテンが閉められた後に、その向こう側にもぐり込み、秋の虫たちの合奏に耳を傾けたり、星空を見上げたりしていたのだが、どうやらそのまま眠ってしまったみたいで、気がつくと翌朝。
体にカーテンを巻き付けて熟睡していた。
吾輩の体が、薄手の白いカーテンを透かして見え、おばさんたちから、妙に悩ましく映っていたそうである。
今日もまた、縁側にいた吾輩。
ところが、である。
午後になって雨が降り始め、その雨がどんどん強まってきたと思ったら、ピカピカッと明るくなった途端、カリカリ、ゴロゴロ、でもってドッカン!ズッシン!ものすごい雷だったのである。
1発目はかろうじて我慢できたが、間をおいてからの2発目で、ひっくり返ってしまった。
その後、すぐ目の前の道路を、サイレンを鳴らした消防車が通るわ、どこかの自家用車が一方通行をお構いなしで逆走するわ、雷はさらに3発目、4発目ときりがないわ、大騒動。
食卓の椅子にかけていたおばさんの足許に慌てて避難した吾輩。
見かねたおばさんが、座布団を食卓の真下に置いてくれたので、その上にちんまり乗っかり、耳だけそばだてて、おとなしくしていることにしたのだった。
ようやく落ち着いて、さあ、晩ご飯にしようかとお皿に顔を近づけた途端、グラグラ、ユラユラ、今度は地震である。
思わず、どこという当てもなしに逃げ出してしまったのだが、本来なら、座布団の上に避難すべきだったことは、言うまでもない。
・・・て書いてる間に、あっ、また地震だ!


第129回 (2004.10.1)

今日から10月。
秋が少しずつ深まってきている気がする。
それだからであろうか、吾輩がこの秋はじめて、眠っているおじさんの横にもぐり込んでしまったのだった。
おじさん自身がまだ、ふとんまでは使用して いなくて、薄い毛布1枚をかけているだけ。
そんなおじさんの耳許で久しぶりの「にゃあにゃあ」。
寝ぼけたおじさんが片方の腕を持ち上げ、吾輩のもぐり込むスペースを作ってくれたので、とっとと前進し、体をくっつけるようにしながら、まるくなったのである。
おじさんの体温が心地いい、知らないうちにそういう季節になっていた、なんてところか。
秋になったと言えば、味覚の王様は、猫にしてみてもやっぱり、サンマである。
吾輩も、生まれて4回目の秋にして、はじめて食べることができた。
例の抜歯騒動の前後から、すっかり甘くなっているおばさんたちが、規制も何もなく分けてくれるのである。
加藤獣医院の飄々先生には怒られるかもしれないが、おばさんがグリルで焼き始めるや、いい匂いにたまらなくなってしまって、これまた「にゃあにゃあ、にゃあにゃあ」鳴き寄ってしまう、というわけ。
焼き上がったサンマの、いちばんおいしいところを、おじさんがほぐしてくれ、おばさんがフーフーさましてくれて、吾輩が口にする。
そして、おばさんがサンマを買うときは必ず、3尾と決まってきたようである。
秋とは、とりわけ関係がないが、サザエさまが久しぶりにおみえになった。
吾輩が2階の奥の部屋で寝ころんでいたところ、それを承知したおばさんの計らいで、階段を上がってみえたのである。
吾輩に気付かれまいとしてか、そろりそろり、足音を忍ばせていらしたようだったが、なにぶんにも、ここはあばら家。
築60何年分の悲鳴を上げてしまうことは、とても避けられない。
気付いて顔を上げた吾輩から、ちょうど見通せる位置にサザエさまが・・・。
嬉しいと思っていながら、ちょっとだけ身構えてしまった。
サザエさま、どうも御無礼をば、しましたにゃあ。


第130回 (2004.10.7)

ここだけの話、おじさんは些か臭い。
はっきり言ってしまうのも心苦しいが、事実、におうのだから仕方がない。
たばこを喫むわけではないし、にんにくが好きでもなさそうである。
しかし、歯をきちんと磨かない、ビールを飲みまくる、人の3倍は汗っかき、それでいてお風呂はカラスの行水・・・いろいろと原因は考えられる。
そういう人間が、事もあろうに吾輩に擦り寄ってきて、強引にくっついてくるのだから、ほんと、始末に悪い。
吾輩もそうそう露骨に嫌がるわけに行かず、しばらくは我慢するのだが、限界がある。
やがて体の柔軟なところを利用し、うまくおじさんの腕を掻いくぐって逃れることにしている。
吾輩がスポンと抜け、輪だけになった自分の腕を眺めて、おじさんは毎度、「阿茶にワザを使われたあ〜」と大きな声で喚くのだが、吾輩もおばさんも聞いてはいない。
ところが吾輩、自分でも不思議でたまらないのだが、気温が下がってきて毛布やふとんにもぐり込むとなると、結局、おじさんのほうを選んでしまうのだ。
今秋も、また同じ。
臭いことが分かっていながら、何かに引きつけられるように、おじさんの毛布にもぐり込んでいる次第。
嗅覚が壊れてきているのかも・・・。

こういう話の後、というのも何で、コマキさんには悪いのだけれど、彼女が久しぶりに、吾輩に会いにやって来てくれた。
おばさんが迎えに出たようで、2階でうとうと眠っていた吾輩、帰ってきた物音で目がさめたのであった。
さあ、それからがパラダイス!
遊んでもらった、なんてものではない。
吾輩が思わず遠巻きにしてしまうほど、構ってもらって狂喜したのだった。
そして、そして、コマキさんがおもむろに取り出した、お土産のマグカップ。
正面が顔、側面の口をつけるあたりが体、取っ手が尻尾になった「猫」なのである。白と茶トラの2個。
「にゃあ」と一声、迷わず茶トラのほうのマグカップに寄って行き、頬擦りしてしまった。
何か、他人とは思えなくて・・・。
ちなみに、この茶トラ、問題のおじさんのほうが使用することになったとか。




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