「みずほ点訳」ホームページ

和茶


阿茶のいなくなったびーさんちでは、
7年前に彼がやって来た「7月15日」に奇跡が起きるという「再来説」が、
まことしやかに話題にされるようになりました。
結局、当日は何ひとつ起きませんでしたが、
その2日後、ご主人がキジトラの子猫と遭遇し、
それで触発されてしまったびーさん夫妻。
考えた末、動物愛護センターというところに出かけました。
ここには市内のあちこちから、迷ったり、捨てられたりした犬や猫が集められており、
希望者は里親になることができます。
すぐに登録し、それから2週間、連絡を受けて再びセンターに出かけた夫妻は、
キジトラのオスの子猫を1匹もらう手続きをしました。
名前はすでに決まっていて、「吾輩は和茶である」という連載も始まりました!



和茶
「とっくに、とんずら」
トイレットペーパーをおもちゃにした和茶。
と言っても本人はとっくにいなくて、散らかった惨状だけ。


新連載
 吾輩は和茶である 

第1回〜第10回はこちら
第11回〜第20回はこちら
第21回〜第30回はこちら
第31回〜第40回はこちら
第41回〜第50回はこちら
第51回〜第60回はこちら

第61回 (2011.07.15)

梅雨が明け、夏の暑さが一層強まったと感じられる今日このごろ。
特に吾輩は、猫であるからして暑さに格別弱い(?)。
少しでも避暑を得られないかとあっちに行ったりこっちに行ったりして、最近見つけた場所が、その昔、大おばあさんが住んでいたという部屋の和箪笥の上だ。
勿論、その和箪笥も、大おばあさんのものだったらしい。
大おばあさんがこの世を旅立ち、すぐには片付けられず、かと言って使う気にもならず、放っておかれたままになっていた代物である。
あるとき、ふと思いついて、思いきりジャンプしてみたら、途中で1回くらい足をかけるだけで天板に上ることができ、それ以来、病みつきになっているのだ。
吾輩の行動に気付いてくれたおばさんが、天板の上に置かれてあったガラクタを片付け、段ボール箱まで置いてくれたので、今はその箱に入って眠り込むことが多くなっている。
特に涼しいのかどうかはよく分からないが、大おばあさんの部屋だったってだけで、おじさんなどは「寒気がする」なんて言っている。
夏なればこそと言えば、今年はいつもの夏と違い節電というものが幅を利かせているからか、それが一介の猫たる吾輩にまで影響しているのだから、社会というものは不思議なものだ。
今まで窓を閉めきりエアコンに頼りきっていた生活から、節電ゆえにどこのお宅も窓を開けっ放しにする傾向があるようで、それがたとえば、うちのすぐ裏の草伊藤さんちだとすれば、ついぞ聞こえたことのなかった掃除機の音が猛烈に聞こえてくるようになったのである。
あちらもうちも窓を全開にすれば、直線距離にして10メートルくらいなだけに聞こえて当然ながら、さあ、吾輩はこの音が大の苦手なので、参った、参った。
草伊藤さんちで掃除が始まるたびに、逃げ出すことになってしまっている。
夏とは関係ないものの、ちょうど暑くなり始めたころ、吾輩ができるようになったことがあって、最後にその話をしておこうかにゃあ。
台所のシンクの下に鍋やフライパンを収納できるスペースがあるのだが、そこの扉たるや、今までは、とても吾輩の力で開けることのできるものではなかった。
ところが、物事にはコツというものがあるようで、力尽くで駄目なものでも、ちょっとしたことでどうにかなるのである。
その扉の場合、吾輩が床に寝そべって扉を真下から「かいかい」したら、案外するりと外れて開けることが可能になった次第。
一度開けてしまうと、あとは同じ要領でするだけのこと。
中に入られては不都合なおばさんが扉2枚の手と手に輪ゴムをかけ、開かないように工夫したようだったが、たしかに吾輩に対する効果はあったものの、自分が包丁を取り出すのにも不便をしていて、ただでさえ熱中症になりやすい台所で、さらにヒートアップしそうになっているようだ。
お疲れさまであるにゃあ。

ところで、うちに阿ん茶んがやって来たのが10年前の今日だとか。
という訳でおじさんの猫歴も10年てことになるのだが、さてさて、どのくらい猫のこと、分かっているものやら・・・。


第62回 (2011.08.10)

おじさんが珍しく吾輩をしっかりと抱きかかえ、爪を切ろうとしてくるので抵抗して、両前足ともに親指(?)を除く4本ずつの指の爪が切られたところでおじさんを諦めさせ、ホッとしたのも束の間、今度はおばさんがブラシを手に吾輩に向かってくる。
おばさんにブラッシングされるのはそんなに珍しいことではないが、こんなふうに続けざまだと、何だ?何だ?なんて考えてしまう。
そして、もっとよく考えて答えに行き着くべきであったのだが、気がついたときには時すでに遅し、キャリーバッグに押し込まれるところだった。
嗚呼、ワクチン接種の時期だったにゃあ・・・。
ひさしぶりに訪れたツジカワ犬猫病院。
同じ顔をしたビーグル犬3匹を鵜匠のように連れた先客がいて、怖がっているおじさんともども待合室の隅っこにいた吾輩だったが、ふと、日にちや時間ごとに担当医が書き出してあるボードに流暢先生の名前のないことに気づいた。
苗字が変わった可能性も考えてはみたが、やはり呼ばれて診察室に行くと、待っていたのは女性の先生。
若くて優しそうで美人でスタイルもいい。
おじさんが急に元気を出している。
美人先生がカルテを読むなり、「大変だったんですねえ、手術」って。
そして「6キロあるって、大きい猫ですねえ」とも。
実際、診察台の上で、キャリーバッグから引っぱり出された吾輩を目にするなり「大きいわあ」って。
さらにもう二度ほど「大きい」と口走り、「すいませんね、大きい大きいって」と謝る。
で、その体重であるが6・10kg。
昨年よりは微量ながら減っていた。
肛門で測られた体温は平熱、触診も口の中の診察もどこにも問題はなく、最後にワクチン接種の注射をされて、無事終了した。
おじさんが支払いの際、流暢先生のことを聞く。
3月に独立して大阪で開業された、とのこと。
言われてみれば関西弁だったにゃあ、大阪だともう会うこともないにゃあ、と些か淋しくなって、結局、吾輩は今回の外出中、一声も鳴かず無言を通すこととなった。
流暢先生、おおきに、ありがとさん!


第63回 (2011.10.07)

食欲の秋とはよく言ったもので、吾輩、今、食べる食べる、おばさんたちが心配をするほど食べている。
実は、夏のあいだ、こんな吾輩でも夏ばてして食欲が落ちていたので、その分を取り戻そうとしているかのような具合だ。
おばさんが、吾輩を見ては「痩せちゃった」と言い、抱っこしては「軽くなっちゃった」と言っていた夏は、どこに行ったやら。
「さっき食べたばかりでしょ」と言われても、何かしら出してくれるまで食卓に居座り続ける。
いつの頃からか、おばさんが首を縦に振りながら「あん」と言うと「ご飯、おしまいだよ」という合図になっていて、食卓から退散することになっていた吾輩だが、最近はそれも効き目がなくなりつつあり、おばさんに「あん」を何回も言わせ、おじさんまでが「あん」と言い、それでも吾輩が頑張って粘り勝ちするときと、さすがに諦めるときと、半々てな感じになっている。
つい先日の話。
猫砂トイレ係のおじさんがたまに掃除し忘れることがあるのだが、その日も夕方、おばさんが猫砂トイレを覗き、「また忘れたなあ」とおじさんに対して憤った後、掃除をしてくれた。
その後、仕事から帰ってきたおじさんがおばさんから責められたのは言うまでもないが、おじさん曰く、「朝、ちゃんとやってから行ったよ」と。
食べるものが増えれば出すものだって増えるのが道理。
おじさんが掃除し忘れたのではなく、吾輩が普段以上に猫砂トイレを使用していたのである。
そう言えば、夏ばて中は、うんこやしっこがない、と言って心配していたこともあったおばさんたち。
今は吾輩のリバウンドを心配してもいるし、心配の種がつきることはないのかも。
またある日の夕ご飯にお刺身を用意していたらしい晩のこと。
吾輩がどうせ食卓にやって来て、おねだりするに決まっているからと、まだ冷蔵庫から取り出さず、他のおかずで食事を進めていたおばさんとおじさん。
いつの間にか食事を終え、やがてお刺身のことを思い出したようだった。
なんとも間抜けなふたり。
こっちだって心配の種が・・・。


第64回 (2011.12.31)

気がついたら大晦日、って感じである。
どうも吾輩、秋が深まったぐらいから時間の過ぎるのが加速し、あっという間に大晦日を迎えてしまうようだ。
12月のことを「師走」というらしいが、10月か11月も足して「猫走」と名付けてもいいかもしれない。
さて、この時季、大掃除というものに見舞われる吾輩である。
おばさんは勿論、普段してるところを見たことのないおじさんですら掃除をしていて、吾輩が見向きされなくなるのだ。
邪魔っ気にされると書いてしまっても過言ではない。
大掃除だけに普段とは様子が違い、神棚が降ろされたり、障子が外されたり、カーテンが洗濯されたり・・・。
神棚を掃除していたおじさんが枯れ枯れの榊を片付けに行った隙に、棚の中に納まってやったら、戻ってきたおじさんが目をまわす。
神様には見えなかったらしく、すぐにどかされた。
障子はおばさんが、「猫に破られない」というキャッチコピーのプラスチック製のを見つけてきたのだが、専用の両面テープで貼り付ける際に出るテープくずがぴらぴらし、これに猛烈にそばえてしまって大騒ぎだった。
そして、コピーの頭に「並の」をつけさせる日をいつにしようか、と爪を磨き始めたところでもある。
カーテンが積まれてできた山に隠れていたのに、あっ気なく見つかった。
どうやら、お手本のような見事な「頭隠して尻隠さず」だったらしい。
何はともあれ大掃除も終わり、さあ、今晩は、おひさまのおねえさんの紅組を応援しようかにゃあ。
来る2012年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。


第65回 (2012.02.22)

新年の挨拶をすっぽかしたまま、あっという間に「猫の日」を迎えてしまった吾輩である。
この間には、大雪も降ったし、おばさんが風邪を引き込みもした。
ちなみに、吾輩とおじさんは至って元気である。
さて、今回は「猫の日」ということで、とある猫の奇行について語ろうかと思う。
その一。
テレビの上に正座するのは前に話したことがあるし、そうして正座をしている写真がこのホームページに掲載されているのでご存知の方も多いと思うが、テレビの上に乗る前にきまってする仕草があるのだ。
画面の必ず左上の隅っこ、番組によっては時刻が出てたりするところを、左前足で何度も何度も擦ってしまうのである。
擦る場所はいつも同じ。
映ってるものは勿論まちまちで、画像との関係はないと考えられる。
どうしてそんなことをするのかと問われても、テレビに対する挨拶なのか、テレビの強度の確認なのか、自分でもよく分からない。
そこがそれ、奇行である。
いきなり飛び乗るときもないわけじゃないが、大抵はその仕草をしてから乗るので、おばさんたちがテレビの妙な磨耗を心配している。
その二。
これも擦ってしまうという話だが、今度は事前ではなく事後。
トイレで用を済ませた後に、トイレのフードの内側を擦ってしまうのだ。
詳細に言うと、まず、吾輩が催す。
すぐにトイレに行き、フードの出入口に上半身を突っ込んで前足を掻き、卵かけご飯の要領で猫砂に窪地を作る。
体の向きを変え、その窪地に照準を合わせて、なので上半身は外に出した状態、目は開けてる場合と閉じてる場合とがあるが、そして気持ちよく事を終える。
で、再び体の向きを変え、また上半身を突っ込んで猫砂をならす。
この直後だ!天井部分と言わず横壁部分と言わず、左前足を最大限使って、きわめて丁寧に擦るのである。
同じ問いをされても、やはり自分でよく分からない。
掃除してるのか、フードの強度の確認なのか、これまた奇行なのである。
尚、フードの磨耗は誰も心配していない。
その三は、とても気まぐれな一時的なもの。
なぜか先日、おじさんのふとんにおじゃましてしまったのだ。
2日間だけのことだったが、おじさんのほうが変に驚いていて、おかしかった。
その後はまた、おじゃまするのをおばさんのふとんに戻しており、おじさんに無理に連れ込まれても、すぐさま逃げ出している。
「あの2日間は何だったんだ?」という大人気ない発言を何度か耳にしたが、奇行としか答えてあげられない吾輩である。


第66回 (2012.05.11)

おばさんたちの浴室は大抵、空気の通りを考えて隣の脱衣室ともども扉が開け放されているのだが、吾輩がここでも水分補給できるようにと、水の張られた淡い緑色の大きなボウルが常時、脱衣室のマットの上に置かれているので、吾輩は自由に行き来し、思う存分水を飲むことができている。
そそくさと脱衣室に向かってはボウルに右前足を突っ込み、びしょびしょに濡らした拳を口まで運んで水を飲む。
つまりは、右前足をスプーン代わりにしているとでも言おうか。
勿論、顔をうつぶせに近寄せて直に口から飲む、猫のいわゆる従来方式で飲むときもあるが、特に暖かくなってきた最近はスプーン方式が多くなっていて、どうやらおばさんたちには吾輩が水遊びで楽しんでいるように映っているらしい。
おばさんやおじさんが吾輩を抱っこしたときに、右前足ばかりか左前足までびしょびしょにしているときがあって、「また遊んできたなあ」と呆れ返られることもしばしば、といった次第なのだ。
水遊びと言えば、おばさんがトールペイントにいそしんでいたときのこと。
余程集中していたのか、よそ見していたのか、ふと気がついたときには、作業中の食卓の上に吾輩が乗っかっていて、筆洗い用の水入れから前足を引き上げてる、なんてことがあった。
で、その前足を容赦なく振り、いろいろな色が混じりあって汚れた水をあたり構わず撒き散らして、おばさんが大迷惑したそうな。
悪いことをしてしまったにゃと反省しながらも、まあ、それだけ陽気がよくなったってことでお許しいただいた。
そんなおばさんが吾輩をおとなしくさせる必殺技を編み出した。
椅子に腰掛けたおばさんが、毛布にくるんだ吾輩を抱きかかえ、吾輩のお尻のあたりを毛布越しにちょうど鼓でも叩くように下からポンポン叩く。
そうされると吾輩、でれでれに甘えてしまうのだ。
おばさんが叩くのをやめると、吾輩から「にゃあにゃあ」催促するほど。
面白がって意図的に手をとめ、吾輩の甘え声を引き出そうとするのにも、ちゃんと「にゃあにゃあ」鳴いてしまう。
叩かないと鳴く、鼓とは反対だ。
そうして一頻り至福のときが済むと、すっと寝てしまう吾輩なのである。
もっともこの必殺技も、もうじき効かなくなるとは考えられる。
吾輩もしくはおばさんが毛布に耐えられなくなるだろうから。
さて、かく語りき吾輩、今日で満4歳を迎えた。
立派な大人であるはずなのだが、ひょっとしたらチビの頃より甘えているかも・・・。


第67回 (2012.05.21)

今朝は、なんとも落ち着かない朝だった。
金環日食なる現象があるってことは、以前からおばさんが話題にしていたので知っていたが、とんと興味のないおじさんと吾輩。
適当に聞き流していたところ、一日一日近づいて来るにつれ、テレビや新聞で盛り上がってきて、さすがにおじさんも「こりゃまずい」と思ったらしい。
おばさんに前々からたのまれていた日食グラスというものを、慌てて買い求めてきたのだ。
しかも、こんな土壇場になってから買おうとするので、どこのお店も売り切れてたり、扱っていなかったり。
7軒目でようやく見つけたときは小躍りして、ろくすっぽ値段も見ずに買ってしまったらしくて、やっぱりおばさんに怒られていた。
そして今朝。
真っ先に起きたおじさんが何度も外に出て空を見上げたそうだが、天気予報どおりの無情な曇り空。
おばさんが「和茶くんも見る?」と言いながら東側の窓を開けてはくれたものの、たしかにどんより曇ってるだけで何のことやらだった。
怒られるくらい出資をしたおじさんも、天気ばかりはどうしようもない。
すると、何度目かに外に出たおばさんが「見える見える、早く早く」って、大声でおじさんの名前を呼ぶ。
太陽と月とでデザインされる図形がまさに面白くなってきたころを見計らったように曇り空に亀裂が生じて、その姿が披露され、バッチリ観賞できるようになったのだ。
二人して庭のちょうど広縁のすぐ前に立ち、かわりばんこに日食グラスを目にあてがっては、年齢を忘れて奇声を発している。
おばさんは朝食、おじさんは出勤とそれぞれ仕度がありながら、何度も何度もうちを出たり入ったりするので、吾輩、おばさんたちの大騒ぎのほうに気をとられてしまい、真似したわけではないが何度も何度も広縁や玄関を行ったり来たり。
東側の窓からじっくり見ていたほうがよかったのかもしれないが、そうしてうろうろしているうちに、名古屋では実に932年ぶりとか言われる天体ショーの時間が過ぎて行ってしまった。
次回は29年先だとか。
932年と比べたらすぐのように思えるけど・・・。
鶴か亀にでもならない限り、見られないかにゃあ。






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