「みずほ点訳」ホームページ

 吾輩は和茶である 




第61回〜第70回



和茶
「とっくに、とんずら」
トイレットペーパーをおもちゃにした和茶。
と言っても本人はとっくにいなくて、散らかった惨状だけ。




第61回 (2011.07.15)

梅雨が明け、夏の暑さが一層強まったと感じられる今日このごろ。
特に吾輩は、猫であるからして暑さに格別弱い(?)。
少しでも避暑を得られないかとあっちに行ったりこっちに行ったりして、最近見つけた場所が、その昔、大おばあさんが住んでいたという部屋の和箪笥の上だ。
勿論、その和箪笥も、大おばあさんのものだったらしい。
大おばあさんがこの世を旅立ち、すぐには片付けられず、かと言って使う気にもならず、放っておかれたままになっていた代物である。
あるとき、ふと思いついて、思いきりジャンプしてみたら、途中で1回くらい足をかけるだけで天板に上ることができ、それ以来、病みつきになっているのだ。
吾輩の行動に気付いてくれたおばさんが、天板の上に置かれてあったガラクタを片付け、段ボール箱まで置いてくれたので、今はその箱に入って眠り込むことが多くなっている。
特に涼しいのかどうかはよく分からないが、大おばあさんの部屋だったってだけで、おじさんなどは「寒気がする」なんて言っている。
夏なればこそと言えば、今年はいつもの夏と違い節電というものが幅を利かせているからか、それが一介の猫たる吾輩にまで影響しているのだから、社会というものは不思議なものだ。
今まで窓を閉めきりエアコンに頼りきっていた生活から、節電ゆえにどこのお宅も窓を開けっ放しにする傾向があるようで、それがたとえば、うちのすぐ裏の草伊藤さんちだとすれば、ついぞ聞こえたことのなかった掃除機の音が猛烈に聞こえてくるようになったのである。
あちらもうちも窓を全開にすれば、直線距離にして10メートルくらいなだけに聞こえて当然ながら、さあ、吾輩はこの音が大の苦手なので、参った、参った。
草伊藤さんちで掃除が始まるたびに、逃げ出すことになってしまっている。
夏とは関係ないものの、ちょうど暑くなり始めたころ、吾輩ができるようになったことがあって、最後にその話をしておこうかにゃあ。
台所のシンクの下に鍋やフライパンを収納できるスペースがあるのだが、そこの扉たるや、今までは、とても吾輩の力で開けることのできるものではなかった。
ところが、物事にはコツというものがあるようで、力尽くで駄目なものでも、ちょっとしたことでどうにかなるのである。
その扉の場合、吾輩が床に寝そべって扉を真下から「かいかい」したら、案外するりと外れて開けることが可能になった次第。
一度開けてしまうと、あとは同じ要領でするだけのこと。
中に入られては不都合なおばさんが扉2枚の手と手に輪ゴムをかけ、開かないように工夫したようだったが、たしかに吾輩に対する効果はあったものの、自分が包丁を取り出すのにも不便をしていて、ただでさえ熱中症になりやすい台所で、さらにヒートアップしそうになっているようだ。
お疲れさまであるにゃあ。

ところで、うちに阿ん茶んがやって来たのが10年前の今日だとか。
という訳でおじさんの猫歴も10年てことになるのだが、さてさて、どのくらい猫のこと、分かっているものやら・・・。


第62回 (2011.08.10)

おじさんが珍しく吾輩をしっかりと抱きかかえ、爪を切ろうとしてくるので抵抗して、両前足ともに親指(?)を除く4本ずつの指の爪が切られたところでおじさんを諦めさせ、ホッとしたのも束の間、今度はおばさんがブラシを手に吾輩に向かってくる。
おばさんにブラッシングされるのはそんなに珍しいことではないが、こんなふうに続けざまだと、何だ?何だ?なんて考えてしまう。
そして、もっとよく考えて答えに行き着くべきであったのだが、気がついたときには時すでに遅し、キャリーバッグに押し込まれるところだった。
嗚呼、ワクチン接種の時期だったにゃあ・・・。
ひさしぶりに訪れたツジカワ犬猫病院。
同じ顔をしたビーグル犬3匹を鵜匠のように連れた先客がいて、怖がっているおじさんともども待合室の隅っこにいた吾輩だったが、ふと、日にちや時間ごとに担当医が書き出してあるボードに流暢先生の名前のないことに気づいた。
苗字が変わった可能性も考えてはみたが、やはり呼ばれて診察室に行くと、待っていたのは女性の先生。
若くて優しそうで美人でスタイルもいい。
おじさんが急に元気を出している。
美人先生がカルテを読むなり、「大変だったんですねえ、手術」って。
そして「6キロあるって、大きい猫ですねえ」とも。
実際、診察台の上で、キャリーバッグから引っぱり出された吾輩を目にするなり「大きいわあ」って。
さらにもう二度ほど「大きい」と口走り、「すいませんね、大きい大きいって」と謝る。
で、その体重であるが6・10kg。
昨年よりは微量ながら減っていた。
肛門で測られた体温は平熱、触診も口の中の診察もどこにも問題はなく、最後にワクチン接種の注射をされて、無事終了した。
おじさんが支払いの際、流暢先生のことを聞く。
3月に独立して大阪で開業された、とのこと。
言われてみれば関西弁だったにゃあ、大阪だともう会うこともないにゃあ、と些か淋しくなって、結局、吾輩は今回の外出中、一声も鳴かず無言を通すこととなった。
流暢先生、おおきに、ありがとさん!


第63回 (2011.10.07)

食欲の秋とはよく言ったもので、吾輩、今、食べる食べる、おばさんたちが心配をするほど食べている。
実は、夏のあいだ、こんな吾輩でも夏ばてして食欲が落ちていたので、その分を取り戻そうとしているかのような具合だ。
おばさんが、吾輩を見ては「痩せちゃった」と言い、抱っこしては「軽くなっちゃった」と言っていた夏は、どこに行ったやら。
「さっき食べたばかりでしょ」と言われても、何かしら出してくれるまで食卓に居座り続ける。
いつの頃からか、おばさんが首を縦に振りながら「あん」と言うと「ご飯、おしまいだよ」という合図になっていて、食卓から退散することになっていた吾輩だが、最近はそれも効き目がなくなりつつあり、おばさんに「あん」を何回も言わせ、おじさんまでが「あん」と言い、それでも吾輩が頑張って粘り勝ちするときと、さすがに諦めるときと、半々てな感じになっている。
つい先日の話。
猫砂トイレ係のおじさんがたまに掃除し忘れることがあるのだが、その日も夕方、おばさんが猫砂トイレを覗き、「また忘れたなあ」とおじさんに対して憤った後、掃除をしてくれた。
その後、仕事から帰ってきたおじさんがおばさんから責められたのは言うまでもないが、おじさん曰く、「朝、ちゃんとやってから行ったよ」と。
食べるものが増えれば出すものだって増えるのが道理。
おじさんが掃除し忘れたのではなく、吾輩が普段以上に猫砂トイレを使用していたのである。
そう言えば、夏ばて中は、うんこやしっこがない、と言って心配していたこともあったおばさんたち。
今は吾輩のリバウンドを心配してもいるし、心配の種がつきることはないのかも。
またある日の夕ご飯にお刺身を用意していたらしい晩のこと。
吾輩がどうせ食卓にやって来て、おねだりするに決まっているからと、まだ冷蔵庫から取り出さず、他のおかずで食事を進めていたおばさんとおじさん。
いつの間にか食事を終え、やがてお刺身のことを思い出したようだった。
なんとも間抜けなふたり。
こっちだって心配の種が・・・。


第64回 (2011.12.31)

気がついたら大晦日、って感じである。
どうも吾輩、秋が深まったぐらいから時間の過ぎるのが加速し、あっという間に大晦日を迎えてしまうようだ。
12月のことを「師走」というらしいが、10月か11月も足して「猫走」と名付けてもいいかもしれない。
さて、この時季、大掃除というものに見舞われる吾輩である。
おばさんは勿論、普段してるところを見たことのないおじさんですら掃除をしていて、吾輩が見向きされなくなるのだ。
邪魔っ気にされると書いてしまっても過言ではない。
大掃除だけに普段とは様子が違い、神棚が降ろされたり、障子が外されたり、カーテンが洗濯されたり・・・。
神棚を掃除していたおじさんが枯れ枯れの榊を片付けに行った隙に、棚の中に納まってやったら、戻ってきたおじさんが目をまわす。
神様には見えなかったらしく、すぐにどかされた。
障子はおばさんが、「猫に破られない」というキャッチコピーのプラスチック製のを見つけてきたのだが、専用の両面テープで貼り付ける際に出るテープくずがぴらぴらし、これに猛烈にそばえてしまって大騒ぎだった。
そして、コピーの頭に「並の」をつけさせる日をいつにしようか、と爪を磨き始めたところでもある。
カーテンが積まれてできた山に隠れていたのに、あっ気なく見つかった。
どうやら、お手本のような見事な「頭隠して尻隠さず」だったらしい。
何はともあれ大掃除も終わり、さあ、今晩は、おひさまのおねえさんの紅組を応援しようかにゃあ。
来る2012年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。


第65回 (2012.02.22)

新年の挨拶をすっぽかしたまま、あっという間に「猫の日」を迎えてしまった吾輩である。
この間には、大雪も降ったし、おばさんが風邪を引き込みもした。
ちなみに、吾輩とおじさんは至って元気である。
さて、今回は「猫の日」ということで、とある猫の奇行について語ろうかと思う。
その一。
テレビの上に正座するのは前に話したことがあるし、そうして正座をしている写真がこのホームページに掲載されているのでご存知の方も多いと思うが、テレビの上に乗る前にきまってする仕草があるのだ。
画面の必ず左上の隅っこ、番組によっては時刻が出てたりするところを、左前足で何度も何度も擦ってしまうのである。
擦る場所はいつも同じ。
映ってるものは勿論まちまちで、画像との関係はないと考えられる。
どうしてそんなことをするのかと問われても、テレビに対する挨拶なのか、テレビの強度の確認なのか、自分でもよく分からない。
そこがそれ、奇行である。
いきなり飛び乗るときもないわけじゃないが、大抵はその仕草をしてから乗るので、おばさんたちがテレビの妙な磨耗を心配している。
その二。
これも擦ってしまうという話だが、今度は事前ではなく事後。
トイレで用を済ませた後に、トイレのフードの内側を擦ってしまうのだ。
詳細に言うと、まず、吾輩が催す。
すぐにトイレに行き、フードの出入口に上半身を突っ込んで前足を掻き、卵かけご飯の要領で猫砂に窪地を作る。
体の向きを変え、その窪地に照準を合わせて、なので上半身は外に出した状態、目は開けてる場合と閉じてる場合とがあるが、そして気持ちよく事を終える。
で、再び体の向きを変え、また上半身を突っ込んで猫砂をならす。
この直後だ!天井部分と言わず横壁部分と言わず、左前足を最大限使って、きわめて丁寧に擦るのである。
同じ問いをされても、やはり自分でよく分からない。
掃除してるのか、フードの強度の確認なのか、これまた奇行なのである。
尚、フードの磨耗は誰も心配していない。
その三は、とても気まぐれな一時的なもの。
なぜか先日、おじさんのふとんにおじゃましてしまったのだ。
2日間だけのことだったが、おじさんのほうが変に驚いていて、おかしかった。
その後はまた、おじゃまするのをおばさんのふとんに戻しており、おじさんに無理に連れ込まれても、すぐさま逃げ出している。
「あの2日間は何だったんだ?」という大人気ない発言を何度か耳にしたが、奇行としか答えてあげられない吾輩である。


第66回 (2012.05.11)

おばさんたちの浴室は大抵、空気の通りを考えて隣の脱衣室ともども扉が開け放されているのだが、吾輩がここでも水分補給できるようにと、水の張られた淡い緑色の大きなボウルが常時、脱衣室のマットの上に置かれているので、吾輩は自由に行き来し、思う存分水を飲むことができている。
そそくさと脱衣室に向かってはボウルに右前足を突っ込み、びしょびしょに濡らした拳を口まで運んで水を飲む。
つまりは、右前足をスプーン代わりにしているとでも言おうか。
勿論、顔をうつぶせに近寄せて直に口から飲む、猫のいわゆる従来方式で飲むときもあるが、特に暖かくなってきた最近はスプーン方式が多くなっていて、どうやらおばさんたちには吾輩が水遊びで楽しんでいるように映っているらしい。
おばさんやおじさんが吾輩を抱っこしたときに、右前足ばかりか左前足までびしょびしょにしているときがあって、「また遊んできたなあ」と呆れ返られることもしばしば、といった次第なのだ。
水遊びと言えば、おばさんがトールペイントにいそしんでいたときのこと。
余程集中していたのか、よそ見していたのか、ふと気がついたときには、作業中の食卓の上に吾輩が乗っかっていて、筆洗い用の水入れから前足を引き上げてる、なんてことがあった。
で、その前足を容赦なく振り、いろいろな色が混じりあって汚れた水をあたり構わず撒き散らして、おばさんが大迷惑したそうな。
悪いことをしてしまったにゃと反省しながらも、まあ、それだけ陽気がよくなったってことでお許しいただいた。
そんなおばさんが吾輩をおとなしくさせる必殺技を編み出した。
椅子に腰掛けたおばさんが、毛布にくるんだ吾輩を抱きかかえ、吾輩のお尻のあたりを毛布越しにちょうど鼓でも叩くように下からポンポン叩く。
そうされると吾輩、でれでれに甘えてしまうのだ。
おばさんが叩くのをやめると、吾輩から「にゃあにゃあ」催促するほど。
面白がって意図的に手をとめ、吾輩の甘え声を引き出そうとするのにも、ちゃんと「にゃあにゃあ」鳴いてしまう。
叩かないと鳴く、鼓とは反対だ。
そうして一頻り至福のときが済むと、すっと寝てしまう吾輩なのである。
もっともこの必殺技も、もうじき効かなくなるとは考えられる。
吾輩もしくはおばさんが毛布に耐えられなくなるだろうから。
さて、かく語りき吾輩、今日で満4歳を迎えた。
立派な大人であるはずなのだが、ひょっとしたらチビの頃より甘えているかも・・・。


第67回 (2012.05.21)

今朝は、なんとも落ち着かない朝だった。
金環日食なる現象があるってことは、以前からおばさんが話題にしていたので知っていたが、とんと興味のないおじさんと吾輩。
適当に聞き流していたところ、一日一日近づいて来るにつれ、テレビや新聞で盛り上がってきて、さすがにおじさんも「こりゃまずい」と思ったらしい。
おばさんに前々からたのまれていた日食グラスというものを、慌てて買い求めてきたのだ。
しかも、こんな土壇場になってから買おうとするので、どこのお店も売り切れてたり、扱っていなかったり。
7軒目でようやく見つけたときは小躍りして、ろくすっぽ値段も見ずに買ってしまったらしくて、やっぱりおばさんに怒られていた。
そして今朝。
真っ先に起きたおじさんが何度も外に出て空を見上げたそうだが、天気予報どおりの無情な曇り空。
おばさんが「和茶くんも見る?」と言いながら東側の窓を開けてはくれたものの、たしかにどんより曇ってるだけで何のことやらだった。
怒られるくらい出資をしたおじさんも、天気ばかりはどうしようもない。
すると、何度目かに外に出たおばさんが「見える見える、早く早く」って、大声でおじさんの名前を呼ぶ。
太陽と月とでデザインされる図形がまさに面白くなってきたころを見計らったように曇り空に亀裂が生じて、その姿が披露され、バッチリ観賞できるようになったのだ。
二人して庭のちょうど広縁のすぐ前に立ち、かわりばんこに日食グラスを目にあてがっては、年齢を忘れて奇声を発している。
おばさんは朝食、おじさんは出勤とそれぞれ仕度がありながら、何度も何度もうちを出たり入ったりするので、吾輩、おばさんたちの大騒ぎのほうに気をとられてしまい、真似したわけではないが何度も何度も広縁や玄関を行ったり来たり。
東側の窓からじっくり見ていたほうがよかったのかもしれないが、そうしてうろうろしているうちに、名古屋では実に932年ぶりとか言われる天体ショーの時間が過ぎて行ってしまった。
次回は29年先だとか。
932年と比べたらすぐのように思えるけど・・・。
鶴か亀にでもならない限り、見られないかにゃあ。


第68回 (2012.06.12)

尾籠な話で恐縮だが、このところの吾輩、些か便秘気味なのである。
猫砂トイレで頑張りはするのだが、場合によっては切れてないままトイレから出てしまい、トイレの外に何らかを残すことになる。
それは、そのものがころころ転がっていたり、ずーっと引きずって彗星を描いたようになっていたり・・・。
吾輩が何食わぬ顔をしていても結局、そうした形跡によっておばさんたちの知るところとなるわけだが、今朝はまさに現場をおじさんに見られてしまった。
トイレの中にころころ、外にもころころ、それでもまだ切れた感じがしなくて、お尻の副将軍さまを床にこすりつけるようにしながら、ということは体は立ち、前に投げ出した後ろ足だけで漕ぐように前進し、バランスをとるために前足もキョンシーのように前に突き出している、何とも妙ちきりんな体勢で、ぐるりと室内を半円に移動したのだ。
そして敷居の前まで行き、段差をどうしようか迷ってしばらく停止した後、フンギリをつけてお尻を持ち上げ、猫はじめ四つ足動物一般の歩行方法に戻して、一気に逃げてやったのだった。
後始末をする羽目になったおじさんが「朝のくそ忙しいときに」と駄洒落でぼやいていた。
・・・とまあ、それはそれは綺麗な金環日食の話をした前回とくらべてギャップがあり過ぎる今回の話、なんとも申し訳がにゃい。

話は変わるが、おばさんが紅茶党、おじさんが珈琲党であることは前にも書いたと思う。
党というくらいだから世間にも同じお仲間がいっぱいいるであろうところ、これまた申し訳がにゃいが、思いきって言ってしまうと、あの珈琲なる飲み物、ほんと美味しいのだろうか?
朝食に際しては必ず、おじさんだけでなく、おばさんまでもが珈琲を飲んでるが、そんな食卓に毎度のように上がり込み、特にここ最近、その運ばれたばかりで湯気を立てているマグカップに鼻を近づけては、前足でマグカップに向かって何かをかけるような仕草をしてしまう吾輩なのである。
そう、まるで猫砂トイレにおいて吾輩自身がしたばかりのものに砂をかけるように。
勿論、そこは食卓の上であり、何もないところで前足だけ動かすことになるのだが、吾輩にとっては明らかに、自身がしたばかりのものと珈琲とに共通する何か、たとえば色?におい?ぬくもり?を感じている次第である。
大人気ないおじさんなどはすぐに「これから飲むのに気分よくないがねえ」と喚き散らし始めて、ただでさえ時間に追われて慌ただしい朝の光景が、余計に騒がしくなってしまう今日このごろ。
結局、話が変わらなかった気も・・・。


第69回 (2012.06.27)

梅雨入りして何日になるのか、たしかに雨の日が続いたり、せっかちな台風によって大雨に見舞われたり。
台風が来るとなると毎度のことながら、雨戸というものをおばさんが閉めてまわる。
どの部屋もたちまち真っ暗になり、吾輩の落ち着きがなくなってしまう。
いや、あるいは、一見すると落ち着いた具合となる。
おばさんが心配してくれるほど、真っ暗な部屋の真ん中でぽつんと、動かずにいるものだから。
とにかく様子が変であるらしい。
台風が通り過ぎて雨戸が開け放たれるや、すぐに普段の吾輩を取り戻す。
それはそれでまた心配をかけることになったりするけど・・・。
先日も天気予報は雨ながら、出勤する時点ではまだ降ってなくて、おじさんは玄関を出たところで、おばさんは玄関から体を半分だけ出して、空を見上げていた。
吾輩もおばさんの足許で外を覗いていたのだが、ふと気づいたおじさんがびっくり!「わ、和茶が」ってんで、おばさんが慌てて外に出て扉を閉め、ふたりして「危なかったね、顔が出とったわ」なんて言い合っていた。
最近の吾輩、なぜか外に出たがる気持ちが強まっていて、玄関や窓辺で鳴いたり、扉が開くと寄って行ったりするので、また出ようとしていると思ったらしい。
吾輩だっておじさんを心配して「空ってどうかにゃあ?」と見てみただけなんだけど・・・。
そう言えば昨日は、おばさんが洋服ダンスを開けた際、すかさず中にもぐり込んでやったのだった。
勿論、そこから外に出られる訳ではないが、普段行けない場所だけに新鮮で、嬉しくて尻尾がぴんぴんに立った。
奥行きがちょうど吾輩の体長と同じなのか、衣類の中を真っすぐ進んだだけ、副将軍さまを丸出しにしたお尻から後ろ足が、まだ入り口という時点で、おばさんにしっかり抱えられてしまったのだが、ま、猛烈に楽しい思いはした。
また今度、機会があったら・・・。
日曜日には東隣の朝潮さんが、庭に咲いてたから、と言ってあじさいを花束のようにして持ってきてくれた。
おばさんが早速、花瓶に活けて飾ってくれたが、やはり吾輩、その花の中に顔を突っ込まないではいられなかった。
何枚も何枚もある花びらと葉っぱのうち、ある1枚の葉っぱだけ、齧られたような形跡を残しながら徐々に減って行く光景が、その後に見られてるけど・・・。
鬱陶しいと形容されることの多い梅雨どきながら、毎日を楽しんでいる吾輩である。


第70回 (2012.07.05)

あじさいが猫草になるのかどうかは分からないが、その葉っぱに親しんでいたころ、立て続けにゲボをして、毛虫より大きな毛玉を吐いたこともあった吾輩である。
ゲボを続けてするのはよくないけど、毛玉がお腹から掃除されるのはいい、とおじさんに説明していたおばさんだったが、あじさいがちょっと萎れ始めるやすぐに片付けてしまったのは、やはり心配だったのかもしれない。
結局、吾輩が気に入って齧ってた1枚の葉っぱとは、4分の1ほど残してさよならとなった。
前回はまた、吾輩が外に出たがることも書いたが、最近うちの周囲でキジトラの猫をよく見かけるようになったのが影響してるだろうか。
ウサギのように短い尻尾が特徴で、しょっちゅう現れる。
台所の出窓に吾輩がいて、朝潮さんちのブロック塀をウサギ氏が歩いて行く、という状況が多い。
それで、出窓の網戸が穴だらけなのを気にしたおばさんから張り替えをたのまれたおじさん。
勿論、その作業中に黙っているわけがない吾輩がまわりでうろちょろ。
古い網が剥がされればそれを齧り、新しい網がしまってあるビニール袋も齧り、新しい網も齧り、抑えるゴム製のひもがぶらぶらすればそれにそばえる。
毎度のこととは言え、大騒動だった。
さて、阿ん茶んが7年間いてほとんど傷つかなかったこのうちが、吾輩の仕業によって見るも無残な状態となったことは、とっくの昔に書いたと思うが、爪とぎをするのに、こちらの柱、そちらの障子、あちらの襖と利用している中でも特に、1階のトイレを出てすぐ、食卓のある居間に入って行くところの柱がお気に入りなことは、まだ書いてなかったと思う。
何しろ築ん十年だけあって煮しめたように黒ずんでしまっている柱が、吾輩の背丈分の高さのところだけは新築のようになっているのだ。
食事の仕度を終えたおばさんが2階にいるおじさんを呼ぶときに大抵、広縁にいたりする吾輩が、階段を降りてくるおじさんよりも必ず先に廊下を進み、その柱に伸び伸びになって寄りかかっては前足でガリガリと引っ掻く。
吾輩にとっても食事の合図になってるわけだから、それが毎日毎日繰り返し行われていれば、その回数やとても数えられるものではない。
その度に怒られてもいるのだが、どうしてもやらないと気が済まないのだから、削れ方も尋常ではなくなっている。
今やこのうちの存亡が懸かってきている、と言っても決して大袈裟な表現ではあるまい。
で、ついにおばさんが「壁に貼る爪とぎボード」なるものを買い込んできて、これまた言いつけられたおじさんの不器用な手により、問題の柱に取り付けられたのだった。
そろそろ一週間になろうか。
取り付けられてるときには、お約束でまわりで騒いでた吾輩だったが、洗濯板のようなそのボードには何もできていない。
おばさんの目論見が見事成功だった次第。
おじさんが一つ心配しているのは、この吾輩にフラストレーションがたまらないだろうか、という点だったが、おばさんの観察だとキャットタワーの脚がちゃんと代わりになって本来の役目を果たしており、何もかもうまく収まったと考えているようである。
実は、おばさんたちには分からないところでガリガリやってる・・・かもよ。




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