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ウィリアム・ウェルマン

jean rouch

ウィリアム・ウェルマン
William Wellman
(1896-1975)

経歴

1896年2月29日マサチューセッツ生まれ。第一次大戦中、フランス外人部隊の担架兵やラファイエット飛行隊のパイロットとして活躍する。被弾して頭に負傷。終戦後は、飛行機スタントマンとして生計を立てていた。このパイロットとしての経験が、後に『つばさ』(27)、『空ゆかば』(28)、『翼の人々』(38)などの空中シーンに生かされることになる。『ボー・ジェスト』(39)や、最晩年に撮られた『壮烈!外人部隊』(58)は外人部隊を描いたものであり、『壮烈!外人部隊』は原題を見る限り、おそらくラファイエット飛行隊をテーマにしたものである。ある日、ダグラス・フェアバンクスの敷地内に不時着しそうになったことが、映画の世界に入るきっかけになったとの逸話があるが、これはおそらく伝説の部類に入る話であろう。

19年に映画界入りし、最初は俳優としてキャリアを始め、やがて監督になる決心をするが、メガフォンをとれるようになるにはフォックスで3年待たねばならなかった。27年、パラマウントで撮った戦争映画『つばさ』で映画監督としての名声を確立する。この作品は第一回アカデミー賞の作品賞を受賞した。若きゲーリー・クーパーがちょい役ででているのも印象的な航空映画の傑作だ。

撮影所ではかなり無茶なことをやったらしく、様々な逸話が残っている。会社の重役や役者たちと衝突を重ね、ワイルド・ビルというあだ名で呼ばれていたという。サイレント時代の作品の大部分は、残念ながら紛失してしまった。この時期の代表作としては、この『つばさ』とならんで、『人生の乞食』(28)が挙げられる。未見だが、『人生の乞食』は、『つばさ』の大スペクタクルとは全く対照的に、静かに、メランコリックに時代を映し出した映画だという(時代は大恐慌の直前だった)。男装のルイーズ・ブルックスが類い希なる美しさを見せるこの映画は、彼女の代表作の一本に数えられる。男の映画を作る作家として知られるウェルマンだが、晩年の『女群西部へ!』Westward the Women(51)に代表されるような「女性映画」にもすばらしい才能を見せていることも忘れてはなるまい。

30年代の初めにワーナー・ブラザーズと契約すると、ウェルマンは商業的作品と野心作を代わる代わる発表しはじめる。『民衆の敵』Public Enemy(31)はその鮮烈なリアリズムによってその後のギャング映画の歴史を変えた(キャグニーがジーン・ハーローの顔にグレープフルーツを押しつけるシーン。ぐるぐる巻きにされたキャグニーの死体が母親の家の玄関から倒れ落ちるラスト)。

たしかに『民衆の敵』は傑作であり、映画史に残る作品である。しかし、これがウェルマンの映画的資質にあった作品であったのかどうかは、いささか疑問だ。いずれにせよ、この作品のイメージが強烈すぎて、日本では不当に忘れられている作品が、この時期だけでも多々ある。とくに『飢ゆるアメリカ』Heroes for Sale(33)、『家なき少年群』(33)は、マーヴィン・ルロイの『仮面の米国』と並ぶ社会映画の最高傑作といわれる。

ワーナー時代、ウェルマンは『夜の看護婦』(31)、『The Purchase Price』(32)、『母』(32)など、バーバラ・スタンウィックを主演にした作品を何本か監督している。これらの作品にはニューディール時代が先取りされ、ウェルマンのメロドラマ的才能が発揮されているという。スタンウィックとの出会いのほうが、会社の意向で撮らされた『民衆の敵』の大成功以上に、ウェルマンにとって重要だったという人もいるぐらいだ。フランク・キャプラに見いだされたスタンウィックをスターに育て上げたのは、ウェルマンである。ウェルマンはその後も、『The Great Man's Lady』(42)やサスペンス映画『Lady of Buresque』(43)などで、スタンウィックと仕事をしている。『飢ゆるアメリカ』のリチャード・バーセルメス、『西部の王者』(44)のジョエル・マクリー、あるいは『廃墟の群盗』 (49)のグレゴリー・ペックなど、ウェルマンは俳優の演技指導にも非常に長けていた。

西部の王者 『西部の王者』

彼の作品の大部分は両大戦間に撮られたもので、当時のアメリカの社会色が作品にも反映されている。『飢ゆるアメリカ』では、貧困にあえぐ社会の描写を通して人間の尊厳を描き、名高い西部劇『牛泥棒』Ox-Bow Incident(43)では、西部を舞台にリンチの問題を硬質な筆致で描きながら、第二次大戦中の赤狩りの風潮を暗に告発した。ウェルマンが手がけたジャンルは、『民衆の敵』のギャング映画、『スタア誕生』A Star is Born(39)『消えゆく灯』(39)などのメロドラマ、『Nothing Sacred』(37)、『Roxie Hart』(42)などのコメディ、『牛泥棒』『女群西部へ!』のような風変わりな、あるいは『ミズーリ横断』(51)のようなアンチドラマ風の西部劇、『G・I・ジョー』The Story of G.I. Joe(45)『戦場』Battleground(49)『ジョン・ウェイン中共脱出』Blood Alley(55)などの戦争映画、『血ぬられし爪あと』(54)のような奇妙な味わいのホラー風活劇など、多岐にわたっている。なかには、神が火星からラジオ放送するという、ナンシー・レーガン(レーガン大統領夫人)主演の映画『The Next Voice You Hear』という映画まである。ウェルマンは決して自己を前面に押し出すような映画は撮らなかった。また、フォードやホークスの偉大さに達することも決してなかった。しかし、どのようなジャンルの作品を撮っているときにも、彼は優れた才能を発揮し、つねに作家としての矜持を失わなかった。

中共脱出 『中共脱出』

蓮実重彦は松浦理英子をめぐるある対談のなかで、彼女は「ウィリアム・ウェルマンのように上品だ」と、唐突にウェルマンの名前を引き合いに出している。長いが引用しよう。

「会社の方針で、ギャング映画を撮らなければいけない、航空映画も撮らなければいけない。それこそ、メロドラマから戦争映画や西部劇まで撮らされたりしたけれども、何を撮っても、どこか時流に流れない距離の意識があるんです。それこそ赤狩りの時代に反ソ映画なんかを撮っても、時流に迎合しないとこが何とも上品なんです。しかも、プロに徹するものの醒めたペシミズムもなく、そのつど、撮っている作品に忠実で、どこかに表現に対する慎みもある。そんな作家がいることで世間は混乱しないという意味でなら、奇形的な天才ではないんですが、彼がいてくれていることで映画全体の汚れが雪がれるような気がする。」

上品さを、節度、簡潔さ、あるいは知性と言い換えてもいいだろう。ウェルマンの映画には、壮大なスペクタクルや、暴力のための暴力、あるいは叙情に流される場面はほとんどない。この慎ましさがウェルマンの映画の魅力なのだ。だが、この慎ましさは、 ハリウッドにおいて必ずしも プラスとはならない。ウェルマン版の『スタア誕生』とジョージ・キューカー版の『スタア誕生』を比べてみたときの、華やかさの違いといったものが、 ウェルマンの映画の無駄を排した簡潔さを、誤って退屈さと取り違えさせる危険は大いにある。

75年に死亡。火葬した後でその灰を飛行機の上からアメリカの大地にまいてくれと、死ぬ前にいっていたという。ウェルマンは最後まで飛行機乗りだった。死の直前に二巻の自伝 "A Short Time for Insanity (74) と "Growing Old Disgracefully" (75) を出版している。

[見ていない作品が多々あるので、折を見て改訂していく予定です。]  

フィルモグラフィー(DVD)

紹介文のなかでリンクを張っていないものを中心に。

Magic Town 『魔法の町』

フリスコ・ジェニー 『フリスコ・ジェニー』


『特攻決死隊』

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