ジャン=ピエール・モッキー
Jean-Pierre Mocky
(1929- )
ジャン=ピエール・モッキーは最初、ジョルジュ・フランジュの『壁にぶつけた頭』の主役として注目され、その後監督となった。映画を撮り始めてからも、自作を中心に俳優業は続け、ゴダールの『カルメンという名の女』や『映画というささやかな商売』などにも出演しているので、顔を覚えているひともいるかもしれない。実は、モッキーの売りになりそうなのはこれぐらいしかない。おそらく、何かの間違いでもないかぎり、日本で彼の作品が公開されることもなかろう。これは非常に残念だ。モッキーがフランスの映画作家の中で貴重な存在であるのは、かれが本物の喜劇を、それも風刺の効いた政治喜劇を撮れる数少ない監督だということだ。モリエールを生んだ国フランスで、なぜコメディ映画が真に花開くことがなかったのか。これは重要な問題である。ぼくは、かれの映画をわずか数本しか見ていないが、それだけ見れば彼の才能を知るには十分だった。モッキーの映画には、フランスのコメディ映画では(おそらく、『操行ゼロ』のジャン・ヴィゴを除いては)あまり見ることのない、アナーキーな笑いが渦巻いている。たとえば、5月革命の年、1968年に撮られた『大洗濯』(Grande Lessive!)。テレビが子供たちに与える悪影響を懸念したある文学教授が、テレビアンテナの立ち並ぶパリの屋根を占拠する闘争を始める。そこに、体育教師や、アナーキストや、歯医者などが加わり、最後は官邸までも動かす大混乱に事態は発展する、といった内容で、めちゃくちゃ面白い。モッキーの映画は見れば絶対面白いのだが、最初に言ったように地味な印象はぬぐえない。こういう作家の映画を公開しようと考える奇特なひとがどこかにいないものだろうか。