映画の誘惑

最終更新日 2018年10月13日

「映画の誘惑 セレクション」

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映画の誘惑 セレクション

コメディ映画 ベスト50

映画史を作った30本

フィルム・ノワール ベスト50

西部劇ベスト50

戦争映画ベスト50に向けて

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>>プチ・ニュース<<

チャールズ・ロートン『狩人の夜』 [Blu-ray]

バッド・ベティカー『七人の無頼漢』 [Blu-ray]

トビー・フーパー『人体自然発火/スポンティニアス・コンバッション HDマスター版』 [DVD] 、『人体自然発火/スポンティニアス・コンバッション』 blu-ray

アンジェイ・ムンク『パサジェルカ』 [DVD]

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『不安と魂』【DVD】

ヴィットリオ・デ・シーカ『子供たちは見ている』 [DVD]

ジャン・ドラノワ『賭はなされた 』 [DVD]

ジャック・ベッケル『怪盗ルパン』[DVD]、『怪盗ルパン』 [Blu-ray]

ジョゼフ・ロージー『ドン・ジョヴァンニ』 [Blu-ray]

五十嵐耕平 『息を殺して』 [DVD]

五十嵐耕平、ダミアン・マニヴェル『泳ぎすぎた夜』 [DVD] 、『泳ぎすぎた夜』 [Blu-ray]

D・W・グリフィス『國民の創生』 DVD HDマスター、『國民の創生』 Blu-ray 、『イントレランス』 DVD HDマスター、『イントレランス』 Blu-ray

『ジョージ・A・ロメロ追悼企画 マーティン/呪われた吸血少年 特別版』 Blu-ray

トビー・フーパー『スペースバンパイア』 [Blu-ray] 、『スペースインベーダー Blu-ray2枚組 超・特別版』 [Blu-ray]

『ジム・ジャームッシュ Blu-ray BOX 2』

ロバート・アルトマン『ロング・グッドバイ〈CCジンジャー・エディション〉』 [Blu-ray]

スパイク・リー『ドゥ・ザ・ライト・シング[AmazonDVDコレクション]』 [Blu-ray]

ロン・ハワード『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー MovieNEX(初回版) [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー+MovieNEXワールド]』 [Blu-ray]

『【Amazon.co.jp限定】ファントム・スレッド ブルーレイ+DVDセット(ビジュアルシートセット付き) 』[Blu-ray]

『【Amazon.co.jp限定】ワンダー 君は太陽 (オリジナルA4クリアファイル付)』 [DVD] 、 『【Amazon.co.jp限定】ワンダー 君は太陽 (オリジナルA4クリアファイル付)』 [Blu-ray]

ジャック・ベッケル『幸福の設計』 HDマスター [DVD] 、『幸福の設計』 Blu-ray

『昭和の名作ライブラリー 第36集 劇場版 事件記者 コレクターズDVD』 <デジタルリマスター版>

曽根中生『“BLOW THE NIGHT ! " 夜をぶっとばせ』 [DVD]

『陽動作戦』

『ファスビンダーのケレル』 [DVD] 、『ファスビンダーのケレル』 Blu-ray

『動くな、死ね、甦れ!』 Blu-ray

『暗殺のオペラ 2K修復版』 [Blu-ray]

『戦争映画 パーフェクトコレクション 狂気の戦場DVD10枚組 ACC-126』

『戦争映画 パーフェクトコレクション 恐怖と欲望 DVD10枚組 ACC-094』

『戦争映画パーフェクトコレクション 戦場の黙示録 DVD10枚組 ACC-117』

『戦争映画 パーフェクトコレクション 荒鷲戦隊 DVD10枚組 ACC-084』

『戦争映画 パーフェクトコレクション 軍旗の下に DVD10枚組 (ケース付)セット』

『戦争映画 パーフェクトコレクション 戦火の英雄たち DVD 10枚組 ACC-111』

『戦争映画 パーフェクトコレクション DVD 10枚組 地獄の最前線 ACC-104』

『戦争映画 パーフェクトコレクション 駆潜艇K-225 ACC-100』 [DVD]

『戦争映画パーフェクトコレクション 撃滅戦車隊 DVD10枚組 ACC-128』

『戦争映画 パーフェクトコレクション 暁の総攻撃 DVD10枚組 ACC-119』

『西部劇 パーフェクトコレクション 北西騎兵連隊 DVD10枚組 ACC-115』

『西部劇 パーフェクトコレクション 平原の勇者 DVD10枚組 (ケース付)セット』

『愛と冒険のアクション映画コレクション 炎の剣士たち DVD10枚組 ACC-133』

『夢はあなたに』 [DVD] 、『夢で逢いましょう』 [DVD]

『【Amazon.co.jp限定】フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法 デラックス版(ビジュアルカード付)』 [Blu-ray]

『素敵なダイナマイトスキャンダル』 [DVD] 、『【早期購入特典あり】 素敵なダイナマイトスキャンダル (ステッカー付)』 [Blu-ray]

ジョゼフ・マンキーウィッツ『大脱獄』 [DVD]

ニコラス・レイ『追われる男』 [DVD]

ゴットフリード・ラインハルト, ヴィンセント・ミネリ『三つの恋の物語』 [DVD]

ヴィンセント・ミネリ『蜘蛛の巣』 [DVD]

フィル・カールソン『ウォーキング・トール』 [DVD]

ウィリアム・ピーター・ブラッティ『トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン HDマスター』 DVD、『トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン デラックス版』

ハル・ハートリー『ヘンリー・フール・トリロジー』

スティーヴン・スピルバーグ『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書 ブルーレイ+DVDセット』[Blu-ray] 、『レディ・プレイヤー1 ブルーレイ&DVDセット (2枚組)』 [Blu-ray]

マーティン・マクドナー『スリー・ビルボード 2枚組ブルーレイ&DVD』 [Blu-ray]

トッド・ヘインズ『ワンダーストラック』 [DVD]

マーク・ウェブ『さよなら、僕のマンハッタン』 [DVD] 、『【Amazon.co.jp限定】さよなら、僕のマンハッタン』 [Blu-ray] (非売品プレス付)

ウェス・アンダーソン 『犬ヶ島 2枚組ブルーレイ&DVD』 [Blu-ray]

『メイキングブック 犬ヶ島(仮)』

『アンジェイ・ワイダ 〈抵抗三部作〉 Blu-ray BOX』

ハルーン・ファロッキ『世界のイメージと戦争の刻印/隔てられた戦争』 (REF DVDシリーズ)

『酔拳2 HDデジタル・リマスター ブルーレイ アルティメット・コレクターズ・エディション (2枚組)』 [Blu-ray]

『別冊映画秘宝 決定版ツイン・ピークス究極読本』 (洋泉社MOOK 別冊映画秘宝)

『女優芹明香伝説』

サミュエル・フラー『赤い矢』 [DVD]

『処刑軍団ザップ HDニューマスター版』 [DVD] 、『処刑軍団ザップ HDニューマスター・コレクターズ・エディション』 [Blu-ray]

『デ・パルマ』 [DVD]、『デ・パルマ』 [Blu-ray]

『ノクターナル・アニマルズ/夜の獣たち ブルーレイ+DVDセット』 [Blu-ray]

ドゥニ・ヴィルヌーヴ『【Amazon.co.jp限定】ブレードランナー 2049(初回生産限定)(オリジナルデジパックケース付き)』 [Blu-ray]、 『【Amazon.co.jp限定】ブレードランナー 2049 日本限定プレミアムBOX(初回生産限定)(オリジナルデジパックケース付き)』 [Blu-ray]、『【Amazon.co.jp限定】ブレードランナー 2049 4K ULTRA HD & ブルーレイセット(初回生産限定)(オリジナルデジパックケース付き)』 [4K ULTRA HD + Blu-ray]

『ゲット・アウト ブルーレイ+DVDセット』 [Blu-ray]、 『ゲット・アウト(4K ULTRA HD + Blu-rayセット)(2枚組)』 [4K ULTRA HD + Blu-ray]

『女神の見えざる手』 [Blu-ray]

『ウェス・アンダーソン ブルーレイコレクション (3枚組)』 [Blu-ray]

ミケランジェロ・アントニオーニ『夜』 [Blu-ray] 『夜 HDリマスター版』 [DVD]

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『ヴェロニカ・フォスのあこがれ』 Blu-ray 『ヴェロニカ・フォスのあこがれ HDマスター』 DVD

イエジー・スコリモフスキ『早春』デジタルリマスター特装版(Blu-ray Disc)、『早春 デジタルリマスター版』(Blu-ray Disc)

ヴィム・ヴェンダース『プレミアムプライス版 ミリオンダラー・ホテル HDマスター版』《数量限定版》 [DVD]

『ジャン=リュック・ゴダール+ジガ・ヴェルトフ集団 DVD BOX deux <新装・新価格版> 』

ジャン=ピエール・メルヴィル『マンハッタンの二人の男 HDマスター』 [DVD] 、『マンハッタンの二人の男』 Blu-ray 『海の沈黙 HDマスター』 [DVD] 、『海の沈黙』 Blu-ray

『リュミエール!』 [DVD]

フランソワ・オゾン『婚約者の友人』 [DVD]、『婚約者の友人』 [Blu-ray]

セルゲイ・パラジャーノフ『セルゲイ・パラジャーノフ Blu-ray BOX(限定生産)』 『ざくろの色(アルメニアVer.)』 【4Kレストア版】 [DVD]、『ざくろの色(アルメニアVer.) 』【4Kレストア版】 [Blu-ray]


『アシク・ケリブ [DVD]、『火の馬 [DVD]、『スラム砦の伝説 [DVD]

アレクサンドル・ソクーロフ『マザー、サン』 アレクサンドル・ソクーロフ HDマスター [DVD] 、『マザー、サン アレクサンドル・ソクーロフ』 Blu-ray

アンドレイ・ズビャギンツェフ『ヴェラの祈り HDマスター』 [DVD]、『ヴェラの祈り アンドレイ・ズビャギンツェフ』 Blu-ray 、『エレナの惑い』 Blu-ray

アッバス・キアロスタミ『クローズ・アップ』 HDマスター [DVD]、『クローズ・アップ』 Blu-ray

『あさがくるまえに』 [DVD]

『バーフバリ2 王の凱旋』 [Blu-ray]

『南瓜とマヨネーズ 通常版』Blu-ray

ジョン・フォード『ギデオン』 [DVD]

ノーマン・パナマ『拳銃の罠』 [Blu-ray]

ニコラス・レイ『大砂塵』 [Blu-ray]

シドニー・ルメット『質屋』 [Blu-ray]

ケリー・ライヒャルト『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』 [DVD]

フリッツ・ラング『ブルー・ガーディニア』

ジム・ジャームッシュ『【Amazon.co.jp限定】パターソン (非売品プレス&ポストカードセット付)』[DVD] 、『【Amazon.co.jp限定】パターソン (非売品プレス&ポストカードセット付)』[Blu-ray]

『怪物はささやく』 [DVD] 、『怪物はささやく』 [Blu-ray]

『【Amazon.co.jp限定】アトミック・ブロンド(オリジナルA3ポスター付)』 [DVD] 、 『Amazon.co.jp限定】アトミック・ブロンド(オリジナルA3ポスター付)』 [Blu-ray]

ロジェ・バディム『危険な関係』 [DVD] 、『危険な関係』 Blu-ray、『悪徳の栄え』 Blu-ray、『悪徳の栄え』 [DVD]

アンリ・コルピ『かくも長き不在 デジタル修復版』 [DVD]、『かくも長き不在 デジタル修復版』 [Blu-ray]

アルネ・マットソン『春の悶え』 [DVD]

オリヴィエ・アサイヤス『パーソナル・ショッパー』 [DVD]

ブリランテ・メンドーサ『ローサは密告された』 [DVD]

丸根賛太郎『土俵祭』 [DVD]

黒沢清『【Amazon.co.jp限定】散歩する侵略者 DVD 特別版(2Lサイズビジュアルシート付き)』 [DVD] 、 『【Amazon.co.jp限定】散歩する侵略者 Blu−ray 通常版(2Lサイズビジュアルシート付き)』 [Blu-ray] 、『予兆 散歩する侵略者 劇場版 Blu−ray』 [Blu-ray] 、『予兆 散歩する侵略者 劇場版 DVD』 [DVD]

北野武『アウトレイジ 最終章』 [DVD]、『アウトレイジ 最終章』 [Blu-ray]

高橋洋『旧支配者のキャロル』 [DVD]

ハワード・ホークス『光に叛く者』 [DVD]

ラオール・ウォルシュ『遠い喇叭』 [DVD]

ロバート・パリッシュ『西部の旅がらす』 [DVD]

ジョン・スタージェス『六番目の男』 [Blu-ray]

ジョン・フォード『月の出の脱走』 [DVD]

ドン・シーゲル『殺人捜査線』 [DVD]

フィル・カールソン『大いなる砲火』 [DVD]

フィリップ・カウフマン『【Amazon.co.jp限定】SF/ボディ・スナッチャー -HDリマスター版-(オリジナルブロマイド付)』 [Blu-ray] 、『SFボディ・スナッチャー -HDリマスター版-』 [Blu-ray]

バジル・ディアデン『兇弾』 [DVD]

テレンス・フィッシャー『妖女ゴーゴン』 [DVD]

マイケル・パウエル『としごろ』 [DVD]

『アタラント号 4Kレストア版 ジャン・ヴィゴ』 DVD 、『アタラント号 4Kレストア版 ジャン・ヴィゴ』 Blu-ray、『ジャン・ヴィゴ コンプリート・ブルーレイセット (『アタラント号』『新学期 操行ゼロ』『ニースについて』『競泳選手ジャン・タリス』)』 [Blu-ray]

ミケランジェロ・アントニオーニ『太陽はひとりぼっち』 [Blu-ray]

『ラルジャン ロベール・ブレッソン』 [Blu-ray] 、『ラルジャン HDマスター ロベール・ブレッソン』 [DVD] 、『スリ ロベール・ブレッソン』 [Blu-ray] 、『スリ HDマスター ロベール・ブレッソン』 [DVD]

『ゴダール初期短編集(『男の子の名前はみんなパトリックっていうの』『シャルロットとジュール』『水の話』)』 [DVD]、『女と男のいる舗道(特典:ゴダール初期短編集『男の子の名前はみんなパトリックっていうの』『シャルロットとジュール』『水の話』)』 Blu-ray


『オーソン・ウェルズのフェイク』 [DVD]

ジョゼフ・ロージー『恋』 [DVD]、『パリの灯は遠く』 [Blu-ray]

『ラストタンゴ・イン・パリ オリジナル無修正版』 [Blu-ray]

ミア・ハンセン=ラヴ『未来よこんにちは』 [DVD]、 『未来よこんにちは』 [Blu-ray]

堀禎一『夏の娘たち ひめごと』 [DVD]

西谷弘『【Amazon.co.jp限定】昼顔 DVD通常版(LPサイズビジュアルシート付)』『【Amazon.co.jp限定】昼顔 Blu-ray通常版(LPサイズビジュアルシート付)』

バッド・ベティカー『ライド・ロンサム RIDE LONESOME』 [DVD] 、『ブキャナン・ライズ・アローン BUCHANAN RIDES ALONE』 [DVD]、『ディシジョン・アット・サンダウン DECISION AT SUNDOWN』 [DVD]

ブライアン・デ・パルマ『フューリー -HDリマスター版-』 [Blu-ray]

ジョン・ハフ『ダーティ・メリー クレイジー・ラリー』 [Blu-ray]

キャロル・リード『文化果つるところ』 [DVD]

ルイス・ブニュエル『ロビンソン漂流記』 [DVD]

ジャン=ピエール・メルヴィル『影の軍隊』 [Blu-ray]、『いぬ 4Kリストア版』 [Blu-ray] 、『リスボン特急』 [Blu-ray] 、『仁義』 [Blu-ray] 、『モラン神父 4Kリストア版』 [Blu-ray] 、『賭博師ボブ』 [Blu-ray]

ジョセフ・ロージー『エヴァの匂い』 [Blu-ray]

クリス・マルケル『ラ・ジュテ デジタル修復版』 [Blu-ray]

ルキノ・ヴィスコンティ『揺れる大地 デジタル修復版』 [Blu-ray] 、『郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル修復版』[Blu-ray]

マレン・アーデ『ありがとう、トニ・エルドマン』 [DVD] 、『ありがとう、トニ・エルドマン』 [Blu-ray]

瀬々敬久『ヘヴンズ ストーリー』 DVD、『ヘヴンズ ストーリー』 Blu-ray

瀬田なつき『PARKS パークス』 [Blu-ray]

リチャード・ブルックス『デッドラインU.S.A.』 [DVD]

シドニー・ギリアット『絶壁の彼方に』 [DVD]

パトリシオ・グスマン『チリの闘い』 [DVD]

コーネル・ワイルド『最後の脱出』 [DVD]

『ジャン=リュック・ゴダール Blu-ray BOX Vol.3/ヌーヴェル・ヴァーグの成熟』『ジャン=リュック・ゴダール Blu-ray BOX Vol.4/新たな旅立ち』

『パッション 無修正版』 [Blu-ray]、『カルメンという名の女 <ヘア解禁版> 』 [Blu-ray]

『フェリーニのアマルコルド 4K修復版』 [Blu-ray]

エドワード・ヤン『牯嶺街少年殺人事件』 [Blu-ray] 、『【Amazon.co.jp限定】牯嶺街少年殺人事件(オリジナルロゴステッカー付)』 [Blu-ray] 『牯嶺街少年殺人事件』 [DVD]、『【Amazon.co.jp限定】牯嶺街少年殺人事件(オリジナルロゴステッカー付)』 [DVD]

『台北ストーリー』
[Blu-ray]、『台北ストーリー』 [DVD]

『溝口健二 4Kデジタル修復版 Blu-ray BOX』 『山椒大夫 4K デジタル修復版』 Blu-ray, 『近松物語 4K デジタル修復版』 Blu-ray

『【Amazon.co.jp限定】 この世界の片隅に (特装限定版) (Amazon.co.jpオリジナルメイキングDISC付)』 [Blu-ray] 、『この世界の片隅に』 [Blu-ray]

 

フランク・キャプラ『奇蹟の処女』 [DVD]

ダニエル・マン『ウイラード』 [DVD] 、『ウイラード』 [Blu-ray]

ジャン=リュック・ゴダール『勝手にしやがれ』 [Blu-ray]、『軽蔑』 [Blu-ray]、『ワン・プラス・ワン』 [Blu-ray]、『カルメンという名の女』 [Blu-ray]、『ジャン=リュック・ゴダール Blu-ray BOX Vol.1/ヌーヴェル・ヴァーグの誕生』『ジャン=リュック・ゴダール Blu-ray BOX Vol.2/ジガ・ヴェルトフ集団』

ジャック・リヴェット『美しき諍い女 リストアHDマスター 無修正版』 [DVD]、『美しき諍い女 リストアHDマスター 無修正版』 [Blu-ray]

エットーレ・スコラ『魅惑の女優シリーズ パッション・ダモーレ』 [DVD]

グザヴィエ・ドラン『たかが世界の終わり』 [Blu-ray]

ルキノ・ヴィスコンティ『夏の嵐/白夜 Blu-rayセット』 (初回限定生産)、 『夏の嵐』【HDリマスター】[DVD]

ヴィル・ドゥニヌーヴ【Amazon.co.jp限定】『メッセージ (2Lサイズ ブロマイド付き)』 [DVD]、【Amazon.co.jp限定】『メッセージ (2Lサイズ ブロマイド付き)』 [Blu-ray]

ジャファル・パナヒ 『人生タクシー』 [DVD]

佐藤純彌 『新幹線大爆破』 [Blu-ray]

若松孝二『日本暴行暗黒史 怨獣』『壁の中の秘事(ひめごと)』 [DVD]

石井輝男『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』 [DVD]

大森一樹『オレンジロード急行』 [DVD]

ロバート・フラハティ『極北のナヌーク(極北の怪異)』 [Blu-ray] 、『極北のナヌーク(極北の怪異)HDマスター』[DVD]

ジョゼフ・フォン・スタンバーグ『アメリカの悲劇』 [DVD]

ドン・シーゲル『刑事マディガン』 [Blu-ray]

『血の祝祭日』 [DVD] 、『ゴッドファーザー・オブ・ゴア』(Blu-ray Disc) ,『ゴッドファーザー・オブ・ゴア』 [DVD]、『2000人の狂人』 [DVD] 、『血の魔術師』 [DVD]、『ゴア・ゴア・ガールズ』 [DVD]

『モンテ・ウォルシュ』 [Blu-ray]

ヴィンセント・ミネリ『いそしぎ』 [DVD]

マルセル・カルネ『北ホテル マルセル・カルネ』 [Blu-ray] 、『北ホテル HDマスター』 [DVD]

オーソン・ウェルズ『不滅の物語 』 [Blu-ray] 、『不滅の物語 HDマスター』 オーソン・ウェルズ [DVD]

ロベール・ブレッソン『バルタザールどこへ行く』 [Blu-ray] 、『バルタザールどこへ行く』 HDマスター [DVD] 『少女ムシェット』 [Blu-ray] 、『少女ムシェット HDマスター』 [DVD]

ジャック・ベッケル『幸福の設計』 [Blu-ray]、『幸福の設計 HDマスター』 [DVD]

ジャック・リヴェット『パリはわれらのもの』 [Blu-ray]、『パリはわれらのもの HDマスター』 [DVD]

『悪霊』 ドストエフスキー原作 アンジェイ・ワイダ [Blu-ray] 、『悪霊 HDマスター』 ドストエフスキー原作 アンジェイ・ワイダ [DVD]

ベルナルド・ベルトルッチ『シェルタリング・スカイ』(Blu-ray Disc)

『禁じられた歌声』 [DVD]

オタール・イオセリアーニ『皆さま、ごきげんよう』 [DVD]

J・リー・トンプソン『恐怖の岬』 [Blu-ray]

マーヴィン・ルロイ『犯罪王リコ』 [DVD] 、フランク・キャプラ『一日だけの淑女 【淀川長治解説映像付き】』 [DVD] 、キング・ヴィダー『ステラ・ダラス 【淀川長治解説映像付き】』 [DVD]

ニコラス・ウィンディング・レフン『【早期購入特典あり】ネオン・デーモン(非売品プレス付)』 [DVD] 、『【早期購入特典あり】ネオン・デーモン(非売品プレス付)』 [Blu-ray]

ルイジ・コメンチーニ『ブーベの恋人 【HDリマスター版】』 [DVD] 、『ブーベの恋人 【ブルーレイ版】』初ブルーレイ化! [Blu-ray]

シルヴァーノ・アゴスティ『ふたつめの影』 [DVD] 、『快楽の園』 [DVD]

ジャン=ジャック・ベネックス『ディーバ』 [Blu-ray]

大島渚『マックス、モン・アムール』 [Blu-ray]

フリッツ・ラング『リリオム』 [DVD]

『イジ―・メンツェル傑作選 ブルーレイボックス (収録『厳重に監視された列車』『スイート・スイート・ビレッジ』『つながれたヒバリ』) 』[Blu-ray] 『厳重に監視された列車』 HDマスター[DVD] 、『スイート・スイート・ビレッジ』 HDマスター [DVD]、『つながれたヒバリ』 [DVD]

『カレル・ゼマン傑作選 ブルーレイセット』(『悪魔の発明』『ほら男爵の冒険』収録) [Blu-ray]、カレル・ゼマン監督『悪魔の発明』 HDマスター [DVD]

ゲオルギ・シェンゲラヤ『放浪の画家 ピロスマニ』 Blu-ray、『放浪の画家 ピロスマニ』 HDマスター

ウィリアム・クライン『ポリー・マグーお前は誰だ?』 [DVD]

『パトリシオ・グスマン監督『光のノスタルジア』『真珠のボタン』DVDツインパック』

アレハンドロ・ホドロフスキー『ホドロフスキーの虹泥棒』 [Blu-ray]

ジョン・フォード『駅馬車 HDリマスター』[Blu-ray]

ラルフ・ネルソン『不時着』 [DVD]

サム・ペキンパー『荒野のガンマン HDリマスター版』[Blu-ray]

ジョージ・シドニー『バイ・バイ・バーディー』 [DVD]

ロバート・マリガン『ハイウェイ』 [DVD]

アーネスト・シュードサック『ドクター・サイクロプス』 [DVD]

『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 [DVD] 、『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』 [Blu-ray]

『Amazon.co.jp限定】ドント・ブリーズ』 (最強おやじの着せ替えジャケット特典付) [Blu-ray] 、『ドント・ブリーズ』 [DVD]

溝口健二『雨月物語 4Kデジタル復元版』 [Blu-ray]

山下耕作『強盗放火殺人囚』

中島貞夫『脱獄広島殺人囚』 [DVD]

リチャード・クワイン『殺人者はバッヂをつけていた』 [DVD]

リチャード・サラフィアン『荒野に生きる』 [Blu-ray]

コンプトン・ベネット『追想のヨーロッパ映画~死ぬまでに観たい名画 100 かくてわが恋は終わりぬ』 [DVD]

リッカルド・フレーダ『追想のヨーロッパ映画~死ぬまでに観たい名画 100 神秘の騎士』 [DVD]

ヴィリ・フォルスト『追想のヨーロッパ映画~死ぬまでに観たい名画 100 罪ある女』 [DVD]

『珠玉のフランス映画名作選 DVD-BOX 3』

イエジー・スコリモフスキ『イレブン・ミニッツ』 [DVD]、『イレブン・ミニッツ』 [Blu-ray]

足立正生『裏切りの季節』 [DVD]、『毛の生えた拳銃』 [DVD]

森達也『FAKE ディレクターズ・カット版』 [DVD]

庵野秀明『シン・ゴジラ Blu-ray2枚組』『【早期購入特典あり】シン・ゴジラ DVD2枚組(シン・ゴジラ&初代ゴジラ ペアチケットホルダー付き)』

たむらまさき『ドライブイン蒲生』 [Blu-ray]

『超短編映画集 ONE PIECE 矢口史靖×鈴木卓爾監督作品 テトラパック』 [DVD]

『超短編映画集 ONE PIECE 矢口史靖×鈴木卓爾監督作品 水玉 COLLECTION』 [DVD]

『超短編映画集 ONE PIECE 矢口史靖×鈴木卓爾監督作品 チェック COLLECTION』 [DVD]

『超短編映画集 ONE PIECE 矢口史靖×鈴木卓爾監督作品 花柄 COLLECTION』 [DVD]

クレランス・ブラウン『世界の推理小説傑作映画 墓地への侵入者』 [DVD]、ロバート・シオドマク『世界の推理小説傑作映画 クリスマスの休暇』 [DVD]

『ハリウッド西部劇映画傑作シリーズ DVD-BOX Vol.19』

バッド・ベティカー『決斗ウェストバウンド』 [DVD]

リチャード・ブルックス『最後の銃撃』 [DVD]

クリント・イーストウッド『ハドソン川の奇跡』 ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]、『ハドソン川の奇跡』 <4K ULTRA HD&2Dブルーレイセット>(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]

『マルセル・パニョル/マルセイユ三部作』 [DVD]

ギオルギ・シェンゲラヤ『放浪の画家 ピロスマニ』 Blu-ray、『放浪の画家 ピロスマニ』 HDマスター [DVD]

ゲオルギー・ダネリヤ『不思議惑星キン・ザ・ザ』≪デジタル・リマスター版≫ [Blu-ray]、『不思議惑星キン・ザ・ザ』≪デジタル・リマスター版≫ [DVD]

ヴィム・ヴェンダース『ミリオンダラー・ホテル』 HDマスター版 Blu-ray&DVD BOX、『ミリオンダラー・ホテル』 Blu-ray、『ミリオンダラー・ホテル』 HDマスター版 [DVD]

マノエル・デ・オリヴェイラ『コロンブス 永遠の海』 Blu-ray、『コロンブス 永遠の海』 [DVD]

『家族の灯り』 [Blu-ray]、『家族の灯り』 [DVD]

アピチャッポン・ウィーラセタクン『光りの墓/世紀の光』 Blu-ray、『世紀の光』 [DVD]、 『光りの墓』 [DVD]

松田優作『遊戯シリーズBlu-ray BOX』(初回生産限定)

 

フランク・キャプラ『オペラハット 80周年アニバーサリー・エディション』 [Blu-ray]

ウィリアム・ウェルマン『ロビン・フッドの復讐』

『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム(デラックス10周年エディション)』 [Blu-ray]

セシル・B・デミル『絶海の嵐』 [DVD]

『ハリウッド・メロドラマ傑作選 この三人』 [DVD] 、『ハリウッド・メロドラマ傑作選 さすらいの涯』 [DVD]

『西部劇 ベストバリューDVDセット (期間限定スペシャルプライス)、『西部劇 ベストバリューBlu-rayセット (期間限定スペシャルプライス)』

『騎兵隊西部劇コレクション DVD-BOX』

ラッセル・ラウズ『必殺の一弾』 [DVD]

ブレイク・エドワーズ『追跡』 [DVD]

ベイジル・ディアデン『悪魔の虚像/ドッペルゲンガー』(1970) [DVD]

リチャード・フライシャー『ラスト・ラン 殺しの一匹狼』 [DVD]

トビー・フーパー『ファンハウス/惨劇の館≪最終盤≫』 [Blu-ray]

『コーエン兄弟 ベストバリューBlu-rayセット (期間限定スペシャルプライス)』

ジェームズ・グレイ『エヴァの告白』 [DVD]

ロン・ハワード『白鯨との闘い』 [Blu-ray]

マルセル・レルビエ『かりそめの幸福』 [DVD]

『おかしなドラマ(1937)』 [DVD]

『追想のヨーロッパ映画 ~死ぬまでに観たい名画 100 DVD-BOX』

『ベルリン・アレクサンダー広場 DVD-BOX <新装・新価格版> 』

デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン『裸足の季節』 [Blu-ray]、『裸足の季節』 [DVD]

曾根中生『不倫』『赤い暴行』

『サッシャ・ギトリ 傑作選 Blu-ray BOX』(初回限定生産)、『サッシャ・ギトリ 傑作選 DVD BOX』(初回限定生産)

クロード・シャブロル監督『クロード・シャブロル初期傑作集 Blu-rayセット』 (『いとこ同志』『美しきセルジュ』収録)《初回限定生産》 『美しきセルジュ』 HDマスター [DVD]、『美しきセルジュ』 Blu-ray、『いとこ同志』 Blu-ray

『アレクセイ・ゲルマン コンプリートDVD-BOX』(初回限定生産)

『七番目の道づれ』 [DVD]と『神々のたそがれ』をくわえた完全版BOX。

『ウンベルトD』 Blu-ray

ヴァレリアン・ボロヴツィク『インモラル物語【ヘア無修正】HDリマスター版』 [DVD]、『邪淫の館 獣人【ヘア無修正】HDリマスター版』 [DVD]

『世界の推理小説 傑作映画 DVD-BOX Vol.2』

バッド・ベティカー『決闘コマンチ砦』 [DVD]、『反撃の銃弾』 [DVD]

アレクサンダー・マッケンドリック『マダムと泥棒』 [DVD]

 

『ハリウッド刑事・犯罪映画傑作選 DVD-BOX 2』

『ハリウッド・メロドラマ傑作選 DVD-BOX Vol.2』

『チャップリン Blu-ray BOX』

『殺人狂時代 Monsieur Verdoux』『独裁者 The Great Dictator』『ライムライト Limelight』『チャップリン短篇集1 Short Films of Chaplin 1』『チャップリン短篇集2 Short Films of Chaplin 2』『サーカス The Circus』『キッド The Kid』『モダン・タイムス Modern Times』『ニューヨークの王様 A King in New York』『黄金狂時代 The Gold Rush』『巴里の女性 A Woman of Paris』

ウォルター・ルットマン『伯林/大都会交響楽』 [DVD]

ルネ・クレール『眠るパリ(1923)/幕間(1924)』 [DVD]

『ジャン・ルノワール ブルーレイセット『大いなる幻影』『ゲームの規則』収録《初回限定生産》』 [Blu-ray]

『ゲームの規則』 Blu-ray、『ゲームの規則 HDマスター』 [DVD]

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー『あやつり糸の世界 Blu-ray 初回限定生産版』『あやつり糸の世界 DVD HDマスター』

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『西部劇 パーフェクトコレクション DVD10枚組 丘の羊飼い 西部の二国旗 ブラボー砦の脱出 アパッチ族の最後 ブラックストーンの決闘 早射ち無宿 モンタナ 限りなき追跡 銃弾 続・テキサス決死隊』

『西部劇 パーフェクトコレクション DVD10枚組 女群西部へ 復讐の二連銃 脱獄者の秘密 シエラ ネバダ決死隊 勇者のみ 最後の酋長 牧場荒し 硝煙のカンサス パウダー・リバーの対決』

『西部劇 パーフェクトコレクション 復讐の荒野 砂漠の生霊 掠奪の町 勇魂よ永遠に フロンティア・マーシャル 赤い空 キャトル・ドライブ 荒原の疾走 トマホーク峡谷の待伏せ 最後の無法者 DVD10枚組』

マイケル・アンダーソン『生きていた男』 [DVD]

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ジョン・フォード『荒野の女たち』 [DVD]

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2018年10月12日
映画本ピックアップ――『ジョン・カーペンター 読本』ほか

『ディアローグ デュラス/ゴダール全対話 (DURAS/GODARD DIALOGUES) 』



『眼がスクリーンになるとき ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』 』



『フランシス・フォード・コッポラ、映画を語る ライブ・シネマ、そして映画の未来』

木全 公彦 『スクリーンの裾をめくってみれば――誰も知らない日本映画の裏面史』

『ユリイカ 2018年9月号 総特集=濱口竜介 ―『PASSION』『ハッピーアワー』『寝ても覚めても』・・・映画監督という営為』― ムック −

蓮實重彦『映画はいかにして死ぬか 横断的映画史の試み 新装版』『シネマの記憶装置 新装版 単行本』

黒沢清、荒木啓子、青山真治、中原昌也 ほか『ジョン・カーペンター 読本』

2018年10月10日
イディッシュ語映画を見る――マイケル・ワジンスキ『ディブック』

マイケル・ワジンスキ『ディブック』(The Dybbuk, Der Dibuk, 1938) ★★★

 

ロシアの作家S・アンスキが書いた同名の戯曲を、ポーランドの監督のマイケル・ワジンスキ(という読み方でいいのか? Michal Waszynski)が映画化した幻想的作品。 ジョゼフ・グリーンの『ヴァイオリンを持った少年』(Yidl mitn Fidl, 1936) 、エドガー・G・ウルマーの『緑の草原』と並んで、アメリカで(そして、おそらくは世界で)最もヒットしたイディッシュ語映画といわれる。 "Dibuk" とは、「死人の霊」を意味するイディッシュ語である。アンスキは最初ロシア語で原作の戯曲を書き、おそらくはスタニスラフスキーのアドヴァイスを受けてそれをイディッシュ語に翻訳した。1920年に初演されたこの戯曲はその後何度も上演されつづけ、例えば、シドニー・ルメットも60年代にこの戯曲をテレビ用に演出している。 監督のマイケル・ワジンスキは、ポーランドで最初のトーキー映画を撮った監督として知られる。主にワルシャワのスタジオ内で撮影され、ロケは『ヴァイオリンを持った少年』などと同じ村が使われた。

正直、一本の映画作品としてはそこまで面白くはない。この名高い作品が、世界中に散らばったプリントを長い時間をかけてかき集め、キレイな状態で修復され、オリジナルの125分にあと約10分と迫る長さにまで上映時間を回復されたのは嬉しい限りだが、2時間近いその長さがこの作品をいささか退屈なものにしていることも確かである。しかし、この映画が、歴史・民俗学的に、いまも比類のないドキュメントであり続けていることは誰にも否定できないだろう。ここには、ナチによって絶滅させられる直前の東ヨーロッパのイディッシュの文化が刻みつけられているのである。

ロングショットで撮られた田舎の一本道に、ふわっと一人の男が現れ、歩くうちにまたふわっと消えてゆくシーンから映画は始まる。近くのユダヤの村(シュトテル)で、親友同士の二人の男が、間もなく生まれる自分たちの子供がもしも男の子と女の子だったなら、ふたりを結婚させる誓いを神に立て、ラビにそのことを伝えようとしていた。冒頭に道を歩いていた謎の男(幽霊=メッセンジャー?)が突然そこに現れ、なぜかふたりがその誓いを立てるのを邪魔しようとする。しかし彼らは、まだ生まれぬ互いの子どもたちを結婚させる誓いを立ててしまう。やがてふたりに子供が生まれるが、一方の男の妻は娘(レナ)を出産したさいに命を落とし、もうひとりの男も妻が息子(ハナン)を出産する場面に駆けつける途上、船の上で命を落とす。

いつしかレナは年頃の娘に成長している。そこに、長い間放浪していたハナンが村に帰ってき、ふたりは、相手が誰かも気が付かないまま、たちまち惹かれ合う。しかし、レナを金持ちの息子と結婚させようとしている父親は、ハナンが親友の息子だとは気づかず、貧乏学生の彼をレナから引き離す。ハナンは悪魔を呼び出してまで、レナが 別の男と結婚するのを阻止しようとするが、いよいよ彼女の結婚が決まると、絶望して死んでしまう。 レナの父親は、ハナンが親友の息子だったこと、結果的に、互いの子供同士を結婚させるという親友との誓いを破ってしまったことを知るが、時すでに遅し。 レナもハナンの死に打ち沈むが、彼女と金持ちの息子との結婚式の準備は淡々と進められてゆく。しかし、結婚式の日、墓地に母親の霊を迎えに行ったレナは、ハナンの霊まで連れ帰ってしまう。婚礼の踊りで骸骨の仮面をかぶった男と踊ったレナは、それがハナンの霊であることを知ると、彼を自分の身体の中に受け入れる。 こうして、レナは死者の霊(ディブルク)に憑依されてしまう。そして、ラビによる悪魔払いの儀式も虚しく、 彼女も間もなく息絶える。

墓地、幽霊、悪魔憑き、エクソシズム……。同じ物語を完全なるホラーとして映画化することもできたろう。しかし、この映画の雰囲気はホラー映画からは程遠い。この映画の世界では、死はただ単に禍々しく恐るべきものではないという点が、この作品をホラーとは決定的に遠ざけている。ここでは、生と死、聖と俗の境界は、映画が始まった瞬間から曖昧にぼやけているのだ。クライマックスの悪魔祓いのシーンも、『エクソシスト』の善と悪が決して相容れることのなく対立し合うマニ教的世界とはまるで異質のものを感じさせる。あるいは、ユニヴァーサル・ホラーよりは、北欧のサイレント映画に近い雰囲気があるといえばいいか。

この奇妙な世界のなかで繰り広げられるラブ・ロマンスは、その神秘的・超自然的な描写によって興味深いだけでなく、この映画が描くと同時にそのなかに置かれてもいる歴史的文脈によっても胸を打つ。物語の舞台となる村の通りの真ん中には、数百年前のポグロム(ユダヤ人虐殺)によって殺された恋人たちの墓石が置かれている(上写真)。そして、この映画が撮られた30年代のポーランドにおいても、ユダヤ人はあいかわらず迫害され続けていたのであり、この映画が撮られた翌年には、ナチスによるユダヤ人虐殺が始まることも我々は知っている。実を言うと、この映画で恋人たちを演じた役者のふたりは、実生活でも結婚していた恋人同士で、ナチがポーランドに侵攻した頃、たまたまアメリカにいて、故国に帰る船に偶然乗り遅れたために収容所送りを免れたのだった。

ユダヤ教やイディッシュの文化、あるいは当時の東アジアの政治・文化的な情勢を知らなければたぶん理解できない部分がこの映画には多々あるに違いない。しかし、純粋に映画的に見ても、興味深い点はいろいろある。とりわけ、レナの結婚式シーンにおけるドイツ表現主義的と言ってもよかろう描写には驚かされる。 われわれが見ることのできるイディッシュ映画はまだまだ数が限られている。しかし、これ一本見ただけでも、例えば、ウルマーのイディッシュ映画を単に作家主義的な観点からだけでなく、もっと広い文脈から相対化するためのヒントが数多く隠されている。とにもかくにも、非常に興味深く、また貴重な作品である。必見。

2018年10月1日
マラン・カルミッツ『ここではない場所で七日間』ほか

今週末に迫った神戸映画資料館の講座の準備で、いよいよ余裕がなくなってきた。 コメントを書いている時間もないので、とりあえず最近見て印象に残ったタイトルだけを並べておく。

 

ベルナルド・ベルトルッチ『暗殺のオペラ』(Strategia del ragno, 1970) ★★★1/2

マックス・オフュルス『ウェルテルの書』(Le roman de Werther, 1938) ★★★

マラン・カルミッツ『ここではない場所で七日間』(Septs jours ailleurs) ★★1/2

マックス・オフュルス『優しい敵』(La tendre ennemie, 1936) ★★1/2

クロード・シャブロルほか『ファントマ』(Fanto^mas, 1980) ★★

エレイン・メイ『ふたり自身』(The Heartbreak Kid, 1972) ★★

レオ・マッケリー『罪じゃないわよ』(The Belle of the Nineties, 1932) ★★

マックス・オフュルス『笑う相続人』(<未> Lachende erben, 1933) ★1/2

マックス・オフュルス『恋する撮影所』( <未> Die verliebte Firma, 1932) ★

 

2018年9月27日
『地の塩』『青春物語』『地の果てを行く』

ハーバード・J・バイバーマン『地の塩』(Salt of the Earth, 1953) ★★

マーク・ロブソン『青春物語』(Peyton Place, 1957) ★1/2

ジュリアン・デュヴィヴィエ『地の果てを行く』(La bandera, 1935) ★1/2

マーク・ロブソン『青春物語』は、アメリカではファミリー・メロドラマの名作として非常に有名なのだが、日本ではあまり知られていない。田園の四季を映し出す冒頭のシークエンスを始め、時折挿入される風景ショットにはハッとさせられるし、カラー作品でありながら深い影の落ちる室内撮影の重厚さはどことなくダグラス・サーク作品を思い出させ(ラナ・ターナーが主役のひとりなのでなおさらだ)、この時代のハリウッドの映画はさすがに贅沢だなと思う。しかし、2時間半を超える上映時間の中にこれでもかと言うほど、家族や学校や地域社会の様々な問題を詰め込み、最後は殺人事件まで起きるわりには、ドラマは終始一貫全然盛り上がらない。被告の無実を知る証人が、被告自らによって発言を禁じられ、被告が次第に追い詰められていく最後の裁判シーンなどは、ジョン・フォードの『プリースト判事』の最後の裁判部分と似たような話を扱っているのだが、同じ題材を扱いながらどうしてこうも盛り上がり方に差があるのだろうか。

デュヴィヴィエの『地の果てをゆく』は、今でも日本のオールドファンには人気があり、フランス本国でも評価が高い。冒頭の、リアルでありながらどこか歪んだパリのセットを俯瞰カメラがなめるように撮ってゆくショットには、この時代のフランス映画の快楽がある(わたしはこの時代のフランス映画のパリのミニチュアセットがたまらなく好きなのだ)。殺人を犯したばかりのジャン・ギャバンがビルから出てきた直後に、酔っぱらいの女に捕まり、なんとか手を振りほどいて立ち去ったあと、女が服に付いた血に気づいて「血よ!」("du sang" デュ・サン)と叫ぶと、女の背後の道路標識に沿ってカメラがパン・アップし、「サン・ヴァンサン通り」("Rue St. Vincent" リュ・サン・ヴァンサン)と書かれたパネルを映し出す。女の言葉と通りの名前が妙に韻を踏んでいることになんだかざわつく思いがし、思わず期待が高まるのだが、直後に舞台がバロセロナに移ってからは、フランス的な、あまりにもフランス的なロマネスクな物語がどうにも鼻につき、退屈で仕方がなかった。ギャバンにまとわりつく胡散臭い男を演じているロベール・ル・ヴィガン(セリーヌの小説にも登場する俳優)が、最後にギャバンとともに外人部隊として死の遠征に加わり、死を目前に二人の関係が宿敵から友へと変わるところもいささか説得力にかける。しかし、この映画は、ル・ヴィガン出演作のなかで最も印象的な一本と言ってもいいだろう。間違いなく彼の代表作の一つである。眼帯姿のピエール・ルノワールの存在感がこの退屈な作品を幾分救っていることも付け加えておく。

ブラックリストに名前が乗っていた監督ハーバード・J・バイバーマン(ビーバーマンじゃないの?)が監督した『地の塩』は、作品自体の出来というよりは、歴史的な重要性においてその名を今もとどめている作品と言っていい。プロと素人の俳優を織り交ぜて作られたこの映画は、演技だけでなくあらゆる面において素人くさい部分が目立つ。とはいえ、興味深い点は多々ある。メキシコ移民に対する差別を、炭鉱のストライキを通して描いていく過程で、権力に抵抗する側の中にもジェンダーによる差別が存在することを浮かび上がらせていくところは、今見てもちょっと面白い。とにもかくにも、権力に抵抗する者たちを描こうとする作者たちの誠実さは、その素朴な作風から伝わってくる。この作品はフランスでも(少なくとも公開当時は)評価が高く、1955年の「カイエ・デュ・シネマ」ベストテンの14位に選ばれている。ゴダールもときおりこの作品の名前を出すことがあるのだが、それは、彼のいう「政治映画」に対して、ふつうの意味での政治映画の代表的な一本ということのようだ。

 

2018年9月27日
ウジェーヌ・グリーン『ジョゼフの息子』、ベルトラン・ボネロ『ノクチュラマ』など

神戸映画資料館の連続講座が目前に迫ってきたので、なかなか更新している余裕が無い。 とりあえず、最近見た中で印象に残った映画を列挙しておく。

バート・レイノルズ『シャーキーズ・マシーン』(1981) ★★★

ベルトラン・ボネロ『ノクチュラマ』(Nocturama) ★★1/2

マルコ・ベロッキオ『Sbatti il mostro in prima pagina』 ★★1/2

ウジェーヌ・グリーン『ジョゼフの息子』(Le fils de Joseph, 2017) ★★1/2

フィリップ・ガレル『Actua 1』(Actua 1, 1968) ★★1/2

ユエン・ウーピン『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ外伝/アイアンモンキー』(Iron Monkey, 1993) ★★

イングマール・ベルイマン『Fa°ro¨ dokument』(1966) ★★

マイケル・マン『刑事グラハム/凍りついた欲望』(Manhunter, 1986) ★★

ウジェーヌ・グリーンの新作は、人物を正面から切り返すあいかわらずのスタイルであまり変わりはないが、母マリー(マリア)の反対を押し切って、自分の実の父を探す旅に出た息子が、それと知らずに実父の弟ジョゼフ(ヨセフ)に出会って、彼を本当の父として受け入れるという、旧約聖書になぞらえたデタラメな物語が、不思議な説得力で語られていることにちょっと感動した。

68年の騒乱のさなかに撮られたガレルのドキュメンタリー短編『Actua 1』は、ドキュメンタリーとは完全に言い切れないところが面白い。ナレーションの使い方などにゴダールの影響が丸出し。しかし、何だかんだ言っても、わたしはこの頃の青臭いガレルの作品が一番好きだ。

パリを舞台に若者たちの集団によるテロ事件を淡々と描いたボネロの『ノクチュラマ』は、ガス・ヴァン・サントの『エレファント』を思い出させもする時間軸を交錯させた編集が、話をわかりにくくしているだけであまり成功しているようには思えないのだが、余計な説明を一切排して、ただただ画面の連鎖だけで見せてゆくラディカルなスタイルには、少なからず映画的な興奮を覚えた。

しかしなんと言っても、最近一番感動したのは、数十年ぶりに見直したバート・レイノルズの『シャーキーズ・マシーン』だ。むかし松浦寿輝か誰だったかが褒めているのを読んで、騙されたと思ってみてみたら本当に面白かったことは覚えているのだが、こんなにもあからさまにプレミンジャーの『ローラ殺人事件』を換骨奪胎してアクション映画に転換した作品だったとは。久しぶりに見直してみてびっくりした。ウィリアム・フレイカー撮影による冒頭トラストの空撮に音楽がかぶさるのを見ているだけでなんだか泣けてくる。こういう空撮で終わる映画、イーストウッドを最後にあまり見なくなった気がする(イーストウッド自身もやらなくなったし)。バート・レイノルズに合掌。

2018年9月27日
ウィリアム・ディターレ『ラブレター』

ウィリアム・ディターレ『ラブレター』(Love Letters, 1944) ★★★

一般にはそこまで評価が高い作品ではない。星の数にはわたしの個人的な思い入れが多分に入っている。なぜだかうまく説明できないのだが、わたしはこの映画がとても好きなのだ。 「ラブレター」というタイトルは非常にロマンチックであるが、映画の内容はそこから想像されるものとはいささかかけ離れている。フランスでの公開タイトル「嘘の重さ」(Le poid d'un mensonge) のほうが、この作品の重々しい雰囲気を正しく伝えていると言えよう。

第二次大戦中、ジョゼフ・コットン演じる主人公アランは、がさつで文才のない友人に頼まれて、 その友人の名前で、ある女性と何度か手紙のやり取りをする。彼はもちろん、その友人も女には会ったことがない。女は手紙の相手に強く惹かれているが、アランが書いた手紙を、彼の友人が書いたものと思いこんでいる。アランには恋人がいるのだが、彼も、手紙のやり取りを通じて、その未知の女性に深いところで心が通じているのを感じていた……。

物語のベースになっているのは、言うまでもなく、エドモン・ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』である。 しかし、この物語はここから思いもかけない展開を見せる。 友人とはそれっきりになったまま、アランは戦場に赴く。やがて負傷して帰ってきたとき、彼は友人が文通相手の女に会いにゆき、やがて彼女と結婚したこと、そして程なくして亡くなったことを知る。 しばらくして、アランは知人のパーティで一人の女性(ジェニファー・ジョーンズ)に出会い、たちまち親しくなる。女の名前は、例の文通相手の女性とは全然別の名前だった。やがて彼は、友人が実は妻によって殺されたこと、彼女はその事件がショックでその時の記憶も、自分の名前も忘れていることを、そして、パーティで出会った女こそは、その女であることを知る。 すべてを知った上でアランは彼女と結婚する。一見幸せな生活が続くが、欠落した記憶は女の幸せに暗い影を落とす。彼女は、郵便配達が手紙を運んでくるたびにわけもなく怯えるが、その理由がわからない。 アランがずっと思い続けていた女が他にいることも、女の気がかりだった。その女とは、彼が文通していた相手、すなわち彼女自身のことであるのだが、彼女がそのことを知れば、ショックで忌まわしい記憶が蘇り、最悪の場合、発狂してしまうかもしれないのだ……。

チャールズ・ヴィダーの『Blind Alley』について書いたときにふれたように、30年代の終わりにはハリウッドはすでに映画に精神分析を取り入れ始めていた。『ラブレター』が撮られた1945年は、ヒッチコックの『白い恐怖』やジョン・ブラームの『戦慄の調べ』が発表された年でもある。この頃、記憶の欠落を問題にした精神分析を主題とする映画が盛んに撮られるようになっていたのだった。実は、ディターレの『ラブレター』は、こうした流れの中に位置づけられるべき作品なのである。 もっとも、この作品には精神分析医も出てこなければ、あからさまな夢のシーンもない。だから、ピンとこない人もいるかも知れないが、欠けていた記憶を取り戻すことで人物が精神の安定を取り戻すという意味では、『ラブレター』は『白い恐怖』と同じ物語を描いた映画なのである。

たしかに、 この精神分析のメカニズムがこの映画をいささか図式的なものにしてしまっていることは否めない。しかし、同じでありながら異なる二人の人物の自己同一性と愛をめぐるテーマは、『淑女イブ』や『めまい』、あるいは最近では濱口竜介の『寝ても覚めても』といった作品でも描かれたものであり、わたしはこういう物語に出会うといつもめまいのするような感覚を覚えてしまうのだ。 さらには、その物語が手紙というアイテムを通して語られていることも、わたしがこの映画を偏愛する要因の一つであることはたしかだ。「書簡小説」というものが存在するように、「書簡映画」とでも言うべきものが存在する。『月光の女』(The Letter)、『三人の妻への手紙』、『忘れじの面影』……。わたしはこうした手紙を通して語られる映画になぜか惹かれてしまうのだ(とりわけ、『忘れじの面影』のようにそこに女性の声が重ねられる映画に)。そんな「書簡映画」の中で、この作品はベストとは言わないまでも、非常にユニークな位置を占めていることは間違いない。

2018年9月6日
フランク・D・ギルロイ『正午から3時まで』――事実ではなく伝説を印刷しろ!

フランク・D・ギルロイ『正午から3時まで』(From Noon Till Three, 1976) ★★

フランク・D・ギルロイが自身の小説を映画化したカルト西部劇。

「撮影リュシアン・バラード」という文字に一瞬心躍るが、タイトル・バックに映し出されるいかにも作り物めいた西部の町を目にしただけで、その気持ちも萎えはじめる。しかし、 映画が進んでゆくに連れて、西部劇とは名ばかりで実は西部劇の枠組みを借りただけの艶笑喜劇とでも呼ぶべきこの映画の内容には、この作り物めいたセットはひょっとして似つかわしかったのではないかと思えてくる。

いかにもセット然としたその作り物めいた町の大通りを、馬に乗った4人の強盗が進んでゆき、銀行を襲う場面から映画は始まるのだが、不思議なことに、通りはおろか銀行の中にも人が誰もいない。彼らはいとも安々と銀行の金庫から大金を奪うことに成功する。だがいざ町を去ろうとした時、彼らは自分たちがいたるところからライフルで狙われていることに気づく。四方八方から降り注ぐ銃弾の雨。強盗たちは為す術もなく全員倒されてしまう……。

しかし、実はこれは、強盗団のひとりグラハム・ドーシー(チャールズ・ブロンソン)が見た夢に過ぎなかった。このいかにも人を食った始まり方からして、この映画がオーソドックスな西部劇ではなく、一癖も二癖もある映画であることを予感させる。

正午。4人はいよいよ本当に町に銀行を襲いにゆく。しかしグラハムの乗った馬が途中で動けなくなってしまい、彼だけが荒野にぽつんとある一軒家で、仲間が強盗を終えて帰ってくるのを待つことになる。ヴィクトリア調の瀟洒な内装を施されたその館には若い未亡人がひとりだけで住んでいる。彼女は最初こそは、亡くなった夫に対して貞淑を誓い、ブロンソンの誘惑に抵抗してみせるが、やがて二人はたちまち恋仲になる。しかし3時になれば強盗団の仲間が帰ってくる(これが「正午から3時まで」というタイトルの意味だ)。 西部劇ならば見せ場になるはずの銀行強盗の場面を一切見せることなく、映画は、このわずか3時間の間にグラハムと未亡人の関係が親密なものとなってゆく様子をひたすらコミカルに描いてゆく。だが、この映画が本当にユニークな展開を見せるのは実はここからだ。

強盗は失敗に終わり、仲間は全員捕まって縛り首にされることになったという知らせが入る。グラハムは内心ホッとするが、妙に男気を見せる未亡人にせっつかれて仲間を助けに行った際に(助けに行くふりをしただけなのだが)、追跡団に見つかって殺されてしまう。しかし実は、殺されたのはグラハムの身代わりにされた男で、グラハム自身は生きていた。ただ、身代わりになって殺された男が詐欺師だったために、グラハムはその罪をかぶって投獄されてしまう。 そんなこととはつゆ知らず、未亡人は愛するグラハムが死んでしまったと思い込む。彼女は、強盗に体を売った女として最初は町の住民たちに蔑まれ、憎まれるが、グラハムとのたった3時間の恋愛を恥じることなく堂々と表明する。やがて二人の物語は小説に書かれてベストセラーになり、町の劇場で芝居に演じられるようにさえなる。

未亡人は今や悲劇のヒロインとしてもてはやされ、グラハムも今では英雄扱いだ。未亡人の家は、小説を読んだ人々が訪れてくる観光名所にさえなっている。 小説に描かれた二人の姿は、未亡人の想像力の中でロマンチックに美化されていて、グラハムも実物よりもずっと背が高くハンサムな男に描かれているのだが、町の人達はそれが真実だと信じ込んでしまっている。獄中で小説を読んだグラハムが、「本物のグラハム・ドーシーはこんな男じゃない」と言っても誰も笑って取り合わない((自分の物語を読む主人公というのは、『ドン・キホーテ』の後編を思い出させる。フラーの『地獄への逆襲』でも、主人公は自分の物語が歌になり、芝居になるのを目にするのだった。))。それどころか、本物のグラハムを知っている未亡人でさえ、小説に描かれた彼のイメージが真実だと信じるようになっている。牢屋から出たグラハムが目の前に現れても、彼女は、「彼はもっと背が高かった」と言って、本人だと認めようとしないのだ。 ようやく、目の前にいるのが死んだはずのグラハムだとわかると、彼女は喜ぶどころか、彼が生きていることを世間が知れば、フィクションに描かれた美しい物語が台無しになると言って、物語を救うために自ら命を断つのである。ひとり残されたグラハムは、俺こそが本物のグラハム・ドーシーだと吹聴して回るが、彼は死んだと思われているし、小説に描かれたグラハムとかけ離れた姿の彼を誰も相手にしない。彼が狂人扱いされて精神病院に入れられるところで映画は終わっている。

ご覧のとおり、この西部劇が描いているのは、銀行強盗のサスペンスでも、アウトローの生活でも、恋愛物語でもなく、「事実が伝説となった時は、伝説を印刷しろ」というフォードの西部劇『リバティ・バランスを射った男』のテーゼなのだ。もっとも、この映画はフォードの崇高さとは程遠い。むしろ、よく似たプロットを持つアレクサンダー・コルダの『ドン・ファン』(34) などと比較したほうが有益かもしれない。 とても興味深い作品である。ただ、面白いかどうか問われれば、否定的になってしまう。二人の中心人物に品がないのはいいとして、映画自体に品がないのはいかがなものかと思うし、この興味深い物語を語るにあたってフランク・ギルロイ監督がみせる演出も、どこまでも通俗的で、なんのひらめきも感じられない。例えばマンキーウィッツがこの題材を映画にしていたなら、どんな映画になっていただろう。そう考えると、残念でならない。

プロダクション・デザイナーのロバート・クラットワーシーは、ヒッチコックの『サイコ』にも関わった人物で、そう思ってみると、この映画に出てくる一軒家には『サイコ』の屋敷の面影がある。

2018年9月2日
フィル・カールソン『ギャングを狙う男』

フィル・カールソン『ギャングを狙う男』(99 River Street) ★★★

ボクシングの試合のシーンから始まる映画は少なくない。これもそんな映画の一つだ。

リングの上で二人のボクサーが激しいパンチの応酬をしあっている。パンチが入るたびに興奮してまくしたてる実況アナウンサー。やがて、一方のボクサーが片目を負傷し、闘いは終わる。ここまで、てっきりこれは、今まさに行われている試合を映し出した場面だと思って見ていたのだが、聞こえてくるナレーションから、これはとっくに終わってしまった試合をリプレイしたものに過ぎないことに不意に気づく。これは「往年の名試合」といったたぐいのTV番組の一場面だったのだ。事実、カメラが後ろに引くと、いままで見てきたシーンが実はテレビのブラウン管のなかの映像であったことがわかる。 目にしている光景が表に現れた意味とは別の意味を隠している。このオープニングは象徴的だ。騙し、裏切り、盲目、これらがこの映画に通底するテーマとなっていくだろう。

ソファに座ってこのテレビ番組を熱心に、というよりも取り憑かれたようにに見ている一人の男がいる。この男こそは、今見てきた試合のなかで片目を負傷して敗北した男である。彼は目の負傷が原因でボクサー生命を絶たれ、いまではしがないタクシーの運転手をしている(彼が目を負傷していることは、この映画のテーマを考えると実に意味深長だ)。しかし、彼は過去の栄光を今でも忘れることができずにいる。彼の強欲な妻は、チャンピオンになる男と思って結婚したのに思惑が外れ、未練たらしい今の男の姿にイライラするばかりだ。実は、彼女は別の男と不倫している。その男はギャングで、二人はダイヤの強奪を企んでいる。しかし事はうまく運ばないだろう。

さて、元ボクサーのタクシー運転手が、妻の不倫現場を目撃してしまった瞬間から物語は大きく動き始める。彼にとっての悪夢の夜の始まりである。カッとするとなにをしでかすかわからない彼は、妻とその不倫相手に対して殺意に近い憎悪の念をたぎらせる。まさにその時、彼の知り合いの別の女性が血相を変えて彼のところにやってくる。今は相手をしている時間がないという彼に女は、「人を殺してしまった。助けてほしい」というのだ……。

何という思わぬ展開。しかし、これも、表向きの意味とは別の意味を隠していることがやがてわかるだろう。しかし、まだ見ていない人のためにあまり多くのことは語るまい。実によくできた物語で、観客はグイグイと物語に引きずり込まれていくのは間違いないとだけ言っておく。

こういう犯罪物を取らせたらハズレ無しのフィル・カールソン作品の中でも、『無警察地帯』などと並んで最高傑作の一本と言ってもいい必見の傑作である。唯一の不満は、『幻の女』のエラ・レインズのように、あるいは『裏窓』のグレース・ケリーのように、男の無実を証明しようと時に危ない橋まで渡ってみせる女優の卵リンダ役のイヴリン・キースだ。彼女としてはベスト・ワークの一つであろうが、個人的にはどうにも好きになれない女優で、これが別の女優だったら最高だったのにと少し残念に思う。




2018年8月24日
イングマール・ベルイマン『愛のさすらい』

 

イングマール・ベルイマン『愛のさすらい』(The Touch, 1971) ★★

 

アントニオーニに寄せたような邦題よりも原題の「ザ・タッチ」 のほうが馴染みがある。一度も見る機会がなく長らく気になっていたベルイマン作品のひとつ。『狼の時刻』や『恥』のように今まで抱いてきたベルイマンのイメージを改めさせてくれるような作品をちょっと期待していたのだが、そういう意味ではいささかがっかりする内容だった。ただ、その一方で、「神の不在」を問う深刻な(あるいは深刻ぶった)いつものベルイマンの世界とも、この映画は異なっている。人妻の不倫を描いたメロドラマ的、というかソープオペラ的な凡庸な物語を、一見なんの工夫もなく提示して見せているだけのように思えるこの映画には、死神や魔術師はもちろん登場しない。ベルイマンの作品としては例外的といっていいほど日常の世界を描いた作品だと言える。

『愛のさすらい』がそれまでのベルイマン作品とは一味変わっているのには、この映画がアメリカの ABCピクチャーズによって製作されたことが少なからず関わっているにちがいない。なにせ ABCプロダクションはこの年にペキンパーの『わらの犬』を製作したりしている会社であり、この映画の主演はあの『M★A★S★H』(69) のエリオット・グールドなのだから、いつものベルイマンとは雰囲気の違うものとなっても不思議はないだろう(もっとも、最初はグールドではなく、ダスティン・ホフマンで話が進んでいたとも聞く。ダスティン・ホフマン主演のベルイマン映画! それはどんなものになっていたのだろうか)。

ベルイマンが海外資本で映画を撮るのはこれが初めてであったかどうかは知らないし、プロダクションとの関係がどのようなものだったのかも不明だ。しかし彼がこの状況のなかで新しい映画の形を模索していたのは確かだろう。

共演はいつものマックス・フォン・シドーとビビ・アンデショーン。シドーとアンデショーン夫妻の平凡なブルジョア家庭の調和を、突然現れた考古学者グールドがかき乱すというかたちだ。エリオット・グールドではたして大丈夫だろうかと最初は思ったが、意外にも違和感なくベルイマンの世界に収まっていたのでびっくりした。

確かに、らしくないベルイマン映画ではあるが、繰り返される顔のアップはいつものようにベルイマン的な「顔の映画」を形作っている(とりわけ、朽ちかけた教会の壁の穴から覗き見られる虫に食われたマリア像の顔は、この映画のもっとも印象的な場面であり、この作品における数少ない宗教的象徴性を帯びた場面でもある)。ノラのように潔く家庭を捨てて愛人のもとに走る人妻アンデショーンの迷いのなさとは対照的に、あれこれと思い悩むグルードがときおり見せる破壊的な衝動の背後に、肉親の収容所体験が影を落としていることも興味深い。

『この女たちのすべてを語らないために』(64) 、『沈黙の島』(69) などと同じく、スヴェン・ニクヴィストの撮影によるイーストマン・カラー作品。花々を鮮やかに捉えた撮影は、『この女たち〜』の人工的な色彩とはまったく異なるナチュラルな色彩を見せる。


2018年8月19日
リカルド・フレーダ『神秘の騎士』


リカルド・フレーダ『神秘の騎士』 (Il cavaliere misterioso, 1948) ★★★

 

18世紀のイタリアを舞台にジャコモ・カサノヴァが活躍する冒険活劇。『Don Cesare di Bazan』(42)、『Aquila nera』(46) につづいてリカルド・フレーダが撮ったコスチューム・プレイの傑作だ。蓮實重彦も某ベストテンのなかにこの作品を忍び込ませている。

カサノヴァを演じるのはデビュー間もないヴィットリオ・ガスマン。この映画が7本目の出演作だが、それまではほとんどが脇役だったので、これは初主演と言っていい作品だったのだろう。この映画のガスマンは珍しくクールで男前な美男子を演じており、こういう本格的なコスチューム・プレイで眼にするのも初めてだったので、まるで別人に見えるくらい新鮮に思えた。

「神秘の騎士」というタイトルが付いているが、ファンタジー要素はこの映画には皆無と言っていい。「謎の騎士」くらいにしておいたほうが内容には近いだろう。

ロシアのエカチェリーナ(エカテリーナ)2世の影もちらつく政治的陰謀渦巻く世界で、盗まれた手紙をまさしくマクガフィンにして、ヴェネチア、ウィーン、はてはサンクトペテルブルグまで繰り広げられてゆくダイナミックな冒険活劇は、剣による一騎打ちはもちろん、様々な見え場にあふれていて、ラストの橇による雪原の追跡劇まで一気呵成に見せる一方で、女たらしのカサノヴァ(実は純情)のまわりには一癖も二癖もありそうな美女たちが次々と現れ、さながらコスチューム・プレイ版「007」といった様相も呈する。

単純にただただ面白い。リカルド・フレーダ作品は趣味でこれまでホラー系のものしか見てこなかったが、このジャンルのものももう少し抑えておいたほうが良さそうだ。


2018年8月14日
ロバート・シオドマク『ハリー叔父さんの悪夢』

ロバート・シオドマク『ハリー叔父さんの悪夢』 (The Strange Affair of Uncle Harry, 1945) ★★1/2

ヒッチコックの『疑惑の影』のようなスモールタウンを舞台にした犯罪ものと一応は言うことができるだろう。しばしばフィルム・ノワールにも分類される作品である。しかし、シオドマクがこの前後に撮った『幻の女』 (44)、『らせん階段』 (45)、『暗い鏡』 (46)、『殺人者』 (46) などと並べて見るならこの作品はいささか異質であり、見るものは肩透かしを食らったような気になるかもしれない。

名だたる名家でありながら、大恐慌のあおりをくって財産を失い、今では立派な屋敷だけが残っているクエンシー家には、ジョージ・サンダース演じる長男ハリーとかれの二人の姉妹の3人だけが住んでいる。姉のヘスターは未亡人で、家事に忙しく、美貌の妹レッティはただただ無為な生活を送っているらしい。この二人を養うために、ハリーは服飾工場で衣服の型を作るという家柄に似合わない地味な仕事をしている。

サンダースは、いつものシニカルで、勘の鋭いキャラクターとはまったく対照的な、善良で、いささか鈍いといってもいいほどの平々凡々たる人物ハリーを、やはり見事に演じているのだが、そんな地味な彼と、ニューヨークの都会からやってきた女デザイナー(デボラ)が、嘘のようにあっという間に恋に落ちたときから、物語は大きく動き始める。二人はすぐに結婚することを決めるのだが、そのためにはハリーの姉妹は住み慣れた屋敷を出ていかなければならず、姉妹は新しい家を探し始める。しかし、姉の方はハリーの結婚を心から喜んでいる一方で、妹レッティは言葉とは裏腹に彼の結婚を快く思っておらず、何かと難癖をつけて新居探しを半年以上引き伸ばし、ハリーの結婚をサボタージュしようとする。結局、この妹の奸計によって、ハリーはデボラと破局し、やがて彼女が他の男と結婚したことを知る。この映画が本当に面白くなるのはこのあたりからだ。

(デボラを演じているのはエラ・レインズ。『幻の女』『容疑者』(ともに 44 年作品)に続いてのシオドマク品への出演であり、とりわけ彼女がいくつものキャラクターを演じ分ける『幻の女』での演技が忘れがたい。)

レッティがハリーの結婚を阻止しようとする理由は、彼に対する近親相姦的な愛であることが徐々に明らかになってゆく(その禁断の愛は決して彼女の口から表明されることはないのだが、それは彼女の表情や行動によって誰の眼にも明らかである)。時代を考えると、この近親相姦的な愛のほのめかしは 非常に稀なるものであったと言っていいだろう。だが、不思議なことにこの部分は当時の検閲にはまったく引っかからなかったらしい。実は、この映画は、検閲によってラストが変えられてしまったことで有名なのだが、それはこの近親相姦的な愛とはまったく関係のない理由からだった(それについては後で説明する)。

たしかに、近親相姦がこの映画を当時としては例外的な作品にしていることは確かである。原作の戯曲ではたんに「ハリーおじさん」((なぜ彼が「ハリーおじさん」という愛称で呼ばれているのかは定かでない。))というタイトルだったものを、「ハリーおじさんの奇妙な事件」というタイトルに変えたのは、そうした倒錯的な部分を暗示するためであろうし、公開時にこの映画の宣伝に使われた惹句を見ても、製作者側がそこを売りにしようとしていたことは明らかだろう。しかし、この映画をこの点ばかりに注目して見るのは的はずれかもしれない。サスペンス映画として見たときは、たぶんなおさらがっかりするだろう。

妹のサンダースに対する禁断の愛が言葉によってあからさまには表明されないのと同様に、サンダースがその愛に気づいていたかどうかも、この映画は明確には描いていない。とにもかくにも、妹の彼に対する執着が顕になってゆく一方で、サンダースは彼女に対する殺意をつのらせてゆく。しかしながら、シオドマクは彼が妹を毒殺しようとする場面においてさえ、サスペンスを盛り上げることにさほど気を使っているようには思えない。最初に言ったように、この映画を『らせん階段』や『暗い鏡』のような作品を期待してみたなら、いささか失望することだろう。

それよりもこの映画は、自由を奪われた一人の男をめぐる物語と思ったほうがいいかもしれない。まるで牢獄のような館の中に閉じ込められた女の物語なら、われわれはいくらでも知っている。『レベッカ』、『眠りの館』、『魅せられて』……。しかし、この映画で囚われの身になっているのは女ではなく、男の方なのである(この点においてこそ、この映画は例外的なフィルム・ノワールであると言っていい)。都会からやってくる女は彼を破滅させるファム・ファタールというよりは、彼を救い出そうとする救いの手なのだが、彼はその手を掴み損なう。自由になるために彼が考えついた唯一の手段が、毒薬による殺しだった。

(この映画は、最後に、「誰にもこの映画の結末を話さないでください」という字幕が出て、観客にネタバラシを注意するほど、あっと驚く終わり方をする。これは作者が意図した結末ではなく、検閲によって強いられた結末なので、話したところでこの作品の価値が失われるというものではいささかもないのだが、念のために、これから先の部分はネタバレを含むということを一応警告しておく。)

ハリーは妹レッティを毒殺しようと試みるが、手違いで、レッティではなく姉のヘスターのほうが死んでしまう。しかし犯人として逮捕されたのはレッティの方だった。やがてレッティに死刑の判決が下るに至って、ハリーは悔恨の念から自分の罪を告白した手紙を判事に見せるのだが、妹を助けるために罪をかぶろうとしているだけだ思われ、まともに取り合ってもらえない。結局、レッティは死刑になる。ところがである、ハリーが屋敷でひとり悔恨の念にかられて打ちひしがれていると、扉が開き、彼と別れて違う相手と結婚したはずのデボラが入ってくる。彼女は直前になって結婚を思いとどまったというのだ。これに驚いていると、同じドアから死んだはずのヘスターまでが登場する。つまりは、すべてが夢=想像だったというわけだ。荒唐無稽な結末であるが、これは「犯罪を犯したものが決して逃げおおせてはならない」という、ヘイズ・コードを逃れるための苦肉の策だった。フリッツ・ラングの『飾窓の女』や、未見だがアーサー・リプレイの『The Chase』(46) もこのような夢オチの結末になっているという。少なくともこの頃は検閲を免れるためにこの手が通用していたことが伺える。しかし、このデウス・エクス・マキナ的な荒唐無稽なエンディングは、穿った見方をするならば、バカバカしい検閲をあざ笑うためにあえてわざとらしく作られているように見えなくもない((ネタバレと言ったが、日本での DVD タイトルは「ハリー叔父さんの悪夢」となっていて、タイトルでほぼネタをばらしている。))。

プロデューサーのジョーン・ハリソンはこの強いられた結末に激怒してユニヴァーサルを退社したとも聞く。ちなみにハリソンは、イギリス時代からのヒッチコックの脚本家で、彼と共にハリウッドに渡ったあとも『レベッカ』や『海外特派員』など数々のヒッチ作品に脚本を提供し、その後、シオドマクの『幻の女』でプロデューサーとしての活動を始めた女性である。当時は、ヴァージニア・ヴァン・アップとハリエット・パーソンズと並んで、ハリウッドで3人しかいない女性プロデューサーのひとりだった。ちなみに、以前紹介したロバート・モンゴメリーのフィルム・ノワール作品『桃色の馬に乗れ』も彼女がプロデュースした作品である。

2018年7月26日
猫と映画と寺山修司

今まで作っていなかったのが不思議なくらいだが、新しく「猫」のカテゴリーを設けることにした。いよいよ猫学を極めることを決意したからである。というのは嘘で、長い記事ばかり書いているとあまり更新できないから、ちょっとした小ネタを挟んでゆくことで、更新の間隔をできるだけ開けないようにする、そんな試みの一環としてである。まあ、小ネタなのでそんなに大したことは書いていない。気楽に読んでいただければと思う。 さて、このカテゴリー最初のお題は、「猫と映画と寺山修司」である。 寺山修司の作品にはたびたび猫が登場する。たとえばこんなふうに。

少年時代


長靴をはいた猫と
ぼくとが
はじめて出合ったのは
書物の森のなかだった

長靴をはいた猫は
ぼくに煙草をおしえてくれた
ちょっといじわるで
いいやつだった

長靴をはいた猫と
わかれたのは
木の葉散る
秋という名のカフェ

その日
ぼくは
はじめて恋を知った

人生のはじまる前と
人生のはじまったあと
そのあいだのドアを
すばやく駆けぬけようとした

ぼくの
長靴をはいた猫は
いまどこにいるか?

名詞


恋という字と
猫という字を
入れ替えてみよう
「あの月夜に  
トタン屋根の上の一匹の恋を見かけてから  
ぼくはすっかり  
あなたに猫してしまった」と
それからブランデーをグラスに注いでいると
恋がすぐそばでひげをうごかしている

猫の辞典


猫…ヒゲのある女の子
猫…闇夜の宝石詐欺師
猫…謎解きしない名探偵
猫…この世で一ばん小さな月を二つ持っている
猫…青ひげ公の八人目の妻
猫…財産のない快楽主義者
猫…毛深い怠け娼婦
猫…このスパイはよく舐める

以上はすべて、『寺山修司少女詩集』に収録されている。

 

『猫の航海日誌』にも、「猫の辞典」によく似た定義の羅列が出てくる。

猫…多毛症の冥想家
猫…食えざる食肉類
猫…灰に棲む老嬢
猫…殺人事件の脇役
猫…財産のない快楽主義者
猫…唯一の政治的家畜
猫…長靴をはなかいときは子供の敵
猫…真夜中のヴァイオリン弾き
猫…舌の色事師

これらの猫の定義は、寺山の映画作品『トマトケチャップ皇帝』のなかでも形を変えて繰り返されることになるだろう。「トマトケチャップ帝国」(?)のなかでは、たとえば、長靴をはかない猫はすべて銃殺刑に処すべきという布告がなされていた。「唯一の政治的家畜」という言葉も、この映画のなかでほとんどそのまま使われていたはずである。しかし、「政治的家畜」とは一体どういう意味なのだろうか。

ところで、寺山修司の映画監督デビュー作は、公式的には62年の『檻囚』ということになっているが、それよりも前に撮られた8ミリ映画『猫学 Catlogy』が、彼の幻の処女作であることは、寺山修司のファンなら誰でも知っているはずである(「猫学 Catlogy」というタイトルは、おそらくチャーリー・パーカーの「鳥類学 ornithology」にヒントを得たものであろう)。芳村真理の飼猫がビルの屋上から無残に地面に投げ落とされる様がこのフィルムには収められていた、とまことしやかに語られているが、この作品を実際に見たものは松田政男などわずか数名に限られているし、むろんわたしも見たことはなく、理由は定かでないが、寺山自身がこの作品を廃棄(?)してしまった今となっては、その真偽を確かめるすべもない。ところで寺山は、この幻の処女作にふれて、「アウシュビッツの強制収容所」に言及しているのだが、彼はこの映画で猫の虐殺をアウシュビッツにおける虐殺と重ね合わせようとしていたのだろうか。それはあまりにも稚拙であるし、そのために猫を殺したのだとしたら、それは猫好きとしては絶対に許すことのできない行いであったというしかない。寺山修司は本当に猫が好きだったのだろうか。 それはともかく、「政治的家畜」という言葉の意味を解く鍵はこの幻の作品の中にあるのかもしれない。

ところで、クリス・マルケルが60-70年代の政治的騒乱を左翼的な立場から描いたドキュメンタリー映画『空気の底は赤い』(英語タイトルは "A Grin Without A Cat")には、「猫は政治とは無縁の動物である」という言葉が出てくる。わたしにはこの言葉のほうがむしろしっくり来る。猫は政治とは無縁の動物である。「ナチスの犬」はいても、「ナチスの猫」は存在しない。 (『猫学 Catlogy』の詳細については、例えば、『寺山修司 迷宮の世界』(洋泉社MOOK)を参照。)

2018年7月20日 ナチス映画を見る――『老いた王と若き王』
『クリューガーおじさん』

わたしが見ることができたハンス・シュタインホフの映画は結局3本だけだが、この監督には確かな演出力があることが確認できた。彼が映画を撮ったのがたまたま(本当にたまたまなのか?)ナチス・ドイツでなかったならば、ひょっとしたら今頃は巨匠として名を残していたかもしれない。

ハンス・シュタインホフ『老いた王と若き王』(Der alte und der junge Ko¨nig - Friedrichs des Grossen Jugend, 1935) ★★


18世紀プロシア におけるフリードリヒ・ヴィルヘルム1世と、その息子の王子フリードリヒ2世との確執を描いた伝記映画。軍人気質の権威主義的な父フリードリヒ1世とは対照的に、フリードリヒ2世は、フルートを嗜んだりする芸術家気質の人物だった。父フリードリヒ1世は、国事にもあまり関心のないひ弱な息子を事あるごとに叱責し、なんとか立派な世継ぎにしようとするが、息子はかえって反発する。このままでは父親の支配から逃れられないと考えたフリードリヒ2世は、とうとうフランスへの亡命を試みるが、直前で計画は露見し、父親によって投獄されてしまう。フリードリヒ1世は最初、息子を処刑することも考えるが思い直す。しかし、彼が下した処罰はそれ以上に残酷なものだった。フリードリヒ1世は、息子の親友で、かれの亡命を手伝ったカッツェを、息子の目の前で処刑したのである。この事件を境に、フリードリヒ2世は父親に絶対的服従を誓い、人が変わったように祖国プロシアのために献身的に働くようになるのだった。

息子フリードリヒ2世が、臨終の父親に、「お父さんは間違っていなかった」と語りかけ、フリードリヒ1世が「この国を偉大にするのだと言い残して息を引き取る場面がこの映画のクライマックスである。オフュルスの『マイエルリンクからサラエヴォへ』を少し思い出させる話ではあるが、ここには恋愛要素はまったくと言っていいほどない(シュタインホフの映画を見たのはまだ3本だけだが、恋愛要素がほとんど皆無であるのはただの偶然だろうか)。

フリードリヒ2世(フリードリヒ大王)を描いた映画はサイレントの時代からドイツで撮られていた(『Fridericus Rex』(1922))。しかしナチスの時代になってそれが量産され始める背景には、この英雄的指導者とヒューラ―を重ね合わせようとする意図があったことは間違いないだろう。またエイゼンシュテインを持ち出すならば、『ヒトラー青年』が『戦艦ポチョムキン』を意識していたのに対して、この作品は『イワン雷帝』に当たる作品だということもできる(もっとも、『イワン雷帝』が撮られるのはこの映画の約10年後であるが)。

この映画はたしかに、『ヒトラー青年』のようなあからさまなプロパガンダ映画ではない。しかし、諸外国、とりわけフランスが祖国プロシア(ドイツ)と比べて侮蔑的に言及されていたり(フリードリヒ2世は留学 をきっかけにフランスにかぶれて音楽にうつつを抜かすようになる)、何よりも、権力者の命令には絶対的に服従すべきであるというメッセージが、いささかグロテスクな物語を通して語られるという部分に、プロパガンダ的な要素が多分に含まれていると言っていいだろう。

父フリードリヒ1世を演じているのは『嘆きの天使』のエミール・ヤニングス。いつものようにいささかオーバーアクト気味ではあるが、存在感は圧倒的であると言うしかない。ナチが政権を握ったあともドイツに残って映画に出続けたヤニングスは、戦後、映画界から追放されることになるだろう。ちなみに、『嘆きの天使』は退廃的であるとして、ナチが権力を掌握した33年に公開禁止になっている。

脚本を書いているのが、ラングが亡命したあともナチス・ドイツに残り続けたテア・フォン・ハルボウであるというのも、見逃せないポイントである。

ハンス・シュタインホフがどのような人物であったか、どのような政治信条を持っていたか、ナチとの関係はいかなるものであったかなどについて、わたしはあえて調べずにこれを書いている。わたしがそうだったように、事情を何も知らないものが見たならばたぶん、この作品にも『ヒトラー青年』と同じような曖昧さを感じるのではないだろうか。テア・フォン・ハルボウを始めとして、この映画に関わった作者たちは、おそらく、先程書いたようなプロパガンダ的な目的でこの作品を作っていたに違いない。しかし、自分のせいで親友が処刑されたのをきっかけに、まるで意思をなくしたロボットのように父親の望むとおりに振る舞うフリードリヒ2世を見ていると、命令には絶対的に服従すべしという表面的なメッセージの裏側に、それとは真逆なメッセージが込められているのではないかとつい思えてしまうのである。しかし、これはたぶん深読みに過ぎないのだろう。

1935年といえば、レニ・リーフェンシュタールの『意志の勝利』が公開された年である。しかし実は、この年に撮られたナチのプロパガンダ映画の数は、その前後の時期と比べると、少なかったという。

『クリューガーおじさん』(Ohm Kru¨ger, 1941) ★★★


19世紀末から20世紀初頭にかけて南アフリカのトランスバール共和国と、この地の金鉱の独占を狙うイギリスとの間で行われた帝国主義戦争、いわゆるボーア戦争を、トランスバール大統領クリューガーの視点から描いた映画。オランダ系アフリカ人であるボーア人たちとイギリスとの戦争という、『老いた王と若き王』以上に当時のドイツとはまったく関わりのない話であるが、この作品のほうがプロパガンダ色はより強い。

イギリスの支配から祖国を守ろうとするボーア人たちと大統領クリューガーの姿は、「自由と大地」のために戦っていたドイツ人とヒトラーに容易に重ねられるだろう。後半、イギリスとの戦争が激しさを増してゆくなかで、イギリス人たちは文字通り鬼畜のような描かれ方をされていく。わたしが今、プロパガンダ映画だとわかって見ていても、イギリス人たちに対する憎悪が自然と湧き上がってくるくらいだから、当時のドイツの観客たちはこの映画を見てさぞや好戦的な気持ちにさせられたことだろう。

しかし、この映画もやはりプロパガンダ映画としてはどうにもモヤモヤとした気分にさせる作品である。イギリス人たちは、戦争とは関係のない民家を焼き払い、民間人を逮捕して収容所に入れるのだが、その収容所で、満足な食事も与えないし、チフスが蔓延しても何の手も打とうとせず、異を唱えるものがあれば撃ち殺すという冷酷なイギリス人たちの姿は、第二次大戦を描いた映画におけるナチスの紋切り型のイメージとそっくりなのである。はたして、このアイロニカルなシーンをどのように理解すればいいのだろうか。

クリューガー大統領を演じているのは、またしてもエミール・ヤニングス。『老いた王と若き王』に比べるとずいぶん抑えた演技をしているが、そもそもメーキャップがすごくて元の顔はほとんど見分けがつかない。クリューガーの息子はイギリスに住んでいて、イギリスびいきの平和主義者になっているのだが、この息子と父クリューガーとの関係は、『老いた王と若き王』における父ヤニングスと息子の王子の関係を、ある意味で繰り返していると言っていいだろう(クリューガーは不甲斐ない息子を一度は勘当する。息子は、イギリス人の本性を目の当たりにして祖国のために戦うようになり、戦場でようやく父と再会するが、その頃には父ヤニングスは視力を失い息子の顔をほとんど見ることが出来ない)。

この映画にも、ゲッベルスのお気に入りだったという『戦艦ポチョムキン』を思い出させるシーンが少なからずある。収容所で食事に出された腐った缶詰を突きつけて抗議した女が殺される場面は、『戦艦ポチョムキン』の腐った肉のエピソードを思い起こさせる。その収容所に入れられている妻と子供に会いに来たクリューガーの息子は捕まり、小高い丘に立つ一本の木で絞首刑に処せられる。かれの妻を先頭に、女たちが抗議のシュプレヒコールを上げると、イギリス兵たちは彼女らを容赦なく撃ち殺してゆく。彼女たちが丘を転げ落ちるように撃ち倒されてゆくシーンは、オデッサの階段を意識したものに違いない。

ところで、レニ・リーフェンシュタールは『低地』(Tiefland) を製作中にゲッベルスから撮影を妨害されたという。「国民の戦争への協力 (war effort) のために、自作のセットを解体してスタジオを『クリューガーおじさん』と『老いた王と若き王』の撮影のために明け渡さなければならなかった」と彼女は語っている。しかし、時期から言って、『老いた王と若き王』の方はたぶんリーフェンシュタールの勘違いで、『Der grosse Ko¨nig』の間違いであろう。リーフェンシュタールは自分のナチへの関与を否定する発言を繰り返していた。この発言もそういう文脈で理解しなければならないのであろうが、いずれにせよ、この時期には、彼女のかつての栄光には陰りがあったことは確かであろう。

2018年7月16日
ナチス映画を見る――ハンス・シュタインホフ『ヒトラー青年』についての覚書

ハンス・シュタインホフ『ヒトラー青年』(Hitlerjunge Quex, 1933) ★★★

ヘルベルト・ノルクスという名前を聞いてすぐに誰だか分かる人は、ドイツ史の専門家でもない限りそう多くはないだろう。1932年1月24日、ベルリンで、いわゆるヒトラーユーゲント(ナチス党内の青少年組織)の一員だった若干15歳の少年が、ナチ党のポスターを張っていた際に共産主義者に刺殺されるという事件が起きる。その少年のこそがヘルベルト・ノルクスである。当時、ヒトラーユーゲントを指導していたバルドゥール・フォン・シーラッハと、ナチの宣伝相ゲッベルスは、すぐさまこの少年を英雄に祭り上げ、彼の死をナチのプロパガンダに利用した。事件の二日後には、ゲッベルスは、自ら創刊したナチスの機関紙「アングリフ」に、この殉教した少年に捧げる一文を掲載しているのだが、この文章がなかなか恐ろしい。ゲッベルスは、刺された上に頭を踏みつけられて殺された少年の、虚空を見つめるうつろな眼差しから語り起こし、その壮絶な死に様をほとんどサディスティックに描写してゆく。すると突然、「やつらが僕を殺した」と、死んだ少年が独白を始めるのである。少年は、自らが惨殺される瞬間を生々しく描写してゆくのだが、怖いのはその最後の部分だ。自分の死の瞬間を一通り語り終わると、少年は(というか、ゲッベルスは)次のように言葉を結ぶのだ。

「これはドイツで起きた。西欧文明の一員であると主張しているこの国で。しかもそれは、まだ子供である僕が、祖国のために尽くそうとしたというただそれだけの理由からだった……。僕こそはドイツだ」

ゲッベルスは、この少年を殉教者に仕立て上げ、英雄として永遠化することで、彼の中にナチス・ドイツの未来を永劫化してみせたのである。

この年、ノルクス少年をモデルにして書かれた小説、『Hitlerjunge Quex』が発行された。そしてナチスがついに権力を掌握する翌年の33年にはもう、この本はウーファ製作、ハンス・シュタインホフ監督で映画化されている。タイトルは原作と同じ「Hitlerjunge Quex」(「ヒトラー・ユーゲント Quex」)だった。日本では「ヒトラー青年」(あるいは「ヒトラー青年クヴェックス」)のタイトルで知られている。

第一次大戦の敗戦による法外な賠償金や、それに続く大恐慌によって貧困に喘いでいたドイツがこの映画の舞台だ。貧しさから盗みをはたらいた男を捕まえた店主に、野次馬たちが「悪いのは、働いても、働いても暮らしが楽にならないこの世の中だ」と囃し立て、やがて暴動が起きて警察が出動するにまでに至るところから映画は始まる。群衆を扇動していたのは一人の共産主義者であったことがあとになってわかる。この共産主義者は、最初こそ、このように一見民衆の側に立って活動するものとして登場するが、やがて次第に、目的のためには手段を選ばない悪意に満ちた卑劣な人間としてその本性を顕にしてゆき、結果的に主人公の少年をしに至らせることになるだろう。

このナチス初期のプロパガンダ映画においては、ユダヤ人の存在はほとんど問題とされていない。多くの作品を見たわけではないので断言はできないが、この時代のナチのプロパガンダ映画においては、ユダヤ主義が問題とされることはまだあまりなかったと言われる((むろん、それはこの時代に反ユダヤ主義が存在しなかったということを意味しない。実際、この映画を製作した Universum Film Aktiengesellschaft は、映画が公開された年に、すべてのユダヤ人を解雇している。))。いずれにせよ、この映画でナチス党に対立する存在は、あくまでも共産主義者たちである。

印象的な場面が一つある。冒頭に登場した共産主義者の男は、主人公の少年を共産主義に引っ張り込もうと企んで、彼をコミュニストたちのキャンプに連れてゆく。しかし、少年は、浮かれ騒いで、粗野な冗談を言って彼をからかうコミュニストたちの集団に居心地の悪さを覚え、ひとりでフラフラと林の中を歩きまわり始める。すると突然、眼下に開けた空き地が現れ、そこでナチスの若い党員たちがキャンプをしているのを垣間見る。コミュニストたちと対照的に、規律正しく、健康的なナチの党員たちの姿に少年はたちまち魅了される……。 少年は家に帰り、ナチスの党員たちが歌っていた唄を口ずさんでいるところを父親に見つけられて、激しく殴打される。少年の父親はコミュニストであるが、かれもまた、貧しいなかでなんとかやりくりしている妻に大声でわめき散らして無理やり酒代を出させようとする、アルコール中毒のみすぼらしい人間として描かれている。

一方で、この映画に描かれるナチの党員たちは、祖国ドイツのために真摯に努めるものたちであり、ドイツではなく他国(〈インターナショナル〉)ばかりを見ているコミュニストたちと絶えず対比される(「イギリスのビールとドイツのビールがあったならどちらを飲む?」)。そして、この映画の中では、ことを成就するために暴力を使うのはいつも共産主義者たちであり、その暴力の犠牲となるのはナチの党員たちのほうなのである。

こうやって書くと、とてもわかりやすい陳腐なプロパガンダ映画のように思えるかもしれないが、作品を見た印象はぜんぜん違う。決して押し付けがましい映画ではなく、むしろ、プロパガンダ映画であることを時々忘れてしまうほど、ときに繊細に見事に作り上げられている映画である。 たしかに、共産主義者たちを貶めることによってナチスを高揚するという姿勢においてこの映画はまぎれもなくプロパガンダ映画であると言ってよい(もっとも、それは、『戦艦ポチョムキン』がプロパガンダ映画であるのと同じ意味でしかない。実際、この映画はエイゼンシュテインのこの作品に対抗する形で、それを参考にしつつ作られたと言われる)。しかし一方で、この映画には何とも言えない曖昧さが最後までつきまとう。作者たちの意図がナチスの高揚であったにしても、観客は、この映画にはそれとは別の意味があるのではないかというモヤモヤとした気持ちを拭い去れない。この映画はナチスドイツのために犠牲となった少年を通じてナチを高揚した作品などではなく、コミュニズムがなんたるかもファシズムがなんたるかもわかっていない愚かな少年が、歴史に翻弄されて無意味に死んでく姿を描いた映画ではないのか? その時この映画は、例えば『ドイツ零年』のような作品に近づくと言っていいだろう。

この映画はナチスによって強力に推薦され、学校の子供たちが課外授業で映画館に観に行ったりもして、千から2千人の観客を動員したと言われる。 この悪名高い映画がドイツ国内外に与えた影響は決して少なくない。様々な研究がなされてきているが、とりわけ有名なのは、『精神のエコロジー』で有名なグレゴリー・ベイトソンが、この作品について詳細な分析を加えた一冊であろう。さいわい日本でも、『大衆プロパガンダ映画の誕生――ドイツ映画『ヒトラー青年クヴェックス』の分析――』として翻訳が出ている。実を言うと、この本は数十年前に買って読まずにずっと書棚に眠っていた。今回、この映画を見終わっただいぶあとで、「Hitlerjunge Quex」の邦題が「ヒトラー青年」だということに気づいて初めてこの本のことを思い出した次第である。なので、まだ読んでもいない。 この映画についてはまだまだ書くべきことがたくさんあるが、すでに長くなりすぎた。ベイトソンの本を読んだあとにでもまた詳しく論じたいと思う。

2018年6月19日
フェリクス・E・フェイスト『世界大洪水』――プレ・コード時代の大災害パニック映画

フェリクス・E・フェイスト『世界大洪水』(Deluge, 1933) ★★

プレ・コード時代のハリウッドで作られた最初期のディザースター・フィルム(大災害パニック映画)の一つ。フィルムは失われてしまったものと長らく考えられていたが、1981年にイタリア語版のプリントが発見され、2016年になってさらに英語版も残っていたことが判明した。現在ではデジタル修復されてまばゆいばかりの状態で Blu-ray 化されていて、簡単に見ることができる。

監督のフェリクス・フェイストは、カート・シオドマクの原作を映画化した『ドノヴァンの脳髄』で有名だが、フランスのシネフィルの間などではカーク・ダグラス主演の『ザ・ビッグ・ツリー』が、ときにホークス作品と比較されるほど評価が高い。

オープニング・クレジットが終わると同時に、科学者たちが前代未聞の異常気象について警戒を強めている様子が描かれ、その直後に、台風と地震がニューヨークを直撃するというスピーディな展開がよい。やがて押し寄せた津波によって、立ち並ぶ高層ビルは次々と崩れ去ってゆき、NYはあっという間に見渡す限りの廃墟と化す。80年以上前に作られた映画だが、精緻に作られたミニチュアを使った津波の場面は今見ても十分に見応えがある。ニューヨークが海に飲み込まれてゆくこのイメージはおそらく『デイ・アフター・トゥモロー』の津波のシーンなどにも確実に影響を与えているはずである。 大スペクタクル映画とはいえ、70分ほどの上映時間しかないこの映画のなかで、カタストローフの場面は最初の半分だけで、映画の後半では、崩壊した世界のなかで生き残ったものたちのサバイバルが描かれる。「大洪水」という原題がすでに暗示しているように、この映画の背景には旧約聖書的な洪水の物語があるといっていい(実際、映画は旧約聖書の言葉の引用で始まっている)。

荒廃した世界のなかでやがて、素性の知れないひとりの美しい女性と、妻子を失ってしまった(と彼は思っている)ひとりの男性が、アダムとイブのように結ばれるのだが、その楽園は長くは続かない。海岸に流れ着いた女を最初に助けて、彼女を自分の所有物のように勝手に思い込んでいる野蛮な男が、銃を持った仲間のギャングたちを連れて彼女を奪い返しに来たのである。洞窟での銃撃戦の末にギャングたちを倒したふたりは、ちょうどギャングたちを制圧するためにやってきた別のコミュニティの者たちによって保護され、彼らが建てた街に連れて行かれる。だがそこには、死んだと思っていた男の妻子が生きて暮らしていて……。

前半が災害パニック映画だとすると、後半は、終末後の世界を描いたディストピア映画になっているとでも言えばいいだろうか。 スペクタクル・シーンがこの映画の見所であるのは間違いないが、プレ・コード時代の映画としてみたときも、この作品は実に興味深い。男女が同じベッドに横になっているショットはもちろんだが(この映画の1年足らず後には、同じベッドに男女が横たわっているイメージは、表象不可能なものになってしまっている)、一番驚いたのは、おそらくはレイプされて殺されたのであろう女の、ロープで縛られ全裸で打ち捨てられた死体(さすがに一部を見せて暗示するだけだが)まで見せているところだ。

ヒロインを演じているペギー・シャノンは、ジーグフェルド・フォリーズのコーラス・ガールのひとりとして活躍したあと、映画の世界に入り、当時神経衰弱で参っていたクララ・ボウにかわる「ニュー・クララ・ボウ」として売り出されたものの、女優として真に開花することはなかった。この映画を撮った数年後から彼女は酒に溺れるようになり、1941年、自宅のキッチン・テーブルで、グラスを片手にテーブルにうつ伏せになるようにして死んでいるところを、旅行から帰宅した夫によって発見される。わずか34歳だった。そしてその夫も、数週間後に、同じテーブルで頭を猟銃で撃って自殺している。

一方、主演男優のシドニー・ブラックマーは、このあと次第にテレビに活躍の中心を移してゆくのだが、この映画の30数年後に『ローズマリーの赤ちゃん』で演じた、ミア・ファーロー&ジョン・カサヴェテス夫婦の隣の部屋に住む奇妙な老夫婦の夫役はいまでも強く印象に残っている。

2018年6月9日
フセヴォロド・プドフキン『脱走者』

フセヴォロド・プドフキン『脱走者』(Dezertir, 33) ★★

『A Simple Casse』でトーキーを試みたものの果たせずに終わったプドフキンは、この『脱走者』で初のトーキー映画に成功する。 「脱走者」というタイトルからつい戦争映画を想像してしまうかもしれないが、そうではく、工場のストライキを描いた映画である。むしろ「離脱者」くらいのタイトルが適当であろう。労働者運動からの離脱という意味だ。

映画の舞台となるのはロシアではなく、ドイツ(ハンブルク?)の造船所。そこの労働者たちはソヴィエトと密に連絡を取りながら、労働者運動を繰り広げている。工場で働く若者レンは、ストライキやデモに参加しながらも、労働運動の意味を信じられずにいる。ストライキが長引くうちに、労働者のなかには飢えに苦しんで盗みを働くものさえ現れ、デモに対する警察の弾圧も日増しに激しくなってゆく。こんなふうに犠牲者を出してまで、運動を続けてゆく意味が果たしてあるのだろうか。そんな折に、労働者のなかから数名が選ばれてソヴィエトに視察に行くことになる。労働運動のリーダーは、レンが運動に疑問をいだいていることを知りながら、あえて彼を視察団の一員に加える。レンにとって、このソヴィエト行は運動からの「脱走」にしかすぎなかったのだが、ソヴィエトで見た労働者たちの生き生きとした姿に心を打たれた彼は、そこで技師として働くうちに、社会主義の素晴らしさに初めて気づき、ドイツに帰国するや否やデモの先頭に立ち、労働運動に身を投じてゆく。

農夫(『聖ペテルスブルグの最後』)や、母(『母』)や、モンゴル人(『アジアの嵐』)の意識の目覚めを描いてきたのと同様に、プドフキンはここでもひとりの労働者の意識の目覚めを描いている。主人公が行き来するのが、スターリン体制の確立しつつあったソヴィエトと、ナチスによって政権が奪取される直前のドイツである点も興味深い。スターリニズムとナチズムという2つの悪夢にまだ無自覚のまま夢見られる労働者の楽園。ラストの遠ざかってゆく赤旗のイメージをどう解釈すればいいのだろうか。それは未来への希望なのか、それとも希望の遠ざかりなのか。

しかし、その内容以上に興味深いのは、実験的なサウンドの使い方だ。クリスティン・トンプソンは30年代初頭のソヴィエト映画11本を分析した上で、1928年にエイゼンシュテイン、プドフキン、アレクサンドロフによって発表された有名な声明のなかで提示された「対位法的サウンド」の理論にそったイメージとサウンドの分離を「一貫して」用いているのは、レオニード・トラウベルクの『オドナ』とプドフキンのこの作品だけであると結論づけている。この分析が正確であるかどうかはともかく、プドフキンがこの映画で初めてサウンドを扱うにあたって様々な実験を行っていることは確かである。

チャップリンが『独裁者』の最後で演説にたどり着いたように、プドフキンもこの映画のラストで、主人公にロシア人の聴衆を前にしてスピーチをさせている。不思議なのは、前半のハンブルクが舞台の場面では、ドイツ人たちは皆ロシア語を話していたのに、舞台がロシアに移った途端、主人公がドイツ語を話し始めることだ。しかしこれは意図的なものではなかったのだろう。この映画は当初、ドイツ語版とロシア語版の2つが作られる予定だったというので、そのあたりの制作事情が影響しているのかもしれない。 さて、そのスピーチの場面で、主人公がドイツ語で話すたびに、通訳がそれをロシア語に翻訳していくのだが、通訳が入ることによってスピーチと聴衆の反応のあいだに時間的なズレが生まれ、そのズレが主人公の焦るような気持ちを次第に掻き立ててゆくかのように画面が構成されているところが面白い。いわば万国共通の言語であったサイレント映画がトーキー映画へと移行するときに、通訳(吹き替え)の問題が出てくるのは当然だが、こうやって通訳を実際に登場させたトーキー映画というのはひょっとしたらこれが初めではないだろうか(調べもせずに適当なことを言っているのだが)。

ちなみに、ハルーン・ファロッキは、世界で初めて撮られた映画であるリュミエール兄弟の『工場の出口』から始めて、世界の映画史を「工場の出口」という視点から捉え直した作品、『工場を立ち去る労働者たち』のなかで、名もないドキュメンタリー映像もふくめた様々な映像とならべてプドフキンのこの映画を引用して短い分析を加えている。引用されているのは、ハンブルクの工場で、スト破りの労働者たちが積荷を船に運びいれるのを、仕事にあぶれた大勢の労働者たち(彼らはスト破りの予備軍である)が工場のゲートの格子越しにじっと見ている場面だ。この場面は、工場と牢獄のイメージの共通性が指摘される後半の部分で、もう一度引用されることになる。

2018年6月3日
フセヴォロド・プドフキン『脳の機能』『A Simple Case』

フセヴォロド・プドフキン『脳の機能』(Mekhanika golovnogo mozga, 1926) ★

脳神経が動物の行動に及ぼす働きを描いた純然たる科学映画。カエルから始まって、犬、猿というふうに動物生体実験の様子が描かれてゆき、そこから得られた結論から、最後に、人間における脳の機能が考察される(さすがに人間の生体実験までは描かれない)。 パブロフのレニングラード研究所を取材したこの科学映画をプドフキンが撮るに至った詳しい経緯はわからないが、かれが若い頃に化学(化け学の方)を学んでいたことも少なからず関係しているのだろう。パブロフがこの映画にどのように関わったかについても詳細はわからない。完成した作品に対するパブロフの反応も曖昧で、気に入っていたという話もあれば、不満を漏らしていたという話もある。 それにしても、知らずに見たら、まさかこれがプドフキンの映画だとは誰も思わないだろう。 ちなみに、ヴェルトフも若い頃に脳心理学を学んでいたし、ドヴジェンコも『ミチューリン』という科学者映画を撮っている。ソ連における科学と映画の関係は意外と奥が深い。

フセヴォロド・プドフキン『A Simple Case』(Prostoy sluchay, 1932) ★★½

プドフキンがこの映画の制作に取り掛かったのは1928年のことだった。かれは最初この映画をトーキーとして制作しようとしたが、結局、サイレントとして作ることを余儀なくされた。最初、「人生は美しい」のタイトルで公開されたものの、批評家からは攻撃され、大衆からは「よくわからない」と言われたため、プドフキンはこの映画を編集し直して「A Simple Case」というタイトルで32年に公開し直すことになる。プドフキンにとって非常に不幸な作品だった。

1928年3月のソヴィエト映画会議において、映画作品は社会的・政治的な内容についての正確な基準を含んでいて、「万人に理解できるものである」べきであるという声明が発表される。映画の評価基準を定めた党によるこの正式な見解は、ソヴィエトの映画作家たちに直接的・間接的に大きな影響を与えることになるであろう。1935年の全ソ連邦映画人会議において社会主義リアリズムの理論が導入されるよりもはるか前のこのときから、ソヴィエトの映画作家たちは周りの空気が変わり始めていたことを感じていたに違いない。

それと同時に、1928年は、ソヴィエトの映画作家たちがトーキー映画を視野に入れて映画を作り始める時期でもあった。ソヴィエトにおける最初のトーキー映画が公開されるのは、31年製作の『女一人』になるのであるが、ヴェルトフの『カメラを持った男』(29) やプドフキンのこの『A Simple Case』など、この時期に制作された映画には、当初はトーキー映画として考えられていた作品が少なくない。 この映画が失敗したのは、むろん、こうした外的な理由だけではないだろうが、こうした状況がこの映画の命運に少なからぬ影響を与えたことは確かだろう。

単純な物語のわりには、正直、わかりにくい映画だが、ときおり現れる映画的瞬間にはハッとさせられる。大地にひとり立ち尽くす男。空を流れる雲。一本道を走ってくる女のカットイン。曲がりくねった道を捉えたロングショット。男に駆け寄る女。冒頭のこの一連のショットは、あまり意味のないハッタリのようなカットつなぎだと思いながらも、引き込まれるのは確かだ。男が駅で女と別れるシーンのあとに、突然、「3分前」という字幕が挿入され、階段を降りる無数の脚をスローモーションで捉えたショットが続く場面もとても不思議な感覚を与える。

プドフキンの映画のモンタージュは、いわゆる「モンタージュ」よりも、ストーリーを効率的に語るためのハリウッド流「カッティング」に近いと言われたりもする。たしかに、プドフキンが理論的著作のなかで表明していたのはそのような映画だったろうが、当然ながら、プドフキンの実際の映画がかれの理論通りにできているわけではない。そういう意味では、この映画は、当初彼が考えていたものとはずいぶん別のものになってしまったが、プドフキンの作品のなかでもとりわけ実験的な一本とさえ言えるかもしれない。

2018年5月22日
セルゲイ・コマロフ『メアリー・ピックフォードの接吻』

セルゲイ・コマロフ『メアリー・ピックフォードの接吻』(Potseluy Meri Pikford, 1927) ★★

「メアリー・ピックフォードの映画にふくまれる甘いプチ・ブルジョア的毒は、健全で進歩的な観客の中にさえ残っているプチ・ブルジョア的な傾向を意図的に刺激することで、搾取し、手懐ける」(エイゼンシュテイン)

「ヨーロッパの観客が『戦艦ポチョムキン』の水夫たちを見て熱狂していたとき、ロシア人たちはメアリー・ピックフォードとルドルフ・ヴァレンチノを夢見ていた」(クリス・マルケル『アレクサンドルの墓/最後のボルシェヴィキ』)

 

1926年にツアーでロシアを訪れていたメアリー・ピックフォードとダグラス・フェアバンクスを、本人役で登場させ、物語の重要な登場人物にしてしまった、ある意味で商魂たくましいロマンティック・コメディ。セルゲイ・コマロフは主に俳優として知られている名前であるが、この映画をふくめて2本だけ監督作品がある。彼も、プドフキンやバルネットなど多くの監督たちと同じくレフ・クレショフの門下生だった。

映画館に務める主人公の青年は、ピックフォードに憧れる女優の卵に惚れている。女優の卵に「スターになってから来なさい」と言われた青年は、怪しげなフィットネスクラブに通ってスターを目指す。その努力はさして実らないのだが、映画撮影中のピックフォードが何故かかれに目を留め、青年はピックフォードのラブシーンの相手役に大抜擢される。そのシーンのなかでピックフォードに頬にキスされた青年は、メアリーにキスされた男としてどこに行っても VIP 扱いされるようになる。こうして念願のスターとなった青年だが、彼のあとを狂ったように追い回し始めるファンの行動は次第にエスカレートしてゆき……。

他愛のないコメディであるが、この NEP(新経済政策)の時代に、海外の(とりわけハリウッドの)映画がどのように受容されていたのかがよく分かるという意味で、非常に興味深い。映画史において、20年代のロシア映画は、いわゆる「モンタージュ派」の作品のみによってややもすれば代表されてしまいがちであるが、もちろん、実際には、もっと因習的な、早い話がハリウッド風の映画も数多く作られていた。一方で、ピックフォードやフェアバンクスの映画を始め、チャップリン、キートンなどのハリウッド映画が次々と公開され、人気を博していた。この映画は、そうした状況をわかりやすく皮肉交じりに描いている。ただ、この作品が、ハリウッド映画への大衆の熱狂ぶりを、真剣に憂え、批判しようとして作られた映画であるかというと、それはかなり怪しい。

冒頭に引用した言葉からもわかるように、エイゼンシュテインはメアリー・ピックフォード主演の映画をプチ・ブル的と批判していた。だとすれば、劇映画を全否定していたジガ・ヴェルトフにとっては、彼女の映画はなおさら唾棄すべきものに映っていたに違いない。しかし、この映画にはエイゼンシュテインやヴェルトフらがこうした映画に対して抱いていたネガティヴな意識は微塵も感じられず、それどころか革命などまるでなかったかのように作られている。

噂の域を出ないが、この映画には、初代教育人民委員(文相)であったルナチャルスキーも関わっていたらしい。ルナチャルスキーといえば、「あらゆる芸術のなかで、映画はもっとも重要な芸術である」というレーニンのよく知られた言葉を自著のなかで伝えた人物として有名である。彼はその同じ著書のなかで、レーニンの主張を敷衍する形で、映画は社会主義のイデオロギーをただ主張するだけでなく、大衆にアピールするものでなければならないという考えを述べていた。退屈なアジテーションは、反アジテーションになりかねないというわけである。もしも、ルナチャルスキーが関わっていたというのが真実であるとするなら、この一見何の政治性も感じられないコメディにも、なにがしかの政治的な意図が込められていたと考えることもできるのだろうか。

すったもんだの末に恋人と結ばれた主人公の青年は、最後に、頬に残っていたメアリー・ピックフォードのキスのあとを拭い去り、元の静かな生活へと戻ってゆく。この終わり方に某かのメッセージを受け取るべきなのか(だとしても、それは弱々しすぎるメッセージであると言うしかない)

ちなみに、映画をテーマにしたこの映画には、実は、あのアブラム・ロームも映画監督役でカメオ出演している。

2018年5月18日
マヤコフスキー『女教師とごろつき』、エイゼンシュテイン『グリモフの日記』

イフゲニー・スラヴィンスキー『女教師とごろつき』(Baryshnya i khuligan, 1918) ★½

ロシア未来派の詩人ウラジミール・マヤコフスキーが脚本を書き、出演もしている短編映画。マヤコフスキーはたぶん演出にも関わったと思われる。1895年に出版されたイタリアの作家 Edmondo De Amicis の小説をマヤコフスキーが脚色したもので、物語の舞台も原作のイタリアからロシアに移されている。

若い美人の女新任教師が、年齢もバラバラで(なかには老人もいる)、文字もろくに読めない粗野な男たちばかりのいる教室で教鞭をとることになり、その男子生徒の一人にしつこく迫られるという〈女教師もの〉。 美しい女教師に一目惚れし、真剣に恋をするが、不器用に迫ることしかできないガラの悪い不良青年を、マヤコフスキーは並々ならぬ存在感で演じている。 「あなたが好きです。キスさせてください」と宿題の紙に書いて手渡してきた青年を、女教師は最初は激しく拒絶する。しかし、男はあきらめず、ストーカーのように彼女につきまとう。やがて、青年が他の生徒達と喧嘩になってナイフで刺され、死にかけていると知った女教師は、彼のベッドに駆けつけ、唇にそっとキスをする。死ぬ間際に青年は、神父の持っていた十字架に唇を押し当てるのだった……。

――という、内容的にはどうということのないメロドラマ。しかし、不良青年を演じるマヤコフスキーには、いかにもヤバそうな雰囲気があり、何とも言えないオーラが感じられる。 ジガ・ヴェルトフは、1917年にペトログラードに移住し、そこでマヤコフスキーとも出会っているはずである。この映画は1918年製作であるから、この頃にはすでにふたりは出会っていたのだろうか。

この頃の二人の関係がどうだったのかは不明だが、1920年代の中頃になると、マヤコフスキーは「レフ」誌の編集長として、ヴェルトフとエスフィル・シューブのドキュメンタリー映画を擁護し、ヴェルトフがそうしたように、商業主義的なソヴィエト映画や、NEPの時代に輸入されてくるハリウッドの恋愛映画などを攻撃していたという。マヤコフスキーの映画に対する姿勢は、フィクション映画を激しく攻撃したヴェルトフの姿勢に近いものがあったようだ。 「キノ-フォト」誌((ロシア構成主義の芸術家であり理論家であったアレクセイ・ガンが発行した映画雑誌。))にマヤコフスキーは映画についてのユーモラスな詩を発表しているのだが、そのページにはヴェルトフの写真が掲載されているという。ロトチェンコとの関係ほどには具体的なエピソードは残っていないようだが、ヴェルトフとマヤコフスキーは、実際にどの程度の付き合いがあったかとは無関係に、社会主義下における芸術の役割について、共通する考えを少なからず持っていたことを伺わせるエピソードである。研究者のなかには、マヤコフスキーの「事実の詩」が、ヴェルトフの「映画眼」をもたらしたというものさえいる。それはともかく、ヴェルトフの残した数々のマニフェストを見てもわかるように、彼がこの詩人の影響を強く受けていたことは間違いない。

「マヤコフスキーは映画眼だ。彼は眼に見えないものを見る[…] 映画眼は、世界中の映画が作り出している紋切り型を背にして立つ、マヤコフスキーだ」(ジガ・ヴェルトフ)

セルゲイ・エイゼンシュテイン『グリモフの日記』(Dnevnik Glumova, 1923) ★½

エイゼンシュテインが初めて撮った彼の映画デビュー作。 『雷雨』で知られるロシアの劇作家アレクサンドル・オストロフスキーの戯曲『どんな賢い人間にも抜かりはある』を脚色してプロレトクリト劇場で上演する際に、エイゼンシュテインはこの短編映画を「アトラクションのモンタージュ」として劇中に導入した。

あくまで劇のなかで見せる目的で撮られた作品であるので、この映画だけを見ると、正直、理解に苦しむ部分が多々ある。 ロープで建物をよじ登っていくスラップスティックなアクション。赤んぼうやロバなど、相手の望むとおりの姿に変身するグリモフ(メリエス的な他愛もないトリック撮影が使われている)。原作の戯曲がサーカスを描いたものなので、顔を白塗りにしたサーカスの芸人らしきものたちが次々と現れるのだが、だれが誰かもわからない。カーニバル的な狂騒がただただ脈絡もなく連続してゆくだけだ。ちなみにこの映画には字幕は全く使われていない((映画は3つのパートに分かれていて、それぞれが劇の然るべき瞬間に上映される形になっていたようだ。『グリモフの日記』はそれを一つの作品につなげているので、さらにわかりにくくなっている。しかも、下 DVD に収録されているヴァージョンでは、どうやら最初のパート(エイゼンシュテインが登場する部分)がカットされているものと思われる。))。

たぶん様々なものがパロディ化されていると思うのだが、背景がわからないので何が揶揄されているのかも定かでない。エイゼンシュテイン自身の証言によると、この前年から撮られ始め、当時のロシアの映画館でよく見られていたジガ・ヴェルトフの「キノ・プラウダ」シリーズのパロディにもなっているらしいのだが、少なくとも現存する『グリモフの日記』のプリントを見る限り、両作品に似ているところはほとんど無いように思える。

エイゼンシュテインは原作を変更して、舞台をパリに移し、そこのロシア人サーカス一座という設定にしたらしいのだが、撮影自体はたぶんモスクワで行われたものと思われる。時折ちらっと見える街の実景には、ルイ・フイヤードの『ファントマ』などのロケーション主体で撮られた初期サイレント映画の雰囲気もある。

この短編映画が映画デビュー作であったので、エイゼンシュテインは、映画の様々なテクニックを学ぶためにゴスキノからアドバイザーを送ってもらったのだが、なんとやってきたのは、自分がパロディにしようとしていたジガ・ヴェルトフだったので、この皮肉な成り行きにエイゼンシュテインは苦笑したという。ヴェルトフは数ショットを見ただけで帰っていったというが、彼はそれが自分の「キノ・プラウダ」のパロディであることに気づいたのだろうか。それもよくわからない。

『グリモフの日記』は長らく紛失したと思われていたが、1977年になって、1923年にジガ・ヴェルトフが編集したニュース映画『キノ・プラウダ』16号の中に、「プロレトクリトの春の微笑み」というタイトルで編入されているのが発見されたという。この経緯もよくわからない。この映画のテイストはヴェルトフの作品よりは、例えば、オーソン・ウェルズが秀作時代に撮った『The Hearts of Age』のような作品に近く、ニュース映画のなかに紛れ込ませることができるような映画にはとても思えないからだ((エイゼンシュテインのこの短編を「キノ・プラウダ」シリーズに紛れ込ませることによって、ヴェルトフは、エイゼンシュテインによるパロディ自体を、さらにパロディにしていたのであると、セス・フェルドマンは解釈している。))。

とにもかくにも、エイゼンシュテインとヴェルトフの対立は、そもそものこの出会いからどうやら始まっていたらしいということがわかる、興味深いエピソードである。

上で紹介した2作品は下写真の DVD のなかに収録されている。同 DVD にはドヴジェンコのスラップスティックなサイレントコメディや、プドフキンの抱腹絶倒のコメディ『チェス狂』などを始め、めったに見ることが出来ないロシア・ソヴィエトの映画作品(1912-1933年)が8本入っている。

2018年5月12日
ミハイル・カラトーゾフ『軍靴の中の釘』

5月26日の神戸映画資料館の連続講座:20世紀傑作映画再(発)見 第4回「『カメラを持った男』──機械の眼が見た〈真実〉」がそろそろ近づいてきたので、これから暫くの間はロシア・ソヴィエト映画強化週間になります。

ミハイル・カラトーゾフ『軍靴の中の釘』(Gvozd v sapoge [Lursmani cheqmashi], 31) ★★½

『スヴァネチアの塩』を始めとするドキュメンタリー作品数本を撮った後にカラトーゾフが手掛けた劇映画第2作目。

革命軍の武装列車が皇帝軍の襲撃を受ける。列車とそれに乗った赤軍兵士たちを救うために、一人の兵士が大事なメッセージを携えてひとり列車を離れ、援軍を呼びに向かう。しかし、その途中で彼の履いた軍靴の釘が足に刺さり、苦痛で動けなくなる。その間も列車は攻撃を受け続け、味方は次々と死んでゆく。兵士は軍法会議にかけられ、敗北の責任を追求される。しかし、彼は反論するのだった。工場でもっとちゃんとした軍靴さえ作られていたなら、こんなことにはならなかったのだと……。

エイゼンシュテインたちに少し遅れて、モスクワでクレショフらの提唱する斬新なモンタージュ理論にふれた地方出身の青年監督が、それを急速に吸収してゆき、いささか過剰なまでにモンタージュの技法を披露してみせたとでもいうべき作品で、『スヴァネチアの塩』同様、形式的には目をみはるものがある。

この映画では戦闘がリアルに描かれる一方で、どことなくおとぎ話めいた雰囲気が最初から漂っている。とりわけ、後半の裁判シーンで、若者たちが、「われわれにはこのような父親はいらない」(「父親」とは、今まさに裁かれている兵士のこと)と書かれた垂れ幕を掲げて傍聴席に入ってくるところあたりから、作品のトーンが予想もしない方向に変化していき、ちょっと唖然とさせられる。

カラトーゾフにはおそらくその意図はなかったはずだが、この作品は赤軍を批判的に描いているという理由で上映禁止の憂き目に合った。スターリン時代の検閲の実体を考える上でも、この作品は重要な映画の一つと言える。この前に撮られた『スヴァネチアの塩』もソヴィエトのネガティヴな部分を描いているとの理由で当局から睨まれたわけだが、どちらも表向きの理由であり、実際は、カラトーゾフの映画の形式主義が、スターリン時代の締め付けが強まり始めていた党の映画についての方針と相容れなかったということかもしれない。いずれにせよ、このあと彼が思うように作品を撮れるようになるのは、実に、ここから20数年後のことであった。

トーキー時代に入ってもカラトーゾフの映画から画面の過剰さは消えることがなかった。サイレント時代のめくるめくような素早いモンタージュに代わって異様なほど長いワンショット=ワンシークエンス撮影へと姿を変えてそれは残り続け、ソ連を遠く離れたキューバにおいて撮られた晩年の傑作『怒りのキューバ』に於いてマニエリスムの頂点に達するだろう。

Filmmuseum から出ている DVD(下写真)には、『スヴァネチアの塩』も収録されている。



2018年4月30日
[ジャッロ映画の秘かな愉しみ]『キラー・マスト・キル・アゲイン』『ウォード夫人の奇妙な悪徳』

たまたま(?)ジャッロ映画を続けて見てしまったのでかんたんにメモしておく。

ルイジ・コッツィ『キラー・マスト・キル・アゲイン』 (L'assassino è costretto ad uccidere ancra, 75, 未) ★★

妻を疎ましく思っている男(ジョルジオ)が、寂しい埠頭の電話ボックスで電話をしているときに、偶然、謎の男が殺した女を車に乗せて海に沈める瞬間をみてしまう。しかし彼は、警察に通報する代わりに、犯人にある話を持ちかける。今見たことは黙っていてやるから、自分の妻を殺してほしいというのだ……。

こうして、交換殺人めいた場面から映画は始まるのだが、謎の男がジョルジオの家で彼の妻を殺した直後に(むろん、この時、ジョルジオは別の場所でアリバイを作っている)、女の死体を乗せた彼の車が軽薄なカップルによって盗まれてしまうあたりから話が横滑りしてゆき、ロードムーヴィー風サスペンス映画とでもいったものに変わっていくところがなかなか面白い。 カップルの女のほうが謎の男によって強姦されている場面と、カップルの男のほうがたまたま拾った別の女とカーセックスしている場面とをカットバックしてみせるシークエンスなどに、ジャッロ映画の紋切り型に対する作り手の批評意識のようなものが感じられる(優れたジャンル映画というのは、しばしばそのジャンルに対する批評を含んでいるものだ。この映画ではそれがさほど成功しているように思えないが)。

特典映像のインタビューを見ると、この監督は、ゴダールの『アルファヴィル』の影響丸出しのSF映画を撮っていたりするらしい。ちょっとだけ興味が湧いてきた。他の作品ももう少し見てみたい。

セルジオ・マルティーノ『ウォード夫人の奇妙な悪徳』 (Lo strano vizio della signora Wardh, 71, 未) ★★½

外交官の妻ワルド夫人には3人の男がいた。異常なほどサディスティックな過去の恋人ジャン、結婚したばかりの夫ニール、そして新たにできた愛人ジョルジュである。彼女と3人の男の関係が複雑になってゆく一方で、いま彼女が滞在しているウィーンでは、女性ばかりを狙ったシリアル・キラーによる殺人事件が街を騒がせていた。やがて彼女は、ジャンこそがシリアル・キラーなのではないかと疑いはじめる……。

60年代末に登場したダリオ・アルジェントの作風の影響が強く感じられるジャッロ初期の佳作。この映画は、マルティーノの長編劇映画2作目で、彼がわずか30歳の頃の作品である。それにしては堂々たる演出ぶりで、観客の予想を少しづつ裏切るようにしてサスペンスを持続させてゆく手腕はすでになかなかのものであるし、空間把握にも才気が感じられる。ヒロインにつきまとう謎の人物が指定した庭園に、ヒロインの女友達が代わりにおもむく場面では、シネスコの画面全体をあえて無駄に使い、だだっ広い何もない空間に巧みにサスペンスをみなぎらせることに成功していた。ここはたぶん、『北北西に進路を取れ』で、ケイリー・グラントが辺り一面何もない一本道で飛行機に追いかけられるシーンからヒントを得たのだろう。そういう意味では、たしかに目新しいところは何もない映画かもしれないが、監督2作目で、様々な影響を消化してこれだけの作品を撮れれば十分だろう。 あまり詳しく書けないが、後半の二転三転する展開もミステリー・ファンには嬉しいはずだ(意外性を求めるあまり多少強引なところも見られるが、基本的にはよく出来ている)。

2018年4月11日
Ján Rohác, Vladimír Svitácek『千のクラリネット』

Ján Rohác, Vladimír Svitácek『千のクラリネット』(Kdyby tisíc klarinetu, 65) ★½

何やらどんくさそうな新兵が、野外で訓練中に上官に注意され、罰として遠くに見える一本木まで突撃を命じられる(彼はいつもこういう罰を命じられてばかりいるらしい)。しかし、新兵が一瞬目を離した隙きに、その木は根本から切り倒され、見えなくなってしまう。戸惑う新兵は、その瞬間に意を決し、銃もリュックも投げ捨て、脱走する。彼はすぐに追い詰められ、自分に銃を向ける仲間の兵士たちに取り囲まれてしまう。しかし、そのとき不思議な事が起きる。上官が「撃て」と命じた瞬間、兵士たちが構えていた銃がクラリネットに変わってしまうのである。この時を境にして、兵舎の至る所で、武器という武器がヴァイオリンやトランペットなどの楽器に姿を変え始める。兵舎は、手に手に楽器を持った兵士たちが歌い踊り、事件に気づいたテレビの女レポーターらを巻き込んでの御祭騒ぎになる。

奇想天外なチェコ製ミュージカル。アイデアだけのちょっと脳天気な作品という気もするが、事態にうろたえた軍の上層部が調査を始め、武器が楽器に変わる地理的境界線を見定めて杭を打っていく場面は『光る眼』を思い出させるし、境界線上で武器を動かすと、線を境に楽器に変わってゆくショットなどは、CGも使っていないのによく撮れていて感心する。 映画の大半は兵士たちが陽気に歌い踊っているだけなのだが、最後に、冒頭で脱走した新兵が再登場すると空気が一変。またしてもまわりを取り囲まれると、今度は逆に、彼が手にしていたクラリネトが機関銃に変わり、彼はそれを盲滅法に発砲し始める。続くラストショット。さっきまで兵士たちが楽器を持って座っていた楽譜台に、いまは人影はなく、ただ銃が置いてあるだけ。途中の展開が脳天気だっただけに、このペシミスティックなラストに意表を突かれる。

2018年4月3日
マルコ・フェッレーリ『白人女にさわるな! 』ーーカスター将軍と映画についての覚書

マルコ・フェッレーリ『白人女にさわるな!』(Touche pas à la femme blanche ! , 1974) ★★½

ジョージ・アームストロング・カスターは、イエス・キリストやヒトラーほどではないにしろ、映画史上もっとも神話的な人物の一人と言っていいだろう。サイレント時代のフランシス・フォードの『The Last Stand』から、ウォルシュの『壮烈第七騎兵隊』をへて、ロバート・シオドマクが最晩年に撮った彼の唯一の西部劇『カスター将軍』(もともとは黒澤明が監督するはずだった)、そしてアーサー・ペンの脱神話的西部劇『小さな巨人』に至るまで、数々の西部劇がこの複雑なイメージに彩られた人物を好んで描いてきた。そこに、ロナルド・レーガンがカスターを演じた『カンサス騎兵隊』やそれよりもずっと出番の少ないデミルの『平原児』のような作品、あるいはカスターという名前の人物こそ登場しないが、明らかに彼と第七騎兵隊を題材にしたと思われるジョン・フォードの『アパッチ砦』、さらには最近の『ナイト・ミュージアム2』のような作品まで加えるならば、カスターが登場する映画は、これまで数限りなく撮られてきたと言ってもいい。だが、そんな数あるカスターもののなかでも、マルコ・フェッレーリがフランスで制作した『白人女にさわるな!』ほど奇妙な作品はないだろう。『最後の晩餐』がスキャンダルを巻き起こし、それで懲りたはずなのにまたこんな珍作を撮ってしまうところが、フェッレーリのフェッレーリたるゆえんかもしれない。

『白人女にさわるな!』に描かれるのは、多くのカスターものと同じく、リトル・ビッグ・ホーンにおけるカスター率いる第七騎兵隊とインディアンとの戦いである。しかし、フェッレーリはふつうの意味におけるリアリズムにはまったく関心を払っていない。19世紀のアメリカで起きたこの神話的出来事が、この映画においては、同時代の(つまりは70年代初頭の)パリで、全員フランス語を話す俳優たちによって演じられるのである。カスターは、初めて画面に登場する時、汽車ではなくモダンな電車に乗ってパリの北駅に降り立つ(なぜ彼が北からやって来るのかも謎だ)。駅のホームには、北軍の軍服をまとった俳優たちに混じって、カートを押して歩く今風のフランス人女性などの乗客の姿が見え、当時の北駅の風景がふつうに画面に写っている、といったぐあいである。(ちなみに、リトル・ビッグ・ホーンでカスターらの第七騎兵隊が全滅する戦いが起きたのは、この映画が撮られた1974年のほぼ100年前の、1876年のことだった。) しかも、よりによってマルチェロ・マストロヤンニに、ジョージ・アームストロング・カスターをこの上なく愚鈍で滑稽に演じさせ、さらには、見栄っ張りのバファロー・ビル役にミシェル・ピコリを、カスター中佐の上官であるアルフレッド・テリー将軍((ちなみに、「将軍」というのは、正確には、階級ではない。将官クラスのものならばみな「将軍」と呼ばれることがあるのでややこしい。カスターもしばしば「カスター将軍」と呼ばれる。))役にフィリップ・ノワレを、カスターを惑わす『オセロ』のイアーゴめいたインディアン斥候役にウーゴ・トニャッティを起用するという(つまりは『最後の晩餐』の4人組)キャスティングがふざけている。アラン・キュニーがシッティング・ブルを、セルジュ・レジアニがクレイジー・ホース(?)をという、インディアンの配役もでたらめであるが、見ているうちに全員しっくりしてくるのが不思議だ。(しかし、そもそも、 イタリアはマカロニ・ウェスタンの国であったことを忘れてはならない。)

天井桟敷による実験的な市街劇を多少思い出させもする作品だが、俳優たちは自分たちが現代のパリにいることは決して口にせず、あくまで19世紀のアメリカに生きているふりをしている。彼らが同時代に言及するのは、2年前(72年)に起きたウォーターゲート事件とニクソンの名を口にする時だけであるといっていいかもしれない。テリー将軍らの出入りする部屋の壁や机の上などあちこちに飾られた肖像写真によってもニクソンの存在は強調されている。これだけでも、この映画が政治的な含みを持たされていることは明らかだろう。実際、アメリカ映画の(ということはアメリカの)象徴であると言っても過言ではない((「アメリカ映画」という言葉は同語反復であるとセルジュ・ダネーは言っていた。なぜならアメリカ=映画であるから))西部劇は、ニューシネマの時代には反西部劇というかたちで、ある種政治的な意味合いを持たされることになるし、ゴダールの『東風』(実は、フェッレーリはこのゴダール作品にチョイ役で出演している)やリュック・ムレの『ビリー・ザ・キッドの冒険』などといった作品においても、西部劇のわかりやすい表象は、資本主義や政治体制を批判するために《政治的に》活用されていた。もっとも、フェッレーリのこの映画が非常に政治的な作品であるのは確かであるとしても、そのターゲットはアメリカでもニクソンでもない(少なくとも、それだけではない)。

『白人女にさわるな!』の中心をなし、クライマックスのリトル・ビッグ・ホーンの戦いの場所となるのは、かつて「パリの胃袋」と呼ばれたレ・アルのパヴィリオン・バルタールがあったその跡地である((わたしは実物を見たことがないのだが、パヴィリオン・バルタールの骨組みの一部が日本に寄贈されて、いま横浜にあるらしい。これほどの歴史的建造物が、写真で見ると、何だかもったいない展示のされ方をしている気がするのだが。))。そして、この映画の政治性は、ニクソンの肖像写真ではなく、パリにぽっかり空いたこの《穴》にこそ表れている。

デュヴィヴィエの『殺意の瞬間』の舞台ともなった巨大な中央市場レ・アル(前にも書いたが、築地のようなところだと思っておけば良い)は、70年代の初頭に移転され、その跡地には巨大なショッピング・センターが建設されることになっていた。この映画が撮られたのは、ちょうどその解体作業が終わり、しかしいまだ新たな建物の建設は始まっていない時で、そこには何もない巨大な《穴》がぽっかり空いていたのだった。当然、そこにいた庶民たち、あるいはそこを生活拠点にしていた浮浪者やヒッピーたちは、この移転によって立ち退きを余儀なくされる。フェッレーリは、この映画のなかで彼らのような存在を、自分の居場所から追い出されたインディアンたちの姿と重ね合わせて描いているように見える。

フェッレーリがアメリカの西部の物語と現実のパリとを重ね合わせている部分はそこだけではない。映画のなかで、鉄道建設の話題が何度か出てくる。このジャンルに詳しいものならば、西部劇において鉄道が持っている意味を知っているだろう。簡単に言うならば、西部劇における鉄道(あるいは鉄道建設)は、一方において、進歩の象徴であり(例えば『アイアン・ホース』)、他方において、貧しいものたちを搾取するものたちの象徴でもあった(例えば『無法の王者ジェシー・ジェームズ』などのジェシー・ジェームズもの)。ところで、フェッレーリがこの映画を撮っていた時、パリでは実際に、パリ市内と郊外を結ぶ鉄道網 RER(イル=ド=フランス地域圏急行鉄道網)の本格的な開業が進められていたのだった(いま、飛行機でパリに到着する旅行者の多くは、この RER に乗ってパリに入っていくはずである)。フェッレーリは、当時進んでいたこの RER の建設を、西部劇の鉄道神話と重ね合わせているのである(それが成功しているかどうかは微妙だが)。 おそらく、こうした並行関係は、当時のフランスを知るものが見れば、さらに見えてくるのだろう。例えば、カスターを始めとする騎兵隊の隊員たちが着ている制服が、デモなどの鎮圧にあたる CRS(フランス共和国保安機動隊)のユニフォームとそっくりだと言うものもいる。フェッレーリがそういうことを意識していたのかどうか定かではないが、この映画が作られたのは5月革命の熱気がまだ消え去っていない時代であったことを考えると、こういう見方が出てくるのも、ある意味当然かもしれない。

多くの西部劇がそうであるように、この映画の主要な登場人物たちも男たちが占めている。例外は、カスターの心を奪うフランス人女性、マリー=エレーヌ・ド・ボワモンフレ夫人であり、この女性を終始白いドレスをまとったカトリーヌ・ドヌーヴが演じている((ハリウッドの西部劇のなかにフランス人や時にはスウェーデン人などの外国人が登場することは珍しくないが、この映画では、そもそもパリでロケされ、全員フランス語を話す役者たちがアメリカ人を演じているというなかでの、フランス人という設定であるから、ここにも一種のパロディ精神が感じられる。))。この映画のタイトル「白人女にさわるな!」の「白人女」とは、実は、ドヌーヴ演じるド・ボワモンフレ夫人のことを直接には指している。カスターのインディアン斥候(トニャッティ)が夫人にさわろうとすると、カスターがこのセリフを言って制する場面が何度か出てくるのである。ハリウッドで映画化されたカスター映画においても、カスターは、多くの場合、多少とも人種差別主義者として描かれてきたが、フェッレーリはこの映画において、人種差別主義者カスターのイメージを極端に推し進めていると言っていいだろう(そもそも、それをタイトルにしているのだから)

ところで、西部劇というジャンルは、時として、フェミニズムなどの立場からその男性中心主義を批判されることが少なくない。その意味においても、フェッレーリはこの作品において一石を投じている。象徴的な場面を一つ挙げるとするならば、プラトニックな関係を貫いてきたカスターとド・ボワモンフレ夫人がついに結ばれる場面であろう。普通ならば男が女を抱えてベッドに向かうところを、フェッレーリは、ドヌーヴにマストロヤンニをお姫様抱っこさせて、ベッドまで運ばせるのである。男女の関係を端的に逆転させたこのシーンに、西部劇のセクシャリティに対するフェッレーリの批判的な態度を見て取ることができる。

成功作か失敗作か訊かれたなら、たぶん失敗作に近いのではないかと思うのだが、それでもフェッレーリのフィルモグラフィーにおいて極めて興味深い作品であることは間違いない。とりわけ、西部劇に関心のあるものなら、必見の作品であると言っておく。

と、真面目に注釈を書いてきたが、フェッレーリがこの映画を作ったのは、たんなる復讐のためだったという説もある。『最後の晩餐』は大きなスキャンダルとなったのだが、その一方で、その醜聞が宣伝となって興行的には大成功したのだった。ところが、何かと問題の多いプロデューサーのジャン=ピエール・ラッサムは、フェッレーリに入るはずだった利益の大部分を彼に渡さず、次の作品の製作費に使ってしまった。フェッレーリはそれに激怒し、復讐を誓う。彼がこの映画を、ラッサム製作で、しかも『最後の晩餐』の俳優たちを使って撮ったのは、『最後の晩餐』の成功に気を良くしたラッサムに、同じレシピで作られたこの次作に巨大な製作費を投じさせた挙句、最終的には興行的に失敗させるためだったというわけだ。事実、『白人女にさわるな!』は興行的には惨憺たる結果に終わったわけだが、「わたしにとっては、成功だった」とフェッレーリは嬉々として語っていたという。

2018年4月3日
ジョン・ブラーム『ファティマの聖母の奇跡』

ジョン・ブラーム『ファティマの聖母の奇跡』 (The Miracle of Our Lady of Fatima, 52) ★½

『劇場版 SPEC』の「結」だったか「天」だったか、いろいろあってよくわからないので忘れたが、とにかくシリーズの一つのなかでも言及されている、有名なファティマの奇跡を映画化した作品。カトリック信仰を素朴に扱ったこういう作品はどうも苦手で、これもその意味では、わたしのような無信仰な人間にはなかなか見るのが辛い作品ではあったが、興味深いところもある。この映画が、基本的に、ファティマの奇跡の(伝えられるかぎりにおける)事実に基づいて作られているということがまずその一つだ。このウィキペディアの記述を読むと、映画の中で3人の子どもたちが聖母と交わす会話なども、かなり忠実に再現されていることがわかる(しかし、地獄についての予言や、あの有名な第3の予言については、まったく触れていなかったはずである)。

映画は、1910年10月5日の革命によって、ポルトガルの立憲王政が打倒され、バルコニーからホセ・レルヴァス(?)が群衆に向かって共和国の樹立を宣言する瞬間から始まる。このような始まり方に一瞬戸惑うが、すぐさまナレーションの声が、シニカルな、覚めた口調で、これと似たようなことがヨーロッパで何度も起きた。こういう宣言はもう聞き飽きたとコメントする。次いで、ナレーションは、この新政権によって教会とカトリック信仰の弾圧が始まったことを告げる。宣言のなかでも、ナレーションのなかでも「社会主義」という言葉が何度か使われ、この言葉に宗教弾圧のイメージが重ねられてゆく。このあたりまで見ただけで、この映画の流れはだいたい予想がつく。実際、映画は予想通りに、ファティマの奇跡を「史実に忠実に」描く一方で、政府による宗教の弾圧を前面に押し出しながら、物語を語り始める。ここには反共プロパガンダの匂いさえすると言っていい。そう考えると、聖母の予言のなかのロシアに関わる部分(これは、実際にそういう予言があったという記録が残っている)がこの映画のなかではやたらに強調されているような気がしないでもない。 最後の聖母出現シーンで、雨傘をさした群衆によって丘が一面埋め尽くされる場面は、マグリットの絵を思わせるようなシュールさがあって、ちょっと面白かった。 信仰の厚い人向け。

そういえば、ポーリン・ケイルは、スピルバーグの『未知との遭遇』について書いた批評の最後で、この映画を引用していた。みんなが空を見上げる映画。

2018年2月16日
イングマール・ベルイマン『牢獄』

イングマール・ベルイマン『牢獄』(Fängelse, 49) ★★½

ベルイマンが初めてオリジナル脚本を映画化したという意味では、彼の最初のパーソナルな作品。

映画の撮影が行われているスタジオの光景から映画ははじまる(これは、ベルイマンが映画のなかで映画をテーマにした最初の作品である)。映画監督マルティンを訪ねて、かつての恩師ポールがスタジオにやってくる。ポールは、「この地上は地獄である」という映画のアイデアを持ってきたのだったが、マルティンはそれを一笑に付す。 ここからマルティンを主人公とした物語が始まるのかと思いきや、そうはならない。マルティンの友人であるトーマスとソフィのカップルが登場し、脚本家であるトーマスが、最近知り合って取材したある娼婦、ブリジッタの物語を話し始めると、語りの中心は、映画内映画のかたちで物語られてゆく、娼婦ブリジッタとそのヒモであるピーターの話へと移行してゆく。その映画内映画の導入部分には、ナレーションのかたちでスタッフが紹介され、監督はイングマール・ベルイマンであると語られる。ただし、この映画内映画は、トーマスが取材した本当の話であるらしく、トーマスやソフィも登場してくる。だから、どこからが映画内映画なのかは、正直、判然としない。 その映画内映画で、ブリジッタは、妊娠した子供をピーターによって半ば強制的に堕胎させらる。その罪の意識を背負いながら、彼女は一旦はピーターの元を離れて、やはりソフィと別れたトーマスと、ほんの短い間だけ幸福な時間を過ごすのだが、結局、ピーターのもとに戻って、最後は自殺する。

映画の構成はお世辞にもわかりやすいとはいえず、よほど注意してみていないと話の筋を見失うに違いない。この映画を制作する際、ベルイマンは無理解なプロデューサーのせいで、予算も撮影スケジュールも削られ、非常に制約された条件のなかで映画を撮らざるを得なかったと言うが、それがこの映画のわかりにくさの原因になっているとは一概にはいえまい。とにもかくにも、この制約が、結果的に、この作品をこの時期のベルイマン作品のなかでもひときわ実験的な映画にしたとは言えるかもしれない。

ブリジッタが見る悪夢(堕胎した自分の赤ん坊が、バスタブのなかで魚に姿を変え、絞め殺される)や、逆光によって撮影されたコントラストの強いモノクロ画面など、ベルイマンの世界はすでにほとんど出来上がっている。 一方で、この地上こそが地獄であるというテーマは、いささか不器用に、性急に提示されていて、あまり説得力はない。 《映画》のテーマはそれほど深く追求されているわけではないが、トーマスとブリジッタが屋根裏部屋で、手回し式の映写機を使ってサイレントのスラップスティック喜劇を見る場面は忘れがたい。この映画はおそらくはベルイマンが少年時代に見たサイレント映画のパスティッシュであり、その意味でベルイマンと映画自体の幼年期の幸福が、この恋人たちの短い幸福な時間と重なり合う、そんな場面である。この場面は、ゴダールが『映画史』のなかで何度も繰り返し挿入するショットとしても名高い(ここで出てくるサイレント映画はたしか『ペルソナ』の中でも使われているはずであるが、要確認)。

ちなみに、映画監督マルティンを演じるハッセ・エクマンは、スエーデン時代のバーグマンの主演作『間奏曲』で知られる男優ヨースタ・エクマンの息子であり、当時は監督としてベルイマンとは比べ物にならないほど有名だった。

 

2018年2月13日
『アンジェラ・マオの女活殺拳』

『アンジェラ・マオの女活殺拳』(Hapkido, 72) ★★½

アンジェラ・マオインが活躍する女ヒーロー物。ブルース・リーと共に武侠映画(カンフー映画、とは微妙に違うが、ややこしいのでとりあえず同じものとして扱う)がアメリカに初めて知られはじめた頃に作られた、ゴールデン・ハーヴェスト初期の作品。 原題の "Hap Ki Do" は、漢字では「合気道」となるが、日本でよく知られているあの合気道とは別物である。ハプキドーは、日本で大東流合気柔術を学んだ韓国人・崔龍述(チェ・ヨンス)が、韓国に帰って道場を開いて広めたのが始まりと言われる。日本の合気道もルーツは同じだが、見ての通り、まったく別物に発展しているので、それだけに漢字で書くと同じ名前なのが事態をよけいにややこしくしている。

この映画も、始まりは韓国を舞台にしている。日本による統治下にある韓国でハプキドーを学んだ3人の中国人が、日本人といざこざを起こして韓国にいられなくなり、中国に帰ってハプキドーの道場を開くところから、物語が展開していく。やはり日本人の支配下にある中国でも、3人の中国人たちは日本人の嫌がらせを受け、耐えに耐えるが最後どうにも我慢ならなくなって、敵と相対するというお話。

冒頭に出てくるハプキドーの師匠の教えが、とにかく「忍」の一言で、壁中に「忍」という字が書かれていたりする。「でも、どうしても我慢できなくなったときはどうすれば?」と問う弟子に、師匠は、どうしても我慢できなくなったらこの秘伝の書を開けるが良いと、一通の封筒を手渡す。日本人の嫌がらせに耐えに耐えた弟子たちが、ついに我慢の限界に着て、そうだあの秘伝の書がったと思い出して封筒を開けてみると、中に入っていた一枚の紙切れにはただ一言、「忍」とだけ書いてあった、という場面が苦笑を誘う。

こんな風に、耐えて耐えて最後に爆発するという王道パターンの物語のはずなのだが、アンジェラ・マオと兄弟弟子のサモ・ハン・キンポーが、何かとすぐにキレてしまうキャラクターを演じていて、途中で何度か爆発するので、クライマックスのシーンにいまいちカタルシスが感じられなかったりする(サモ・ハンはこの映画以外でもアンジェラ・マオと何度か共演しており、役者としてだけでなく、アクションの指導でも大きく力を貸したと言われる)。 とりわけ際立ったところのない作品であるが、それだけにアンジェラ・マオのアクション女優としてのポテンシャルを感じさせてくれる楽しい映画だ。

アンジェラ・マオは、海外では、なぜか、主役でも何でもないブルース・リーの『燃えよドラゴン』での演技が一番有名だったりする(日本でもそのような評価に若干近い)。アンジェラ・マオのファンは少なくないが、彼女のスターとしての評価はまだまだ低いと言うべきなのかもしれない。 『女活劇拳』はマオの映画のなかでも人気が高いし、日本版 DVD では、マオイスト(むろん、毛沢東とかけてある)を自称する宇田川幸洋がコメンタリーをやっていて、マオについて嬉々として喋っっているので、アンジェラ・マオ入門としては絶好の作品ではないだろうか(Amazon のレビューの数の多さを見れば、この映画の人気の高さがわかるだろう)。

ちなみに、この作品にはジャッキー・チェンもチョイ役で2度ほど登場する(ホントのチョイ役なのでよく見ていないと絶対に見逃す)。それから、これはたぶん宇田川幸洋も言及し忘れていたと思うのだが、アンジェラ、サモ・ハンと並ぶもう一人の弟子を演じているカーター・ワンは、数々のカンフー映画以外にも、例えば、ジョン・カーペンターの『ゴースト・ハンターズ』で嵐三人組の一人を演じていることでも知られる。

2018年1月29日
マルコ・フェッレーリ『人間の種子』

前回に続き、マルコ・フェッレーリ作品についての覚書。

 

マルコ・フェッレーリ『人間の種子』(Il seme dell'uomo, 69) ★★½

「人間の種子」。まさしくダーウィン的なタイトルだ。ただし、ここに描かれるのは「種の起源」ではなく、「種の終焉」である。

時代は明示されていないが、おそらくは近い未来。ヨーロッパ全土に伝染病が蔓延し、人類は滅亡に向かっているらしい。チコ(Marzio Margine)とドラ(アンヌ・ヴィザゼムスキー)の若いカップルは、政府の人間らしきものたちによって隔離地区に一時的に閉じ込められ、ワクチンのようなものを実験的に注射される(それによって発病がわずかの時間だけ抑えられるらしい)。ふたりは海辺の一軒家に移り住み、ロビンソン・クルーソーのような生活を始める。彼らはそこで子供を作り、人類の種子を残すことを求められているのである。しかし、ドラは「わたしたちには子供を産む権利はない」といって、子供を作ることを頑なに拒みつづけるのだった……。

あらすじをざっと説明するとこんな感じになると思うが、物語から想像されるようなパニック映画的な要素は一切ない。SFというよりは寓話のような作品である。もっとも、この寓話に何らかの教訓があるのかどうかは、定かではない。フェッレーリは明確なメッセージを伝えるために、きちっと物語を構築して映画を撮るというたぐいの作家とは違う。「わたしたちには子供を産む権利はない」というドラの言葉は、この映画の中心テーマ(そんなものがあるとして)に関わってくるような重要なセリフだと思うのだが、この部分にさえフェッレーリは一切説明を加えようとしていないように見える(子供を産むか産まないかという問題は、『猿女』のラストでも描かれていた)。

チコは無理やりドラを妊娠させるのだが、そのことが原因で口論している最中に、ふたりは浜辺で爆死する。この唐突な結末も、ロングショットのなかで描かれているだけなので、実際のところ何が起きたのかよくわからない。ふたりは地雷を踏んで事故死したのか、あるいはドラが故意に爆発させて自死を選んだのか。とにもかくにも、ここに漂っている終末的な雰囲気は、他のフェッレーリ作品にもいつ頃からか濃厚に漂いはじめるものだ。

68年5月の「革命」の動きともときおり関連付けて語られることもあるフェッレーリだが、この作品が発表された頃に「カイエ・デュ・シネマ」に掲載されたインタビューを読むと、彼がそのなかで、「映画は何の役にも立たない」という言葉を何十回となく繰り返していることに驚く。真の意味での自由を奪われた社会を、本気で変革したいと思うがゆえのネガティヴな発言なのか、この言葉にはフェッレーリの諦めというよりは、苛立ちというか、怒りが隠されているように思える。この映画のラストも、システムに強要されて子孫を残すくらいなら、いっそすべてを破壊して終わらせてしまったほうがいいということなのかもしれない。

まともな映画などほとんど撮ったことのないフェッレーリだが、この映画にもさまざまな彼の奇想が描かれている。ふたりが住む海辺の家に入り込んできて、そのまま居座ってしまう謎の女(『猿女』のアニー・ジラルドが普通の女性を演じている)は、チコをめぐってドラと争って殺され、挙句の果てに、人肉として皿の上に載せられて食卓に供せられる(チコは、そんなこととはつゆ知らずその肉をうまそうに貪り食う)。人間、とりわけ男が、退行していき、どんどんと本能的な状態に近づいていった時に、食欲が大きな問題となってくる。フェレ―リはこのテーマを、『最後の晩餐』(73) で大きく取り上げることになるだろう。 浜辺に打ち上げられるクジラの死骸はフェリーニの『甘い生活』を思い出させもするが、フェッレーリの『バイバイ・モンキー』にもつながってゆくイメージだ。

 

2018年1月23日
マルコ・フェッレーリ『猿女』

マルコ・フェッレーリ((「フェッレーリ」と「フェレーリ」、どちらが正解なのか。前者だと思うが、allcinema では「マルコ・フェレーリ」となっている。))は見逃している作品がまだまだ多くて、全体像をつかみかねている。もう少し作品を見てからまた改めて書きたいと思うが、とりあえず、最近見た数作品について順に覚書を書いてゆく。

 

マルコ・フェッレーリ『猿女』 (La donnna scimmia, 64) ★★½

したたかにずる賢く生きている興行師の男(ウーゴ・トニャッツィ((イタリアを代表する男優の一人。1950年から1991年の間に150本近い作品に出演し、代表作を選ぶのが難しいほどである。フェッレーリ作品だけでも、『最後の晩餐』ほか複数の出演作がある。この間紹介した『私は彼女をよく知っていた』でも重要な役で出ている。)))は、偶然見つけた全身毛むくじゃらの女(アニー・ジラルド)を、アフリカで発見した珍種の猿女と銘打って見世物小屋をはじめる。外見を恥じて長いあいだ世間を避けてきた女は、自分を商売道具としか見ていない男にだんだん心を許してゆき、やがて彼に結婚を迫るようになる。男は、愛というよりも、商売道具の女を自分のものにしておいたほうがなにかと便利だというくらいの気持ちから、女と結婚する。猿女の見世物は評判を呼び、ふたりはついにはパリで公演を行うまでになる。この頃には、女は、裸同然で客に向かって尻を振るまでになっていた。そんな時、女が妊娠していることがわかる。医者によると、出産は彼女自身とお腹のなかの胎児の命に関わるらしい。それでも女はなんとしても子供を生みたいという……。

テーマ的には、『フリークス』や『エレファント・マン』とも重なってくる興味深い作品だ。 この前年に撮られた『女王蜂』には、レイプされかかった女が、こんな目に合わないようにわたしの体を毛むくじゃらにしてくださいと神に祈る場面がある。だから、『猿女』が撮られたのはある意味そこからの当然の帰結だった。一見、デタラメに作られているようでいて、フェッレーリの作品はすべてあるロジックでつながっているのかもしれない。と考えると、結局、一本一本見ていくしかないのだろうか。とりあえず、今わかっているのは、フェッレーリが『バイバイ・モンキー/コーネリアスの夢』(77) で再び霊長類を描くということだけだ(ちなみに、「ゴリラ」という言葉は、語源的に、「毛深い女」を意味するという説がある)。

この映画は、トニャッツィが、アフリカかどこかの珍しい部族の写真をスライドで見せているシーンから始まっている。見たこともない姿をした人間たちを見て大笑いする白人たち……。この人類学的視点はフェッレーリの映画作品で繰り返し描かれていくことになるだろう。「映画史上ただ一人のダーウィン主義者」と、だれかが彼のことを評していたが、この言葉はフェッレーリの作品を多く見れば見るほど真実に思えてくる。

映画のラスト、出産に失敗した女は病院のベッドの上で死に、胎児も死んだ状態で生まれてくる。その時だけはたぶん本気の涙を流していた男が、しばらくすると、博物館に展示されることになっていた女のミイラ化された死体を、所有権を主張して奪い返し、それを出し物にした見世物小屋を性懲りもなくはじめるところで映画は終わっている。見ようによっては、フェリーニ『道』の意地の悪いパロディとみなすこともできる作品だ。 (ところで、この最後の部分で、妊娠した女が顔をさすると毛が抜け落ちるというシーンがある。どうやらこれは医学的にも正しいらしい。しかし、彼女が死んだあとで、トニャッツィが顔に髭を生やして登場するのは、フェッレーリの創作だろうか?)

一見ありそうもない話だが、実はこの映画は、かつて実在した多毛症の女性ジュリア・パストラーナの生涯に基づいたものなのである。女が病院で命を落とすというのも実際の顛末通りらしい。ただし、映画のこの結末はあまりにも救いがないということから、海外版などではもう一つのエンディングに差し替えられた。

 

2018年1月20日
オルドリッチ・リプスキー『アデラ/ニック・カーター、プラハの対決』

オルドリッチ・リプスキー『アデラ/ニック・カーター、プラハの対決』(Adéla jeste nevecerela, 78) ★★

『カルパテ城の秘密』で知られるチェコの映画監督オルドリッチ・リプスキーが撮ったコミカルな探偵活劇、というかそのパロディ。

ニューヨークのビルの高層階にある探偵ニック・カーターの事務所の窓や正面のドアから、悪人たちが彼を殺そうと次々と襲ってくるのだが、ニックはのんびりと新聞を読みながら机の足元のレバーを操作して、振り向きさえせずに相手を撃退する。そんないかにも漫画チックなシーンで映画ははじまる。最初の刺客が使う凶器は、マンガでしか見たことのないような、球形をしていて短い導火線がついている爆弾だ。実際、彼はマンガにもなっているくらい有名な探偵という設定なのである(映画のなかに、かれが主人公の漫画が何度も登場する)。

ニューヨークといっても、出てくるのは実際のニューヨークではなく、書割に書かれた風景が窓からぼんやりと見えるだけのセットにすぎない。もっとも、ニューヨークが出てくるのは冒頭の部分だけであり、この直後、ニックは謎の失踪事件についての調査を依頼されてプラハに飛び、舞台はすぐさまチェコへと移り変わる。現地に到着して初めて、彼は失踪したのが人間ではなく、犬であることを知るのだが、そんなことにはめげずに調査をすすめるうちに、この事件には、肉食の不気味な植物が関わっていることを突き止める。プラハでコンビを組むことになった、ちょっとマヌケな太っちょの警部(だがいざという時には頼りになる、ワトソン的存在)と共に謎の植物の行方を追ううちに、ニックは事件の背後に、かつて自分が追い詰め、すでに死亡しているはずの悪名高い犯罪者の存在を感じはじめる……。

こんなふうに、物語自体もデタラメ極まるものだ。ロジャー・コーマンの『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』とシャーロック・ホームズをかけ合わせたような作品とでも言えばいいか。ニックが葉巻型の小型爆弾といった小道具を使うところや、あるいは、敵の手下たちが毎回変装してニックたちの前に現れるところなどは、『007 死ぬのは奴らだ』のようなたぐいのスパイ映画を思い出させもする。しかし、最後に変な装置を装着して空まで飛ぶニックは、ホームズでも007でもなく、ガジェット警部に近いかもしれない。

食人植物を描く際に使われるクレイアニメなど、見所はたくさんあり、あの手この手で楽しませてくれる映画ではある。正直、これがアメリカ映画だったならば、こんな映画もあるよね、で話は終わっているところだと思うが、チェコでこういう映画が撮られていたことはなかなかに興味深い。ドイツ映画における西部劇の存在など、東ヨーロッパ映画、というか東ヨーロッパ文化においてアメリカの大衆文化がどのように受容されてきたかというのは、まだまだ研究の余地のある部分だろう。もっとも、この映画には、クレショフの『ボルシェヴィキ国におけるウエスト氏の冒険』には申し訳程度には存在していた、資本主義国アメリカに対する批判的眼差しは微塵も感じられない。

"Dinner for Adele" という謎めいた英語タイトルについてはあえて説明しないでおこう(まあ、だいたい想像はつくと思うが)。

2018年1月11日
カトリーヌ・ドヌーヴら100人の女性が過剰なセクハラ告発を批判

「ル・モンド」に掲載されたカトリーヌ・ドヌーヴの(ものとされる)発言が話題になっている。#metoo をきっかけに過剰になってゆくセクハラ告発に対して、女性の立場から異を唱えたものである。これに対しては、彼女の姿勢を称賛するものや、逆に、批判するものなど、日本でも様々な反応がすでに出ている。しかし、元の記事を読めばわかるように、ツイッターなどでドヌーヴの発言として言及され、リツイートされている言葉は、実は、どれも彼女自身が言ったものではないし、このテクストも彼女が書いたものではない(彼女の発言だという事実がどこかにあるのなら教えて欲しい)。 問題のテクストは、Sarah Chiche (作家・臨床心理学・精神分析), Catherine Millet (美術批評家・作家), Catherine Robbe-Grillet (女優・作家), Peggy Sastre (作家・ジャーナリスト・翻訳家), Abnousse Shalmani (作家・ジャーナリスト) によって書かれ、そこに100人の女性が連名で署名している。ドヌーヴはその中のひとりにすぎないのだが、そのなかでは彼女が圧倒的に有名であるためか、なぜか全て彼女の言葉ということにされて情報が拡散してしまったようだ。これは、最初に紹介した日本語の記事がずさんで曖昧だったためだろう。ドヌーヴも署名しているのだから、当然彼女はテクストの内容に概ね賛同していると考えていいと思うが、彼女が発言したわけでもない言葉を、彼女の言葉としてとりあげて、彼女を称賛したり批判したりするのは、また別問題である。

ついでなので、問題のテクストをざっと訳しておく。 http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html#meter_toaster

 

レイプは重罪です。けれども、しつこかったり不器用だったりするナンパは犯罪ではないし、女性を口説くこと(galanterie)はマッチョな攻撃ではありません。 ワインスタイン事件によって、女性に対する性的暴力が、とりわけ、 権力を悪用する男性がいたりする職場環境における、女性への性的暴力が、正当に意識されるようになりました。こうした問題が意識されるようになったこと自体は、必要なことでした。しかし、自由に発言できるようになった女性たちの矛先が、いまや逆方向に向かいはじめました。わたしたち女性は、しかるべく話し、女性たちの気分を害することは言わないように命じられ、この厳命に従わない女性は、裏切り者であり、男たちの共犯者とみなされてしまうのです。

ところで、いわゆる共通の利益の名のもとに、女性を保護し、解放するという口実を持ち出して、彼女たちを永遠の犠牲者の状態に、かつての魔女狩りの時代のような、男尊女卑の悪魔たちによって支配されたか弱い者の状態に、鎖でつなぎとめること、これこそがピューリタニズムの特性なのです。


密告と告発

実際、#metoo の運動は、出版物やソーシャル・ネットワークにおいて、個人を密告したり、公に告発するキャンペーンを引き起こしました。告発された個人は、答えたり自己弁護したりするのを許されることなく、性的犯罪者とまったく同列にあつかわれました。この手っ取り早い正義の裁きは、すでにその犠牲者を生み出しています。男たちは、仕事において処罰されたり、辞職を余儀なくされたりしていますが、彼らが犯した唯一の過ちというのは、仕事上の会食の席で女性の膝をさわったり、無理やりキスをしたり、親密な言葉を囁いたりしたことや、性的な意味にも取れるメッセージを、自分に気のない女性に送ったりしたことだけなのです。

《豚ども》を屠殺場送りにしようとするこの熱病は((フランスでは、#metoo に代わるものとして #balance ton porc (お前の豚を厄介払いしろ)というタグが使われている。))、女たちを自立させるどころか、実際には、性的に自由な敵たちを、宗教的な過激主義者たちを、最悪の反動主義者たちを、さらには、善の根幹をなす概念とそれに似合うヴィクトリア時代のモラルの名のもとに、女は《別の》存在であり、大人の顔をした子供であり、保護されるべき存在であると考えるものたちを、利するだけなのです。

男たちは、罪を告白し、そして、ここ10,20,30年の間に自分たちが犯したかもしれない「不適切な行い」を、振り返って意識の奥底に探し出し、それを後悔するよう、面と向かって促されます。大衆の面前で懺悔する、検事を自任するものたちが私的な領域へ闖入してくる、こうして全体主義的な社会の空気が定着するのです。

清浄化の波はとどまるところを知りません。エゴン・シーレの裸婦画を使ったポスターを禁じるものがいるかと思えば、幼児性愛を擁護しているとの理由で、バルチュスの絵を美術館から外せというものが現れます。作者と作品の混同から、シネマテークでのロマン・ポランスキーの回顧上映は禁止され、ジャン=クロード・ブリソーの回顧上映は延期になりました。ある大学は、ミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』を、「女性嫌悪」の作品であり「受け入れがたい」と見なしました。この修正主義に照らすならば、ジョン・フォード(『捜索者』)もニコラ・プッサン(『サビニの女たちの略奪』)も気が気でないでしょう。

すでに、わたしたち[女性作家]のなかには、男性の登場人物の「性差別主義」の度合いを弱め、性行為と愛についてあまり度を越して語らないように、さらには「女性の登場人物が受けた心的外傷」 についてもっとあからさまに書くように(!)編集者に求められているものもいます。滑稽の極みですが、スエーデンでは、性的交渉を持とうとするものすべてに、同意の意思を明確に伝えなければならないという法律が制定されようとしています。ここまでくればあと一歩で、セックスしたいと思っている大人のカップルは、携帯のアプリで予め、自分たちが承諾できる行為と、承諾できない行為をリストアップした書類にサインしなければならないということになるでしょう。


欠くべからざる人を害する自由


哲学者のリュヴェン・オジアンは、芸術的創造に欠かすことのできない、人を害する自由を擁護していました。同じように私たちは、性的自由に欠かすことのできない、うるさく言いよる自由を擁護します。わたしたちは、性的な衝動がもともと人を害する野蛮なものであることを認めるだけの知識をもっていますが、同時に、不器用なナンパと性的攻撃を混同しないだけの洞察力も持っています。

なによりも、わたしたちは人間というものが一枚岩でできてはいないことを知っています。一人の女性は、同じ一日の間に、職場のチームリーダーを務めると同時に、男性の性的対象であることを享受しながら、それでいて「アバズレ」にも家父長制の卑しい共犯者にもならないでいることができるのです。女性は、自分の給料が男性の給料と違いがないように注意を払う一方で、地下鉄の痴漢に(たとえそれが犯罪であったとしても)決して心を傷つけられたりしないでいることもできるのです。女性は、それを大いなる性的貧困の表れとみなし、それどころか、とるに足らないこととみなすことさえできるのです。

職権乱用(セクハラ)を告発するだけでなく、男性も性行為も憎むたぐいのフェミニズムには、女としてわたしたちは違和感を覚えます。性的なくどきにノーという自由は、うるさく言いよる自由を必ず伴うものであるとわたしたちは考えます。そして、このうるさく言いよる自由に対しては、獲物の役割に閉じこもる以外のかたちで、答えるすべを知らなければならないと考えます。

わたしたちのなかで子供を産むことを選んだ人たちに対してはなおさら、自分の娘が、怖気づいたり、罪悪感を覚えたりすることなく、十全に人生を生きることができるように、知識を与えられ、自覚を持つように育てることが、適切であると考えます。

女性の身体に触れるアクシデントは、必ずしも女性の尊厳を傷つけはしませんし、ときに耐え難いものであったとしても、それが必然的に女性を永遠の犠牲者としてしまうことがあってはならないのです。というのも、わたしたちはわたしたちの身体に還元されるわけではないからです。わたしたちの内的な自由は侵すことができません。そして、わたしたちが大切にしているこの自由には、必ずリスクと責任が伴うのです。

2018年1月10日
チャン・チェ『残酷復讐拳』

チャン・チェ『残酷復讐拳』(Crippled Avengers, 1975) ★★★

眼や腕など身体の一部を欠落させたものたちがヒーローとして活躍する物語なら、われわれは「座頭市」や「丹下左膳」などで慣れ親しんできた。自分の身体的欠損を、それを補って余りある力へと反転させるヒーローたち。そんなヒーローのイメージに、われわれ日本人は他の国の人間以上に慣れているのかもしれない。そもそも、映画にかぎらず、むかしから童話や昔話の主人公は、自分のなかのネガティヴな要素をプラスに変えて成功を収めてきた。アクション映画においては、それがときとして身体的欠損として形象化されるということだろうか。アクション・ヒーローたちはしばしば瀕死の負傷をして、そこから奇跡の復活を遂げる。盲目や切断された片腕といったかたちでヒーローたちに永遠に刻みつけられた身体的欠損は、かれらが力を獲得するために失わなければならなかった代償なのだろうか。あるいは、ヒーローたちが抱えている身体的欠損は、旗本退屈男の眉間の傷のような聖痕の延長のようなものであるのかもしれない。

それはともかく、障害を背負ったアクション・ヒーローはなにも日本映画の専売特許ではない。特異なアクション映画をを生み出してきた香港映画もまた、そうした障害を持つヒーローたちを繰り返し描いてきた。これまでに何度か取り上げたチャン・チェは、その代表的な監督のひとりである。ジミー・ウォングを主演にしてかれが撮った『片腕必殺剣』『続・片腕必殺剣』『新・片腕必殺剣』は それを象徴する作品と言っていいだろう(のちにジミー・ウォングの監督・主演で撮られる『片腕ドラゴン』や『片腕カンフー対空とぶギロチン』は、その延長線上で撮られた作品にすぎない)。だが、そういう意味では、チャン・チェが監督した数々の武侠映画のなかでも、この『残酷復讐拳』こそは、まさに異形の映画と呼ぶにふさわしい、特異な作品であると言っていいだろう。

"Crippled Avengers" という英語タイトルが端的に示しているように、この映画が語る物語は、このジャンルによくある復讐譚であり、しかもその復讐者たちはいずれも何らかのかたちで身体に障害を持ったものたちである(("crippled" は今では差別的表現であり、あえてそれに対応する日本語を選ぶとするなら、「不具の」あるいは「かたわの」という言葉になるだろうが、これもむろん今では差別的表現である。))。これだけでも十分なのだが、この映画では、その復讐者たちが復讐しようとしている相手もまた、身体の自由を奪われている者であるという設定の徹底ぶりに驚く。

映画は、町の大地主のトー・ティエンタオ(チェン・クアンタイ)が、彼に恨みを持つ3人の襲撃者たちによって妻を殺され(その殺され方も、胴体を真っ二つという残酷なものだ)、幼い一人息子のチャンも両腕を切り落とされてしまうという、壮絶な場面から始まる。十数年後、トーは、切られた両腕に鉄のギブスをはめて武術家となった息子チャン(ルー・フェン)とともに、町を恐怖によって支配していた。ある日、トー親子の傍若無人ぶりを見かねた鍛冶屋のウェイ(ロー・マン)は、彼らに暴言を吐いたために、チェンによって、口も聞けず、耳も聞こえない体にされ、ウェイに賛同した商人のチェン・シュン(フィリップ・コク)は、両目を突かれて盲目にされてしまう。さらには、町で仕事を探していたフー・アクイ(スン・チュン)はチェンに両脚を切り落とされ、偶然彼らと出会って3人のかたきを討とうとした旅の武芸者ワン・イー(チェン・シェン)も、敵に捕まり、頭を万力で締められて、幼児のような知力しかない状態にされてしまう。4人はワンの師匠の元へ向かい、復讐のために武術を学びはじめる……。

普通なら両腕を切断されたチャンが復讐者となってゆく物語になりそうなものだが、彼を襲った3人の襲撃者たちはその場で父親のトーによって殺され、さらには、後に成人した3人の襲撃者たちの息子たちも、それぞれ体の一部を破壊されるだけで(「だけで」という言い方も変だが)、その後の物語にはなにも関わってこない。結局、チャンに復讐するのは、冒頭の場面にはまったく関係がないし、ワンをのぞくと武術家ですらない者たちである。こういう展開も、無駄にサディスティックというか、いかにも倒錯している気がする。

格闘シーンがダンスのように様式化されているのはいつもながらであるが、前回取り上げた『少林拳対五遁忍術』の漫画チックなアクションと比べると全然リアルで美しく、わたしの趣味にはこっちのほうが合っている。チャン・チェの映画を全部見たわけではないが、これは彼の最高傑作の一本と言っていい作品かもしれない。最も完成された作品とはいえないかもしれないが、異様で強烈な印象を残すという意味では、間違いなく彼の代表作である。

ただ、障害を持つヒーローという存在については、もっと仔細に見てゆく必要があるだろう。ヒーローの多くが男性であるという点に注目するなら、ここにはセクシャリティの問題も関わってくる。わたしにはその知識はあまりないが、精神分析的な観点からこれらの作品を解釈してゆくことも可能だろう(たとえば、『新・片腕必殺剣』で主人公の片腕を切り落とすのが女性であることは、精神分析的にどのように解釈されるのだろうか)。さらにはまた、暴力と死によってアイデンティティを獲得してゆくヒーローたちを描くこうした作品を、ファシズム的とみなす論者さえいる。この問題についてはまた機会があれば論じてみたい。

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