化学殺菌剤の話


当ホームページは農薬をまきたくない人のためのものですが、それでも保険のために農薬もキープしておきたいという方もいらっしゃるでしょう。そういう方のために、ちょっと予備知識を...

カビや細菌によっておきる病気を予防する目的で、化学合成された殺菌剤が用いられます。しかし、一口に殺菌剤といっても、相手が真菌(カビ類)か細菌かで、異なった薬剤が使用されますし、「殺」とは言っても、実際には静菌的(菌の活動を抑える)な作用しかないものまで含まれているのが現状です。「殺菌剤」の名称を鵜呑みにして、園芸器具の消毒にまで用いようとするのは誤りです。
殺菌剤というと、なんだか「薬」のイメージを持つ人がいると思います。しかし、これらは、あくまでも「殺微生物剤」だということを肝に銘じてください。人間にとっても程度の差こそあれ、無毒ではないのです。

 

殺菌剤の作用機構

殺菌剤で病原菌を殺す(静める)メカニズムはどのようになっているのでしょうか?殺菌剤が、病原菌の生命活動のどの部分に干渉して病原菌を殺すかによって、非常に多岐の分類があります。また、この干渉する部分(物理的な場所というよりは、特定の生命維持プロセスをさす)のことを、「作用点」と呼んでいます。

作用機構(作用点)には、病原菌の生命維持に必須のタンパク質や脂質を、菌の内部で合成することを阻害するもの。細胞壁やDNAの合成をできなくさせてしまうもの。菌の活動に必要なエネルギー産生を妨害するもの。などなど、さまざまです。これらは、病原菌の生命維持に重大な影響を与える事は明らかですが、同時にこれらのプロセスは、我々人間の生命維持にも不可欠なものです。もちろん、名称は同じでも、プロセスの中身そのものは、病原菌と人間とでは必ずしも同一ではありませんので、この心配の多くは杞憂と考えられますが、すべてが安全というわけではありません。たとえば、DNA合成阻害剤などが、本当にほ乳動物の遺伝情報撹乱をしないかが、完全に確認されているわけではありません。


殺菌剤の分類(原体別)

殺菌剤の有効成分(原体)による分類が、一般的によく行われます。ここでは、バラ栽培にとってポピュラーなものを中心に紹介します。

1.銅剤

銅化合物には殺菌効果があることが古くから知られています。無機銅剤と有機銅剤がありますが、無機銅剤といえば、1885年にフランスの、ボルドウ市郊外メドック地区の農園で発見されたボルドウ液が有名です。

ブドウが色づく頃になると決まって現れるブドウ泥棒を避けるために、ある農園で緑青を散布しておきました。こうすれば果実や葉の汚れをみて、泥棒がブドウを盗む気をなくすという算段です。ところが、この泥棒よけを施した農園だけが「べと病」の被害を被らずにすんだのです。これを目撃したボルドウ大学植物学教授 Alexis Millardet は、すでに彼が実験室レベルでつかんでいた、「水溶性銅がべと病胞子の発芽を抑制する」という知見と、この農園の様子からボルドウ液を開発するに至りました。ボルドウ液は、

(A)水1リットルに硫酸銅80gを溶かす
(B)水300ccに粒状生石灰150gを溶かす

この(A)と(B)を混合して作ります。

耐性菌がでない優れた処方ですが、先に記したように、葉や花が汚れてしまいますし、時期により薬害(葉の黄変や赤い斑点の後落葉)がありますのでバラには使いにくいかもしれません。休眠期や春の新葉展開前に散布するのが一般的なようです。

銅剤にはこのほかに、有機銅剤があり、こちらのほうが薬害が少ないといわれています。

銅剤の作用機構は、エネルギー代謝阻害で、病原菌中で栄養分が分解代謝してエネルギーに変化するプロセスを妨害します。

 

2.硫黄剤

硫黄剤の歴史も古く、紀元前から害虫防除には使われていたようです。無機硫黄剤と有機硫黄剤がありますが、バラにもっともなじみのあるのは石灰硫黄合剤(多硫化石灰)でしょう。これは無機硫黄剤です。石灰硫黄合剤は、通常休眠期にだけ用いられます。

有機硫黄剤には多くの種類があります。殺菌スペクトルが広く、たいがいのカビによる病害に効果があります。バラでよくつかわれるのは、マンネブダイセンM、ジマンダイセン等でしょうか。

硫黄剤もエネルギー代謝阻害剤で、SH酵素の働きを妨害します。

なお、ダイセンとダイファー(Zineb)、ジマンダイセン(Mancozeb)、マンネブダイセンとエムダイファー(Maneb)は、環境ホルモンの疑いが持たれています。

 

3.有機塩素剤

「有機塩素」と聞くと、健康に関心のある方は「ダイオキシン」を思い浮かべるのではないでしょうか。レイチェル・カーソンの「サイレントスプリング」(沈黙の春)で問題となったのは有機塩素系殺虫剤ですが、殺菌剤についても、急性毒性はともかく、その怖さは格別のものがあると考えるのは私だけでしょうか?

有機塩素剤でバラ栽培家がもっともお世話になるのは、ダコニール(原体名:TPN または クロロタロニル)でしょう。有機化学でおなじみの亀の甲に塩素原子が4個もついています。おっかねぇなぁ...
なんで、おっかないかって? 私の推測ですが、この分子構造からして、今はやりのダイオキシンが製造段階で不純物として混入する可能性が高いと思われるからです。この意味で、純粋な単体のTPNそのものはともかく、ダコニールという製品の形態では、不純物として含まれているかもしれないダイオキシン故に、環境ホルモンの恐れが高いと考えた方が良いのではないかと思います。

ダコニールもエネルギー代謝阻害剤として広い殺菌スペクトルを持ち、銅剤、硫黄剤とともに汎用殺菌剤としての地位を確立しています。なお、ダコニールでよく知られている問題は、皮膚のかぶれや眼の炎症(結膜炎等)などを生じやすいということです。散布時には十分な防護を行ってください。

 

4.ベンゾイミダゾール系剤

舌をかみそうな名前ですが、トップジンMやベンレートなどが、これに分類されます。DNA合成を阻害し、広い範囲の病害に有効ですが、薬剤耐性が出やすいという重大欠点も有しています。うどん粉病が蔓延して、いくら薬剤散布しても防除できないと嘆いている方は、これらの薬剤をふくめ、耐性菌の出やすい薬剤ばかり撒いて、庭を農薬中毒にしていないか反省しましょう。

ベンレートは無脊椎動物には有害で、特にミミズに対する必殺の「クスリ」です。土壌消毒や根頭癌腫病の治療のつもり(効果は、はなはだ疑問)で土に撒き、土を豊かにしてくれる生物を皆殺しにするのは、結局、得になるのでしょうか?この物質は土に強く結合して水に溶けなくなり、容易にぬけません。1年程度は残留すると見たほうがいいでしょう。

なお、ベンレート(Benomyl)は、環境ホルモンの疑いがもたれています。

 

5.エルゴステロール生合成阻害剤(EBI)

コレステロールというのはご存じだと思いますが、エルゴステロールというのは、まあこれの親戚です。コレステロールというと、すぐに血液中の悪玉コレステロールが思い浮かびますが、実際にはコレステロールは、人体中でなくてはならない構成要素のひとつです。同時に、エルゴステロールは真菌(カビ)の細胞膜の大部分をつくる材料の一つであるばかりでなく、その他の内膜系の大部分をも作っている重要な素材と考えられていますが、本剤はその合成を邪魔します。

本剤の代表はサプロール(トリホリン)です。うどん粉病やさび病に卓効があるといわれていますが、バラ栽培家の間では、黒点病防除には使われているものの、うどん粉病にはあまり効かないというのが相場ではないでしょうか。私には、これが本剤の無節操な散布により、薬剤耐性うどん粉病菌を大量発生させた咎のように思えてなりません。まだ黒点病に効いているのが救いです。本剤は、これまでに述べた薬剤とは異なり、「作用点」が非常に狭い、いわば病原菌の、ある特定の生命プロセスをピンポイント攻撃するタイプの薬剤です。この攻撃が目論見通り成功しているうちは、そのシャープな効き目と、高い選択性により、まことに頼もしい薬剤です。しかし、この特徴は、裏を返せばもっとも耐性菌を作りやすい薬剤だということなのです。このような殺菌剤を1シーズン中に連続3回以上撒けば、庭は確実に耐性菌が支配することになるでしょう。そして、いやでも散布回数は増え、薬物中毒のバラ庭ができあがります。
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)という、抗生物質が効かない病原菌の話をお聞きになったことはありませんか?医療における抗生物質の使い過ぎが生み出した細菌ですが、バラ栽培家は同じ事を自分の庭で行っているという自覚のもとに農薬を使用するべきでしょう。

脱線しました。ところで、我々が何の疑問もなく家庭用普通物として使用しているサプロール(トリホリン)の毒性が、米国では最高レベル(クラス1,"Danger")に指定されていることをご存じですか?体内にとりこまれたトリホリンの96%は排泄されますが、排泄された尿中に心臓血管系を脅かす極めて有害な代謝産物(chloralformamide)が含まれていることが見いだされているからです。つまり、排泄されなかった4%が体内で有害物に変化していると考えられ、クラス1の毒性指定がなされているのです。我が国のLD50のみで決定している毒性指定は全面的に信頼して良いのでしょうか?
「黒点病にはサプロール」を、ナントカの一つ覚え(^^;)で、バンバン使うのは考えなおしたほうがいいかもしれません...


【ちょっと、蛇足ですが...】
さて、ここまで書いてきてちょっと舌足らずなところに気がつきました。実は最後のエルゴステロール生合成阻害剤(EBI)というのは、原体別(構造別)分類というよりは、作用機構別分類での呼び方なのです。このページは、一般向けの園芸書でよく見かける分類に準拠させていますので、このような厳密でない分類を採用しています。しかし、最近あるベテランから、「サプロールの瓶には有機塩素剤と書いてあるが、これはEBIではなかったっけ?」と、お問い合わせいただき、一応ちゃんとしたことも書いておくことにしました。、構造別−作用別分類マトリクスを表に表してみましたので、ご参照ください。実はバラに使用するEBI剤は、構造的にはみんなN−ヘテロ環系の有機塩素剤ですので、作用分類と化学構造分類が一致してしまうため、あえてキーワードであるEBI剤という分け方をしてしまうのです。
●「沈黙の春」、レイチェル・カーソン著、新潮社
(同書は文庫版にも収録、ただし挿絵と巻末参考文献は文庫版には無い)

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