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グレゴリー・ペック追悼

グレゴリー・ペックが亡くなったさいに、新聞やテレビがいっせいに報じたことに、わたしはいささか驚いた。ピアラやフランケンハイマーやロバート・スタックの死は無視して当然と決めこんでいたマスコミも、さすがに『ローマの休日』の俳優の死は見過ごすわけには行かなかったようだ。もちろんかれのような大スターの訃報が大々的なものになるのは当然である。しかしそれにしても、ロバート・スタックやヒューム・クローニンの無視のされ方はあんまりではないか。──こんなことをいっても仕方ないのはわかっている。ニュース番組だといいながら、「一押しラーメン店ランキング」だとか「今年流行の水着ベスト5」だとか「目からうろこの収納術」だとかやっているテレビの報道に、期待するのが間違いというものだ(ちなみにヒューム・クローニンの死は、たしか CNN だったとおもうが、衛星のニュースで世界に報じられた)。

たしかに、ロバート・スタックやヒューム・クローニンとグレゴリー・ペックでは、格も知名度も違うから、この扱いの差は当然といえば当然である。とはいうものの、だ。どこのチャンネルをひねっても、グレゴリー・ペックの死を伝えるさいに紹介されるかれの代表作が、決まって『ローマの休日』と『白鯨』と『アラバマ物語』というのはなんとも情けないではないか。こんな風に死者を二度殺すようなまねだけはやめてほしいと思う。

なにも『ローマの休日』や『アラバマ物語』がひどい映画だというのではない。ワイラーの作品はいかにも巨匠然としていて好きになれないとはいえ、『ローマの休日』は積極的にきらいな映画ではないし、事実、ローマに行ったときは「真実の口」に手を入れて遊び、スペイン広場ではアイスクリームも食べた(嘘です、食べてません)。関係ないけど、近くの本屋に、吉本ばななの『キッチン』のイタリア語訳が山積みされてたのを覚えている。これはホント。

──そんな思い出話はどうでもいい。要するに、死んだときぐらいは、その人をその人にまといついたイメージから解放してあげようじゃないかということがいいたいのだ。グレゴリー・ペックはたしかに素晴らしい俳優なのだが、ではどこがいいのかというとそれがはっきりしない。ジョン・ウェインのような英雄的野蛮さからはほど遠いし、かといってケイリー・グラントの軽妙洒脱さは持ちあわせていない。ジェームス・ディーンのように脆くもなく、キートンのように素早くもなく、アステアのように優雅でもない。結局、ペックのイメージは、「誠実で、温厚な、紳士」というところに収まってしまう。嫌いな俳優ではないのだが、夢中になって好きになれないのは、そんなところにある。もしも、グレゴリー・ペックの追悼プログラムを任されたならば、わたしなら、とりあえず『ローマの休日』と『アラバマ物語』ははずすだろう。『アラバマ物語』はペックのイメージにぴたりと収まりすぎているし、『ローマの休日』はペックの作品としてはむしろ失敗作である(結局かれは喜劇には向いていなかった)。わたしが愛するペック作品は、ウィリアム・ウェルマンの『廃墟の群盗』であり、キング・ヴィダーの『白昼の決闘』であり、ヘンリー・キングの『拳銃王』あるいは『無頼の群』であり、ラオール・ウォルシュの『艦長ホレーショ』『世界を彼の腕に』だ。

『白昼の決闘』のグレゴリー・ペックは、ドゥルーズが映画の自然主義者と呼ぶキング・ヴィダーの演出のもとで、思わず獣性をむき出しにしている。ペックが、ガンファイトにうみ疲れた孤独なガンマンを演じた『拳銃王』、むなしい復讐者を演じた『無頼の群』の二本のヘンリー・キング作品も忘れがたい。だが、ペックの最高傑作は、ジョン・フランケンハイマーの『I Walk the Line』だという人もいる。残念ながらこの作品は日本では公開されていないし、ビデオにもなっていないようだ(わたしも未見である)。ロバート・シオドマクがペック主演でドストエフスキーの『賭博者』を映画化した『The Great Sinner』だって、日本で見る機会はほとんどないだろう。

だれもグレゴリー・ペックなど知らない。そうつぶやくことが正しい追悼の仕方というものではないだろうか。

 

( 2003年6月21日発行 「365日間映画日誌」 No.39 より転載。)

 

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