|
|
|
|
伝説の旅 ◆抜海岩 |
|
|
最北の町稚内から12キロほど離れた、利尻富士を目の前にした日本海岸に、抜海というところがある。抜海は瀬棚の梅花都と同じアイヌ語のパッカイで、子供を背負うことを意味する語で、ここに子供を背負ったようなパッカイシュマという岩がある。
[其の一]
昔、ここに非常に仲のよい若夫婦があったが、ふとしたことから夫婦喧嘩をし、夫は他の女と船に乗って宗谷海峡の方へ行こうとした。それを見ていた妻は、抜海岩に登って、天に向かって、海が荒れるように嘆願した。すると大暴風が起きて、二人の乗った船はたちまち波に呑まれて二人は死んでしまった。それ以来この岩に登ると宗谷海峡が荒れて犠牲者が出るといわれていた。(加藤彬輯)
[其の二]
昔、天塩アイヌと宗谷アイヌの戦いの時の事である。天塩アイヌが礼文アイヌに応援を求めた。礼文アイヌは海を渡ってかけつけたが、戦いは一進一退であった。礼文アイヌは帰国のため抜海から船出しようとしたが、暴風にはばまれ長い間の滞在を余儀なくされた。一人の礼文アイヌの若者がここのメノコと恋仲となりついに子供までできた。しかし若者はある夜ひそかに二人を残して礼文に帰ってしまった。裏切られたメノコはこの岩によじ登り、若者の名前を呼びつづけ、子供を背負ったまま岩になってしまった。
|
|
|
|