くるみ谷への道


 都市での生活に疑問を感じ、将来的に田舎暮らしを考えておられる皆様のお役にたてればと思い、移住の経過やオーナー自身の問題意識についてまとめてみました。

下記のリンクは、
京都ラジオカフェ「日曜午後の遊び時間」 2012年9月23日放送内容はこのページのダイジェスト。

1.移住のいきさつ
 若いころから長年、生活協同組合での仕事に携わり、30代以降の現場のマネージャーや本部スタッフとしての仕事を通じて芽生えた環境問題への関心、大量消費・大量廃棄型の都市生活への疑問、すなわち、「こんな事をやっていたら、いつか破綻する。食糧危機やエネルギー危機もすぐそこまでやってきているのではないか」という問題意識が強く生じました。
 広報を担当していた1997年ころ、日本人初の宇宙飛行士として無事帰還され、その5年後にTBSを退社、福島の農村へ移住された秋山豊寛さんの講演を聴く機会があり、また、その頃巡りあったパートナーとの脱都会・田舎暮らし志向の一致が人生後半に向けての方向性を決定づけました。
 そんな中、訪れたチャンス。1999〜2000年、丹後エリアを受け持つ事業所を預かる機会を得たのです。

写真は、店長時代の新店オープン時のもの。
当時最大規模の店舗だったが、事業は厳しく、しばしば発生した生鮮食料品の日付切れ大量廃棄に心を痛めた。



2.丹後への赴任・野間地区を初めて訪れ、感じた事
 赴任前の女房との話「せっかくのチャンスだから、将来の居住地も決めてくるよ!」
 そして赴任直後から配送トラックに添乗し、丹後・宮津エリアをくまなく見て回り、その土地土地の方々ともお話させていただきました。
 そんな中で訪れた野間地区。美味しい空気、綺麗な川、穏やかな中にも強靭さを秘めた人々。私の感性にビビッときました。「ここには本当の豊かさがある!」 すなわち、暮らしのベースは人(人と人との絆)と空気と水。この三つが貧しければ、いくら金銭的に豊かであっても、本当に豊かな暮らしとは言えない。
 初めて野間を訪れた99年当時、すでに何となく、今の暮らしをイメージできていたような気がします。

写真は、凛とした空気の漂う初冬の野間川。奥は細川ガラシャ幽閉の地、味土野の渓谷。



3.移住計画づくり
 丹後赴任を終え、京都市内の事業所のマネージャーを一年半務め、本部スタッフとして施設管理の職務に就いた頃から、野間地区への移住に向けての計画作成に入りました。
 一つは、キャッシュフロー計画。
 移住に伴い、家計の構造は大きく変わるわけで、将来にわたって我家の家計が破綻しないよう、10数年先まで見越した収支と貯蓄の計画を立てました。作成にあたっては、そのころから職場で取り組んでいたライフプランセミナーが大いに役にたちました。
 二つ目には、行動計画。
 これは、野間地区での人間関係のネットワークづくりと、情報収集のための計画。これがなければ、物件探しは不動産業者に頼ることになり、物件を取得できても、地域の方々との人間関係を築かなければ、正常に暮らしていくことはできません。
 作成した計画に基づいて動き始めたのは2003年〜でした。まず、生協活動のネットワークを手がかりに、野間地区の方々との交流を始めました。

写真は、毎年10月に行われる秋祭で奉納される神楽の一行。祭りに参加し、この神楽の祭り宿での打ち上げで一杯やりながら交流することで、この方々との関係を作っていきました。



4.旧田畑亭(現LOHASくるみ谷)との出会い
 そんな中「飯島さん、宿を開きたいのならこんな空家もあるよ」との話。その家は、谷間の小さな集落の一番奥にひっそりと、しかし、凛として建っていました。明治37年築、明治末期から大正にかけての野間村長宅。前のオーナーは自分の育ったこの家を大切に思って管理してきました。
 2004年1月にそのオーナーさんと出会い、初めて玄関をくぐり、まず目に入ったのは太さ30cmのケヤキの大黒柱、そして、この家の持つ何とも言えない生命感でした。
 そのオーナさんも愛着あるこの家を甦らせてくれる人との出会いを夢見ておられ、2年程のお付き合いを経て、快く譲っていただけることになりました。

写真は、そのころの旧田畑亭。手前の離れは2005年の23号台風で傾いて解体。しかし、奥の母屋(現LOLHASくるみ谷)はビクともしなかった。




5.リフォームのコンセプト
リフォーム工事は購入直後の2006年夏から約半年かけ、同年末に竣工しました。

@循環型ライフスタイル
 目指したのは「廃棄物を出さない暮らし」と言うか、普通は捨てられているものの有効活用。その代表格は屎尿。一昔前までは有効な「肥やし」。田舎に暮らしてこれを活用しない手はないでしょう?
 ここで役に立ったのは、現役最後のポスト管財スタッフで得た情報。オリジナルの処理設備を構築し、我が家の排泄物は「屎尿は宝の山バイオ液肥」に生まれ変わり3アールの自給用農地を肥やし、我家の食料として戻ってきます。
 その他、生ごみや鶏の糞、刈った雑草や雑排水路の汚泥もほとんど全て堆肥化し、畑へ。2011年以降、肥料の自給率はほぼ100%となりました。
 そう、我家の畑は菜園であると同時に、循環型生活のベースでもあるのです。

Youtube画像は汲み取りの模様
臭ってきそうな画像ですが、よろしければどうぞ!  でも、実際には見てくれほど臭いはありません。


Aエネルギー自給
 薪ストーブには以前から憧れていました。
 くるみ谷周辺の山は、ほとんどが広葉樹林で良質の薪を得ることができます。薪は再生可能エネルギーで不要な木々を伐採することは、里山の保全にもなり、また、燃やした灰は良質なカリ肥料となります。
 我家の冬場の主力エネルギーは薪。暖房のみならず、ストーブに大鍋を乗せ、常に湯を沸かせておくことで、調理や洗い物に使う LPGを薪にエネルギーシフトします。火は人類文明の原点。生の炎を見ているだけで心が落ち着きます。
 また、お風呂も薪焚きのバランス釜を備えていて、薪で保温や追い焚きすることで電力(深夜電力温水器使用)の削減にもなり、停電時には最初から薪で焚くことも可能です。

写真は、愛機ダッチウェスト・エンライト・ラージ。市販の薪ストーブとしては最大クラス。



Bくるみ谷天然水(岩清水)の活用
 野間は水の宝庫。くるみ谷も例外なく、我家の裏山の安山岩の割れ目から、まろやかな軟水「くるみ谷天然水」が絶えることなく湧き出しています。
 通常の水道水(来見谷簡易水道)も引いていますが、調理など人の口に入る水はこの天然水を使っています。また、ドラム缶露天風呂体験もこの水を使ったミネラルウォーター風呂です。

写真は、中継タンク。この奥に水源があり、このタンクを介して厨房まで引き込んでいる。



Cレトロとモダンの融合
 当初から「犬連れて泊まれる、田舎体験の宿」を目指していたので、床はフローリング。寝具は、年配層にも優しいベット。古民家ながら復古調の再生はせず、昔の雰囲気を残しつつモダン化しました。

写真は客室。シングルとセミダブルのツインベット。右奥には犬用ベットとリード用フックを備えている。



Dシアター構築
 元々、音楽好きでオーディオ趣味の私。オーディオ&シアタールームの構想は、天井高4m の吹き抜けの部屋を見たときから持っていました。当初の構想通り、専用の梁を1本追加することでスピーカを固定し、スクリーンとプロジェクタを設置。コーラルのバックロードホーンやサンスイのAVアンプなど骨董的に古い機材ですが、吹き抜けの音響効果を生かし、トータル出力700Wのシステムをそこそこの音質で楽しむことができます。
 お客様には、古民家でありながらオーディオ&シアターを楽しめる、この意外性が受けています。
 また、毎年冬には地域の方々のための娯楽施設としてカフェシアターも開いています。




6.「田舎体験の宿 LOHASくるみ谷」開業〜今日まで
 行動計画とキャッシュフロー計画がほぼ予定通り進捗し、2008年末、「私的定年」として京都生協を早期退職。宿開設の準備に入り、2009年10月、念願の開業にこぎつけました。
 作りたかったのは、いわゆる「農家民宿」の型に捉われないオンリーワンの宿
「しばし都会の雑踏を離れ、ゆっくりと流れる時間のなか、ここでの暮らしを体験したり、LOHASなこと私と一緒に語り合ったり…」
 これは、そのまま宿のキャッチコピーになりました。

 社会の成熟に伴い、「旅すること」は単なる物見遊山から、出会いと交流を求める旅へと大きく変化しています。 「名所を巡り見て、美味しい物食べて、おみやげ買って…」では満足しない。そうではなく、「訪れた土地の人と交じわり、暮らしや文化に触れ、そこから何かを得て帰る」ことに喜びを感じる。開業にあたってはそんな方々に「今だけ、ここだけ、貴方だけに」を提供できる宿目指しました。

写真は、京都市内からお越しの8人家族の子供たち。畑でみんなで里芋掘り、夕食は芋煮パーティーを楽しんでいただきました。



7.改めて問い直す「働く」ということ

以下のことは、私が協同組合で働く中、とりわけ事業所預かる立場となって以降、
自分自身の問題意識を深めるとともに、職員たちにも提起し続けた内容でした。

労働の3つの本質
1.「経済的本質」
 普通、人は働く事によって初めてその生活を維持することができる。
 働いたこと(生産物や労働力そのもの)の代価をえることによってのみ、暮らしを維持し、結果として労働力を再生産する。
2.「社会的本質」
 働くという行為は、どのように小さなことであれ、社会的な関わりなしには存在しえない。
3.「人間的本質」
 働く中でこそ、人や物、社会と関わり、自ら内に新しい内容を獲得する過程がある。
 「母胎内での人間の発生史が、下等生物から始まる進化史を短縮して現しているように、一人ひとりの人間の精神発達も同じように祖先たちの知性の発達を短縮して表しいるにすぎない」(Fエンゲルス 猿が人間化…〜)
 すなわち、働くこと自体が自己表現であり、自己実現の過程である。
 働くことが「経済的本質」のみに矮小化されると、それは代価を得る事のみを目的にした苦役に貶められる。

働くほどに暮らしも心も豊かになるということ
 協同組合を早期退職し、この地へ移り住んだことで、我家の家計は、半分以下にダウンサイジングしましたが、暮らしの質は、遥かに豊かになったと感じています。それは、働いた結果がその代価(無償の場合もあるが)のみならず、周りの方々や自分自身の喜びとなり、同時に自分自身の内の新たな内容として獲得されるからではないか、と思います。

本物の豊かさとは何か?
 くるみ谷への移住と当館の開業を果たしたことで、改めて「人と空気と水の豊かさ」のみならず、豊さとは「働くこと」そのものの中にある事を再確認しました。

写真は、耕運機を使っての作業。
こんな日常の作業のなかにも、工夫や学びが多々あり、新たな内容を獲得することが、我家の暮らしを少しずつ豊かなものにしていきます。