keijiの音楽ネタ出放題る〜む 3/6
keiji clip board (TOP)音に織り込む思い>keijiの音楽ネタ出放題る〜む
 ←PREV る〜む | NEXT る〜む→  る〜むを指定→  1/62/6|3/6|4/65/66/6
  〜〜ここは「音楽」アレコレを、私の独断と偏見と妄想で綴る、極めてイイ加減な部屋〜〜

♪さらに前る〜むの続き♪


 宗次郎さん(オカリーナ奏者)の曲 
二つ程の都合に拠って最近の作品は聞いていないので昔の曲で話を進めますが、宗さん自身の
想いが結晶化した数々のオリジナル曲は、作品の音楽的な完成度といった事を語る前に、もっと
もっと重要な事…つまり此れらの作品が果たしてきた役割といった事を高く評価すべきでしょう。

オカリーナ作品としては、恐らく最も有名なタイトルであろう大黄河は、きっとNHKの番組に沿った
形で制作されてきた事でしょう。でも、此れらの作品郡のお陰で、黄河の源流の凍てつく世界から、
悠久を巻き込んだ大きな流れ…その流域の文明や自然。渤海の波間に混じりゆく黄河の果て…。
そうした地球のドラマは、きっと多くの方々の心の奥底に届いたことでしょう。

例えば「冬雪花」は、(番組を見てないので推測だが)凍てつく源流の 氷の花々をドラマティックに
伝える。「水舞竜」は、圧倒的スケールの暴れ川が 竜と化して舞う! 「惜別詩」は、その突然なる
永遠の別れと 悲しみの果てに…。「黄河文明賛歌」は、その大地と運命を共に生きる人々に捧ぐ
一筋の願いであろう。「遥かなる渤海」は、やがて波間に果てゆく黄河の思いと運命を後にする!

えっ?(^o^;ゞオーバーに云ってないかって?ははは。作品を聴けば真偽は解かります。

その黄河も、この10年程は水が最も必要な春の降水量が減って断流気味だという。それでいて
夏〜秋にかけては降水が集中し、貴重な土壌や田畑の流出を含む水害が起こるのだとか(-_-)
ほんの僅かしかエネルギーを消費せず、およそ温暖化の原因とは最も遠い暮らしに在る黄土
高原の人々が、まっさきに温暖化の影響を被っている
としたら、我々は何様だろう…(ー_ー;)
黄河や文明を過去の闇に葬り去り、映像や音で顧みることが無いよう、毅然と行動したい。
上記Linkは緑の地球ネットワークの「大同の地理・気候・歴史」へのLinkです。Link先に迷惑が掛からないようお願い致します。

宗さんの作品の中でも、ひときわ重要だと考えるCDアルバムが、風人(ふうと)と木道(きどう)と
水心(すいしん)、そして愛しの森 a-moll等です。これらは4枚とも持ってますが、水心は自分の
オリジナル曲イメージと重なる部分が在りそうに見えたので、未開封のまま置いてあります(^_^;ゞ

具体的に見ていくと、風人「風の神」は、私のイメージでは高く深い山腹の木々の葉っぱも裏を
見せるような夏の清冽な風のドラマ。「風に揺れる木々たちと」は、葉ずれ音の森の中での優しい
ひととき。「鳥たちの森で」は、誰にも邪魔されない鳥たちの森の、無垢な歌声たちを後にする…。
其の森は、誰にも邪魔されずに…ずっと続く…!「風が谷間を降りて来る」は、その森からの帰り、
森の冷気が駆け降り、揺れる葉っぱたち…。其の谷から仰ぐ、地球の片隅のドラマ…。「風人」は、
全てを照らす金色の朝日の中で 風を眺めている…。「いにしへの風」は、その場で数千年の時を
駆け抜ける。あの木の祠には、何百年も前と同じ風が吹いていてほしい!その風への祈り…。

木道「星ふる夜に」は、満天の星に包まれ、命に感謝し、永遠なることを願う…。「月の下で」
宗さん曰く、夕方の未だ青い空に昇ってくる月の景色が好きだと云う…。「木道」は、数百年という
時を越え、それでも独り生き続ける木の果てしない生き様を知った!「大地に生きる」は、美しくも
厳しい大地の、全ての生きものたちに「それでも、負けないで、強く在って…」そう聞こえる。

水心は、「水の旅人」だけ、CS某番組でBGM の一つとして放送されていたのを聴いた事が有る。
オカリーナの旋律を重ね、それでも続く 流れの過程を見つめる。他に「悲しい水」「生きている水」
「水と土への祈り」
といったように水に関する曲目が並ぶが、未聴である。

愛しの森 a-mollは、悠久を抱きし森に棲む、全ての生きものたちに捧げるアルバムである。
「Kiccoryの涙」は、消え逝く森を悼む 妖精たちの想いの様に見える。「森のダンス」は、その森の
片隅で今日も繰り広げられし小さなダンスに思い馳せる。「雨の日は寄り添って」は、其処此処に
弾む雨垂れ…雨は続く…。でも平気さ…。「雨の日は もっと寄り添って」は、それでも止まぬ 深い
森の雨を見上げ、じっと身を寄せ合い続けた…。「太陽と月に照らされて」は、悠久を照らす 蒼い
月の光に写る木々の枝葉…そして鋭い陽光の下に、いにしえの時を越えて全ては在った…。
因みにチェロやヴァイオリン、ハープやピアノ等の伴奏も、ちゃんと音楽しておりレアもんです!

おっと、挙げておきたいアルバムや曲は未だ幾つも残っていました。まずIMAGES(イメージス)と
いうアルバム。オカリーナは実に濡れ濡れしい。しかし、アメリカで録音されたストリングスは 音が
硬質で表現もストレートだけに何とも惜しい…。「冬の雲」は、雪の予感を運ぶ風と、雲の湿り気を
感じる。「秋桜(コスモス)」は、湿り気のあるオカリーナの動きも優しく、淡く揺れる想いも写すよう。
「雨」は、何処かの山村に佇む古民家の 庭先に降りしきる雨の霞みを感じる。「旅の終わりに」は、
何か思い詰まったものを感じる。人生の旅路なのだろうか。副題は、THE SUNSET である。

なお、「冬の雲」「朝日の中で」「旅の終わりに」などは、以前にMUSIC BIRD(当時は複数の局に
分かれていた)で、ピアノ伴奏だけの録音を聞いたことが有る。恐らくは、ストリングスへの一抹の
不服?!が、ピアノ伴奏へと突き動かしたのかと。その真偽は別に、私はピアノの方を支持したい。
Link先に迷惑が掛からないようお願い致します。

そしてフレッシュ・エアー。此れは"日本の歌"的な企画モノCD中に含めているものを独立させた
もので、作曲も本人では無いのですが、日本の四季の情緒が凝縮され、中でも"枯れた木立の間
から見上げる寒空から、花と陽光"の季節までの流れは最高です!涙ナシには聞けません(;_;)

「木漏れ日」は、冬枯れの木立の間に射して来る輝き…其の一部始終のようです。「春の思い」は、
日差しや草木の芽吹きに 垣間見る春と 高まる思い…。「入江のほとり」は、何だか日本ではない
感じですが、岬の海風に舞う 海鳥たちの風景か…。「晩秋」は、幾多ものドラマと共に在った草葉
たちも 厚い霜に包まれて…。ラストの「Fresh Air/フレッシュ・エアー」は、引きずった想いも、澄み
渡る雪原の清冽なエアーに包まれ、清められるようです!

音の面で見ると、伴奏はピアノやギター、チェロなどが主で、中でもピアノとチェロの演奏は良いと
思います。そしてオカリーナの鳴りも抱きしめたくなる。日本の素晴らしさにも改めて気づかされる
アルバムです。

あと、かなり昔のコンサートで演奏された曲である、「風に揺れる木々たちと」嵐バージョン?!
挙げておかねば成りません。原曲よりアップテンポで、伴奏も含めて激しく、揺れる木々の枝葉に
台風のエネルギーを垣間見、圧倒されます。台風が近づいた夜の コンサートで アンコールとして
吹かれただけに 本当にキマシタ。音楽面で云うと、アレンジおよびメロディーの一部まで原曲とは
異なり、曲がソプラノのBの音で終わるのは、微妙に落ち着かなかったけど…(^^;でもヨカッタ!

勝手な妄想は此処らで控えますが、そうした事々?!も知らずして、人の在り方など語れないと思う。
音楽の観点で見ると、良い部分は非常に良いので、其々の素晴らしい伴奏の中で、オカリーナは
高揚し、全てを包容してゆく…。宗さんが広く評価されるのは、曲の良さに加えて その部分に負う
ところ大でしょう。足りない部分は、これから頑張れば良いのだから、迷うことなく進んでほしい!

こんな程度では少なすぎてお話に成りませんが、後は宗次郎HPに託して次の話に移ります。
Link先に迷惑が掛からないようお願い致します。

 ふしぎの海のナディア 他の曲 
追加予定ですm(_"_)m

keiji clip board (TOP)音に織り込む思い>keijiの音楽ネタ出放題る〜む
 ←PREV る〜む | NEXT る〜む→  る〜むを指定→  1/62/6|3/6|4/65/66/6

作成=2004_2/?-,12,28_3/1,6_4/5,7〜9,24,30,31_7/15,17_8/22〜25