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◆コーヒーの歴史 |
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悲惨を極めた派兵も蝦夷地の幕府直轄が廃止されたことに伴い、一応打ち切られましたが、その後、安政(1855年)に幕府から命じられ再び東北から藩士が派遣されました。しかし、この時代にはクワへヒルやフランケット(毛布)が使用されていたこともあり、妻子を連れて越冬できるほど寒さに対する備えはできていたようです。さらにこの時代には幕府から和蘭コーヒーが配給されたという記述が残されています。日本の歴史にコーヒーが登場するのが享保3年(1718年)、津軽藩士第一陣が越冬の犠牲になった4年前の享和3年(1803年)には、蘭学医・廣川解が、コーヒーには水腫病に対しての薬効があることを発見しています。コーヒーを口にすることなく亡くなった藩士たちを悼み、その後薬としてコーヒーを大切に飲んだであろう先人に思いを馳せ、藩士たちの故郷・弘前の有志たちにより、最北の地にコーヒーの豆を型どった碑が建立されました。 |
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