作 坪内 晃(稚内南中学校)
登場人物
母 漁師の妻 40才
父 漁師 45才
正江 中学3年生
清水の母さん 漁師の妻
二郎 高校二年生
合唱部 合唱「たたかいの海」
作詞 宮田 隆
作曲 石井 歓
時 1985年5月 夕方
所 稚内
舞台 居間 たんす、テーブル、玄関に魚箱などがあり、漁師の家であることを示す。春の草花等も飾る。下手は玄関、上りかまち。上手は風呂など別室に通じる。室内には、父のアノラック、玄関には同じく父の長靴がある。
〜一幕 30分〜
(舞台の中央をスポット。たんすから父の着替えを出し、たたんでいる。時々、肩をもみながら語りかける調子で)
母 二郎の先生から「息子さんのことで折り入ってお父ちゃんと話しがしたい」って言われてるべさ。正江さんのとこの中学校も、やっとこのごろ落ち着いてきたて言うけんど、やれ「学校PTA」だ、「地区PTA」だ、一息ついたら「クラブ父母会」だって引っ張り出されているべさ。学校のことは、母親だから苦になんないけど・・・。
長男の一郎は一郎で、大阪行ったきり、半年も手紙の一本よこさんし。やあ、肩こる。更年期なんだべか。父ちゃんが一週間ぶりに陸(陸)に上がったって言うからあれも相談しよう、これも聞いてみようと思っても、30分しか家(うち)にいないって言うんだから、心配事なんか耳に入れられないべさ。
家(うち)さ入ったら、まっすぐ風呂だもの。父ちゃん帰ってくるって言うから、好きなアイヌネギやタランボいっぱい、早起きして採ってきてあるのに。作ってる時間もないもんだ。時間あるときはあるときで「父さん、実は・・・」って始まったら「わかった、わかった。母さん酒」だもんな。漁師のおっかさんたら、こんな話し、ぐちにしかなんないんだべかね。私も(わしも)、こんな事言うの、年とったせいだべか。
(舞台、上手より怒ったように、「母さん、背中流してくれんか」の声、浴槽で水を流す擬音)
母 「はい、はい」(腰を上げ上手に消える)
(溶明。下手より、中学校の制服を着た正江、玄関の戸を開ける)
正江 ただいま。(父の長靴を見つけて)父さんが帰って来てる。母さん、母さん。(うれしそうに)
(母、タオルで手をふきながら、上手より舞台中央に出てくる。)
母 やあ、なんだべ。そったら大声出して。
正江 (母にまとわり付きながら)父さんに頼んでくれた?
母 正江の服なんか、かまってる暇なんかないべさ。30分しか居られないんだよ。
正江 ふーん。自分でやってみるしかないか・・・。父さんのご機嫌は?
母 (手で頭に角を作り)一郎兄ちゃんから、まだ便りがないのかって怒ってるんだ。自分から「勘当だ」って言ったくせして。二郎も二郎だし・・・。
正江 二郎兄ちゃんが帰ってきたら、もっと機嫌が悪くなる・・か。今のうちね。
母 正江、余計なこと、言うんでないよ。
(舞台上手より、ステテコ、ランニングシャツの父親、頭をタオルでふきながら登場。テーブルに座り、ビールの栓を抜く。)
正江 (さっとビールを持って)お父様、お帰りなさいませ。
父 気持ち悪いな。何たくらんでるのよ。
母 服を買ってほしいんだと。一週間前から、毎日言ってるんだ。
正江 みんな着てるのよ。みんな。
父 「みんな」って、いったい何人のみんなだ?うん正江。
正江 (父の背中に回り肩をもみ始め)足ももんであげるね。
父 父さんいいから、母さんのやってやれ。
正江 (気付かないふりをしながら)正江ね、この前の分協テスト、すごく良かったさ。担任の先生から「お父さんからも、ほめてもらいなさい」って言われたさ。それから・・。
父 わかった、わかった。正江のあんまは、高くつくあんまだ。・・・ツッパリの服はだめだからな。
正江 へへーッ。お代官様、ありがとうごぜえやす。やったあー。
父 ボンタンって言ったか、近頃のがきはとんでもねえズボンはいてるべ。女もだぶだぶの服が流行ってるっていうんでないか。そういう奴だべ、シンナー吸ってる中学生っていうの。
(玄関に、二郎顔を出し、父親の長靴を見て)
二郎 やべーっ。親父が帰ってる。(引き返そうとする)
母 二郎かい。なにしてるの。お前のうちだべさ。
(二郎、のそのそと決まり悪そうに舞台上手に行こうとする。
母 どうしたの。久しぶりに親子水入らずって言うのに。ぶすっとした顔して。(努めて明るくふるまう)
正江 (肩をもみながら)兄ちゃん、父さんに挨拶は。
二郎 ・・・うるせぇ。
母 父さん、すぐ又、船に戻るんだと。
二郎 俺に関係ないべや。
母 二郎!
二郎 親父、親父って言うけどよ、親父のできる事ったら、酒飲んだときの説教だけだべや。
母 二郎、父さんに何てくちきくの。
二郎 俺の気持ちなんか聞いてくれた事あったか。口開けば、「兄ちゃん見習え」しか言わなかったべ。
父 ・・・
二郎 お気に入りの兄ちゃんも、勝手に高校やめて家(うち)出てよ。みんな父さんが悪いんでないか。
父 おめえって奴は。(つかみかかろうとする)
正江 父さん、止めて。
(二郎、急いで上手に逃げる)
母 又これだもの。性格にているからだべか。親子で、こんなにソリが合わないの。
(父、黙ってビールをついで、グイと飲む。下手より、清水の母さん、小荷物持って玄関に)
清水 奥さん、聞いたが?日東丸の合同葬儀、4日後に決まったんだと。
正江 おばさん、合同葬儀って、お葬式のこと?
母 ゴムボートのカプセル見つかってるんだから、まだ生きてる人、いるんでないの?
清水 わがんねえ。飛行機もだしたんだけど、何ぼ探しても見つからないから、明日捜索本部解散すっだと。
母 かわいそうに。家族だって、親父の顔見ないば、あきらめつかんしょ。
清水 したからさ、おらいの父ちゃんだって、他人(ひと)事でないしょ。板っ子一枚下は地獄っていうべさ。私、このごろ毎晩寝る前、手合わせしてる。どんな事があっても、うちの父ちゃんだけは助かりますようにって。
正江 おばさん、上がればいいしょ。
母 こんなとこで、立ち話も何んだから・・・。
清水 いやあー。おじゃましちゃったね。帰るわ。
母 父さん帰っているんだよ。
清水 あら、縁起でもないことしゃべっちゃったわ。(奥に聞こえるように)ダンナさん、気にしないでね。
父 上がればいいべや。父さん、もう出たんだべさ。
清水 あ、そうだ。大事なこと忘れてた。正江ちゃん、ホイッ。(小荷物を手渡す)兄ちゃんからだよ。宅急便で届いてたのさ。ここの母さん、加工場(ば)さ行って留守なもんだから・・・。
正江 父さん、一郎兄ちゃんからだよ。(急いでテーブルの上に小荷物をのせる。)
母 一郎のことでは、奥さんにも、ずいぶん世話になったもんねえ。上がって、お茶飲んでってけれ。
清水 そうかい。そんじゃあ。ちょっと
(テーブルを囲んで、4人ぐるっと座る)
父 開けて見れ。もう時間ないから。
正江 うん。
母 手紙入ってないかい。
(便せんを取り出して)
正江 母さん。
母 入ってたか。
正江 うん。(手紙を読み上げる)「拝啓、家族のみなさん」。拝啓だって母さん。
二郎 拝啓ぐらい書くべや。
母 いつの間にいたんだ。こっちさ来て、清水のお母さんに挨拶ぐらいしろや。
(次郎、おずおずと座に近づき軽く頭を下げる。)
父 続けれ。
正江 うん。「5月になり、大阪ではもう桜も散りましたが、スモッグで灰色の空です。稚内が恋しいです。調理師の見習いなので、連休中は大忙しです。夏までには、少し慣れると思います。お盆には帰れそうにありません。」
父 馬鹿ったれ。早く帰って来い。
正江 「父さんには、家のしきいを二度とまたぐな、と言われたけれど、大阪で料理の道を進むことを後悔していません。」
母 本当だべか?
正江 「後悔どころか、高校ではわからなかったことばかりで、俺なりに充実した生活を送っていますので、安心してください。」
清水 えらいもんでないかい。一郎ちゃん。
正江 「調理師の資格というのは、高校を卒業してからのほうが早く取れます。」
父 したから、高校終わってからでも遅くねぇっていったべ。
正江 「でも、一人前になるには、親方について、早いうちから、みっちりしごかれた方が、あとあと良いそうです。」
(二郎、父親のビールの飲み残しを飲もうとして、母に手をたたかれる。)
二郎 俺もやめるかなあ、高校。
母 ばかなこと言うんでねぇ。兄ちゃんは、もともと、中学校おりたら調理師になりた
いって言ってたんだよ。お前みたいな半端なの、高校卒業したってつとまるとこな
ないべさ。
正江 静かにしてよ。何々・・・。「港にはなくても、オホーツクの海にはまだ流氷があるで
しょうね。朝まだ暗いうち、稚内の港という港から、流氷を割って進む船・船・船。
いやでも入る交信(無線)の声。まるで稚内の心臓の音のように、腹の底に響いて
くるドッドッドッドッというエンジンの音。冷たい空気と磯のにおいをなつかしく
思い出します。」
母 わかめでも送ってやるべ。
清水 大阪だら昆布のほうがいいんでないの。
正江 「日東丸のこと、こっちの新聞でも読みました。調理場で「稚内の漁船(ふね)が
ソ連の近くで沈んだってよ。」と言われた時、キャベツを刻んでいた包丁の手が震え
ているのが、自分でもわかりました。
遠く離れていると稚内の人が全部、知り合い見たく感じます。オホーツクの海で
働いている父さん姿が目に浮かんできます。今のうちに、という訳ではありません。
少し親孝行のマネがしたくなったので、プレゼントを送ります。父さん、お身体を
大切に。」
正江 ちゃんと書いてあるわよ。「二郎は、父さんとうまくいってるでしょうか。俺も家を
飛び出す形で大阪に来ましたが、こちらに来てみて、父さんのありがたみが、少し
わかったような気がします。」
二郎 何がありがたいってよ。どうせ俺なんか・・・。
正江 兄ちゃん、ちょっとうるさいよ。「今の親方から、お前は技術のほうは兎に角、根性
あっていいと言われます。父さんが口を開けば『十六の時から漁師一筋、』中途半端
が一番だめだ。』っていう血が俺にも流れているのでしょう。
二郎は俺以上に、父さんに似ています。だから、父さんともぶつかるのです。で
も、大人になれば、きっとわかると思います。」
二郎 兄ちゃんって言ったって、俺と一才しか違わないのに、偉そうに、何が、大人にな
ったらよ。
正江 「正江もクラブ活動の方張り切っているでしょう。勉強もしっかりやって下さい。
それではさようなら。」だって。
父 さんざん心配かけておいて、生意気なことばかり書いて・・・(目がうるんでいる。)
清水 だけど、もう一人前だな、一郎ちゃん。
母 父ちゃんうれしいんだよ、本当は。
父 (立ち上がりながら)さあ、行くべ。時間だ。(父、シャツを着始める)
正江 (小荷物の中から荷物を取り出しながら)父さん、いい物送ってきているわ。全然、
だぶだぶしてないよ。父さんお気に入りの、身体にぴったりの、ホラ。
(正江、新しいももひきをかざす。父、取り合わないふうに)
母 あれ。新しいのかわなきゃあと思ってたら。
正江 母さんには・・・と。これ、これ。
(赤い綿入りの半てんを取り出して)
母 はあーっ、こんなの着たらいいばあちゃんだね。(と言いつつも、うれしそうに袖を
通して)
父 じゃあ、母さん、行ってくるぞ。清水の母さん、ゆっくりしてってけれ。
(父、アノラック、帽子を身につけ、長靴をはき始める。母、ふろしき包みの着替
えを持って父のほうへ。)
母 一郎が送ってくれたの、入れておくからね。いいしょ?
父 (後ろ姿で)わかった、わかった。
(玄関の戸を開けて出て行こうとするとき、それまで、兄の手紙を読んでいた二郎、
急に立ち上がる。)
二郎 正江、港さ行って、船見てくるべ。
正江 ・・・うん。(間)母さん、何やってんの、早く。寒いから、それ着たまんまでいいし
ょ。
(舞台、三人のみ。父の姿は見えない。外は夕焼け。溶明、三人にスポット。舞台
下手より客席に向いて)
母 母さんな、父さんと一緒になったときから、今度は戻ってこないんでないべか、早
元気な顔を見せてくれって、そればっかり考えて、お前たちば育ててきたんだよ。
二郎 この海で、何人も死んでるもんな。山田の父さんも、寺井の父さんも・・・。
母 父さんだって、何ぼつらい事あったか。家族のこと考えたら、沖に出て行かないば
ならないしょ。
正江 ずうっと、ずうっとむかしから、稚内の人達って、死ぬことがあっても、海を頼り
に生きて来たんだね。
母 そうだよ。海で生き、家族ば守り、この稚内っていう街を作って来たのさ。
二郎 父さんが稚内を作ってるんだってか。えー母さん。
母 あ、あーっ。そうだよ。海で働く男たちが、この街さ作ってきたんだ。そして、
母さん達が父さんのいない家を守ってきたんだべさ。
(擬音。漁船出港の様子)
正江 あっ、父さんの船だ。父さーん。父さーん。
(正江、大きく手を振り、「父さーん」を数回。)
正江 見送りしようと言ったの兄ちゃんでしょう。
(二郎「見送るって言ってないべや」とぶつぶつ言いながら、正江に立たせられる
格好になる。)
正江 声ぐらい出しても損しないしょ。オイ!(兄に向かって)海の息子なんだぞ。
二郎 いいじゃ俺。
(母さん、涙ぐんでいる。)
正江 母さん、なしたの?(少しの間)
母 初めてだな、三人で父さんば見送るの。
正江 あっ、父さん、手振ってる!父さーん。
(正江、二郎の背中をたたく。二郎、口を開こうとするが、声が出ない。正江、
舞台上手にかけ出す。スポット追いかける。バックに合唱部のハミング、正江に
スポット。)
正江 父さん、行ってらっしゃい。私、合唱部で「たたかいの海」っていう歌、練習して
るんだよ。この海でなくなった人(男達)や父さんのこと思い出しながら、歌って
いるんだよ。
(暗転。ハミングから次第に詩曲に。二郎、母にスポット。)
母 父ちゃん。・・・・・。
二郎 父・・・さ・・・ん!
二郎 父さーん。ケガすんなよ、年考えれよ。父さーん。(大きく、長く)
(合唱部全体にスポット。合唱大きくなる。)
*第一回「ふるさとに学ぶ文化活動発表会」で上演