Movie Review 2006
◇Movie Index

僕の大事なコレクション('05アメリカ)-May 3.2006
[STORY]
ユダヤ系アメリカ人のジョナサン(イライジャ・ウッド)は、家族の“モノ”を集めるのが趣味。目についたものをジップロックに入れては壁に飾っている。ある時、祖母から亡くなった祖父が持っていたという写真を手渡される。写真には若い頃の祖父と見知らぬ女性が写っていて、裏には「アウグスチーネとトラキムブロドにて」と書いてあった。
ジョナサンは祖父の故郷であるウクライナを訪れるが、通訳のアレックス(ユージーン・ハッツ)と彼の祖父で自称盲目の運転手(ボリス・レスキン)、そして凶暴な盲導犬(?)との旅は前途多難だった――。
監督&脚本リーブ・シュライバー(俳優で本作で監督デビュー)
−◇−◇−◇−
原作はジョナサン・サフラン・フォアの『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』で、映画には彼自身も墓地で落ち葉を掃除する役で出演している(遠くて顔が分からないけど)
またアレックス役のハッツはミュージシャンで、彼のバンド仲間もジョナサンを迎える音楽隊の役で出演している。

ユダヤの歴史についてははっきり言って無知だし、正直そこにはあまり惹かれなかったんだけど、1枚の写真を手がかりに祖父の恩人だというアウグスチーネを孫が探すというストーリーがまず気になった。そしてオタクな主人公と、アメリカかぶれの若者とエキセントリックな老人とクレイジーな犬という取り合わせも面白そうだと思った。で、前半は予想通り3人と1匹の噛み合わなさが楽しくて、この祖父と孫はヘンだなぁと思っているとジョナサンも負けず劣らずヘンで、ヘンな人たち同士で奇妙な連帯感が生まれるところが楽しかった。

だけど後半からの展開には戸惑ってしまった。シリアスになるのは予想通りだったけど、ジョナサンの祖父のエピソードが掘り下げられるのかと思いきや、いつのまにかメインが別のところにシフトしてしまったのだ。
(ここからネタバレ) アレックスの祖父の過去にも言及するのはいいんだけど、彼の過去には回想シーンまでつけておいて、ジョナサンの祖父の話はリスタのセリフであっさり説明するだけというのがそっけなさ過ぎる。そりゃないよー。
確かにアレックスの祖父の過去は衝撃的だった。セリフでは伝えることができない過去だから回想シーンを使ったというのも理解できる。最初彼はジョナサンに対して侮蔑的な言葉を吐いたので、てっきりユダヤ人を嫌っているウクライナ人なのかと思っていた。でもそうじゃなくて、おそらく生き残った彼はユダヤ人であることを必死に隠し、ナチを欺くために時にはウクライナ人として弾圧する側に回ったのではないだろうか。そのことを今は誰も責めたりはしないだろう。だけど自分が許せなくなったんだろうね。だから・・・。
でもやっぱりジョナサンの祖父の話ももう少し時間を割いて欲しかったな。アウグスチーネと別れる時、あのペンダントを渡すところはぜひ回想シーンで見たかった。
(ここまで)

今までのジョナサンは自分のルーツ探しのためにコレクションしていた。でもウクライナでリスタという女性に出会いそれが変わる。彼女もまたコレクターなのだが、彼女の場合は亡くなったユダヤ人たちの遺品を集めていて、遺族が会いに来たら渡すためにそうしている。その気持ちに触れたジョナサンもまた、コレクションしたものを、必要としている人にプレゼントするようになる。そこがとてもいいと思った。これからもジョナサンはいろんなものを集めていくんだろうけど、この旅を通して集めることの意義が変わったのではないかな。
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レント('05アメリカ)-May 1.2006
[STORY]
1989年ニューヨーク。ギタリストだったロジャー(アダム・パスカル)はHIVに感染した恋人が自殺し、作曲ができなくなっていた。ルームメイトのマーク(アンソニー・ラップ)はドキュメンタリー作家を目指し日々カメラを回している。2人は家賃“RENT”が払えないほど貧乏で、かつての仲間で現在は金持ちの娘と結婚してアパートのオーナーとなったベニー(テイ・ディグス)から、立ち退きを迫られていた。そんなある時、ロジャーは下の階に住むダンサーのミミ(ロザリオ・ドーソン)と出会い彼女からアプローチを受けるが、恋人が忘れられずまた自らもHIVに感染しているロジャーは彼女を拒否する。
監督クリス・コロンバス(『ハリー・ポッターと賢者の石』
−◇−◇−◇−
1996年にニューヨークの小劇場から始まり、3ヶ月後にブロードウェイへ進出したミュージカルの映画化。プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』をモチーフにジョナサン・ラーソンが脚本・作詞・作曲を手がけるが、上演前に35歳の若さで亡くなっていて(映画の脚本は別の人が手がけている)本映画では実姉のジュリー・ラーソンが共同プロデューサーに、ロバート・デ・ニーロも製作に携わっている。
出演はミミ役のドーソンと、ジョアンヌ役のトレーシー・トムズ以外は舞台のオリジナルキャストだそう。私は今まで舞台を見たことがないんだけど、トレーシー・トムズはずっとオリジナルキャストだと思ってました(笑)出演者の中で一番歌が上手いし(と私は思った)「Seasons of Love」でソロ・ヴォーカルを取ってたんで。コリンズ役のジェシー・L・マーティンもいい声だったな。

『プロデューサーズ』もそうだったけど、人気のミュージカルだから映画化したいというのももちろんあるだろうけど、オリジナルキャストの歌や演技を残しておきたいというほうが強いんだろうな。その気持ちはよく分かる。今回も本当なら全員オリジナルキャストでやりたかっただろう。でもミミ役、ジョアンヌ役の女優さんは妊娠してたり年齢的に難しいといって断ったらしい。舞台だと気にならないけど、スクリーンだと年齢は分かりやすい。出演した役者さんでもちょっとキツイんじゃ・・・という方もいたしね(笑)アーティストを目指す若者たちを描いた物語では特に。

上に書いたように私は舞台を見たことはなかったしストーリーも好みじゃなかったんだけど、予告で皆が歌っていた「Seasons of Love」に感動して見に行った。映画の冒頭でそのシーンが流れて大満足。でも話はやっぱりあんまり好きじゃないなぁ。『シカゴ』は1920年代が舞台、『プロデューサーズ』は1959年だった。これくらいまで古いと素直に受け入れられるけど、1989年〜1990年って中途半端に古いのよね。自分が知ってる年代だから尚更。魂を売りたくないとホザくアーティストモドキはイタイだけだし、マークが撮ったフィルムにしてもモーリーンのライブにしても、その当時見ていればスゴイ!と思ったかもしれないが、いま見ると恥ずかしい。また、飲みに入ったお店で、店員に注文しないから嫌だと言われながらお店に入り、結局テーブルの上に土足で乗っかり踊りまくるシーン・・・迷惑掛けすぎだろ〜(笑)舞台で見たら相当楽しそうで気にならないと思うが、映画だとやっぱり冷静に見てしまうからダメなものはダメだ。まぁこういうのもまた数十年後に見ると逆に良いと感じるかもしれないけどね。

登場人物も皆あまり好きになれなかったけど、エンジェルだけは別。優しくて可愛いくて力持ち(?)コリンズの言う通り最高の女(男)だった。映画のラストカットの彼女の表情が穏やかでとても綺麗で、まさに天使だった。顔のアップは映画でないと見れないからね〜。ここは映画で良かったと思いました。
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家の鍵('04イタリア)-Apr 30.2006
[STORY]
出産時に恋人を失ったショックから、ジャンニ(キム・ロッシ・スチュアート)は生まれたばかりの息子パオロ(アンドレア・ロッシ)を手放し新たな家庭を築いていた。15年後、ジャンニの元にパオロの伯父が訪ねてくる。パオロは障害を持っていて、実の父親と一緒なら症状が軽くなるかもしれないと医者からアドバイスを受けたという。そしてベルリンのリハビリ施設までパオロを送り届け面倒を見てほしいと説得される。
監督&脚本ジャンニ・アメリオ(『宣告』)
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当初は障害を持つ息子を持った著者自身の経験を元に書かれたジュゼッペ・ポンティッジャの『明日、生まれ変わる』を映画化する予定だったらしいが、実際にハンディキャップを持つアンドレア・ロッシと出会ったことで、新しい物語を作ったという(だから原案になるのかな)また『明日、生まれ変わる』は映画の中で、重い障害を抱えた娘を持つニコール(シャーロット・ランプリング)が読む本として登場させている。ちなみに本の主人公はアンドレア・ポンティッジャで、アンドレア・ロッシと同じ名前だったため、監督は映画の冒頭で“二人のアンドレアに”と捧げている。
第61回ヴェネチア国際映画祭に出品されセルジオ・トラサッティ賞(アメリオ)やパジネッティ主演男優賞(キム・ロッシ・スチュアート)等を受賞した。

アンドレア・ロッシ以外にも実際にハンディキャップを持っている人々が出演していて、病院の職員もひょっとしたら本物なのかな?とても手馴れた様子でリアルな情景だ。その中でジャンニだけが居心地悪そうで、パオロは父のことをウザがって外で待ってろと怒ったりする。どっちが親なんだか分からない(笑)ジャンニも採血くらいで気が遠くなっている場合じゃないだろ〜。ジャンニはオロオロしたり周りの目を気にするばかりで、マイペースなパオロとは対照的だ。パオロはその時やりたくなったことをやっているだけで深く考えているわけではなさそうなのだが、実はこの突如現れた父親を試し、冷静に見つめているようにみえた。

そんな2人の次第に信頼関係が生まれてくるが、やはりそう簡単にはいかない。ジャンニ役のキム・ロッシ・スチュアートは無駄に男前なので(笑)最初はこの役には合ってないんじゃないかと思った。でも素朴な風貌の父親だったら単に心温まるものにしか見えなかっただろう。彼の場合は顔が整い過ぎていることで冷たく見える時がある。だから生まれたばかりの息子を捨てたというのも頷けるし、今のパオロを愛しているといっても疑ってしまう。ダメならまた捨てそうな雰囲気が漂ってるわけ。結局、今のジャンニも身勝手なのは変わっていない。パオロを引き取ると言い出すけれど、今までパオロを育ててきた伯父伯母のことも、ジャンニの妻子のことも考えていない。彼の奥さんが賛成するとは思えない。一体どうするつもりなのか・・・とやきもきしていると、突如ジャンニがパオロと暮らすことの困難さを思い知ることになる――。
このシーンがとても良かった。ちょっとしたことなんだけど、逆にこの程度のことも対処できないようでは一緒に暮らすことなんてできないだろう。今までちょっと胡散臭い目でジャンニを見ていた私だったけど(だって無駄に男前なんですもの)このときの彼は本当に打ちのめされているって分かった。そして何故かホッとした。このことがあって、2人はまた少し近づいたかもしれないから。だけどまだまだ先は長い。いつかニコールが吐露した本音に共感する日も来るのだろう。それでも実の父子なんだから一緒に暮らせるといいな。

ただ、父と子に焦点を絞り過ぎていたのが不満。監督がアンドレア・ロッシを撮りたくてたまんなかったのは映画を見てて分かったけど、2人が仲良くなる過程に時間を割きすぎてたと思う。ジャンニの妻子は全く出てこないし伯父も最初しか出てこない。もう少し登場人物を増やし、様々な面から捉えて欲しかったな。
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隠された記憶('05フランス=オーストリア=ドイツ=イタリア)-Apr 30.2006
[STORY]
テレビ局のキャスターであるジョルジュ(ダニエル・オートゥイユ)は、妻アン(ジュリエット・ビノシュ)と息子ピエロの3人暮らし。ある日、1本のビデオテープと不気味な絵が届き、テープにはジョルジュの家の前の風景が2時間以上にわたって撮影されていた。それからも次々とテープが届き、夫妻は身の危険を感じ始める。そんな中、ジョルジュは幼い頃の出来事を夢に見る・・・。
監督ミヒャエル・ハネケ(『ピアニスト』
−◇−◇−◇−
第58回カンヌ国際映画祭で監督賞・国際批評家賞・人道賞を受賞。
フランス映画祭2006でも上映されたけど、都合がつかなかったので一般公開を楽しみにしていた映画だ。といっても『ピアニスト』が自分の中で相当キツくて、いまだに傷が癒えないような気分なので怖いもの見たさというやつですが(笑)
(『ファニーゲーム』など他の作品も見てみたいんだけど未だに見れない・・・)

で、見てみたけど予想より怖くなかったし、後味が悪くて引きずるような映画ではなかった。まずそれが良かった(笑) だけども、延々と自分の家の前を映したビデオが送られてくるなんて、想像しただけで鳥肌が立つ。同封の絵も徐々にエスカレートしていって 狂気が露わになっていくのも嫌だ。何でこの監督はこんなことを思いつくかねえ(褒めてるんですが)

さらに意地悪なことに、チラシに書いてあった“衝撃のラストカット”は、一見したら何ともない映像なのだ。その前に、同じ場所から撮られた似たような映像があり、それは見逃していてもどうってことないものだった。だから今回もそうなんだろうと思って気を抜いていると、いきなりエンドクレジットが出てくる。これがラストカットだったの?!とビックリしてしまう。私は映像の中の大事な部分に気がついたけれど、それでもここで終わりだったとは思わず、驚いてしまった。もっと注意して見ておけばさらに何か分かったかもしれないと後悔したし、いま自分が映像から解釈したことが合っているかどうか不安だ。明確な答えがあるかどうかも分からないけど(たぶん見た人の解釈で、という意図だと思うので)とりあえず私の解釈を書いておきましょう。

(ここからネタバレ)ビデオの送り主はマジッドの息子だと思う。父親からジョルジュの話を聞き、自分たちの暮らしとテレビに出ているジョルジュを比べ恨んだ彼は、ジョルジュに罪の意識を感じてほしいとビデオを送りつけていた。しかしジョルジュは罪の意識を感じるどころかマジッドを責めたて、逮捕させ、ついには父が自殺してしまう。息子のピエロとは、ジョルジュの息子と知ってから近づいて仲良くなり、時にはビデオを置く役目を頼んだりしているが本当の動機については話しておらず、ピエロ自身も両親を困らせるいたずらという感覚しかない。今後はジョルジュがテレビに出られなくなるよう社会的失墜を狙うことで、自分の父親と同じ気持ちを味わわせるか、ピエロが傷つくようなことをして自分と同じ気持ちを味わわせるかもしれない。
どちらにしてもジョルジュにとっていいことはなさそうだ。風邪引いて寝ていられるのも今のうちということだろうか。でもジョルジュが風邪薬を飲んで寝るシーンは、睡眠薬自殺を図っているんじゃないかと思うくらい暗いんだよね。最終的にはこうなりますよ、という暗示だろうか?
(ここまで)

あー、考えれば考えるほどいろんな疑問やら解釈が出てくるなぁ。やっぱり引きずるような映画だったわ(笑)
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Vフォー・ヴェンデッタ('05アメリカ=ドイツ)-Apr 27.2006
[STORY]
近未来。第3次世界大戦後、英国はサトラー議長(ジョン・ハート)が支配する独裁国家となっていた。テレビ局に勤めるイヴィー(ナタリー・ポートマン)はある晩、男たちに襲われそうになったところを“V”と名乗る仮面の男(ヒューゴ・ウィービング)に助けられる。彼は国家に反抗し、市民に革命を呼びかけていた。そして手始めに彼女の目の前で中央刑事裁判所を爆破してみせる。
監督ジェイムズ・マクティーグ(『マトリックス』の助監督を経て監督デビュー)
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原作はイギリスの同名コミック。製作と脚本は『マトリックス』のアンディ&ラリー・ウォシャウスキー兄弟。
1605年11月5日にイングランド国王を爆殺しようとして未遂に終わった火薬陰謀事件の実行犯ガイ・フォークスが“V”のモデルとされており、本編で“V”は市民に11月5日に国会議事堂前に集結するよう呼びかけている。

原作を知らず、ガイ・フォークスの事やイギリスで行われているというガイ・フォークス・デーのことも全く知らなかったので最初は訳が分からず入り込めなかったが、近未来の設定が私の好きな『リベリオン』と似ていたし、Vさんのジェントルな物腰は素敵だし――で、予備知識がなくても大丈夫そうだと思って見てた。
が、イヴィーがVさんちに居候するあたりからはセリフばかりで、イヴィーのロリータファッションやVさんの花柄エプロン姿というサービスシーン(笑)があるものの、字幕を追うばかりで疲れてくる。小説じゃなくて映画なんだから、もっと動きのある映像で説明やら主張などを見せてほしかった。アクション映画と思って見に行くとガッカリだろう。

イヴィーが丸坊主にされるところからはまた盛り返してきて、鬼気迫るポートマンの演技や獄中死した女性の話に涙がにじんだ。でもナチスによるホロコーストまんまよね。サトラー議長はヒトラーまんまだし、あまりに工夫がない。人間は過去を忘れ同じ過ちを繰り返す、という皮肉なんでしょうかね。原作通りだったとしても原作の時代とは違うんだから設定を大幅に変えても良かったのでは。監視カメラや盗聴によって国民を支配し、メディアを使って大衆操作するというほうが現在から見てありえるんだから、その方面から近未来世界をもっと大きく広げていったほうが面白くなったのではないかな。

しかしVさんてお茶目で器用な人よね。(ここからネタバレ)花柄エプロンもビックリしたけど、まさかイヴィーを拷問したのもVさんだったとは。ゴードンの家でイヴィーを捕まえた人の声がVさんのように聞こえたので助かったんだ!と思ってたわけよ。でも次のシーンで取調室だったので本当に捕まっちゃったんだと。騙されたなぁ。最初の声のほうを信じておけばよかったのか。ということはですよ、取調べをしたのも髪の毛刈ったのも食事を与えてたのもみんなVさん1人でやってたわけよね。イヴィーは大変な目に遭ったけど、Vさんの行動を想像したら不謹慎だが笑ってしまう。あの看守の人形のリアルな風合いもたまらなかった(交通安全教室でも使えそうよ)イヴィーがゴードンの家にいる間に1人でコツコツ作ってたんだろうと思うと愛しくなりますね。(ここまで)

Vさんのナイフアクションは格好良かったが『マトリックス』でのネオの弾丸避けに似ていて新鮮味はない。それよりVさんがドミノを倒すシーンのヴィジュアルのほうが印象的だった。ドミノの波と、そのあとVさんのコスプレをした民衆が押し寄せるシーンとが自分の中で重なって見えて、とてもいい演出だと思った。こういうシーンを全編にわたって見たかったな。
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