2006年
僕は日影ではなるべく歩くことにした。
そうだよ。健康の為にね。
うん?もう全然手は痛くないよ。
本当に良かったな♪
うーん、気持ちがいいなあ~♪
土がヒンヤリしているんだ。

「中央ゲートから入ってグルリと周って、北口ゲートに近い丘の上に
今回の目的でもある、深沢 紅子の『野の花美術館』がある。
深沢 紅子(1903~1993)は、軽井沢ゆかりの作家堀辰雄と
親しく、昭和39年頃から20年あまりの間、毎年夏は旧軽井沢の
堀辰雄山荘に滞在し、高原の草花の水彩画を数多く残している。
終生、野の花を愛した深沢 紅子の作品を収蔵・展示しているのが
「明治四十四年館」の2階である。」
最初に訪れた場所は、もうあれはかれこれ10年以上も前に
行ったことがある『軽井沢タリアセン』だ。
でもね、まだこんな名前じゃなかったし、整備もされていなかった。
二番目のお姉ちゃんが天国に召される前の頃だからね、
勿論僕はまだ生れてもいなかった。
ここは塩沢湖畔を中心に自然と文化とミュージアム等々、いくつもの
楽しい施設がある空間だ。
そもそもTALIESIN(タリアセン)とは、ウェールズ語で「輝ける額」という
意味があるらしい。
また、芸術の栄光をうたった19世紀ウェールズの吟遊詩人の名前
でもあるそうだ。
そして、いよいよ僕のお気に入りになった、この写真だよ。
大きなトランクの中には分厚い本が立てかけてあった。
そして、僕はその中に入るように言われた。
あーっ、ままが大好きなご本があるよー
でも、これってちょっと小さくない?厚みもあるし、。。僕は入れるかなあ?
ひょいっ!大丈夫だった、良かったあ~♪
次に、トランクに手をかけるように言われた。
そーっとかけてみた。
なるほどねえー・・・うん?そばにきれいなお花も置かれたよ。
「あらっ!ハッピちゃん、可愛い~♪ ハッピーポッターだあー!♪」
見ていた皆が口を揃えて言っているのが僕の耳に入ってきた。
うん?僕って今注目されてるの?

2005年

2004年

2003年 

CONTENTS

野の花を探してみたよ♪

たんぽぽがいっぱいだあー

桜も咲いたよ♪枝垂れ桜の前で・・・・・

平成18年4月16日の日曜日
平成18年4月3日の月曜日

↑中央ゲート

↓今ココだよ

癒しの軽井沢

着いたよ~
10時に到着したから、2時間20分かかったわけだ。
まあまあの時間だね。
美女木インターで混んだだけだからね。
あそこはいつも混む所だしね。
比較的スムーズに軽井沢へは着くことが出来た。

僕は、多分歩けないだろうと、左手を噛まれた日に、ままの要望で、
パパは早速ドッグカートを購入した。
軽井沢は歩くことが多いから、いずれにしてもお役立ちだからと
買ったのだった。

僕は体重が少し増えて今、3.2キロだ。
キャリーバッグだと、かなり肩に負担がかかるからね。
陽射し除けもついているし、なかなかこれはいいねえ。
折りたたみもできるから、場所も取らないし、思い切って買って
良かったねって、パパもままもお姉ちゃんもそして僕も喜んだ。

その2

旧帝国ホテルを設計したことで有名な建築家フランク・ロイド・ライト
は、ウィスコンシン州スプリンググリーンに建てた自らの工房に
タリアセンと名付け、芸術の理想郷を目指した。
軽井沢が培ってきた文化を守り発展させたいという願いをこめて、
命名したのが『軽井沢タリアセン』ということらしい。

この『軽井沢タリアセン』がある塩沢という場所は元々湿地帯で、
この塩沢湖も近くの泥水から水を引いて人の手で作られた
のだそうだ。

まずは湖畔の遊歩道を巡り自然観察をすることになった。
様々な山野草や野鳥が観察できるようだね。
あっ、ままっ!鴨の親子が泳いでいるよ。
大きな鯉もたくさんいるんだね。
ふぅーん、ままはパンフレットを散策しながら、読み上げていた。
(文はそのままじゃあないよ。一応要約しているんだってさ)
というわけで、「明治四十四年館」に着いたよ。
ふーん、この建物は名前の通り、なのかなあ?
まま、教えてよ。
「この建物はね明治四十四年に建てられたんだって。
いわゆる木造二階建ての洋館で、ここに移築、保存さている
そうよ。
元々、別荘で、別荘族の情報交換の場所だったそうな。
軽井沢の名所の一つだったったのねえ。」
まま、じゃあこの二階が深沢紅子っていう画家さんの水彩画が
展示されているんだね。
そうよ、ハッピーは入れないから、お留守番していてね。