★2011/7東北
8/8陸前高田を離れ、石巻、東松島、埼玉県 三郷市、東京、長野市、11日我が家へ
★今回は旅気分を抜きにした行動で、被災地の写真アップ等は極力しません
2014/6~
自分と車とその他の趣味
★2004年始めての一人旅。 帰路千里浜にて
★2005★2006は特筆する事なし
★2007年 沖縄へ離島小旅(7/13~2 慶良間、石垣、与那国、西表、竹富、波照間.沖縄本島
★2008年 主な出来事(退職後一番動きが無かった)自宅駐車場にオープンテラス(2F)が完成
★2009年 草取りなどのアルバイトと息子の新築家屋の花壇・ 外囲施工
★2010年 第2回北海道は7月2日から8月2日(30日間)走行距離6,500km⇒ポルシェのクラッチ交換・孫誕生
★2011年 自宅の庭づくりと山小屋風小屋を作る。7月1回目の東北へボランティア⇒軽四輪・かたつむり作業所と出会う
★2012年 2回目東北・第3回北海道一人旅⇒ポルシェ
★2013年 3回目東北・岩手県大船渡市⇒ポルシェ
★2014年 4回目東北・岩手県大船渡市⇒軽四輪
★2015年 5回目東北・岩手県大船渡市第・4回目北海道⇒ポルシェ
★2016年 6回目東北・知人に貰った灯油窯を軽四で重量約300kg途中タイヤ交換
★2017年 夏・ポルシェての最終北海道長旅予定であったが、昨年末事故でクラッシュ。残念無念
7回目の岩手県大船渡市のかたつむり作業所へ6月20日から8月8日まで倉庫の移転
東北へ10年ぶりの飛行機移動、安い、早い、楽チン。、
★2018年 8回目東北・昨年仮設から恒久施設に移転。大工仕事より陶芸がメインになる予定(71歳)
★2019年 9回目の大船渡、かたつむり作業所へ(72歳今年は猪年男)。
★2020年 コロナ感染、世界中がパンデミックに(毎年5月の陶器市は会場都合で中止)
★2021年 5月の陶器市は県民文化祭が10月開催され応援事業として参加
★2022年 5月29日(日)に開催 クラブ展は10月
3年ぶりに10月27日~11月17日大船渡市かたつむり作業で40人の利用者さんに陶芸教室
を開催、小鉢40個・型抜きの動物・魚・カタツムリ約400個の焼成。電気窯4回・灯油窯3回
★2023年 和歌山陶芸クラブの移転
★2024年 第一目標はパリオリンピックまで生きること➡あと三ヶ月までは生きられそう
今年は陶器市を終えて大船渡市へそれからバックパッカーで北海道へ最後の一人旅予定であったが、妻の
体調不良で残念。
★2025年 78歳 二回目の大阪万国博覧会、一回目現在の妻と一緒に結婚前だった。
★2026年 79歳
★2027年 80歳
★2028年 81歳
★2029年 82歳
★2030年 83歳
★2031年 84歳
★2032年 85歳
どこまていけるか
SINCE 2004.7.1
★お知らせ
第43回和歌山陶芸クラブ展の開催
会期 令和6年10月30日(水)~11月4日(月)
am10:00pm5:00(最終日pm4:00)
会場 和歌山県民文化会館 小展示場
今回のテーマ【ときめき】
陶芸と作品紹介
ここをクリック
★2024.6月終の車は、、クラッシュのポルシェが売れワーゲン・ビートルに変身。
初台目から25年を経て1972年製の同型車を購入
★陶房の会展
(2014/5)
今回は軽自動車で駐車場とトイレ以外はすべて自己完結できるよう、必要な物の積載方法を考え車内に物品棚と就寝するスペースを確保、快適に車内生活を過ごせそうです。
★、和歌山市雑賀崎漁港の晴天産業店舗
(地元の物産品販売店)の一角に、私の陶器を常設
展示販売しています。
また、カフェ・軽食・新鮮な魚類の販売
魚のさばき(釣り客)等々多彩な趣向の
雑賀崎アマルフィ海岸に合う店舗てす。�
2015.2016
★2012年の旅も終り
シングルシートを
オレンジ色に
★更新24/11/12
2025年3月末から新しいサイト➡こちら
★2002年 12月末・早期退職 55歳
★2004年 第1回北海道、2004/7/3~10/11(101日間)走行距離⇒ポルシェ13,000km
旅先で出逢った石田ゆうすけさんの著書第5弾⇒!台湾自転車気儘旅幻冬社より
1作目「行かずに死ねるか」 2作目「いちばん危険なトイレといちばんの星空」
3作目「洗面器でヤギごはん」 4作目「道の先まで行ってやれ」是非」6作以降も的勢力に出版中
夏季期間の旅で
車中泊が多くすぐ
洗髪ができる坊主
頭にしました。
57歳の私
現在は後期高齢者・テヘ
04/9/12(寝て曜日)ニセコ町
アンヌプリ頂上(1308.2m)ゴンドラから約1時間
★後方羊諦山(1898m)
何故かラリージャパン
★★★04/10/11am9:30帰宅するも
熱烈迎えもなく妻は胃を押さえ、息子
は醒めた眼で横を通り過ぎ、家族は
何の反応も無く、何時もどおり散歩から
帰って来た時のようであった。
このような理解のある家族です。
チャンちゃん。
この時点では勝宣は独身でした。
★04/12/18ポルシェクラブ走行会・鈴鹿サーキット
にて、なんとベストラップ3分を越してしまった、トホホ・・・
F-1一周で早くも周回遅れのラリー仕様まがいのトシ
チャン号(車両は全てノーマルだから・・・)
琢磨もシューマッハも使ったかもしれない
ピットにて、おっさんくさい姿で御免「斬り」
2011年は二回目のカムイが、楽しみです。
2012年の旅
日常のリアルは facebook
昨年の反省で、雨対策としてテントを設置(快適!)
「座して半畳、寝て一畳」より少し狭い空間ではありますが
私にとって充分仕合わせな時を過ごせており、不自由なく
旅が出来ます。
床下収納
、深さ約20cm
★06/6
バイク(ホンダクラブマン)を買いました。
あとシングルシートを装着すれば黒の
カフェレーサー風に変身
注文していたシングルシートが本日届き
次回の更新時には、ご御期待!
2004の旅
北海道一人旅から5年が過ぎ、我が家の家族が5人
となりました。
★★★62歳にして孫が2009年8月19日
男子誕生名前は「左門」
2009年に一人旅を予定していたが
誕生予定が八月末で、旅に出て身に何かあ
れば孫の顔を観れないことも無くはなく、
我妻の意見を素直に受け入れ、
2010,年となりました。
淳子
佳世子 としお君 勝宣
後部座席のドア側から、
棚は取り外し積荷を降ろせば
四人乗車可能。
主な装備品 ●発電機900W(携行ガソリン缶) ●電動ミシン ●水タンク(20L)
●大工道具一式(日曜大工+α)位の仕事は可能
●ハンマー、かけや・バール等々
●日常的に使う電池などの小物
●車内生活に使う日常品一式
今回、私は一人で行きますが、既に知人が活動しています。
和歌山市内の知人も私の後方支援をしてくれています。
被災地へ行くについて、出来れば障害者その中でも自閉症児のもつ
両親にめぐり逢え、何か手伝い出来たらいいなと思っています。
この事に関し、情報をいただければ幸いです。
後方からの寝室 前方運転席からの寝室
ルーフボックス
★7/1 愛しい恋人のポルシェにしばしの別れ、彼女は車検中べっぴさんに再会できる
日まで・・・AM:10:30 FAL工場にて
※ホームページを見ていただいた人は
掲示版に書き込みお願いします。
本日は中央自動車、諏訪湖saで車中泊です。
★7/3 芝パークホテル(大門の近く)
の露地からの景色
★7/5 宮城県東松山市に到着しました。走行距離1100KM
7/4は南相馬市で半日写真洗浄の作業をしていました。
東松山市は明日から16日まで活動して、南相馬に再度行く予定。
午後から石巻市の知り合いの知り合いの人に見舞に行きます。
ホテルの駐車場に
入るため、ボックスの
脱着が必要となり
このとおぉーりに相成りにけり。トホホ・・・
ボランティアセンターに到着。
本日は休憩、雨が降ってきたのでこのへんで。
★7/7 東松島市災害ボランティアせんたーで6日から活動開始しました。
大工道具一式を持参したことが役に立ち、大工見習いで、泥出しの前工程で
個人宅の床はがしをする作業です。今日で二日目になります。
大工さんと二人で活動しています、明日は大工仕事がないようなので、泥出しの
作業をすることになる予定ですが、雲行きが悪く雨の日は作業中止に、月曜日は
センターの休日となるので、コインランドリーで一週間分の洗濯日。
右の写真は7/3に石田ゆうすけ氏
の自宅近くに彼の五作目の単行本に
サインを貰いました。
「台湾自転車気儘旅」
(世界一屋台メシのうまい国へ )
★7/11 東日本大震災は今日で4か月が過ぎました、ニュースではまだ瓦礫撤去が40%弱との報道 あり。本日当センターは休日
昨日作業中に余震があり、サイレンがなり近くの町内スピーカーから、海岸付近から他か
高台に一時避難するように注意喚起があったが、作業地が海岸線から離れていたので作業 を一時中断しラジオで状況把握しながら休憩。
7/10 センターの駐車場併設のテント村で知り合った横浜のM君自称22歳独身?。
観てのとおりガッツリした体格で、少し尖ったように
見えるけど、根はまじめで、礼儀があり素直な性格
と感じた。まだよく知らないが私が彼の父親位の年齢
だからタメ口では会話しない。初めての会話は三島
由紀夫の人物像云々から・・・。
悩み多き青年という印象である。
PCバッテリーが切れそうなので、このへんで。
昨日はM君とN君の三人で床ばがし、私が頭領まあ
歳のコウかうぬぼれかはたまた・・・?
★7/12 昨日は石巻市マイカルでスピルバーグのスーパー8を鑑賞
してきました。
センターに帰り、カナダへ帰国するミスター・ロブのささやかなパーティに
タコ焼きの具材をイオンで刻み紅ショウガはこちらには無いそうです
今日の午前中は床はがしの作業がなく、午後に床はがしを私と三人の若者
と一緒に行きます。横浜のM君32歳、大阪のS君32歳、大分のS君23歳
彼らは泥出しの作業に行きました。
★7/18 伊達市「みさとユースホステルの自家製ジャガイモ堀を、仕事で日本に来ている
中国人「郭永濤達と一緒に手伝う。アメリカから一時帰国して南相馬市のボランティアに来て
いる人も一緒に
★7/21 南相馬市から7/19に亘理町へ、20日に
東松島市に昨日は休止日
台風の影響で風邪が強くテントがゴロゴロど
回りながら飛びました。
私のテントで風の強さを体感しました。
★7/22
本日久しぶりに午前中床はがしの作業を
3人で。
午後は昨日、一昨日の寒さのためか、鼻水
が始末、午後は栄養と休息をとり、後2週間
がんばるぞぉー、エイ・エイ。オォォー
★昨日個人宅庭の植樹回りに重機が入らないので、
人力で泥出しをする作業班に、3人の韓国の方が遙々
ボランティアに来てくれました。頭が下がる思い。
大学の教授と教え子(4回生)教授は日本語が堪能
で私の言う事はすべて即座に理解して、教え子に通訳
してくれました。
日本の人と会話をしているようで、生徒たちも素直な青年
の印象を受けた。
市民レベルだと国境がないように感じた次第。
★7/25 東松島市ボランティアセンターにて
本日は活動休止日で久し振りの一人一人きりの時間をのどかな木漏れ日のしたで涼しい
風に吹かれています。
自宅を出発して25日になり、毎日が非日常の生活です。たまに妻に連絡をして庭の樹と鉢
植えの木々が順調に生育しているか心配で、連絡を入れている。ミニトマトのアイコは妻の胃
袋に納まっているようです。台風の影響もなく胸をなで下ろす次第
家のことはさておき、ボランティア先の被災した家屋(浸水)の復旧はまだまだこれからのよ
うですが個人でできる活動(作業)は地域によって軽微な作業に、後は機械を使った作業が
必要になりつつ進行しているようです。これからは継続的な支援がどのようなものになってく
るか手探りの状況だと思いました。
持参したミシンが一度だけ役にたちました。
20日程前石巻市内の避難所に行くことがあり、30家族の中の
Ⅰ家族にしか子供の姿が見えず、二人の姉妹がいたので、お母さん
に「ミシンを持っているのだけど何か簡単なものいりませんか」と聞くと
まくらカバーがいいということになり、アンパンマンの生地で。
お母さんから子供が夢をみて夜中起きることがあるとのこと、きっと
アンパンマンが守ってくれることでしょう。
★7/26 仙台市にて
地から集合した先生の団体の中に、和歌山で懇意にしている人が、
仙台のホテルから石巻市にボランテ ィアとして来ていたので、情報
交換を国文町で・・・。 私は駐車場車中泊。
駐車場にて
繁華街の露地に面していたので、店から漏れてくる
喧噪な音楽と照明と人の出入りがあり、寝不足
朝6時 に東松島市へ。
★★★ 7/27 陸禅高田で障がい者が気軽に行ける場所を開設準備している
「すずらんとかたつむり」を尋ねました。
今回の震災ボランティアに来たかった理由は、私の子供が障害者(自閉症)だったことも
あって一番気になっていたのが障がい者(児)の人達がどうしているのだろうと思い、いても
たってもいられないようになっていました。
この開設準備を知り得たきっかけは東松島市のボランティアセンターで一緒に活動していた
「クロちゃん」が私が前述の事を知って「ふんばろう東にっほん」に私が支援したい事に繋がる
内容であることを教えてくれたことから、始まりました。
私の後方支援していただいた人達の中でH君とOさんから預かった支援金を直接役に立つ
ことに出来てほんとうに良かった。
「すずらんとかたつむり」の2階からの景色で、周りには民家がある場所を選んだそうです。
街の中心部から車で10分程度、地域の皆さんとの関わりが出来るからとの思いがあるからです。
南向け方
北向き方
敷地内の倉庫
★7/30 今日は障がい者や障がい児と保護者さんが、タコ焼きを食べに
来ていただいた。
ついに「タコ焼き」が役に立ってなによりです。
コンロ用「タコ焼き器」はもっと役に立つように、ここに使っても
らいます。
写真はありませんが、子供達と保護者さんが関西のタコ焼き
を食べているところの会話などを想像して下さい。子供達の中に
出逢えた20歳のR君を見ていると、我が子慎太郎の姿を思い出
し、懐かしい17年前の光景でした。
★8/5 明日から2日間、ここ陸前高田市で復興祈願の「うごく七夕まつり」が開催されます。
高田地区にある公民館前で明日の出番を待つ山車です。
公民館に隣接して「復興の湯」があり毎日風呂に入れ有りがたい。
この「復興の湯」は被災後二度目の仮設湯で、今後地域の「ふれあいの場」として
第三弾目は仮設ではない温泉浴場として開設したいとの思いで、本日から署名をやり
始めたようです。皆さに何らかの協力を願う次第です。
「復興の湯」前の食道とカフェ
現代の「復興の湯」
明日の出番を待つ山車
★7/31~8/4
31日 作業場で私ができる事を考え、必要な物をリストアップと陸前高田の松林で一本だけ
残った「松」で作ったストラップ製作所の見学の際にいただいた松でイスを作る。
1日 大船渡市のパワーセンターコメリに材料購入に。砂、セメント、電気配線材、塗料、雨樋
配管類、等々。
2日 電気配線作業
3日 棚設置、手洗場の整理
4日 再度、コメリに材料購入のため大船渡へ、午後から手洗場のレンガ敷き等々。
★★★ 本日は仮通所している数人の中の二人(R君、S君)と入口車庫のペンキ塗りと下駄箱のペンキ
塗り、共同作業は始めての出来事でした。
★8/6 朝から作業所の玄関周りの渡り廊下の板カンナ掛け。
夜は作業所の武田さんと同級生の菅野さん、母親と娘さん、京都のカメラマン、クロちゃんと
私の7人で「うごく七夕まつり」を見学
作業所職員の佐藤さんと吉田蓮君
もう一人の藤井さんは陶芸に興味
があるようで、近ければ教えに来て
子供達の指導が出来るだろう。
吉田廉君とお母さん
お母さんは明るい人で良かった。
今までに沢山の出来事が在った
のだろう、その笑顔になるまでに!
刷毛を使ったことが
あるらしく、丁寧に
ペンキを塗っていました
ちゃんと長袖を着用。
我が子慎太郎も大工等
の作業に興味が有るた
めか、私が長尺の木材
を切る時に、材木が動か
ないように、端をもってく
れ、役に立ったことを鮮明
に記憶している。
★★★ 初めて廉君を見た印象は、肥満ではなく「オシャレ」をした姿だったので安心しました。
出逢える縁があったのか、苗字が同じで二十歳の男の子、声の質が慎太郎と似ていた。
お母さんの子育ても考え方も、私の妻と似ているるようで、廉君、会話は出来ないか
言葉の意味は相当理解しているように感じた。★★★
いつか機会を作って逢いたいと思いました。
作業所がある竹駒町に隣接する
高田町の公民館から曳かれてきた
山車。
「うごく七夕まつり」は高田小学校で開催されました、仮駐車
から左側には被災したアパートがあり、暗くなってから会場
から振り向くと、海と陸の区別がつかず暗闇がありました。
★8/7 日暮れまで作業所の玄関口と作業場の渡り廊下の設置を終わり夕方
「復興の湯」に行き、小学校から八時に帰ってくる山車を待っていました。
会場から公民館に戻って来た山車とそれを引く人々が、いつ終わるともなく、
忘れようとして忘れられない思いが、囃子と掛声に込められ切ない思いが広場に
響き、私は、そこにたたずんでいました。
今年の夏ももう終わりに、約一か月半の東北訪問、想いは叶った。 我が家に帰ろう。
★8/10 長野市に隣接する町にある作業所「くりのみ園」に行き、4月からそこで
就職した矢口君と再会、11日の早朝彼のアパート前にて。
彼とは2010年夏北海道美瑛のライダーハウスで出会い今回再会。今後の彼の
人生をどれくらい年月を、観れられるのだろうか、私は・・・・。
★★★8/11 自宅に無事帰着 走行距離約3000km ・42日間
この足の日焼けを見て
妻いわく 「あんた、どっかの
海で遊んでたんとちゃうん」
私が必ずそのように言うと思っていました。
やっぱり・・・チャン・チャン。
積載重量150kg常に4人乗車で走行して
いるようなので、上り坂はクーラーを切って
登坂車線をゼイゼイと。
2004夏・北海道一人旅した時の一部です
2011/11/16~21の期間で開催している、第31回和歌山陶芸クラブ展の作品です。
今回のテーマは「紋様」であります。
私の作品です。
大きさは縦80×横60×さ30
★2012年3月9日 長女桐子誕生
★2013.一歳の誕生日
よく食べます
さもん君 3歳になりました。