Movie Review 1999
◇Movie Index

エバー・アフター('98アメリカ)-Apr 24.1999
[STORY]
ある老貴婦人(ジャンヌ・モロー)に招待されたグリム兄弟は、彼女から「シンデレラ」が実話だったという話を聞く・・・。
16世紀フランス。幼い頃に父を亡くして以来、継母ロドミラ(アンジェリカ・ヒューストン)にこき使われているダニエル(ドリュー・バリモア)は、ある時ヘンリー王子と出会って恋に落ちる。しかし継母も長女を王子の妃にしようと企んでいた。
監督アンディ・テナント(『愛さずにいられない』)
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昔の話を現代的にリメイクとかアレンジ、というのは最近ハリウッドで主流になってるけど(それだけネタ切れってことなのね)その典型みたいな作品だ。ディズニーアニメ『美女と野獣』のベルちゃんみたいにしっかりした意志を持っていて本好きのダニエル。
そして魔法が解けて野獣が王子に変身した時と同じくらい(→野獣のままで良かったと思うくらいブッサイクでさ〜)ガッカリなキャラクターのヘンリー王子。アントニオ・バンデラス系の顔してるくせに影が薄くて流されやすい性格でダメ過ぎ。何でこんな奴にダニエルは惚れちゃうのか〜勿体無いと思った。
そして悪役に大物女優を配するところは『101』『スノーホワイト』みたい。ヒューストンは衣装も顔もまさにディズニーアニメから抜け出したよう。片眉がピクリと上がるところはCGかと思いました(嘘)憎たらしいけど熟女の魅力たっぷりでこの役にぴったり。悪役でも同情の余地があるところは『スノーホワイト』のシガーニーも然りだ。

ダニエル役のドリちゃんは、童話に出てくるシンデレラを思えばミスキャストだろう。だけど受け身でなく自分を見失わず、強くて逞しくてちょっと田舎くさいところ(失礼)がピッタリだった。あの二の腕がリンゴ投げたりトリュフ取ったり泳いだり木登りしたり凧上げしたり王子様担いだり義姉に顔面パンチ食らわせたりするんだもんね(←これだけ読むとどんな映画だと思うよね)かといってやっぱり童話と同じように酷い仕打ちを受けたりもするのでそういうシーンは泣いてしまう。ストーリー運びはそんなに上手じゃないけど、笑わせたり泣かせたりちゃんと緩急ついてて予想外の面白さだった。

義姉のうちの次女はどっかで見たことあるなぁと思ったら『乙女の祈り』でケイト・ウィンスレットの相方だった子じゃありませんか!昔はケイトより太ってたのに今では・・・(以下自粛)
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ライフ・イズ・ビューティフル('98イタリア)-Apr 23.1999
[STORY]
ユダヤ系イタリア人のグイド(ロベルト・ベニーニ)は叔父を頼ってトスカーナにやってくる。そこで出会った教師のドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)に恋をして、2人は結婚し、息子のジョズエが誕生する。しかしナチの台頭によりグイドとジョズエは強制収容所行きとなってしまう。2人を追い掛けたドーラもまた収容所に。グイドはジョズエのためにある「嘘」をつく。
監督&脚本もロベルト・ベニーニ
−◇−◇−◇−
ベニーニ演じるグイドは言葉を魔法のように使う男。まずはグイドが恋したドーラを獲得するため、あの手この手を使って(でも卑劣ではない)彼女に恋の魔法をかける。そして今度は息子に辛い思いをさせないため、収容所であらゆる手段を使って「これは(戦争じゃなく)ゲームだ」と息子に魔法をかける。ほぼすべての場面に登場して口八丁手八丁で物語を進行させるベニーニに、見てるこっちは引いちゃったりついてけなかったりする場面もあるけれど憎めない。そしてその嘘が人を幸せにし、最後は真実になる。前半の様々な言葉や行動が伏線となって後半に活きてくる。

だけど気になるところもある。確かにボロボロ泣いた。これが泣かずにいられようか!っていうくらい泣いたけど、やっぱり心のどこかで「ソンナバカナ」と思う気持ちが、棘のようにチクチクと刺し続けている。収容所での彼の行動は、はっきり言えばとっくに全てがバレて大変なことになってるだろう。こんなにうまく行くハズがないのである。御都合主義もいいところだ。それに毎日苛酷な労働をしているにもかかわらず、ほとんどやつれてないのもちょっといただけない(だから時間の経過がよく分からない)ま、もともとホロコーストがテーマじゃないからしょうがないんだけどね。

またその収容所生活の中のユーモアは笑うに笑えない。眉間にシワを寄せながら唇の端を歪めることしかできない。辛さの中の甘さが不快に感じたのは確か。ん〜と表現が難しいんだけど、私はみたらし団子が苦手でスイカに塩を振るのも苦手だ。「甘いか辛いかどっちかにしてくれ」と思う。むしろ、とことん辛い映画にしてくれたほうが、かえって後味が良かったかもしれない。この甘さのせいで今でもこの映画を引きずっている。何でこんなに悩まなきゃいけないんだ。気が付くとベニーニがもにょもにょと指を動かしているシーンが目に浮かぶ(笑)手放しで感動できない自分はやっぱりひねくれてるのか?でもねぇ・・・みたいな。ま、とにかく必見の映画であることに間違いはない。

また余談だけど、グイドの妻はドーラという名前で教師、その息子がジョズエ。偶然だろうけど『セントラル・ステーション』の代筆屋の名前もドーラで元教師、そして彼女と旅する少年の名前がジョズエなのだ!私はどちらかというと『セントラル』のほうが好きなんだけどね。
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シックス・ストリング・サムライ('98アメリカ)-Apr 17.1999
[STORY]
1957年、ソ連がアメリカに原爆を投下し征服した。最後に残された自由の楽園―ロスト・ベガスのロックンロール・キングになるため、荒くれ者たちがギターと刀を振り回しそこを目指していた。バディ(ジェフリー・ファルコン)もまたベガスを目指していたが、命を助けたキッドになつかれ、嫌々旅を続けている。そこにデスという暗黒のサウンドを世界に響かせようと企む者が現れ、バディたちに戦いを挑んできた!
監督&脚本ランス・マンギア(初監督作)
−◇−◇−◇−
刀の鞘と一体化したギターを持ったバディはぼろぼろのメガネにスーツで、なんちゃってサラリーマンだった。登場人物すべてのセリフが遠くのほうから聞こえてくるのは気の所為か(笑)口から発せられているというより岩山の後ろから発せられてるみたい。ホントは岩が喋っててヤツらはマペットだったかもしれん。立ち回りはボウリング集団との戦いがイイ。踵落とし(C)アンディ・フグならぬ、爪先突きとでも言おうか、前から蹴り上げて後ろにいる敵の脳天を突くんだから身体がや〜らかいです〜。でも3回目くらいの戦いで何となく飽きちゃったなぁと思ったら、立ち回りのバリエーションがあんまりない気がした。あと撮り方がいつも一緒だ。日本のチャンバラを見慣れてるせいか動きが単調で、あの独特の「タメ」やら気合やらがなくって、とにかく速さで勝負な感じ。ギターは持ってるだけで弾くシーンがほとんどないが、その方面にはあんまし期待してなかったのでまぁこんなもんでしょー。「ウパー」とは言わないけど「あー」しか言わない野生児くさいキッドは『マッドマックス2』に出てきたガキんちょと同じよーに見えたが、ガキんちょのほうがもっと活躍してたでしょーということでガキんちょの勝ち。気に入ったのは食人家族。特にチョコレートをすすめるお母さんの目がイっちゃってていいですね。ほどよい感じに狂ってたけど、ビール瓶の栓を歯で開けるヤツのほうがもっと狂ってます。そして映画が終わって外に出てみると、やはり映画以上に狂った世界が展開されていた。新歓コンパの学生で溢れた渋谷の街は嬌声に包まれ、道路にへたり込んだ女の子にフラチをはたらく男の子、そこらじゅうに溢れて避けるのが大変だった吐瀉物たち。原爆が投下されてもきっと動じないくらい狂っていた――まさに事実は映画よりも奇なりということで、めでたしめでたし(?)
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愛する者よ、列車に乗れ('98フランス)-Apr 7.1999
[STORY]
画家ジャン=バチスト(ジャン=ルイ・トランティニャン)の葬儀のために、パリからリモージュへと関係者たちが列車に乗った。甥のジャン=マリ(シャルル・ベルリング)は妻とうまくいっておらず、画家の愛人だったブリュノ(シルヴァン・ジャック)はHIVに感染していた。
監督&脚本パトリス・シェロー(『王妃マルゴ』)
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お断り:ル・シネマやユーロスペースの映画の日は3月6月9月12月だけだそーです(泣)

・・・ということで割引なしで見ました・・・割引いてほしかった(泣)仏映画の唐突で難解なところは好きだけど、今回ほどよく分からないのも初めてかも。最近ではナメ切って解説やあらすじを読まずに見るんだけど、この映画に関しては読んでおけば良かったと後悔した。まず、彼らがどうして皆して列車に乗ったのかが分からなかった(ぉ そして死んだのはトランティニャンだったのか!と気が付いたのは1時間ほど経ってからだった。おまけにトランティニャンは2役だった(笑)んでもって人の名前を覚えたころには映画が終わっていた・・・散々でした。

でもつまらないわけじゃない。それぞれがジャン=バチストとの関係を引き摺りながら列車に揺られるが、その列車内の狭さと不安感を煽ぐざわめきが余計に彼らを苛立たせる。それが葬儀が終わり嵐のような雨も止み、翌日になると同じ列車に乗ってきた者たちはそれぞれバラバラに帰っていくのだ。ある者はヒッチハイクをし、ある者は新しい恋に落ちる。まるで画家の呪縛から解放されたように。ラストの空からの撮影はその自由を表してるように見えた。が、話の流れは分かっても、人々の気持ちには入っていけなかった。イラついてたりヒステリックになってるだけで、そこに画家に対する想いや苦悩が内面から感じられず疲れた。

ま、分かってないんだから内容については多くを語れないんで余談を少し。ベルリングは『ドライ・クリーニング』でもジャン=マリという役名だったのは偶然なんだろーか。そしてシルヴァン・ジャックを見て同じく『ドライ〜』に出ていたスタニスラス・メラールにちょっと似ているなぁと思ったら、実はジャックとメラールは『ドライ』のオーディションに最後まで残った者同士だったと後で知った。どーりでタイプが同じだと思った。

・・・ヴァンサン・ペレーズの女装&豊胸ヌードは見ものだけど、ね。
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ホームドラマ('98フランス)-Apr 3.1999
[STORY]
ある上流家庭の主人が1匹のネズミを持ち帰ってくる。その日から息子はゲイだと告白し、娘は自殺未遂と、家族は異様な行動を取りはじめた・・・。
監督&脚本フランソワ・オゾン(長編第1作)
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ヘンだ。ヘン過ぎる。でも好き。かなり好き。そういう映画だった(笑)

ネズミが家にやってきた日から家族が家族でなくなっていくという恐ろしい出来事を、ホントにホームドラマ、ホームコメディのノリで描いていく。何でネズミが来てからおかしくなったの?!そしてあの××ネズミは何で?一体どうしちゃったんだよ?え?ってホントは思わなくちゃいけないんだろうけど、あまりにも正々堂々とやられちゃうと、そんなこと考えるのがバカらしくなってすべて放棄してしまう。家族のあり方やその役割(父親らしく、母親らしくなど)という枠をすべてなくし、それでも最後は円満な(?)解決を見せる。映画が終わってから「この映画は何だったんだ?」と一瞬思うけど「でも、ま、いっか〜」とすぐに頭の切り替えができちゃう。それが不思議だった。

ゲイ、SM、乱交、近親相姦、その他いろいろあらゆるものがホームドラマなのに次から次へとこれでもか!と登場し飽きない。でもそういった表現に「監督は問題児だ」とか「毒々しい」なんて表現している人もいるみたいだけど、私はそうは思わない。映画なんだから何でもアリ、常識に囚われない自由さ、のびのび楽しく撮ってるなぁと思った。むしろ「もっとやっちゃって下さいよ先生(笑)」と思ったくらい。でもまぁこれくらいがギリギリかな。フランス映画らしいエレガントさも不思議と失っていないということで。
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