Movie Review 2013
◇Movie Index

ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜('12アメリカ)-Mar 24.2013
[STORY]
隔離されたコミュニティ、通称“バスタブ島”に住む少女ハッシュパピー(クヮヴェンジャネ・ウォレス)は、父のウィンク(ドワイト・ヘンリー)と2人で暮らしていた。ある日、島に嵐がきてすべてが水に沈んでしまう。助かった2人は仲間たちとともにしばらく一緒に生活を始めるが、ウィンクは他の大人たちと“バスタブ”の水を抜こうと隔てている壁を爆破する。
監督&脚本ベン・ザイトリン(初監督作)
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原作はルーシー・アリバーの舞台『Juicy and Delicious』で、映画の脚本をザイトリンとアリバーが共同で執筆した。
第85回アカデミー賞では作品賞・監督賞・主演女優賞・脚色賞の4部門にノミネートされた。主演のウォレスは9歳でノミネートされたが、これはアカデミー賞史上最年少候補者だったそう。ちなみに撮影時の年齢は6歳だった。

小さな少女が厳しい現実を生き抜くリアルな映画かと思ったら、まるで寓話のようなストーリーだった。でも画面が粗いのでドキュメンタリーのように感じるところもあって、不思議なバランスで成り立ってる作品だと思った。異質ゆえに目立ったのかもしれないが、私から見ると物語としての面白さはなく、期待していただけにガッカリさせられた。原題は『Beasts of the Southern Wild』で、南の果ての野獣たちという意味の通り、温暖化で氷が溶けて氷漬けにされていた太古の巨大生物が目を覚まし、ハッシュパピーら人間たちを襲いにやってくるというお話。ハッシュパピーが懸命に生きている描写と同時進行で野獣たちの侵攻が挿入される。そりゃあクライマックスに迫力あるシーンを期待しちゃうじゃないですか。それなのに結果は「あ、それだけですか」というもの(笑)他にも「あ、そこで終わりなんだ」っていうのがいくつもあって、予算的に壮大なストーリーは無理だったのかもしれないが、どのシーンも話が広がらなくて消化不良になった。

なのでストーリーにはガッカリしたけど、主演のウォレスの存在感と父役ヘンリーのパワーに助けられて成り立ってる映画だと思った。らにそういう演技をさせた監督の技量が評価されたところもあるんだろうが(だから監督賞にノミネートされたのかな)ウォレスが初めての演技だったのは知ってたけど、父ちゃんはちゃんとした俳優だと思ってたので、本業がベーカリーのご主人って知ってびっくり。最後のシーンなんて、そのへんの役者超えてたよ。泣いちゃったもん。ウォレスは父ちゃんの荒くれっぷりを見て素でビビってるところもあったけど(そこがすごい可愛い)父ちゃんに負けじと叫んだり睨み返したりしてしっかり食らいついていた。まさにこの2人が映画を盛り上げていた。ウォレスが評価されたのはヘンリーの力も大きかったと思う。この2人の今後の演技はまた見てみたい。
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舟を編む('13日本)-Mar 20.2013オモシロイ★
[STORY]
玄武書房で辞典『大渡海』の出版が予定されていたが、ベテラン編集者の荒木(小林薫)が退職することになり、社内で後任を探し始める。すると営業部に馬締光也(松田龍平)という、真面目だが営業の仕事ができない男がいるという噂を聞き、荒木は彼に言葉に関するテストを出題する。馬締の咄嗟の答えにセンスを感じた荒木は、西岡(オダギリジョー)の反対を無視して彼を辞書編集部へ異動させる。
監督・石井裕也(『ハラがコレなんで』)
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原作は三浦しをんの同名小説で、2012年の本屋大賞を受賞している作品。

『大渡海(だいとかい)』という『広辞苑』のような辞書を作るプロジェクトに携わることになった馬締(まじめ)という苗字の真面目な男と編集部の面々が完成させるまでを描いた作品。上映時間133分と実際長いのだが、それよりも長く感じた映画だった。映画の中の時間経過が10年以上という長さだったこともあるし、テンポが速い箇所もあるが全体的にゆったりと時間が流れていくからだろう。そのゆったりさが逆に心地よく、コツコツと辞書を作り上げていくのをじっくりと見守るように見ていたので、長くて退屈と思うところは全くなかった。見終わった後は、1つのプロジェクトを成し遂げた充実感を自分も味わった気分。編集の仕事をしている人に限らず、時間の掛かる仕事や趣味など地道に作業するのが好きな人にオススメしたい作品だ。

主人公の馬締と彼が恋する香具矢(宮崎あおい)は作りものっぽくて現実味の薄いキャラクターだったが、チャラい西岡とベテランの荒木、編集者をサポートする派遣の佐々木(伊佐山ひろ子)、そして辞書作りに心血を注いできた監修の松本(加藤剛)たちがしっかりと脇を固め、馬締の良さを引き出すように盛り立てたところがよかったんだと思う。これぞ大人の演技という感じ。でも若い子でも、後から編集に異動してくる岸辺(黒木華)もまたリアルでよかった。女性ファッション誌を参考にお洒落してくるんだけど、どう頑張ってもちょっと野暮ったいところが「いるいる」っていう(笑)その後、編集部に染まりきってバリバリ仕事をする姿を見て、何だか嬉しくなってしまったし羨ましいとも思ってしまった。私もこういうところで一度働いてみたい。

久しぶりに映画のパンフが欲しくなったんだけど値段が何と900円!でもよく見るとパンフにしてはやたら分厚い。辞書っぽくしたかったのかな?と興味を惹かれて買ってみたが、これでこの値段はお値打ち価格だと思った。シナリオもついてるし(映画の採録じゃないため本編で使われずカットされた部分が多く、そこを読めるのが得した気分)映画の中で採用される『大渡海』の紙が使われているページもある。1枚ずつめくってその感触を確かめ、ニヤニヤしてしまった。
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天使の分け前('12イギリス)-Mar 10.2013
[STORY]
暴力沙汰で逮捕されたロビー(ポール・ブラニガン)は、恋人との間に子どもができたことから更生の余地があると裁判所で判断され、刑務所に行く代わりに社会奉仕活動を命じられる。ある時、ロビーは活動を指導するハリー(ジョー・ヘンショー)からウイスキー蒸留所の見学に誘われる。そこでロビーは自分の味覚の鋭さに気が付き、ウイスキーの勉強を始める。
監督ケン・ローチ(『マイ・ネーム・イズ・ジョー』
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タイトルの『天使の分け前』とは、ウイスキーを樽で数十年熟成させていると、酒に含まれている水分やアルコールが蒸気となって少しずつ樽から染み出していく。つまり熟成前と後では量が減っているという。その減った分を“天使の分け前(Angel's share)”と呼ぶのだそう。

ワルだった男がウイスキーの奥深さに目覚め、真っ当な道へ歩み始めるストーリーだと聞いていたが、見てみたら目覚めて歩き始めるの間にとんでもないエピソードが挟まってた(笑)このロビーの行動を許せるか許せないかで、この映画の評価も変わるだろう。

ロビーが暴力事件を起こし、刑務所に行く代わりに奉仕活動をするよう言い渡される。ロビーには父親の代からの敵がいて常に攻撃対象になっているらしく、身を守るためにも暴力で対抗しなければならず、不幸な生い立ちで気の毒だと思っていた。恋人の父親からも嫌われ、2人で会うこともできなくなり、このままでは生まれる子どもにも会えないというのも可哀想だと思っていた。だがその後、実はロビーの衝動的な怒りで敵でも何でもない一般人を瀕死の重傷を負わせていたことも明らかになる。同情して損したわ。でも逆にそこからは冷静になって見た。

ロビーがウイスキーと出会って勉強を始めてからは、テイスティングの大会にでも出て優勝しちゃったりするのかな?とちょっと楽しみにしていたのだが、何とオークションにかけられたウイスキーを盗み出すという、真逆の行動を取るのでびっくりした。やっぱり犯罪者じゃねえか(笑)でも裏を返せば、真っ当になりたくてもロビーたちが住む町では真面目に暮らそうと思っても這い上がるのが難しいということなんだろう。盗みの計画あたりから微妙な気持ちになったが、この盗みでは誰1人として不幸にならず全員が満足して終わるし、一番幸せになってほしい人に最高のプレゼントが行き渡ったので、そこで私は「まぁいいか」と納得できた。

映画の感想は以上なわけだが、ウイスキーに私も興味を持ってしまった。映画の公式サイトとチラシに登場するウイスキーがいくつか書かれていたので、このうちのどれか(もちろん高いのは買えないけど)買って飲んでみたいと思っている。
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ヒッチコック('12アメリカ)-Apr 14.2013
[STORY]
1959年、『北北西に進路を取れ』が大成功した映画監督のアルフレッド・ヒッチコック(アンソニー・ホプキンス)は、次の作品を探していた。そこで殺人鬼エド・ゲインをモデルにした小説『サイコ』を選び、妻のアルマ(ヘレン・ミレン)も賛成するが、映画会社に反対され出資を断られてしまう。また映倫も脚本にダメ出しをし、ヒッチコックは何度も交渉を余儀なくされるのだった。
監督サーシャ・ガヴァシ(初監督作)
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原作はスティーヴン・レベロのノンフィクション『アルフレッド・ヒッチコック&ザ・メイキング・オブ・サイコ』
第85回アカデミー賞ではメイクアップ&ヘアスタイリング賞のみノミネートされた。

『サイコ』はヒッチコック(以下本作で「ヒッチ」と呼ばれているのでここでもそうします)のオリジナルはもちろん、リメイク(『サイコ』('99アメリカ))も見ている。いま見れば意外じゃない内容だし、宣伝方法だってサスペンスやミステリーの定番文句だが、逆にそれは今の作品たちが『サイコ』から多大な影響を受けているに他ならない。その映画を企画して完成するまでを描いている映画だし、ホプキンスとミレンなら凄い演技合戦が見られそうだと楽しみにしていた。

しかし、ちょっと期待ハズレだった。内容の濃いものを期待しすぎたかな。つまらなくはないけど深みがなくて、映画というよりテレビドラマみたい。ヒッチとアルマの夫婦の関係も、ヒッチが『サイコ』のモデルになったエド・ゲイン(マイケル・ウィンコット)に取り憑かれたようになるところも、ヒッチと映画会社・映倫との攻防も、すべて描き方が中途半端になってしまった。悪いけどエド・ゲインを登場させた効果はまるでなかったと感じたし、アルマと脚本家クック(ダニー・ヒューストン)のシーンもそんなに時間を取るべきものだったかな?って思った。ヒッチの変質的なところや嫉妬深いところを見せたかったんだろうけど、私はそれより『サイコ』完成までの紆余曲折を面白く見てたから、他のシーンが余計だと感じてしまった。観客が『サイコ』を見て驚いているところを、ヒッチが外で伺っているところが特に好きだ。映画が大ヒットして映画会社が掌を返すところもスカッとしたし、こういう大逆転な話が大好きなので、そこを主軸にした作品にしてくれればもっと楽しめたと思う。

ホプキンスのヒッチは基本的に似てないんだけど(笑)ふとした表情が似ていた。役柄をリサーチして演技するのを嫌っているというが、今回は実在の人物ということで、さすがに本人の映像でも見て練習したのかなと思った。ミレンとの掛け合いは脚本の出来がよければもっと面白かっただろうに(予告でも使われている「最初の30分で殺すのよ」のところは面白い)惜しかった。
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ザ・マスター('12アメリカ)-Mar 31.2013
[STORY]
第二次大戦後のアメリカ。帰還兵のフレディ(ホワキン・フェニックス)は酒に溺れ仕事も長く続かない。そんなある時、酔って見知らぬ客船に乗り込んでしまったフレディはランカスター・ドッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)という男と出会う。彼は“ザ・コーズ”という団体の主宰で、悩める人々の心を解放する活動をしていた。ドッドのカリスマ性に惹かれたフレディはそのまま彼らと行動をともにするようになる。
監督&脚本ポール・トーマス・アンダーソン(『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』
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第69回ベネチア国際映画祭で銀獅子(監督)賞とフェニックスとホフマンが男優賞を受賞したが、第85回アカデミーでは主演男優賞(フェニックス)助演男優賞(ホフマン)助演女優賞(ドッドの妻マリー・スーを演じたエイミー・アダムス)の3部門にノミネートされただけだった。

戦場で何があったかは語られないが、おそらくフレディは今で言うところのPTSDに悩まされているのだろう。自分で酒を作って酔い潰れ、時々不安定になって感情を爆発させる。そんなフレディがドッドと出会って彼に傾倒していく物語かと思いきや、見終わって見ると全くそうじゃない作品だった。見終わってふとこのタイトルはすごく皮肉が効いているなぁと思った。

ここからはネタバレのある感想。
最初はドッドにカリスマ性があるように見えた。でも彼が実際に演説しているのを見て、こんなんでよく人が集まるなぁってちょっと呆れた。救いを求めている人にとってはいいのかねぇ。フレディもドッドが実はそれほどの人物ではないと見抜いたのか、それともドッドでも自分を変えさせることは無理だと悟ったのか、ズレを感じてきたのだろう、フレディはドッドから離れてしまう。太ったオッサンの言うことを真面目に聞くより、女の子と楽しくイチャイチャするほうがよっぽども気持ちが解放されると分かったわけだ(笑)くそ真面目な人ほど宗教にハマりやすいとよく聞くが、フレディみたいなタイプは目の前で奇跡でも起きない限り宗教にのめり込むことはないんだろうな。

一方のドッドはフレディが手ごわい男だとすぐに見抜き、自分の力でこの男をどこまでコントロールできるか愉しみにしていたはず。だがドッドにはそこまでの力はなかった。息子には金づるだと割り切られ、嫁には弱みを握られ(※あらゆる意味を含んでいます)フレディの前ではそれまで余裕のある態度を見せてきたが、バイクで走り去るフレディの名前を叫ぶ時はそれはもう必死で(笑)可愛そうだけどそこが面白かった。

しかし相変わらずちょっと分かりにくい映画を撮るよなぁ。私は上のように見たけど、見る人によって全然違う見え方になる映画だと思う前作『ゼア』も難解だったけどダニエル・デイ=ルイスの演技に圧倒され、分からなくても凄いからいいやってなった(笑)でもこの映画ではそこまでには至らず。アダムスは“怪演”してたけどね。
ところで予告で見たシーンのいくつかを本編で見なかったような気がするんだけど、かなりカットしたのかな。未公開シーンがDVDに入るなら見てみたい。
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