im Wein ist Wahrheit - 15




「調査は、どうなってるの? 調べたんでしょ……?」
 オリヴィエの問いに、オスカーは首を横に振って答えた。
「いいや」
「なぜ!? そんなことになってるんなら、原因を調べるのが当然でしょうにっ!?」
「調べようかとも思ったんだかな、ここで」右手の人差し指で頭を指しながら「警報が鳴ってな、危険だと。だからやめた。そういう時の勘には、素直に従った方がいいと教わってたしな。実際そのおかげで、戦場でも無事に生き延びたこともあったし。だから調査はさせなかった。調べろと命令を受けたならいざしらず、どこからもそんな命令は出てないしな。それにそんな状態でヘタに現地で調査なんかしたら、内政干渉、だろ?」
「でも……」
 その気になれば、現地の人間に聖地が動いていると知られずに、調査を進めることは決して不可能ではないはずだ。特に王立派遣軍の総司令官、元帥たる地位にあるこの男ならば。
「もともと、俺個人の裁量ではじめたことだから、俺に調べる気が起きなけりゃそれまでさ」
「……こっちにはあんたが言ってたような内容の報告は一切ないけど、まさかと思うけど、王立研究院やジュリアスたちは気付いてない、なんてことは無い、わよね……?」
 不安そうに尋ねるオリヴィエに、オスカーは肩を竦めながら、オリヴィエの期待とは反対の答えを返した。
「たぶん、気付いてない。さっきも言ったように、聖地とは無関係に俺が勝手に調べてることだから、特に報告もしてないし、現地にいて長く観察してなきゃ分からないような微々たる変化だからな」
「でも、基地を放棄させたんでしょ? それのどこが微々たる変化なわけ?」
「安全策をとっただけだ。部下たちを余計な危険に晒させたくはない。俺にとっては幸い、というべきか、ジュリアスは軍の動向をさして重要視していない。あれは、軍を聖地の警備員、何かあった際のレスキュー隊程度くらいにしか思ってない。そういった調査は王立研究院の役目であって、軍のするべきことじゃない、聖地を、女王を、そして宇宙を、というか、そこに住まう人々を守ることだけが軍の何よりの役目だと考えてる節がある。実際には数値のみからの判断で、何ら実情を何も理解していないくせしてな」
 そう言って、オスカーは軽蔑したような笑みを浮かべる。
 オスカーに言わせれば、ジュリアスは軍の存在を軽視しているということなのだろう。
 確かにその傾向はあるかもしれないと、オリヴィエは思った。トップの、ましてや文官の人間にはありがちなことだ。軍隊というものをよく知っている者ならいざ知らず、ジュリアスはそうではない。ましてや現在までのところ、軍の一番の役割は聖地の保全であり、夫々の惑星に対しては内政不干渉という立場をとっていることからも、軍が軍として── つまり武力を持った武装集団として敵と対峙したことはない。不穏な状態にある星に対しては監視などを行ってはいるが、現実的にはせいぜいが依頼を受けて叛乱を治めるのに手を貸したり、外界への視察などに際して守護聖の警護役として同行することがある程度だ。場合によっては、その惑星の状況により、救援活動を行うこともまれにありはするが。それでは軍に対する理解が深まることもない。
「……たぶん、そう遠くない日に、連中にも何かが起きていると知れるだろう。もっとも、その時には手遅れかもしれないが。
 念のために、人的な意味では確かに基地は放棄させたが、その機能までは失わせていない。計器類は生きていて、今もデータを送り続けてきている。そしてそれを見る限り、状況は徐々にではあるが、悪化の一途を辿っているように推察できる。直接目で見て確かめてるわけじゃないから、どこまで信憑性があるか疑問だが」
 このオスカーの懸念は後に現実のものとなるのだが、それはまた別の話である。
「そこまで分かっていてなぜ……」
「命令があれば軍を動かすが、それまでは俺としては何もする気はない」
「どうして!? あんたが今報告を上げれば、その起きるかもしれない事態を防げるかもしれないのに」
「オリヴィエ、俺はそこまで親切じゃあない」
 そう告げて、意地の悪い笑みを浮かべるオスカーを、オリヴィエは恐ろしいと思った。
 現在、この宇宙がどのような状態にあるのか、それをもっとも把握しているのが、たぶんこの男だろう。だがそれらは全てこの男の胸一つに収められ、公表されることはないのだ。
 オスカーは言っていたではないか。聖地を、そして聖地という存在を生み出したこの世界を憎んでいると。その男が、確かにそんな親切なことをするはずがない。
 言ってみれば、オスカーは冷酷な観察者、とでもいうところか。
 けれどそこで一つの疑問が浮かぶ。
 なぜ、それほどまでに調べ上げるているのか。
 ただ真実を知りたいからか。それにしては、度が過ぎているように思われる。誰に頼まれたわけでもなく、ただ自分の意思のみで、持てる力、動かせるもの全てを使って徹底的に調べ上げ、加えて、王立研究院に対してすら、人知れずその影響力を増しつつある。
 そうまでして調べ上げた事実を、この男は一体どうしようというのか。
 何もする気はないと言った。だが、それをそのまま鵜呑みにするのは大いに問題がありそうな気がするし、その反面、本当にその通りのような気もする。
 要はこの男がその心の奥底で何を考えているのか、読みきれないところが問題なのだ。
 だからそれを知りたくて食い下がっている。誰のためでもない、自分のために、自分が安心するために。もっとも、それで安心できる答えが得られるものかどうか、今は甚だ疑問ではあるのだが。
「ねえ、オスカー」
「なんだ?」
「そこまで徹底的に調べて、あんたは一体何をしようっていうの? 何のために調べてるの?」
 何一つ見落とすまいと、オリヴィエはまるで睨み付けでもするかのようにオスカーの顔を見つめた。
「何のために、か……」
 オスカーは暫し考え込むような顔をした。
「正直なところ、本当にそれで何かをしようって気はないんだ、少なくとも今のところは。ただ知りたいと、それだけだ。そのためにはじめたことでもある。この聖地の正体、聖地を生み出したもの(・・)── それが一体何なのか……。それから、そうだな、もしかしたらあいつらに、おまえたちが信じているものはこんなものなんだと、突きつけて嘲笑(わら)い飛ばしてやりたいのかもな」
 ソファに躰を預けて静かに淡々と、まるで自分のことではなく他人のことを話すように語るオスカーに、オリヴィエの疑念はますます強くなる。
 ならば普段のジュリアスに付き従う様は一体なんなのかと。
 オスカーのジュリアスに対する感情が、今日までの自分も含めて他の者が思っているような、尊敬とか敬愛などといったものとは程遠いものであることは、既にいやというほどに理解(わか)っている。だからなおのこと、理解らない。この男の考えていることが、その思惑が。





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