im Wein ist Wahrheit - 13




 実のところは、ただ単に自分が安心したかっただけなのかもしれない。信じたかっただけなのかもしれない。気休めかもしれないが、まだこんな顔をすることができる間は大丈夫だと、まだ保つと思っていたかった。この男の壊れた様など見たくなかったから。考えたくなかったから。
「そういえば、あと一人残ってたわね」
 嫌な考えを振り切るように軽く頭を振って、それから思い出した。
「何が?」
「クラヴィス。他の連中のこと聞いといて、あの人のことだけ聞かないってのもヘンよね。どう?」
 こうなったら全部聞き出してやる、口を割らせてやる、とそう決心してオリヴィエは先を促す。
「クラヴィス、ね……」
 名を呟いて、それきりオスカーは顎に手を当てて考え込むような顔をした。
「オスカー?」
 この沈黙は何なのだろうと思う。他の連中について語った時とのこの差は、一体何なのだろうと。クラヴィスについてだけ、一体何を考え込む必要があるというのか。
「……あの人と……」
 やがてゆっくりとオスカーは口を開いたが、それはオリヴィエに話し掛けるというよりも、むしろ自分自身に言い聞かせているようにもとれる話し方だった。
「あの人と俺は、ある意味、同類なんじゃないかと、そう思う」
 ── 同類? オスカーがあのクラヴィスと?
 オリヴィエは思い切り眉を顰めた。
 一体どこをどうすれば同類などという言葉が出てくるのだろうか。もちろんそう言うからにはそれなりの理由があるのだろうが。
 片や、怠惰が代名詞と言われるような、首座たる光の守護聖ジュリアスから、常にやる気のなさを嘆かれているクラヴィスと、片や、本人の思惑はともかく、そしてプライベートは別にして、ジュリアスの片腕と、誰もが認めるオスカー── この二人を並べて、一体誰が同類などと、共通点があるなどと思うだろう。
「あの人と同じ()を、俺は見たことがある。それも一人や二人じゃない。戦場で何人も見てきた。あれは……、全てに疲れ、絶望した人間の瞳だ。死を願いながら、自分でそれを選ぶこともできずに、諦めきった人間の瞳だ」
「…………」
「彼らとあの人の違いは、彼らがそれをできないのは、その殆どはそれを選ぶ勇気がないから、だろう。そしてあの人の場合は、守護聖であるという立場がそれを許さない── それだけだ。あの人は死にたがっている、死んで解放されたいと思っている、俺にはそう見える」
 オリヴィエは、オスカーの言葉に思わず息を呑んだ。
 同類── そう言ったのだ、オスカーは。ならばオスカーも……?
「……あんたも、そうなの? 死にたいと、そう思ってるって……?」
 問う声が震える。
 それに、オスカーはフッと、小さく笑った。
「同類というのは、そういう意味じゃない」
 その答えに、オリヴィエは小さく安堵の溜息を吐いた。
「じゃあ、同類ってどういう意味なわけ?」
「あの人は、知ってるんじゃないかと、分かってるんじゃないかと思う」
「何を?」
 オリヴィエの問い掛けに、オスカーはこれまでになく真っ直ぐにその目を見詰め返して答える。
「この聖地の抱える矛盾、サクリアと呼ばれる力の正体── そういった諸々のこと」
「そう思う根拠は? 何か、知ってるんでしょ?」
「なぜそう思う?」
 オスカーは目を細めて、様子を伺うようにしてオリヴィエに問い返す。
「何もなしに、あんたがそんなふうに考えるとは思えないからよ」
「……おまえって、よく人を見てるよな」
「それって、誉め言葉って受け取っていいのかしら?」
「そのつもりだぜ。それに、守護聖の中じゃおまえが一番大人だと思ってるよ、年齢のことじゃなくな」
 唇の端を上げながら告げるオスカーに、オリヴィエは「当然でしょ」というように笑った。
「そりゃ、苦労知らず世間知らずで頭カチコチの誰かさんとは違って色々と苦労してきてるからね。で、どうなの? いまさら隠すことでもないでしょ、ここまで話してるんだから」
 身を乗り出すようにして、オリヴィエはオスカーに先を促す。オスカーが言った“同類”という言葉が引っ掛かってならないのだ。
 一瞬、考えるように目を伏せたオスカーだったが、決心したように、その口を開いた。
「収集したデータを整理している時に、ある宙域で引っ掛かることがあって調べたんだ。軍のデータベースにある全てのデータをひっくり返し、内密に王立研究院のデータも確認させた」
「王立研究院のデータって、どうやって?」
 話の腰を折ることに一瞬躊躇いながらも、オリヴィエは聞いていた。
「軍の諜報部の人間を、王立研究院に潜り込ませてる。軍だけではどうしても限界があるからな」
「なるほどね……。それで?」
 この男は一体どこまで手を伸ばしているのだろうとの疑問が頭を(よぎ)ったが、ともかくも今は先を促す。
「で、その宙域のある惑星について、軍の記録が残ってた。聖地の時間にして二十年ほど前に、命令を受けて次代の守護聖を迎えに行ったと」
「……二十年ほど前、っていうと……、クラヴィス?」
 二十年ほど前に守護聖となった者というと、現在いる守護聖の中ではジュリアスとクラヴィスだが、主星出身であるジュリアスではありえない。それに何よりも、今はクラヴィスの話をしているのだから。
「そうだ。そしてその際の記録に、辻褄の合わないところがあってな、記録を漁ったんだが、それでとんでもないことが分かった」
 オリヴィエはゴクリと、喉に溜まった唾を呑み込んだ。
「一体、何が?」
「……クラヴィスの母親は、殺されてる。それも、彼を迎えにいった軍人の一人の手にかかって」
 ── 何? 一体、今なんて言ったの? 殺された? クラヴィスの母親が?
 すぐにはオスカーの言ったことが理解できなくて、オリヴィエは心の中でオスカーの告げた言葉を反芻した。
「……まさか……、嘘、でしょう……?」
 冗談はやめないさいよと、無理に笑おうとして、失敗した。こんな冗談を言う男ではないことは十分に分かっていたから。特に今夜は。
「クラヴィスの母親は、クラヴィスを守護聖にすることを納得せず、決して引き渡そうとはしなかったらしい。息子をそんな化け物にする気はない、と言ってな」
「化け物!?」
「……クラヴィスが流浪の民の出だってことは、知ってるな?」
「ええ、それは聞いたことあるわ」
 オリヴィエは頷きながら、震える声で答える。
「その一族に関して集めた話も、僅かだが航海記録に残ってた。彼らは、聖地や女王、守護聖、その力── サクリア── を否定していたらしい。あってはならぬ力だと。そしてその一族の言い伝えだと、彼らは、神を否定し、拒絶したために、故郷たる中央を追われ、流浪の民となったそうだ。ここで言う神とは、女王と守護聖のことだと思って間違いないだろう」
 聖地の存在を否定する者たちは、追われたのかもしれない── オスカーはそう言っていなかったか。そしてクラヴィスの一族がそうだというのか。それが、追われた、とその言葉を言わせたのか。
「結局、いくら説得しようとしても耳を貸さない母親にじれて、派遣された部隊は、母親に気付かれぬようにクラヴィスを連れ出した。だがそれに気付いて追ってきた母親に、自分たちが仕える聖なる女王を、守護聖を愚弄され、否定されて、息子を取り返そうとする母親ともみ合いになり── 、手を掛けたのはまだ軍に入りたての若い奴で、思わず銃を抜き、引鉄を引いてしまったらしい」
「…………」
「公的な記録では、クラヴィスの母親は、彼を聖地に連れてくる直前に事故死したということになっているが、軍に残っている医療記録から、今告げた内容が真実だと思う」
「……医療記録?」
「……手に掛けたのは守護聖の母親だ。それを別にしても、幼い子供の目の前での出来事。その若い奴は、精神的にもともと強くなかったのかもしれない、自分の犯した罪に追い詰められて、軍の病院で診療を受けている。精神科でな。医療記録というのは、その際の担当医の残したものだ。もちろん内容が内容だけに、極秘扱いになっていたが……」
「軍のトップであるあんたには、通用しなかったわけね」





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