im Wein ist Wahrheit - 12




「考えてみれば、主星の大貴族の家に生まれて、生まれたその時から守護聖となるべく育てられ、僅か五歳で聖地に召還、以後、全てを管理された閉じられたこの世界の中だけで、守護聖として大勢の人間に傅かれて育ったんだ、普通に育つはずがない、か」
 まさに嘲りといった感の笑みを浮かべながら告げるオスカーに、オリヴィエは目を見張った。
「オスカー……」
「だいたいロクな人生経験も社会経験もない十代のガキに、力を持っているという、ただそれだけで宇宙の運行を委ねるってのが異常だよ。ましてや今の筆頭の二人に至っては、五、六歳の、正にガキ、子供だったんだぜ。なあ、そう思わないか?」
 思ってもいなかった問い掛けに、オリヴィエは慌てた。
「そ、そう思わないかって言われても……、今まで考えたことなかったし、それに守護聖であることに年齢は関係ないでしょう?」
「そう、守護聖であることにはな。女王にしたって同じことだ。女王などと言ったって、即位の時期は十代後半の小娘なんだぜ。そんなガキや小娘が、いくら教育を受けたからって、何が分かってるって? 女王が、守護聖が、力を持つ者が、イコール決定者である必要は必ずしもない。違うか? 権威を持つ者と、権力者が同一でなければならないということはないんだ。むしろ別である方が望ましいのかもしれない」
 一般的に考えれば、絶対とまでは言えずとも、オスカーの言うことは、ある程度は正論なのだろうと思う。
 今まで、聖地の在り方に疑問を持ったことはなかった。遠い昔から聖地は確かにそこに在り、女王も守護聖も冒すべからざる存在として、そこに在った。それは在るのが当然のものだったのだ。疑問を挟む余地などなく、聖地は、女王は、守護聖は、そうあるものと教えられてきたからだ。オスカーに言わせれば、それはそう刷り込まれた結果だということになるのかもしれないが。
「教えられたことを教えられた通りにやろうとするから、事ここに至っても、衰えた力でこの聖地の管理に力を振り分けるなんてバカな真似をする。ここは外とは違うのだと、聖地は、自分たちは特別なのだと知らしめるのが目的のように、天候を、時間を、あらゆることを管理しようとする。いくら力を持っているといっても、それ以外は人間であることに何ら変わりはないのにな。愚かなことだ。そうして無駄に力を消費していくんだからな」
「オスカー! もう……っ!!」
 聞いているのが辛くなって、オリヴィエは思わず名を叫んでいた。
「……あいつに、ジュリアスに進言するか? オリヴィエ。炎の守護聖は、女王を敬おうとせず、それどころか、聖地にとって危険きわまりないとんでもない思想の持ち主です、と」
 言って、オスカーは声をたてて笑った。
 その様に、オリヴィエは背筋に冷たいものを感じた。
 もしかしたら、オスカーは、オスカーの精神は、その内に抱え込んだ矛盾に綻びをみせはじめているのではないかと。
「オスカー」
 名を呼んで、けれどオスカーの笑いは止まらない。
「オスカー、オスカー!」
 せめて笑うのをやめさせたくて、名を呼び続けた。そうして数度続けて呼んで、漸くオスカーは笑いを収めた。
「どうした、オリヴィエ。おまえらしくもない、そんな必死な形相をして」
 オリヴィエは自分が蒼褪めているだろうことは自覚していた。加えて、膝の上、握り締めた拳が小刻みに震えるのを止めることができないでいた。
 それを見て取ったオスカーが小さく笑った。
「俺が、狂ったとでも思ったか?」
「そ、そんなことはないけど……」
「フッ……。そうだな、もしかしたら俺はもうどこか壊れてるのかもしれないな、あの、全てを失ったことを知った日から……」
 それから暫く、二人は会話もなくグラスを傾けた。
 その間、オリヴィエは様子を窺うように、じっとオスカーを見つめていた。
「……あんた、執務中は決して吸わないけど、実のところ、結構なヘビースモーカーよね」
 そう言われて、オスカーは手にした火の点いた煙草をかざした。
「……そう、だな。酒と煙草と女が、俺にとっちゃ精神安定剤代わりだからな」
 そう答えて、一服深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出した。
「けど一番落ち着くのは、やっぱり女といる時かな。特に今通ってる女は今までの中じゃ最高だからな。いっそのこと引かせて囲おうかと思ったこともあるんだが」
「囲うって、オスカー、あんた冗談もほどほどに……」
 そこまで言うかと、呆れた顔をして返すオリヴィエに、オスカーはつまらなそうな顔を見せた。
「冗談なんかじゃなく、本気だったんだぜ。けど、あいつが絶対嫌がるのが分かってるから諦めたんだ。あれで、自分の仕事にはプライド持ってるしな」
「……そんなにいい女なわけ?」
「ああ、たぶんあんないい女は後にも先にも、もうお目にかかれないだろうと思うほどにな」
 そう微笑(わら)いながら告げる顔は、今夜目にした顔の中では、一番穏やかで嬉しそうだった。
 その笑みは、苦笑でも、嘲笑でもなくて、オリヴィエはオスカーの見せたその顔に、ほっと安心する自分を覚えた。
 まだ大丈夫だ、まだこの男は壊れてなんかいない、と。
「一度会ってみたいもんだわね、あんたにそこまで言わせる女に」
「機会があればな」





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