im Wein ist Wahrheit - 5




「全てが管理された世界── それが聖地だ。気候は常に春、晴れや雨や、そういった天候も、そして時間すらも、何もかも管理され、外の世界を拒絶し、そして外の一切から隔絶された世界。態のいい牢獄だ。息が詰まる。こんな閉じ込められた世界で、皆よく平気でいられると感心するよ」
 オスカーは吐き捨てるようにそう告げると、注いだばかりのワインを、まるで水を飲むように一気に飲み干した。そしてオリヴィエの目を真っ直ぐに見据えて、静かな声で告げた。
「俺はな、オリヴィエ、聖地なんてないほうがいいと思ってる。いや、本来、在ってはならないものだと」
「!?」
 オスカーのその言葉に、オリヴィエは目を見張った。
 今までの遣り取りから、聖地に対して必ずしもいい感情は聞けないだろうとは思っていた。だが、ここまで否定的な言葉が発せられるとは思いもよらなかった。
「もちろん、これは場所としての聖地だけじゃない、守護聖も、そして女王も含めてだ」
「オスカーッ!! あんた、何てこと言うのよ、仮りにも守護聖のあんたが!? 守護聖に、口にするのも畏れ多いけど陛下に何かあったら、この世界は……」
「滅びる── と、本当にそう思ってるのか? 信じてるのか?」
 身を乗り出すオリヴィエに、オスカーは冷静に応じた。
「決まってるでしょ!! いまさら何言ってるのよっ!?」
「クククッ」
 オリヴィエの感情も顕わにした答えに、オスカーはさもおかしそうに喉の奥で笑った。
「この宇宙が創生された最初から聖地が在ったわけじゃない。それどころか、聖地の歴史なんざ、この宇宙ができてからの時間で考えれば、数万分の一にも満たないんだぜ?」
「え?」
 オスカーの台詞に、オリヴィエは信じられない話を聞いたとでもいうように、呆気にとられて目を丸めた。
「何、それ……?」
「知らないのか? それとも知ろうとしなかったのか? ちょっとその気になって調べりゃ、すぐ理解(わか)ることだぜ」
 オスカーは唇の端を歪め、ソファから腰を浮かせて自分を見るオリヴィエを、斜め上に見上げるようにしながら告げた。
「どういうことよ、それ?」
 オリヴィエは、オスカーの言っていることが信じられないというように、この男は一体何を言っているのかと、尋ねる声は微かに震えていた。
「本当のことだ。もともと聖地なんていうものは存在しなかった。後から意図的に作られたものだ、人間によって。この宇宙は聖地なんてもののなかった時の方が遥かに長い。つまり、ないのが本来の自然の姿だったんだ」
 そんなこと知らない、聞いたことなんかない── オスカーの口から語られるその内容に、オリヴィエは力が抜けたようにソファに腰を落とした。
「……そんな、馬鹿な話……」
 茫然自失といった態のオリヴィエを目の端に留めながら、オスカーはまた新しくグラスにワインを注いだ。
「……守護聖は、惑星が望んでいると、育成すると称してサクリアを送る。だが本当に惑星自体がそれを望んでいるのか? そうじゃない、望んでいるのは惑星ではなく、その惑星に住む住人たちだ。自分たちの望みを叶えるためにサクリアを欲し、聖地は、管理するために、管理しやすいようにするために、サクリアを送る。そうしてサクリアを送り続けられた惑星は、どうなると思う?」
 オスカーはオリヴィエに問うた。
 だがオリヴィエは何も考えられないでいた。オスカーの言葉が、耳を通り過ぎていく。
「……俺の祖国は、滅亡したよ」
 何の感情も感じられない静かな声で告げられたその一言に、オリヴィエは、はっとしたように顔を上げた。
「……」
「あとで調べたところによると、俺の惑星がよく望んだサクリアは、地と鋼と、そして炎── 。聖地は、多少は量的な調整をしたようだが、その望まれたサクリアを送ったらしい。で、それらを受け取って、どうなったと思う?」
「…………」
 オリヴィエは答えない。否、答えられなかった。
 オスカーも答えを期待していたわけではないのだろう、淡々と話を続けた。
「戦争だよ。最後には核が開発され、戦争に投入されて……、全て滅んだ。折からの自然災害もそれに輪をかけて、結果、海は干上がり、赤茶けて、草木一本なく、人の住めない、今では完全に死の惑星だ」
 オスカーはそこまで言って、呷るるようにグラスの中味を飲み干した。
「望んだサクリアを得て好戦的になった住人たちは、同じく得たサクリアで次々と兵器を開発し、戦争をはじめた。滅んだのは、自業自得だ。それは認めるさ。だがな、オリヴィエ。サクリアがなかったらどうだ? 未来は違ったものになっていたと思わないか? 少なくとも、違う可能性はあったと、俺はそう思ってる。住人たちがサクリアを望んで、望まれたからとそれを送って、それが齎すものを、その結果齎されるものに、責任を持てるのか? 確かに考えてはいるだろうさ、だがそれはあくまで数字の上でのことだ。そこに住む住人たちの感情とか、状態とか、どこまで理解ってる? 俺の惑星だけじゃない、ゼフェルの生まれ育った工業惑星も似たようなものだろう。さんざんサクリアを送って発展させて、その挙句に汚染が酷くなると、まだ最終結論は出てないが、廃棄処分なんて案が出てる。あいつらは他人事だからそんなことが簡単に言えるんだ。その惑星に住む住人たちが何を望んでいるか、思っているかなんて、本当のとこなんか知ろうとすらしない」
 話しながら、オスカーは新しいボトルのコルクを抜いて、グラスに注ぐ。
 オリヴィエは、そんなオスカーに対して、何も言うことはできなかった。
「俺の母星に関して言えば、そうして引き起こされた事態に聖地は何もしなかった。内政不干渉、とか言ってな。何が内政不干渉だ! そう言うなら、なぜサクリアを送る!? それも内政干渉じゃないのかっ!! 冗談じゃないっ!!」
 そう叫ぶオスカーは、先程までの淡々と話していた彼とは違っていた。激昂し、感情も顕わだ。
「オスカーッ!!」
 感情の昂ぶりが、手にも力を入れていたのだろう、持っていた中味の入ったグラスを、思わず割っていた。
 割れたグラスの破片はオスカーの掌を傷つけ、そこから流れ出た血は、赤ワインと混じって床に落ちた。だが、掌を傷つけたことすら、オスカーには分かっていないようだった。
「あんた、何してるのっ!?」
 オリヴィエは慌ててオスカーの傍らに行き、握り締められたままの掌を開かせた。注意しながら、刺さったグラスの小さなものまで全ての破片を取り除き、とりあえず持っていたハンカチを取り出して、それで傷口を抑えるように掌を縛る。
「救急箱はどこ?」
「……大した傷じゃない、こんなもの……」
 そう言って掌を見つめるオスカーの瞳はどこか虚ろで、オリヴィエはいい知れぬ不安に襲われた。
 だが、少なくとももうこれ以上の話はさせない方がいいと、そう考えた。
「オスカー、今日はもう(やす)んだ方がいいわ。私ももう帰るから」
 そう言って立ち上がったオリヴィエの腕を、オスカーは掴んだ。
「帰るなよ。聞きたがったのは、おまえだろう? なら、最後まで聞けよ、俺にこんな話をさせた責任を取れよ」
 まるで幼い子供が親に縋るかのような視線を向けてくる力ないオスカーの様子に、オリヴィエは後悔していた。
 こんな姿を見たかったわけじゃない、こんな話を聞き出したかったわけじゃない!
「オスカー……」
 オリヴィエはオスカーの頭を抱き寄せた。
「ごめん、悪かったよ。最後まで聞くよ。全部吐き出しなよ、あんたが溜め込んでたもの、全部、聞いたげるから」





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