im Wein ist Wahrheit - 4




 私生活はともかく、執務においてはジュリアスの命令に忠実に従い、自他共に彼の片腕と認められるこの男が、その実何を思い、何を考えているのか、オリヴィエは知りたいと思った。本音を、聞きたいと思った。そして、いきなり直球過ぎるかしら、と思いながら、口にしていた。
「オスカー、あんた、この聖地のこと、どう思ってるの?」
 オリヴィエは、オスカーの表情の変化の一つも見逃すまいと、視線を合わせた。
「……聞きたいのか?」
 グラスを口に運びながら、確認する。
「聞きたいわね、是非とも」
「やめといたほうがいいと思うがな」
「なぜ?」
「……きっと、後悔するぜ?」
 その一言で理解(わか)ってしまった。
 何か事が起これば、盾となり命をかけて女王を護るだろうこの男が、聖地に対しては、決して良い感情を持っていないこと、いや、むしろマイナスの感情を抱いているだろうことを。
「それでも、聞いてみたいわね」
「ふん」
 オスカーは苦笑を浮かべながら、テーブルの上にあるオリヴィエ持参のワインを取り上げた。
 ピッチが早い。既に半分以上が空いている。
「おまえが持ってきたのはこの1本だけか?」
「そうよ。それが?」
 少し逡巡して、オスカーは立ち上がった。
「オスカー?」
「ちょっと待ってろ」
 そう告げて、オスカーは部屋を出ていった。
 それを見送って、オリヴィエは座っているソファに背を預けた。
 どうやら、オスカーは自分の質問を無視するつもりではなさそうだ。ということは──
「酒の上の話にしたい、ってことかしらね……?」
 そうあたりをつけた。
 暫くして戻ってきたオスカーは、小脇にワインのボトルを数本抱え、つまみを載せたトレイを持っていた。
「数日前に外に行った時に見つけたんだ。安物だが、案外イケるぜ」
 言って、テーブルの上にドンとボトルを置く。
 オリヴィエはそれを手に取ってラベルを見た。知らない銘だったが、オスカーがイケるというのならそうなのだろう。値段はともかく、味には煩いオスカーのこと、決して不味い酒は買わないはずだ。
 手元のグラスにまだ残っていたワインを飲み干し、コルクを抜く。
「あ、グラス変えなくていいか?」
 うっかりしてたというように聞いてくるオスカーに、オリヴィエは開けたワインをグラスに注ぎながら答えた。
「いいわよ、同じ赤だし」
 そうしてグラスを持ち上げて、揺らしながら色を見てから、一口、口に含んだ。
「どうだ?」
「……ほんと、結構イケるじゃない」
「だろ? 酒なんて、気取って飲むもんじゃないからな。高けりゃいいってもんでもない、安物の中にも美味いものはある。結局は、嗜好品だからな、個人の好みだが」
 言って、唇の端を上げて微笑(わら)った。
 それがある特定の個人に対する皮肉、嫌味に聞こえてしまうのは、単なる気のせいだろうか。
「……で?」
「なんだ?」
「さっきの私の質問に対する答え。まだ聞いてないんだけど、どうなの?」
 脚を組みなおし、ソファの背もたれに躰を預けるようにして、オリヴィエはオスカーを促した。
「……どうしても聞きたいか?」
「だって気になるんだもの、あんたが何を考えてるのか。ねえ、どうなの?」
 重ねて確認するオスカーに、オリヴィエも重ねて問う。
「……」
 オスカーは一つ大きな溜息を吐いた。そして口を閉ざし、暫く考えてから、おもむろに口を開いた。
「答えてやる前に、俺も聞きたいな」
「何を?」
「おまえは、どう思ってるんだ?」
「私?」
 オリヴィエは自分の指で自分を指差して、聞き返した。
「そう。おまえが答えてくれたら、俺も話してやるよ」
 オスカーの言葉にオリヴィエは片方の眉を上げ、膝の上で両手を組んだ。
「……そうね……。一言で言えば、ありきたりな表現だけど、やっぱり“楽園”じゃないの?」
 そう言って微笑うオリヴィエの表情は、決してそれだけではないと告げているようだった。
「私が生まれた惑星(ほし)は、辺境もいいとこの貧しい惑星でね」
 言いながら、オリヴィエは昔を思い出すかのように遠い()をした。
「いつも天候を気にしてた。雨が降る降らない、風が吹いた吹かない、そんなことで一喜一憂してたよ、皆。そんなとこと比べたら、ここはまさに楽園よね。天候は安定して、温暖で、争いもな……、心配することなんて何もない。全てのものに恵まれてる。おまけに守護聖ということで、みんな崇めてくれちゃうし。ま、上司ともいえる首座の守護聖様の性格があんなだから、ちょっと息苦しいと思うこともあったりするけどさ」
 最後の方は苦笑しながら告げるオリヴィエに、黙って聞いていたオスカーは、そうだな、と言って寂しげに微笑った。
「オスカー?」
「俺も、最初はそう思ってたさ。初めて聖地に着いた時、なんてトコなんだろうと思った。
 先代が俺を、次代の炎の守護聖だと言って迎えに来た時、俺は守護聖なんてもののことは知らなかった。聖地のことも無論。サクリアのことだって分からなかった。そんな自覚は、これっぽっちもなかったからな。だが、先代はそんな俺に、たとえ自分では分からなくても、自覚がなくても、俺の中に炎のサクリアが芽吹いているのは間違いない、それは他の誰よりも自分が分かっていると、そう言って、サクリアのこと、守護聖のこと、女王のこと、聖地のこと、ここに着くまでに色々なことを教えてくれた。
 聖地を案内されて、本当に驚いた。着くまでに説明は受けてたが、本当にこんな所があるのかと……。それまで俺がいた場所とは、まるっきり違ってたからな。そう、天と地ほどに。おまえが言ったように、楽園のようだと、天国というものがあるとしたら、ここはまさにそれだと、俺は思った」
 そこまで言って、オスカーはグラスの中のワインを飲み干し、また新たに注いだ。
「だが、暫くして気がついた。── ここは楽園なんかじゃないってな」





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