ロザリアが閉じていた瞳を開き、オリヴィエに何かを告げようとした時、通信室内にあるインターフォンが鳴った。
こんな時に、と思いつつも、ロザリアはオリヴィエに少し待つように告げて、インターフォンの受話器を取った。
「どうしました?」
『炎の守護聖であるオスカー様から女王補佐官であるロザリア様宛に通信が入っています』
どうするか、との問いを含めたその言葉に、ロザリアは簡潔に応じた。
「今は急ぎの用向きの最中です。終わり次第こちらから連絡を入れると、そう伝えてください」
『それが、闇の守護聖クラヴィス様の件につき、大至急、とのことなのですが……』
「クラヴィスの?」
スクリーンを通して、オリヴィエにも聞こえたのだろう。二人は互いに見つめ合ったが、程なく、ロザリアは指示を出した。
「分かりました、繋いでください」
『畏まりました』
その声の後、インターフォンは程なく切れ、それと入れ違いのように、ロザリアの前にあるスクリーンは二分割されて、オリヴィエの隣にオスカーが映し出された。それにより、もう一方のオリヴィエの側でも、ロザリアの隣にオスカーが並んでいる状態で、スクリーンには二人が映し出されている。
「オスカー、クラヴィスのことで、とのことですが……」そこで一旦ロザリアは言葉を切り、言いづらそうにほんの一瞬だけだったが唇を噛みしめた。それでも思い切ったかのようにすぐに再び口を開く。「彼がセレスタインにおいて既に自らその命の絶ったことは、今、オリヴィエから報告を受けているところです」
蒼褪めた顔色ではあったが、ロザリアはそうはっきりと告げた。
「私からの報告はその後のことです」
「「その後!?」」
オスカーの言葉に、何事が、というように、ロザリアとオリヴィエの声がはもった形で、疑問をもって言葉を発した。
「はい。確かにクラヴィス様は銃で自ら蟀谷を撃ち抜き、命を絶たれました。しかし、隠れて控えていた王立派遣軍の私の部下たちが、すぐにクラヴィス様の躰を回収し、蘇生のための処置を施しました。つい先程入った連絡によりますと、処置は無事に終了、クラヴィス様の命を取りとめることができたとのことです。
だた、まだ意識は戻らず不明のままであり、負傷の場所が場所だっただけに、意識が戻っても、何の後遺症も残らない可能性は少ない、また、今後も守護聖としてあることができるかどうか、現在の段階では判断できない、とのことです。特に守護聖として、つまりサクリアの使用については、王立派遣軍の従軍医師よりも、王立研究院付属病院の医師の方がより分かるのではないかと判断いたします」
「……王立派遣軍の貴方の部下が……? それは彼らが自らの判断で行ったことですか? それとも、もしかしてオスカー、貴方が前もって命令、を……?」
「副司令官から今回の件についての報告を受け、そこから私が判断して命じ、特別に編成したチームを同行させました」
ロザリアの疑問を問いただす声に、オスカーは静かに返答した。
「! そ、それでは、貴方はこうなる事態の可能性を予測していた、とでもいうのですか!?」
確かにクラヴィスを送り出すにあたり、女王は不安を抱いていた。それは女王としての力故なのだのだろうと思っていた。女王ほどではないが、補佐官たるロザリアにも漠然とした不安感があったから。しかしオスカーの場合はどうなのか。ロザリアたちはオスカーには何も知らせていなかった。王立派遣軍の総司令官たる立場を持つ彼を無視して、女王命令として、直接、王立派遣軍の副司令官に命じて艦隊を派遣させた。そしてまた、他の守護聖たちの様子を見る限り、オスカーも含めて、説明をしなかったからということももちろんあるが、彼らが今回のセレスタイン一帯で起きている出来事について何かを知っているような、そんな気配は一向に感じられなかった。
「以前から個人的に調べていることがあり、その中でクラヴィス様の件が、はっきりとではありませんが判明し、そこから予測を立てました」
「……その、調べていること、というのは何です?」
二人の遣り取りを、今は黙って聞いているオリヴィエには、オスカーが調べていることの内容は、以前に彼自身から直接聞いていたことであるために知っているが、それは己の口から告げることではないと沈黙を続けている。
「聖地に関することではありますが、個人的に行っていることです。報告義務はないと思います。それに、もしその必要があったとしても、今の段階ではまだ報告できるような状態ではありません。調べられた内容はまだ少ないですし、今回、私が立てた予測には多分に推測が入っています。つまり、あくまで万一のことを考えて与えた指示にすぎません」
嘘も方便、か── オリヴィエはそう思った。確かに、まだ十分とは言えないかもしれないが、データとしては報告としてあげても問題のないレベルなのではないかと、かつて見せられたデータを思い出したオリヴィエはそう思った。
「……そうですか……」
しかしその状況を知らないロザリアは、オスカーの言葉をそのままに信じたようだった。守護聖たる身が、ましてや女王に対して絶対の忠誠を誓う炎の守護聖であるオスカーが、女王補佐官である自分に対して嘘偽りを述べることなどない、という思いがあってのことでもある。そしてそれは、オスカーの過去、すなわち彼の母星での出来事、そこから発生したオスカーの聖地に対する気持ちや考えを何も知らぬが故のことでもある。
「それから、部下からの報告によりますと、クラヴィス様は魔女の、つまり彼の母親の遺体に向けて、こう仰られていたそうです。
貴方が滅びよと願った宇宙は、貴方が望んだ通りに滅び、ここは、その宇宙から星々を移行させた、別の宇宙である。サクリアによって理を捻じ曲げられた世界は、多くの歪みを抱えたまま滅んだ。そして今のこの世界は違う。最初からサクリアによって管理され統括されている。サクリアの存在することがこの世界の理であり、サクリアの喪失こそがこの世界のバランスを崩して歪める。貴方の呪った世界ではないのだから呪いを解いて下さい、と。
それにより、今回のセレスタイン周辺の事態がどうなるかは流石に分かりませんし、予測も立てられませんが。
なお、クラヴィス様については、その身の安全をはかりながら、最善の手段をもって最速で主星に戻るように指示してあります」
「……分かりました。ご苦労様でした。貴方が無断で行った行為は責められてしかるべきものであるのかもしれませんが、それはあくまで、貴方個人が立てた予測の元、万一のことを考えてのことであるがゆえに、あえて公表しなかったのだと判断します。
ついてはオスカー、オリヴィエ、今回のクラヴィスの件については、彼が事故で死亡しかけ、それを同行していた王立派遣軍に従軍していた医師たちの手によってその命は救われた、そういうことにして、それ以上は口外無用に願います。
オリヴィエ、貴方は、クラヴィスが魔女と呼ばれた女性の息子であることを抜かして、その墓守だと言っていた老人から聞いた話を含めて、聖地に戻ってからで構いませんので、報告書を作成、提出してください。
オスカー、クラヴィスが無事に戻り次第、彼の意識の有無にかかわらず、直ちに王立研究員付属の病院に移し、その後のことはそちらに一任するように。準備を整えさせておきます。
以上です。よろしいですか?」
最後には問い掛けの形をとってはいるが、それは命令と言えるものだった。
「了解しました」
「分かったわ。その方がいいでしょう。下手にクラヴィスの真実が他の人たちに分かったりしたら、どんなことになるか分からないしね」
「では、そのようにお願いします。私はこれから女王陛下に事の次第を報告いたします。
オスカー、クラヴィスが無事に主星に到着したら、いえ、到着時間が分かったら、その時はすぐに私に知らせてください」
「はい」
オスカーは、自分が調査していること以外は、事実をありのままに感情をこめずに報告したに過ぎず、オリヴィエは既にオスカーから聞いていた話、そして老人から聞かされた話から判断して、ロザリアの出した指示通りにするのが一番無難だろうと判断した。
クラヴィスを乗せたトリスタンは既にもう一隻だけ連れてセレスタインを発している。オリヴィエはセレスタインでの後始末をし、残ったものたちと共に数日遅れくらいでセレスタインを離れることになるだろう。
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