Spitzengeheimnis - 9




 主星に戻ったクラヴィスはまだ意識は戻っていなかったが、直ちに聖地内にある王立研究院付属病院に収容され、そこに在籍する医師の手に委ねられた。
 暫くして意識を回復したクラヴィスを診察した医師は、殆ど問題ないと思われる、とロザリアに報告してきた。
 一方で、クラヴィスに対しても自ら告げている。
「身体的には、暫くは不自由があるかもしれませんが、守護聖としての職務を果たされるには何の問題もないと思われます。陛下と補佐官様からは、ゆっくり養生なされるように、とのお言葉が届いております」
 意識を取り戻し、医師からの言葉を聞いたクラヴィスは、死ねなかったのか、と、それだけを思った。そして母親に対して、貴方の元に行くことができなかったことを許してくださいと。
 そんなクラヴィスの元をオスカーが見舞いも兼ねて訪ねた。オスカーが取った処置を知らされていないクラヴィスは、オスカーの訪問に疑念を抱いたが、見舞い、と言われ、拒絶するのもはばかれて病室に入れることを許可した。
「だいぶお元気になられたようですね。安堵いたしました」
「……」
「今回の件ですが、私は以前から個人的に調査していることがあり、その中でクラヴィス様が守護聖になった経緯を、大凡の範囲ではありましたが、知りました。そこからクラヴィス様が取られるかもしれない行動を推測して、それが為されてしまった時のためのチームを編成し、適宜な処置を施すよう、部下に命令しておりました」
「なんだとっ!?」
「つまり、貴方は確かに一度は死んだのです。そして墓守の老人が貴方の母親である魔女の墓場たる岩山を爆破する前に、貴方の遺体を回収して蘇生措置を施したのです」
 クラヴィスはオスカーの冷静な態度と、その口から発せられた言葉に激高した。
「おまえは、一体何を知っているというのだ!? なぜそんな余計な真似をした!?」
「調査はまだ途中ですし、クラヴィス様ご自身に関しては、推測も入っています。ただ、クラヴィス様が知っていることで私が知らないこともあるでしょうが、逆に、私の知り得えたことで、クラヴィス様も知らないこともあるかと思います。
 そしてなぜ今回の行動をしたか、一言で申し上げるなら、貴方一人が逃げることを許す気にならなかったから、でしょうか」
「どういうことだ?」
 クラヴィスは訝しげに、柳眉を寄せてオスカーに問い掛けた。
「サクリアという力の本質。先程も申し上げたように調査はまだ途中ですし、そこから導き出した私の推測も入っていますから、完全に正しいとは言い切れません。そのことを最初に念頭に置かれておいてください。
 守護聖とはサクリアを持つ器などではなく、媒体のような存在、だと私は考えています。サクリアとは、本来、宇宙にあるエネルギーそのものであり、それを守護聖の持つ力によって、それぞれの力、貴方の場合ですと、闇、つまり安らぎ、私の場合ですと、炎、つまり強さ、ということになりますが、それらに変えて、目的の、その力を欲している惑星(ほし)に与えている。従って、サクリアを使うということはそれだけ宇宙のエネルギーを、必要以上に無駄に使用しているだけで、結果、宇宙の命を食いつぶしている。私はそう判断しています。前の宇宙が滅びの道をたどったのはそのため。本来なら、普通に存在している限りは、おそらくですが、宇宙のエネルギーの渇望などという事態は起きなかった。しかしサクリアを使用したことにより、需要が供給を上回り、宇宙はその存在を支えるエネルギー不足に陥って滅亡を招いた。私はそう判断しました。そしてそれは、この新しい宇宙にも言えることだと思っています。結論として、サクリアなどというものはあってはならない、使用してはならないものだと。
 そして私のとった行動についてですが、私の母星は、送られたサクリアのために、民衆は、国家は好戦的になり、戦争を煽り、そしてそんな状態を観測し続けていた王立派遣軍は聖地に対し、何らかの処置をと幾度か進言したにも関わらず、聖地はあくまで内政であり不干渉の事柄と、何もせず、結果、翠なす“草原の星”とも言われた私の母星は、既に守護聖として聖地にあった私以外の全ての者が息絶え、生命(いのち)は何一つ存在しない、赤茶けて、高濃度の放射能と、同じく有毒ガスに覆われた死の惑星と成り果てました。そんな状態を知った私が、聖地に対してどんな思いを抱くか、貴方には十分に察することができるのではありませんか? けれど私は、祖国を離れる前に告げられた、総司令官からの、今は遺言となってしまったといっていい最後の『力ある限り、守護聖として女王に仕えよ』という命令のために、身動きが取れない。せいぜい、私個人として調査を進めるくらいです。その命令のため、私は逃げたくても逃げ出すこともできないのに、自殺という手段で一人この聖地から、守護聖としての立場から逃げ出そうとした貴方の行動を許せなかった。見逃せなかった。だから貴方を蘇生させました。
 以上で、理由はお分かりですか?」
「……おまえは……」言いかけて、クラヴィスは一旦やめたが、代わりに別の問いを発した。「そのことを他に知っている者はいるのか?」
「以前、あることをきっかけにオリヴィエに問い詰められたことがありましてね、その際に彼には話しました。口止めはしてありますし、オリヴィエもその約束は守ってくれています。貴方にもそうしていただけると助かります。
 なお、既にご存じかもしれませんが、今回の貴方の件については、事故により死にかけたが、同行していた医師の処置により無事助かった、ということになっており、貴方と、あのセレスタインの魔女との関係については、私とオリヴィエ、そしてオリヴィエから報告を受けた補佐官のロザリア、おそらくロザリアから報告を受けたであろう女王以外は知らないはずです。首座の守護聖も含めて」
 首座の守護聖── ジュリアスという名前を出さずにそう告げたこと、女王に対して“陛下”と敬称をつけなかったことから、オスカーは普段は常と言っていいほどにジュリアスに付き従っているし、女王に対する忠誠心は一番強いとも言われているが、内心は、本心は全く違うのだろうと、クラヴィスは察した。
「……一人逃げるのは許せない、か……。おまえからしたらそうなのだろうな。ならばおまえのように、誰にも何も告げぬままにサクリアを使うことで、宇宙の生命を縮めることを復讐の一環とでもしようか。もっともこの新しい宇宙においては、私やおまえという存在が失われた後よりもなおずっと先のことになるのであろうが」
「そうですね。ですが、宇宙はともかく、私がいなくなった後、聖地は早くに失われるかもしれませんよ」
 微苦笑を加えて、オスカーはクラヴィスにそう告げ、やがて「では、失礼します」と退室していった。
 オスカーから告げられた言葉の数々に、特に王立派遣軍との関係を考えた時、クラヴィスは驚きを隠せなかった。オスカーが目の前にいる間は、努めて表情には出さぬようにしていたが。
 話の様子から、ロザリアは気付いていない、知らずにいる可能性が高いが、オスカーは歴代の王立派遣軍の元帥、総司令官を務めてきた名ばかりの守護聖たちとは明らかに異なる。これまでの歴代の存在からは考えられないような行動をし、直接に命令を下しているのだ。これまでの者たちであったなら、己の予測の元に特別にチームを編成して指示を出すことなど決してあり得なかった。そして自分やオリヴィエが乗船していた船はともかく、護衛としてついていた他の五隻の船に、そこに乗り込んでいる兵士たちに対してまで、自分たちのサクリアが果たしてどこまで有効だったと言えるか、疑問が大きい。にもかかわらず、自分たちの船の乗組員たちは、自分が予想していた以上に問題なかったし、他の五隻に乗り込んでいた兵士たちも同様だった。これは、あらかじめオスカーが、その兵士たちに己のもつ力── 強さ── を与えていたからではないのか。そうであれば彼らに何の影響もなかったのは十分に納得できる。今にして思えば、ある意味、ロザリアたちが考えたように、セレスタインに乗り込む者たちに必要だったのは、自分の与える安らぎや、オリヴィエの夢などではなく、オスカーの強さだったのではないかと思えるからだ。そしてまた、彼は「個人的な調査」と言っていたが、彼個人だけでできるようなことではないだろう。必ず協力者がいるはずであり、そうなれば、その協力者とは、全ての者とはいかずとも、王立派遣軍の者たちに他ならないだろう。
 それらのことから導き出される答えは一つ。
 オスカーは王立派遣軍にとっては、過去の歴代のような名のみの存在ではなく、彼らに対して直接命令を下すことのできる、実質的な、本当の意味での元帥であり、総司令官なのだ。オスカーと現在の王立派遣軍には、既に確固たる信頼関係が確立されているのだろう。
 そして先の言葉から、クラヴィスは、オスカーは自分が力を持ち、守護聖としてある間は動けないが、守護聖でなくなったら、彼が調べているという調査結果を用いて、聖地に対し、王立派遣軍を動かして何かをするつもりなのかもしれないと、そう察した。なにせ、王立派遣軍はこの宇宙最強といえる武力を持った武装集団なのだから。



 やがてクラヴィスは退院し、守護聖としての執務に戻った。
 クラヴィスのことを含むセレスタインの件については、公表されたのは差しさわりのないと思われる部分のみで、詳細な真実を知る者は、皆、沈黙を守ったため、当事者たるごく一部の者に限られた。
 そして宇宙は、表面的には何事もなく、ごく限られた一部の者を除いて、誰にも真実を知られることなく、聖地の統治の下、恙なく運行している。

── das Ende




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