翌日は朝食の後、簡単な打ち合わせをして二手に分かれた。
オリヴィエは老人の元へ、クラヴィスは魔女の墓へ、もちろんそれぞれに研究員や王立派遣軍の兵士たちと共に。
「聞きたいことがあるんだけど……。自分のこと、魔女の墓守だって言ってたけど、魔女って、一体何者なの?」
ゴーストタウンとなった町外れにある崩れかけた家の前で、初めて会った時と同じように縁台にいる老人にオリヴィエは問い掛けた。もっとも、それはほとんどオスカーから聞いていた話の確認を取るためのようなものだったが。
その問いに、老人が生気のない瞳を開いて、ゆっくりとその視線をオリヴィエに向けた。
「……昔、遠い昔、女王による統治のはじまるよりもずっと昔、この宇宙の中心に近い惑星にある一族がいた」
老人はオリヴィエに向けていた視線を、どことも知れぬ空に向け、そして口を開き、ゆっくりと話しはじめた。
「ある時、後にサクリアと呼ばれるようになった力を持った者たちが現れた。彼らはその力を用いて、あらゆる事象を時に起こし、時に治めた。そんな彼らに多くの者たちが従うようになり、やがてこの宇宙は彼らの統治するところとなった。
だが、全ての者が彼らに従い、その力を認めたわけではなかった。
かの一族は、彼らを、彼らの力を否定した。在ってはならぬものだと── 」
老人の言葉にオリヴィエは眉を寄せ、その後ろにいた者たちは互いに視線を交わしあい、ざわついた。
老人はオリヴィエたちのその様子を気にしたふうもなく、言葉を続ける。
「一族は、こう考えていた。
その力── サクリア── は、人間の欲望の現れ、宇宙の理を乱す元、そして、人間を堕落させるものだと」
オスカーからも似たように聞かされていたことだ。だからオリヴィエは特に驚きはない。とはいえ、まったく知らない相手から聞かされるのは、オスカーから聞かされた時もそうだったが、また別の少なからぬショックがあるのは事実だ。
そして他の同行者たち── 特に王立研究院の者たち── についていえば、彼らの中に、かつてここまで女王の統治を否定する言葉を聞かされた者がいるだろうか。それゆえのショックの大きさは計り知れない。
オリヴィエがもう一方の王立派遣軍の兵士たちの様子を見てみると、王立研究院の者と比べれば、そう大きなショックを受けている気配はない。それはオスカーから聞かされているから、彼が調べている内容を知っているから、でもない。オスカーはそのことについては彼直属のほんの一握りのものを除いては、誰にも話していないと言っていた。そのことから察すると、そして現在のオスカーと王立派遣軍の状況を考えれば、サクリアとは別の、オスカーから聞かされていた、これまでの聖地の王立派遣軍に対する対応から、既に王立派遣軍の中には、かつてのような女王に対する忠誠心や聖地に対する信頼が失くなっているためなのだろうと思える。ある意味、オリヴィエはそちらの方がショックが大きかった。ただ、やはりオスカーが話していないからだろう、サクリアの否定については、完全にはショックを隠せずにいるのが見て取れる。
老人の告げた内容についてだが、確かにこれまでにも、他にも聖地の存在を否定する者はいた。だがそれは、体制としての女王統治を否定し、拒否していたにすぎない。力そのものを否定していたわけではない。
確かに疑問を持つ者はいた。それはかつてその代替わりの際の経緯や出身惑星の件もあって、鋼の守護聖たるゼフェルも口にしたことがあった。けれどそれは必ずしもサクリアそのものを否定したものではなかった。ここまで悪し様に、悪しきものと言う者など、いなかった。少なくとも、オリヴィエにとっては、オスカー以外には。
老人の言葉は、サクリアを、そしてそれを有する女王と守護聖の存在そのものを悪しきものとして否定している。
オスカーとその周囲のごく一部、そしてその話を聞いていたオリヴィエを別にすれば、この宇宙に住まう者たちは、皆、宇宙はサクリアによって、それを操る女王と守護聖とによって安定を保たれていると信じているというのに。旧宇宙が滅びに瀕した時にも、その力によって新宇宙への星々の移行が無事に行われ、今に至っていると。現在があるのは、女王と、自分たち守護聖がいればこそなのにと。、それを── 。
老人の話を聞きながら、オリヴィエはオスかーから聞かされたことはやはり真実だったのかと、拳を握り締めた。震えが収まらない。実を言えば、オスカーを信じていないわけではないが、聞かされた話は信じたくはなかったのだ。彼が調べ上げたというデータを見せられた後も、間違いであってくれれば、オスカーの思い過ごしであってくれれば、とそう思ったことが幾度あったことか。しかし実際に旧宇宙の滅亡と、新宇宙への移行を経験したあと、さらに、ここでまったく別の存在から同じ話を聞かされると、どうしても、やはりオスカーが正しかったのだと判断せざるをえなくなる。否定できなくなる。
老人の言葉に、オリヴィエに同行している研究員の間には動揺が走っていた。
彼らにしても、このような否定的な意見を聞かされたことはないのだ。しかも、ただ単に否定しているだけではなく、サクリアは宇宙を護り育てるためのものどころか、宇宙の理を乱し、人を堕落させる悪しきものとまで言い切っているのだから。
「一族の者たちは新しい宇宙の統治者たちに、そして彼らを神のように崇め奉る者たちによって、住んでいた惑星を追われた。女王たちを認めぬ者がその近くに在ることなど許されぬと。追われ、追い払われ、彼らは安住の地を求めて宇宙を彷徨い続けた。長い放浪の中、疲れ果て、次々と命が失われ、それでも彼らは考えを変えることはなく、やがて辺境のこの惑星に辿り着いたが、その頃には、一族は僅か百人足らずにまで減っていたという」
老人はそこで一旦言葉を切り、その視線をオリヴィエに向けた。
視線を受けて、オリヴィエはゴクリと唾を飲み込んだ。
オスカーは自分の考えだが、としながら言っていたではないか。サクリアを否定する者たちは「追われた」と。オスカーから聞いた話と、今、老人から聞かされている話はほぼ一致した。そして、サクリアの件だけではなく、やはりオスカーの告げていたことはほぼ全て事実に他ならないのかと、オリヴィエは確信せざるを得なかった。
「── 魔女は、魔女とその息子はその一族の最後の生き残りだ。
彼らは、全員ではないが、比較的多くの者がサクリアとは違う、別の力を持っていた。だから魔女と呼ばれていた。彼らが追われたのは、単に女王たちや力を否定したからだけではなく、力を持っていたためもあるのだろう。その力で、もしかしたら自分たちを追い、彼らが宇宙の覇権を握ろうとするのではないかと恐れたのかも知れん。彼らにはそんな考えなど全くなかったものを。哀れな一族よ」
できるなら、同行者の手前もあって、オリヴィエは老人の言葉を否定したかった。だが、以前にオスカーから話を聞かされていたがゆえに、否定することができずにいる。そこまで本心を偽った態度を取り続けられる自信がなかった。だから、せめてもの対処法として、知らぬふりをして黙って聞いていることくらいしかできないのだ。
「昔の話だ、遠い昔のな。今のおまえさんらが知るはずはない。ましてや、聖地から来たおまえさんらにとっては、決していい話ではない」
そう言って、老人は軽蔑するかのような、人を馬鹿にするかのような嘲笑を浮かべた。
オリヴィエは後悔していた。選択を誤ったかと思った。あるいは、他の聞き方があったのではないかと。少なくとも、老人にここまでの話をさせるべきではなかったと思った。とはいえ、老人が実際にどのような話をするのか、どこまでするのか見当がつかなかったし、事前に何かをするというのはやはり無理だったろうとも思う。そしてもう言葉として発されてしまった以上、全て手遅れだ。あとは話を聞かされた彼らが、それを信じるか否か、それによって、今後の対応の仕方も変わるだろうとオリヴィエは思った。守護聖という立場を考えれば、本当かどうかなど全く分からない単なる昔話、とでもするしかないかと思うが。
ともかくも、今の段階では、オリヴィエはオスカーから聞かされていたことをなかったこととして、老人からはじめてそんな話を聞いたというようにふるまうことにした。その方が、後々問題は少なく済むだろうと、そう判断して。
「……じゃあ、魔女はそもそも女王と聖地に対して怨みを持ってたってわけね。あんたのいう話が真実だとしての話だけど。だから一族を失い、息子を奪われ、自分の命を奪われ、そうして自分から全てを奪った宇宙に呪いを掛けた、ってわけ。なるほどね。で、その呪い、どうやったら解けるの?」
「……ワシが知るわけなかろう。ワシはただの墓守で、やがて来る聖地の人間に、つまりはあんたらに伝えるのが役目。それ以外は何も知らんよ。後はあんたらでなんとかすることだ。ワシの役目はもうすぐ終わる」
そう言って、老人は乾いた声で嘲笑った。
オリヴィエたちが老人の話を聞いている頃、クラヴィスは機材を持った研究員たちと、そして警護のために同行している王立派遣軍の兵士たちと共に魔女の墓に来ていた。
鉄の扉の前、研究員たちは装置を使って何か反応がないか、仕掛けられているものがないかを調べる。そうして何もないことを確認してから、それを受けて兵士たちは扉を開けるべく、扉に手を掛けた。
鍵のようなものはなかった。だが、随分と長いこと開けられることがなかったのだろう。鉄はすっかり錆付いていて、なかなか思うように開かない扉を、数人がかりでゆっくりと押して開いてゆく。暫く押し続けていると、ギギギギッと、嫌な音を立てながら少しだけ動いた。それにもう少しと勢いを得て、兵士たちは力をこめる。
やがて、どうにか人が通り抜けられるくらいの隙間ができて、とりあえず人が入ることが叶うならばいいだろうとの判断の下に、まずは兵士の一人が明かりを持ち、銃を構えて辺りを窺いながらゆっくりと中に足を踏み入れた。
「クラヴィス様……」
研究員の一人が、不安そうに守護聖の名を呼んだ。だがクラヴィスはその声には何も答えず、ただ、その研究員の肩に手を置いた。だがそれだけで、研究員は不安が消えたように思えた。
「大丈夫です、中へ」
扉の内側から、兵士が顔だけを覗かせて告げた。それに答えて、研究員たちは機材を持って一人ずつ中に入り、最後にクラヴィスが足を踏み入れた。
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