Spitzengeheimnis - 3




 夕食を終えた後、クラヴィスとオリヴィエは、惑星の各地から戻った研究員たちと共に船内のミーティング・ルームに集まり、それぞれの報告を行った。
 部屋の一面を占めるモニターは幾つかに画面を分割されており、それぞれにセレスタインの地図、老人のいたゴーストタウンと化した町、魔女の墓と言われる岩山等々を映し出していた。
「少なくとも、あの岩山の周辺からは何の力も感じられなかった。だからといって、あの扉の向こうにも何もないとは言い切れないけど」
「この星には、自分を墓守だと言ったあの老人以外には誰も確認できませんでした。人間だけでなく、動物や虫も。彼がこの惑星唯一の住人、生命(いのち)ある存在です」
 研究員の一人が、手元のレポートを確認しながら報告する。
「手掛かりは、あの老人と魔女の墓だけってことね」
「そうなりますね。どう、なさいますか?」
「考えるまでもないでしょ。二手に分かれて、片方は老人からもう少し詳しい話を聞き出す、もう一方は墓の探索── 。それでいいわね、クラヴィス?」
 ずっと黙ったまま、一言も口をきくこともなく何かを考え込んでいるかのような闇の守護聖に、オリヴィエは一応了承を得ておくべきだろうと、そう考えて問い掛けた。
「……ああ」
 それに頷きながら短く答えて、クラヴィスは静かに席を立った。
 それを合図のように、ミーティングはこれまでとオリヴィエも席を立ち、クラヴィスの後を追った。
「クラヴィス、あんた、何か知ってるんじゃないの?」
 船内のあまり広いとはいえない通路を歩きながら、自分の先を行くクラヴィスに、オリヴィエは声を掛けた。その声に、クラヴィスが足を止めて振り返る。
「なぜ、そう思う?」
「なんとなく、私の勘、てやつ」
 クラヴィスが立ち止まったためにオリヴィエは彼に追いつき、彼よりも長身のクラヴィスの、滅多に感情を表すことのない紫色の瞳を見上げるようにして見つめながら言葉を綴った。
「振り返ってみれば、聖地を離れた時から、いいえ、ロザリアから今回の件を告げられた時から、どことなくあんたの様子はおかしかった。さっきもだけど、ずっと何かを考え込んでいるようだし。何を知ってるの? この星には一体何があるの?」
「魔女の墓と、彼女の残した呪いの言葉、だろう。私とて何を知っているわけではない。ただ……」
「ただ?」
「……水晶球に映った女の顔が……」
 言いながら、何かを思い出そうとするかのようにクラヴィスは細く形のよい眉を寄せ、目を閉じた。
「どんな女だったの?」
「黒髪を振り乱し、その身は血塗れだった」
「それって、もしかして……」
 オリヴィエが思わず飲み込んだ言葉を察して、クラヴィスは頷いた。
「たぶんそうだろう。その女から感じられたのは、深い哀しみと、激しい、底の知れぬほどの憎悪だった」
「憎悪、ね。あの老人の言葉とあんたの言葉からして、今回の原因はその魔女にほぼ違いないといっていいでしょうね。
 けど分からないわね。息子を奪われ、ましてや自分の命すら奪われ、憎しみを抱く── 。それは分かるわ。でも、それがどうしてあの呪いになるの? 犯人に対して、その犯人の関係者に対して呪いを掛けるのは、まだ理解できるけど、“全て”よ。そしてそのためにこのあたり一帯の宙域は滅びようとしている、しかもその範囲を広げながら。
 ねぇ、クラヴィス。あんた、他にも何か知ってるんじゃないの?」
「……私が何を知っていると?」
「分からないから聞いてるんじゃない。何か隠し事をしてるように思えてならないんだけど。どうなの? それとも、私のただの気のせいかしら?」
 並んで歩きながら、いつの間にかクラヴィスに与えられた部屋の前まで来ていた。
 クラヴィスは扉のスイッチに手を掛けると、顔だけをオリヴィエに向けた。
「すまないが、私はもう(やす)みたいのだが」
 そう告げて、これ以上話を続けるつもりはない、ここまでだと、クラヴィスは自分の中に探りを入れようとするオリヴィエを拒絶した。
 そんなクラヴィスの態度に、オリヴィエはあからさまに大きな溜息を一つついた。
「これ以上は何も話す気はないってわけね。……ま、いいわ。私も疲れちゃったし、ゆっくりバスにつかってさっさと寝ることにするわ。続きは、また明日ね」
 そう告げて手を振りながら立ち去るオリヴィエを見送って、クラヴィスは部屋に入った。
 明かりも点けず、暗い部屋の中、クラヴィスはそのまま後ろにある扉に背を預けた。
 オリヴィエの“勘”は、当たっている。
 そう、自分は()っているのだ、たぶん。確信はまだないが、おそらく間違いはないだろう。だが、今はまだ何も言えない。
 クラヴィスは右の掌で目元を覆った。
 涙はない。が、泣きたいと思った。泣ければ、きっと少しは楽になれるのだろうにと思う。けれど、泣けなかった。涙は出なかった。



 実を言えば、オリヴィエは今回の現象について、多少の知識を持っている。そう、女王補佐官たるロザリアや王立研究員の主任であるエルンストから聞かされるよりもずっと前に。
 それは、女王試験が行われるよりも前、アンジェリークが現在の女王となる前に、オスカーから話を聞かされていたからだ。その時、オスカーは「辺境」と言うのみで、具体的な名前を出すことはなかったが、状況から判断して、オスカーが告げていた現象の起こっている場所が、このセレスタイン周辺だということは直ぐに理解した。
 しかし、オスカーは聖地が事態を把握する頃には「既に手遅れになっている可能性もある」と言っていたし、そのために、近くにある王立派遣軍の基地を廃棄させたとも言っていた。現状を考えれば、オスカーが部下のことを考えた時、基地を廃棄する決定を下したことは、決して間違いではなかっただろう。しかし、ここまでの状態になっているとは、実際に訪れて目にしたものは、オリヴィエの想像を超えていた。
 オスカーがどこまで把握しているかは、そこまで詳しく聞いていないことから分からないが、基地を廃棄したとはいえ、オスカーの性格や考え方、彼が取るだろう方法から考えれば、その後に何も手を打っていないとは簡単に思えないことから、何らかの情報入手手段を残しており、基地の廃棄後も、ある程度の状況は把握しているのではないかと思えてならない。
 実際、今回のオリヴィエとクラヴィスの派遣については、用心に用心を重ねた結果、王立派遣軍の戦艦が五隻、護衛のためにつけられている。正直なところ、守護聖である二人が乗っている、いわば旗艦内においては、二人の持つそれぞれのサクリアが乗員に働いていると考えられるが、他の随行している五隻に関しては、どこまでそれが作用しているか、心もとないのが事実だ。下手をすれば、全く効果を及ぼしていない可能性を否定しきることはできない。
 だが現実としては、その五隻に乗艦している王立派遣軍の兵士たちには何ら異常は見受けられない。自分たちの、すなわち、夢と闇のサクリアが効いているのか、それとも、あるいは別の何かが働いているのか。
 あえて二人のサクリアが影響を齎していなかったと考えた場合、なぜ彼らが無事なのか。それを考えた時に出る答えは一つだけだ。
 つまり、前もってオスカーが炎の、強さのサクリアを兵士たちに与えていたということ。それ以外には考えられない。そこから逆算して考えた時、やはりオスカーはこの一帯の状況に関して、何らかの情報入手の手段を残していたとしか思えないのだ。
 そしてオスカーから聞かされていた話から推測して、老人の告げた“魔女”というのは、クラヴィスの母親、そして連れ去られた魔女の息子というのは、ほかならぬクラヴィス自身なのではないか、そう思えてならない。いや、そうとしか考えられない。
 クラヴィスが、自身、どこまで覚えているのか、把握しているのか、オリヴィエには分からない。オスカーは聖地のことを、自分同様ある程度のことは認識していると思うと言ってはいたが、彼自身のこととなると、そこまではさすがにオスカーにも判断はしかねていたのだろう、何も言っていなかった。
 もしクラヴィスが全てを思い出していたら、それは、魔女と呼ばれる、この世界の破滅の呪いの言葉を残した魔女が、自分の母親だと承知していることになる。今日の様子からだけでは、実際のところどうなのか、オリヴィエには判断しかねた。
 出たとこ勝負か、などとも思う。
 クラヴィスがどういった状況にあるにせよ、何かあっても直ぐに対応できるように、とにかく彼から目を離さないに限ると、オリヴィエはそれだけは確信した。
 そして一方で思う。同行してきている王立派遣軍の兵士たちは、総司令官であるオスカーから何らかの指示を受けていたりするのだろうかと。もし受けているというのなら、是非それを知りたいと思う。そうすれば、本当に何かが起きた時に、共に対応を取りやすくなるだろうから。とはいえ、オスカーのことだから、たとえ兵士たちに何らかの指示を与えていたとしても、その指示の中には、それを決して口外するなと緘口令を敷いている可能性も高いのだが。その場合は、オリヴィエは自分だけの判断で、自分が動かせる者だけに指示を与えて動かなければならない。それは、起こった内容によってはオリヴィエに非常に高い負荷をかけることになるのではないかと思えてならない。
 今回の王立派遣軍の出動に関して、オリヴィエたちがロザリアから話を聞かされた時のことを考えた時、オスカーに王立派遣軍を護衛として出す話を通していなかった可能性は否定できない。表向き、王立派遣軍を実際に指揮し、命令を下しているのは副司令官ということになっており、オスカーは名のみの名誉職の元帥であり、総司令官であるに過ぎない。オリヴィエを抜かせば、オスカーが名のみの名誉職などではないこと、王立派遣軍の中での実際の立場、その状態を知っている者はまずいないといっていい。それを思えば、オスカーを通さずに直接、副司令官に女王命令として指示が出された可能性がある。だが、仮にオスカーの知らないところで王立派遣軍にその命令が出されていたとしても、そしてオスカーに対して、ロザリアやジュリアスが何も話していなかったとしても、彼の立場や状態を考えれば、総司令部から必ず情報は得ていたはずで、そうであれば、兵士たちに何らかの対策を行っていることは十分にありえるのだ。そしてまた、自分たちがこの件で出発することは分かっていたのだろうから、その前に、できるならもう少し情報を出してくれていればよかったのにと、他に聞いている者はいないだろうと思いつつも、心の中で文句を言ってみる。
 全ては明日だと考えつつ、一方で虚しいことと思いながらも、今はただそれしかできないオリヴィエだった。





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