Spitzengeheimnis - 2




 派遣された艦隊は、どうにか無事にセレスタインにたどり着くことが叶った。その意味では、今回、王立研究院が中心となって立てた計画は、まずは成功したと言っていいのだろう。これまではたどり着くことすら叶わなかったのだから。
 セレスタインにあったはずの宇宙港は廃れていた。かつて宇宙港だったのだろうと判断できる程度のものがかろうじて確認できるのみであり、結果、先に衛星軌道上から確認できた唯一の町の近くに、艦艇を着陸させた。
 かつて町として栄えていただろうものは、衛星軌道上から確認する限り、殆ど廃墟と化していた。たぶん昔は町だったのだろうと判別できる程の、いわば遺跡のような状態であり、町と言ってもいいだろうものは一ヵ所しかなく、必然的に、その町へと赴くことになる。そこ以外に人が住んでいると、居住可能と思われる場所はなかったからだ。実際、ごくわずかの微量の生命反応もそこからしか感知できていない。
 オリヴィエは、以前にオスカーから聞いていた話を思い出していた。そして、その記憶から、女王補佐官から今回の話を受けて聖地を()って以降、ずっと同行者であるクラヴィスの様子をそれとなく窺っていた。しかし、彼の内心はうかがい知れなかったが、少なくとも表面上は、聖地に在る頃と何も変わっていないように見受けられた。だがだからといって安心はできない。このまま何もなければいいが、たぶん、何もなしには終わらないだろう、きっと何か起きる、そうオリヴィエはそう思い、自分が知っていることを悟られることのないように、そして同時に、クラヴィスから極力目を離すまいと考えていた。
 セレスタインに着陸した戦艦から降り立った者たちは、クラヴィスとオリヴィエ、その二人につく王立研究院の研究員と、護衛を務める王立派遣軍の兵士たちが、このセレスタイン唯一の町へと向かい、他の者たちはこの惑星上のそちらこちらへと調査のために別れて出ていった。



 セレスタインで唯一生命反応のあった町だが、たどりついてみると、そこはゴーストタウンのような有様をていしていた。
 しかしそこに生命反応があったのは間違いなく、オリヴィエたちは町中を、その対象となっているものを探して歩き回った。ただ、もしもそれが人間以外の、動物や昆虫などであった場合には、何の情報を得ることもできないことになるのだが。しかしそれが絶対に人間ではないと言い切れない以上、探し出す必要はあるだろう。もし運よく人間であったなら、必ずとは言えないまでも、何らかの情報を聞きだせる可能性があるのだから。
 オリヴィエたちは辺りの様子に目を配りながら、町外れの方に向かった。町の中央付近には何の存在も見つけられなかったからだ。
 やがて、町中にあるものに比べれば、幾分荒廃の度がましかと思われる家屋が一軒見つかった。その近くには、枯れているかもしれないが、井戸も一つ。
「誰かいてくれるといいわね。でもここにいなけりゃ、たぶんこの星には誰もいないわよ、きっと」
 言いながら、研究員が止めるのも聞かずに、オリヴィエは先頭に立って家屋の方へとゆっくりと歩を進めた。
 ぐるりと回っていくと、やってきたのとはちょうど反対側、縁台のようになっている所に、人影が一つ──
 一瞬躊躇って、だが意を決してそちらへと歩み寄ってゆく。そんなオリヴィエを研究員たちは慌てて後を追い、クラヴィスはゆっくりと後ろからついていった。
 砂混じりの地を踏む足音に、人影が振り返る。
「はぁい」
 それは年老いた老人だった。
 薄くなった白髪、深い皺の刻まれた顔── 一体何歳くらいなのだろう、もう長いことずっとこの場に座り続けているかのようだとオリヴィエは思った。
「こんちは。ちょっと話を聞きたいんだけど、いいかしら?」
 研究員たちが止める間もなく、オリヴィエはその老人に近づき、声を掛けた。
「……聖地から、来なすったかね?」
 老人はオリヴィエを見ても何の感情も見せず、しわがれた声で、ただ静かにそう尋ねた。
「……よく分かったわね。そうよ、私たち、聖地から来たの。でもまさか、聖地と、いえ、他の星となんの交流もなさそうなこの星の住人が、聖地のことを知ってるとは思わなかったわ」
 老人の様子を窺いながら、オリヴィエはゆっくりと近づいていった。
「知っているわけじゃあない。魔女がそう予言していた、それだけのことだ」
「魔女?」
 老人の答えに、オリヴィエをはじめとした研究員たちは眉を顰める。
「魔女って、誰?」
 老人の前まで歩み寄ったオリヴィエは、彼を見下ろしながら問い質す。
「魔女は、魔女だ」
「魔女の予言と言ったわね。魔女は何と予言したの?」
 老人は相変わらず何の感情も見せぬままに、オリヴィエを見上げて答える。
「……訪れる者も去る者もいなくなったこの星に、もし何人もの人間が宇宙船(ふね)で降り立ったら、それは聖地からの来訪者だと。そしてその来訪者がこの星に最期の時を齎すと」
「……どういう、こと……?」
 オリヴィエの後ろで、研究員たちが互いに顔を見合わせた。
「……その魔女は、どこにいるの?」
 オリヴィエは喉の渇きを覚えながらも、老人に問いかけ続けた。
 その問いに、老人はニッ、と不気味ともいえる嘲笑(わら)いを浮かべた。
「魔女はもういない。いや、この星には、誰もいない、墓守のワシと、あんたたち以外はな」
「墓守?」
「魔女の墓は、どこに?」
 いつの間にかオリヴィエの隣に来ていたクラヴィスが、老人に尋ねた。
 その声にクラヴィスを見上げた老人の瞳が、ほんの一瞬、見開かれたように感じられたのは気のせいだっただろうか。
「…………」
 老人はゆっくりと、殆ど骨と皮だけの細木のような右腕を上げて、ある一方を指した。
「ここから暫く行ったところに、小さな岩山がある。そこが魔女の墓だ。行けばすぐ分かる。……ワシは、魔女の墓守だ。あんたらが来たから、ワシの役目はもうすぐ終わる。やっと解放される……」
 老人の「解放される」という言葉に疑問を持ちならがも、老人が指した方向を見れば、確かに、僅かばかり小山のように盛り上がった部分を確認することができた。
「……昔、魔女のたった一人の息子が奪われ、その魔女は、息子を奪った男たちに殺された」
 老人の言葉に、クラヴィスを除く全員が老人を振り返って見た。
「そして息を引き取る前、魔女は呪いを掛けた。全て滅びよ── とな」



「魔女の呪い、ね。その魔女の力が本物だったなら、それが今回の件の元凶とみていいかもね。それ程の呪力を持つものがいるなんて、そう簡単には信じられないけど」
 ともかく、老人の告げた内容に、まずはその魔女の墓の場所の確認をと、オリヴィエを先頭にして、一行は岩山に向かった。
 砂地に足を取られながらも、徒歩10分程といったところだろうか。
 岩山の周辺を一回りしてみると、確かに老人の言ったとおりに入り口と思しきところがすぐに確認できた。
 どうしようかと多少躊躇い、同行の研究員たちは引きとめたものの、オリヴィエは、
「何も感じないし、大丈夫でしょ」
 軽くそう言って、一画にある洞窟の入り口、薄暗いそこに、周囲に気を配りながらゆっくりと足を踏み入れた。すると少し進んだところに、鉄製らしき錆付いた古い扉があった。
「ここから先が、魔女の墓ってことか」
「どうします、中に入りますか?」
 扉の前で腕を組んで真っ直ぐにその扉を睨み付けているオリヴィエに、同行の研究員の一人が尋ねた。
「それは明日にしましょ。もうすぐ陽も沈む頃だし、それに、確かに何の力も感じないけど、だからといって、さすがに何の用意もないままに、何があるか分からないところにこれ以上入るのは危険だわ。でしょ、クラヴィス?」
 後ろを振り返りながら、同意を求めるようにオリヴィエはクラヴィスに問い掛けた。
「……そうだな……」
 扉をじっと見つめていたクラヴィスは、静かにそう短く答えると、まるで何かを振り切るかのように軽く頭を振り、踵を返した。
「あ、待ちなさいよ、クラヴィス」
 オリヴィエは慌てて先を行くクラヴィスを追った。





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