聖地の時間にしておよそ20年余り昔、辺境の惑星から、次代の守護聖たるべき子供が一人、聖地に召喚された。それに際して、その子供の母親が事故にて死亡している。
 子供を迎えに行ったのは、辺境星域であったことから、当時の王立派遣軍であり、その母親の死亡事故に関しても、王立派遣軍は無関係といえる状態ではなかった。それゆえに、子供を聖地に送り届けてのち、王立派遣軍は再びその惑星に対して、件の最終報告書を上げるための調査のために、監査部の人間を派遣した。そして作成された報告書は2部。1部は女王に対して提出され、その執務室の奥深く封印されたまま、数代の女王に渡って、内容は知らされぬまま、ただその存在のみが伝えられていた。いま1部は、王立派遣軍の文書課の奥深く封印されたが、現在の王立派遣軍総司令官たるラフォンテーヌ元帥が、とある星域について内密に調査をしている中でその存在が判明し、彼の手によって開かれた。とはいえ、その内容を知るのは、総司令官たる元帥本人と、その側近の一握りの者に過ぎなかったが。


◇  ◇  ◇



 その日、炎の守護聖オスカーは、聖地を遠く離れ、この宇宙の辺境近くのとある惑星にある王立派遣軍の基地の一つに来ていた。守護聖としてではなく、元帥号を持つ、王立派遣軍の総司令官たる立場で。聖地には内密での行動である。なぜなら、オスカーがその基地に降りたのは、聖地がこれから行おうとしているある任務についての件が発端ではあるが、オスカーがこれから行おうとしていることについて、聖地は何ら関与していない、聖地の誰一人として預かり知らぬことであるから。それは聖地にある者のうち、おそらくは唯一人を除けば誰も知ることのない── いや、もう一人、オスカーが推測だとしたうえで話をした者がいるにはいるが── とある件から、オスカーがあくまで己の推測から王立派遣軍に対して、極秘の任務を与えるためである。もっとも、それ以前に、聖地から与えられた任務に関して派遣される兵士たちの、生命と精神を守るため、というのが先にあるのだが。
 元帥たる軍服に身を包んだオスカーの目の前に、今回の任務に就く兵士たちが並んでいる。
「諸君が今回の任務に就くにあたり、私から諸君に対して与えるものがある。そしてまた同時に、聖地には内密に指示を与えるためでもある」
 兵士たちの間に緊張が走る。
 今回の任務先、つまりは行き先についてはすでに聞かされている。そのことから、総司令官が自分たちに与えると告げたものについて、大凡の推測があった。しかし、聖地に内密の指示とは一体なんなのか、それは推測することすら叶わず、皆、オスカーから下される命令を一言も聞き逃すまいと。


◇  ◇  ◇



 王立派遣軍の基地がある惑星よりもさらに辺境の惑星にて、二人の守護聖と、王立研究院からの数名の研究員を乗せて、王立派遣軍の最新鋭の宇宙戦艦は、五隻の護衛艦と共に、さらなる辺境星域にある惑星へと向かっていた。その惑星の名は、セレスタイン。
 本来なら、それらの軍艦が飛び立った基地よりももっと近いところに基地があったのだが、その基地は総司令官の命令により、100年以上も前に廃棄されている。もっとも、それは完全な廃棄ではなく、情報収集のための設備は残されており、その基地のあった惑星を含め、周辺星域の情報は、探査衛星などを通して自動的に収集され続けてはいるが。
 しかし、現在の聖地はそこに基地があったことも、そしてその基地が廃棄されたことも、把握してはいない。その理由は、簡単に言うなら、感心の低さ、重要度の低さ、であろうか。聖地は、王立研究院については宇宙の運行、育成という観点から、そのデータを必要とし、重要性を認識していたが、王立派遣軍に対してはそうではなかった。サクリアに元を発しての問題が起きた際、必要に応じて、事を治めるため、あるいは救援のために王立派遣軍を活用してきたし、特に前の宇宙が滅亡に瀕し、宇宙に多くの歪みが発生して惑星に被害が出た時、その惑星に住まう住民たちの避難などに関し、聖地は王立派遣軍を必要に応じて動かした。聖地の警護というものもあり、そういった点から王立派遣軍を不要とはしていなかったが、さして重要視していなかった。王立研究院に比して、その立場はかなり弱かった。ゆえに、王立派遣軍の現状を詳細に把握する必要を認めず、結果として、現在の王立派遣軍の状態を掴みきってはいなかった。そしてそれでも何も問題はなく、それがまたその状態に拍車をかけていたのだ。名のみの名誉職とはいえ、常に守護聖の一人が王立派遣軍の総司令官という立場にありながら。
 しかし現在は違う。聖地としての対応は何ら変わっていない。変わったのは、王立派遣軍の総司令官となった守護聖の軍に対しての対応である。それは、現在の総司令官の立場にある炎の守護聖オスカーの個人的な思いと、彼がその立場についた当時の王立派遣軍の、特に首脳部の思惑とが、ある意味、合致したことからによる。オスカーはそれまでの名のみの名誉職たる総司令官ではなく、実質を伴う総司令官であり、王立派遣軍に所属する兵士たちの尊敬と忠誠とを一身に集めている。オスカーにとって最も親しい友人ともいえる夢の守護聖オリヴィエが、女王と総司令官たるオスカーのどちらかを選べと言われたら、現在の王立派遣軍は、女王よりも確実にオスカー個人を選ぶだろうと確信を持って思うほどに。
 いずれにせよ、現在、艦隊は二人の守護聖と王立研究院から派遣された研究員を乗せ、また、総司令官であるラフォンテーヌ元帥からの密命を帯びて、惑星セレスタインへと向かっている。





 辺境惑星セレスタイン。そこに、今回二人の守護聖── 闇の守護聖クラヴィス、夢の守護聖オリヴィエ── が派遣されることとなったのは、理由がある。
 それは、惑星セレスタインを中心として、宇宙の崩壊ともとれる状態が続いているためである。
 かつて、女王の統治する宇宙全てが崩壊の危機に直面していた。それゆえに異例の女王試験を行い、その結果を受けて、宇宙は新しい宇宙にその全てを移動させ、(ふる)い宇宙は封じられた。それにより宇宙の崩壊は止められたと思われていたのだが、セレスタインを中心とした一帯だけはそれが今もなお続いているのだ。
 王立研究院では、当初はセレスタインを中心とした現象は、宇宙全体の崩壊の中で捉えられ、特段、気にされていなかったが、ここにきていまだ進んでいることから、そこに以前の宇宙の崩壊とはまた別の原因による崩壊現象が起きているものと推測される、との報告がなされるにいたり、数度に渡って王立研究院から調査団が派遣されたが、全て失敗に終わった。いずれも調査に向かった者たちの精神に様々な異常が起き、セレスタインに辿り着くことすらおぼつかず、結果、何も調べることは叶わずにいる。
 それを受けて、ある意味、最終手段として、調査にあたる者たちの精神崩壊を守るために二人の守護聖を共に派遣することとなったのである。そしてまた、これまでの経緯から何が起きるか不明な点もあることから、特例中の特例として、王立派遣軍の護衛艦がついたのである。これまでも、稀に守護聖が次元回廊を使用して直接現地に、ではなく、王立派遣軍の戦艦で現地に赴くことはあったが、護衛艦をつけてというのは、記録にある以上でははじめてのこととなる。ちなみにそれは王立派遣軍の名のみと思われている総司令官に対してではなく、女王補佐官から、聖地からは実質の指揮官と目されている副司令官に直接下された命令であった。
 そのことを副司令官から知らされた総司令官であるラフォンテーヌ元帥、すなわち炎の守護聖であるオスカーは、守護聖たちと共に行く兵士たちに、己の強さを司る炎のサクリアを前もって与えたのだ。なぜなら、具体的な原因と詳細までは流石に彼らも把握していなかったが、それでも王立派遣軍の上層部の一部は、セレスタインを中心とした一帯で起きていることを、王立研究院からの報告がなされる以前に、既に把握していたからだ。そしてそのためのかつての一つの基地の廃棄であった。王立派遣軍がそこまでの対応を既にしていながら、聖地に対してその報告を何一つとして上げなかったのは、報告を上げても聖地が聞き入れることはないだろうと判断されたためである。そう判断されたのにはそれなりの理由がある。数百年前、とある惑星の状態に関して幾度も奏上したにも関わらず、それは内政不干渉の一言で無視され、結果、その惑星に生きる者は全て死に絶え、死の惑星(ほし)と成り果てた。ゆえに、王立派遣軍の聖地に対する忠誠や信頼は薄れ、結果、聖地に対して何も告げずにいたのだ。唯一人、王立派遣軍の総司令官としてある炎の守護聖オスカーを別として。なぜなら、確かにオスカーがその地位についたのは守護聖という立場に就いたからではあるが、彼自身は守護聖としてではなく、あくまで一人の軍人として、王立派遣軍と共にあったからである。そしてそれにより、王立派遣軍は変わった。オスカー以外の聖地の者には誰にも知られぬままに、その性質を、存在を変えつつあった。現在の王立派遣軍は、表向きはどうあれ、実質的には総司令官たるオスカー個人に従う、彼の個人的な軍組織、といっても決して言い過ぎではないだろう。
 ちなみに王立派遣軍がセレスタイン一帯の異常に気付いたのは、オスカーの密命の元に行われている極秘調査の中で怪しい調査結果が出され、それについてかなり大がかりな── とはいえ、やはり内密のうちにではあったが── 調査が進められた。その結果齎された情報は、セレスタインを中心として、周辺一帯の星域において、そこに住む住民たちの精神的、心理的不安が増し、心が荒んでいること。犯罪率の増加、武力闘争の激化などであり、それが年を経るごとに強くなっていること。加えて人口の減少も著しくなっていた。また、それは人間だけではなく、動物についても似たようなことが言えた。凶暴性が増したのだ。穏やかな性質とまで言われていた動物までもが凶暴になっていった。植物にしても、その実りはだんだんと薄れていき、肉や魚といったものもの含めて、食物の不足は年を追うごとにその気配が濃厚になっていた。報告されたのはそれだけではなかったが、ともかくもそれらの状況を受けて、王立派遣軍は総司令官の命令の下に、その一帯に整備されていた基地を、極一部の機能を残して廃棄したのである。全て聖地に告げぬままに。いずれは聖地も気づくだろうこと、そしてその時には、おそらく手遅れとなっている可能性が高いことを承知の上で。王立派遣軍がそうした対応を取ったのは、全てはこれまでの聖地の王立派遣軍に対する対応が原因であった。王立派遣軍の忠誠は── 聖地が特別なものであるという意識は変わらずにあるが── 既にその聖地に対しては殆どなくなっているのが実情なのである。そして、女王や守護聖たちは、そのことに全く気付いていない。王立派遣軍はあくまで聖地の統括下にあり、そのための象徴として、守護聖の一人が、名誉職として名のみとはいえ、総司令官という地位にあり、元帥という階位にあるという認識に変わりはなかった。実情はそれから異なってきているにもかかわらず。





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