Schwur - 13




 会談の後、オスカーはフランツから、改装が済んだというオスカーの、否、王立派遣軍総司令官の執務室に案内された。
 場所的には、以前に案内されたところと変わっていないが、大きく内装は変わっていた。面積的にも幾分広くなっている。おそらく、両隣位の部屋を潰しでもしたのだろうとオスカーは察した。
 以前はとりあえずある、といった感じの、殆どデスクと椅子、僅かのキャビネットだけといった執務室だったが、現在では以前よりもずっと実務的に整えられ、以前は全くなかった壁に取り付けられた幾つものモニター、形だけではなく、実際に使用することを考えて増やされたキャビネット類、コンピューターの端末、各部署との連絡用のインターフォン等が備えられたものになっていた。また、総司令官の執務机のすぐ傍に、秘書官の席も用意されていた。ちなみに、今回のことで、初めて設けられた役職である総司令官の秘書となる者には、先刻引合され、明日からオスカーについて執務に就く旨を伝えられている。なお、オスカーが不在の際には、オスカーがいつ来ても問題がないように、その間に起きた事柄の報告書の作成、必要があれば、聖地にあるオスカーに直接連絡を取る方針も、ゲンシャーから伝えられている。他に、部屋の中央には応接セットの意味も含めた、簡単な打ち合わせ用の広めのデスクと、ソファに近い椅子も数脚置かれている。
 そしてさらに、執務室の続きの隣室に、オスカーがいつ来ても大丈夫なようにと、寝泊まりができるようにきちんとした寝室が整えられ、ベッドやクローゼットはもちろんだが、そこにはバスルーム、簡易キッチンなどの水回りも設置されていた。
「フランツ……」
 案内された執務室を一通り見終えて、オスカーは傍らに立つフランツの名を呼んだ。
「一応、必要と思われるものは一通り用意したつもりだが、もしまだ何か足りないものや、使っていて不便なものがあったら遠慮なく言ってくれ。早急に対処するようにする」
「……ありがとう。正直、俺は軍人としては士官学校を出てほんの僅かの間、前線にいたことがあるに過ぎない。組織としての軍隊のことをどこまで知っているかと聞かれれば、はなはだ不安な状態だ。だが、フランツやゲンシャー将軍たちが俺の考えを、思いを受け入れてくれて、ここまで用意してくれた。ならば、俺はゲンシャー将軍が望むことを、可能な限り早く手を打っていくようにしよう。そのためには、まずは王立派遣軍の内情をしっかり把握することからだが」
 フランツはオスカーの言葉に頷き、そして告げた。
「今後の方針などについての会議を、明日10時から、会議室で主な幹部を集めて行うことにしてある。これからは、おまえの下で今までとは違った形になっていくのだからな。表面上は同じでも内側は間違いなく変わっていく。そのための具体的な説明や討議が必要だろうと、将軍が手配した。いいな?」
 そこには、大丈夫か、との口にはされない意味も含まれていたのを、オスカーは察した。
「……え、っと……」
 思わず答えに詰まる正直なオスカーの様子に、フランツは軽く笑って答えた。
「では、これから明日のための予習といこうか」
「……頼む……」
 二人は応接セットに向かい合って座り、フランツが告げたように、明日の会議のための打ち合わせ、そしてまた、それに続いて、まだ一部の者しか知らない諜報部のこれからの活動についての説明がフランツからなされた。



 翌日10時少し前、オスカーはフランツに案内されて会議室に入った。そこには既に、副指令のゲンシャー大将をはじめとして幾人もの幹部たちが集まっていた。
 オスカーはフランツに勧められるまま、正面中央の席に座った。その両隣を、ゲンシャー大将と、フランツが占める。
 全員が揃ったのを確認して、10時になると同時に、ゲンシャー大将から、幹部たちに対して改めてオスカーの紹介がなされ、その後、今回の会議の目的についての簡単な説明がなされた。
 ゲンシャーの言葉を受けて、幹部たちがざわめく。ゲンシャーが発言したことは、これまで王立派遣軍が望みながら叶えられることのなかったことだからだ。
 そんな中で、少し間をおいてオスカーが口を開いた。
「オスカー・ラフォンテーヌだ。今までは紙の上の存在でしかなかったが、これからは、この王立派遣軍の総司令官として、為すべきことを為していく所存だ。ご覧の通りの若造で、この王立派遣軍のことについてもまだ全てを承知しきっているわけではないが、早々に把握に努め、必要な、適切な行動をとっていく所存だ。ついては、皆の協力を仰ぎたい」
 オスカーが王立派遣軍の総司令官となったのは、確かに彼が炎の守護聖となったからではあるが、これまでの総司令官たる守護聖は、あくまで名のみの存在であり、王立派遣軍を実質的に統括してきたのは、副司令官であり、前任者までは、守護聖以外のなにものでもなく、名前しか知られてこなかった。だからオスカーはフランツの勧めもあったが、一人の軍人として、そして本来あるべき形の総司令官としてあるために、フルネームを名乗った。
 そしてフランツの狙いどおり、オスカーがフルネームを名乗っただけでも、明らかに幹部たちの目の色が変わった。
 これからは王立派遣軍の在り方が変わると、オスカーの言葉は幹部たちに思わせた。
 その後の会議の中で決められたことは、オスカーは普段は守護聖として聖地にあることから、常に、というのはどうしても無理だが、聖地が夜の間は、聖地を抜け出してこの本部に詰めること、そして執務をこなすことがまず告げられた。そしてその為に、宇宙に何かあれば、逐一しっかりと総司令官たるオスカーに対して報告をあげること、その内容によっては、会議の招集、時間が許せばオスカー自らその会議に出席することが告げられた。さらに必要があれば、王立派遣軍が軍として動くとき、オスカー自ら、つまり総司令官自らが指揮官として表に立つこともあると。
 これにより、これまで王立派遣軍が聖地に対して進言しても受け入れられることのなかったようなことについては、総司令官であるオスカーに報告を行い、それに対してオスカーが対処方法を、場合によっては会議を開いて定め、王立派遣軍はそれに従って動くこと。これまでだったらできなかったことであるが、炎の守護聖たる王立派遣軍の総司令官たるオスカーが決めたことということを盾に、聖地の首座の守護聖などの意向に関係なく動くことができるようになる。オスカーが存在することで、聖地に対しては、王立派遣軍の総司官である炎の守護聖に報告し、その判断を仰いでいるとすることができるのだから。ましてや、それが聖地に内密でだが、直接オスカーが本部にきて、会議を招集、指示を出すとなれば、それは即効性もある。かつてのある惑星のような悲劇を生むようなことは、完全にとはいかなくともかなりの確率で防ぐことが可能になる。
 外界と聖地との時間の流れの差を考えて、オスカーの元に王立派遣軍からのホットラインを引くことも決定された。ただし聖地側にはそうとは知らせずに。なぜならこれからオスカーを筆頭として、王立派遣軍が行おうとしていることは、これまでの慣例を破ることになるからだ。細かいことはまたこれからということで、今後の方針についての主な事柄の決定がなされると会議は散会となった。
 午後、同じ会議室で、ゲンシャーとフランツは変わらずにいたが、ゲンシャーがオスカー直属として組織した諜報部の幹部と、オスカーと共に聖地に赴く四人が揃った。もちろん、議題の内容は今後の調査の進め方についてである。
 これからオスカーに報告されるものの中には、各惑星間同士におけるようなものばかりではなく、場合によってはサクリアに起因するかもしれないものが含まれることを否定することはできない。なぜなら、サクリアというものについて、守護聖たるオスカー自身も含めて、きちんと把握できていないからだ。その点については既に王立研究員に入り込ませた隊員からの報告に期待すること大となる。そして可能な限り調べられる過去、そしてこれから、聖地から宇宙に向けて送られるサクリアについて、どこに何のサクリアがどのくらいの量を送られたか、そして送られた惑星とその周辺のその後の様子についての、できるだけ細かい調査とその結果報告をあげること。それらは聖地に赴く四人が聖地にある炎の館に滞在して、資料として纏めていくことが決められた。当面の目標としては、送られたサクリアと、送られたことの結果を見守ること、次の段階へ進むのは、それをある程度把握してから決めることになるだろう。
 続いてそれらを行うために必要なものが挙げられ、それを炎の館に運び込んで設置することが決められた。なお、その際に、オスカーから現在の炎の館には、執事とその身内くらいしかいないということも告げられた。そして聖地に赴く四人に対して、そんな次第であることから、自分の面倒は自分で見てくれとも。それに対して当の四人からは異論は出なかった。もとより、彼らは皆軍人であり、誰かに面倒を見てもらうような立場ではないのだから、自分のことは自分で行うのが当然だとの意見だ。
 翌日から、王立派遣軍は表面的にはこれまでと変わらずとも、実状的には明らかに生まれ変わった存在となった。聖地に知られることなく。既にオスカーは総司令官として、執務室において、これまでの総司令官が行ってこなかった実際の執務を行いはじめている。





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