Schwur - 12




 最初に聖地を飛び出して一週間ほどで戻ってきた後、オスカーは外でどうしていたのかを、たとえ問われても誰にも告げることなく、何もなかったかのように、執務をこなしていた。
 その態度に、首座である光の守護聖ジュリアスと女王補佐官のディアは、一体どうしていたのかとの不安はあったものの、安堵していたのも事実だ。少なくとも表面上は、オスカーの様子は落ち着きを取り戻していたのだから。オスカーが何をどう考えているのか、その内面にどのような変化をもたらしたのか、察することも、経緯を考えれば問いただすことも躊躇われて、結果、表面のみでの判断となってしまっていたが所以である。
 しかし実際には、執務が終わって夜になると、オスカーは聖地を抜け出し、早朝、まだ完全に陽が明けきらぬうちに聖地に戻るということを何度も繰り返していた。
 オスカーは考える時間がほしかった。聖地を飛出し、外で過ごした二年ほどの、外界の状況、そして、戻ってみれば聖地では一週間しか経っていないという現状。それが聖地において外界に対する判断に大きな齟齬、問題をもたらす可能性が大いにあることは、己の故郷たるヴィーザの辿った運命を顧みても簡単に理解できた。
 そして頭の中に浮かんできた幾つもの疑問。サクリアとはなんなのか。聖地とはなんなのか。女王とは、守護聖とはなんなのか。
 その答えを求めて、むろん、一人で調べられることには限りがあるし、全てを調べることなどできないと、最初から承知はしていたが、それでも、先の炎の守護聖から教わったこと以外のことを知りたいと思った。
 聖地がいつ、どのようにして成立したのか、それ以前の世界はどうだったのか。この宇宙に、聖地の存在は本当に欠かせないものなのか。もちろん、聖地にある女王や守護聖が操るサクリアのことも含めて。
 オスカーがもっともよく通ったのは、王立図書館だった。王立図書館は聖地にももちろんあるが、外界にある王立図書館には、聖地にはない蔵書も多々あった。そこにあるものでオスカーがよく手にしたのは、聖地やサクリアに関するものだった。中には、聖地にはおいていない、その存在を懐疑的に考えるものや、批判的な考察を述べたものもあった。また、聖地の成り立ち、歴史などについて書かれたものにもよく目を通した。聖地成立以前のものも捜したが、それらに類するものは殆どなかった。僅かな古文書をデータ化したものの中に、聖地が成立する以前のものと思われる遺跡に関する情報を僅かに見い出すことができるだけだ。しかも、その遺跡の実態と、せいぜいそれがどれくらい前のものであると思われる、という程度でしかなく、いってみれば、聖地が成立する以前のことに関しては、殆ど何も分からないといっていい状態に近かった。
 それがまた、オスカーに別の疑問を抱かせる。どうしてそこまで聖地成立以前のものに関する文献がないのか。それは他にも思った者がいたらしく、聖地に対しての否定的な考察などが記された書物の中には、同様の疑問が呈されていた。しかしやはり疑問で終わり、推測としての纏めは出されていたが、確たる答えはどこにも見当たらなかった。
 故に思ってしまうのだ。聖地の成立にはなにかやましいこと、隠したいことがあるのではないかと。
 少なくとも、聖地成立以前の遺跡が僅かなりと残っているという紛れもない事実は、宇宙は聖地がなくとも成り立つという何よりの証拠ではないのか。だからそれを隠したいのではないか。それが故の現在の資料の在り様なのではないかと。
 外界で夜を過ごす時、オスカーは安宿を利用することもあれば、以前に比べれば少しずつ頻度は落ちているとはいえ、やはり相変わらず悪夢に魘されることに変わりはなく、人肌を求めて、必然的にフランツに教えられた娼館で過ごすこともあった。
 そうして聖地で守護聖として過ごす時と、聖地を抜け出して、ただの故郷を滅ぼされた一人の男として過ごす時と、見事に二つの顔を使い分けながら時を過ごし、外界の時間にして四年余り、聖地の時間にすれば二週間ほどで、フランツの元を訪れた。
 そこでフランツと過ごしたのは、わずか一日で、外界の時間にして翌日には、つまり聖地がまだその日の夜のうちの僅かな時間で戻ったが、フランツと会っていた間、オスカーは前に別れてから再び訪れるまでに自分が調べたこと、何を知りたいのか、したいのかを簡潔に告げた。最終的にどうしたいのか、それは知りたいと思うことの答えが出ない以上、はっきりとは言い切れないし、自分でも確としたものはなかった。だからその答えを出すためにも、まずは知りたいのだと、確かめたいのだと、オスカーはフランツに訴えたのだ。
 結果、フランツはオスカーが求めるものを導き出すための方法を考えようと、その手段を整えようとオスカーと約束した。
 そしてさらに聖地時間にして二週間、外界の時間にして四年後、オスカーはフランツの元を訪れた。フランツは大佐に昇進したばかりだという。
 フランツは約束を忘れてはいなかった。たがえてはいなかった。
 約束通り、フランツは王立派遣軍副指令のゲンシャー大将にオスカーの意思を伝え、それを聞いたゲンシャー大将は、王立派遣軍総司令官たるオスカーの意向を受けた形で、一部の者にしか知らせていない、いわば内密にではあったが、オスカー直属の諜報部を設立した。
 オスカーが抱いた疑問、それは巷では禁忌とされ、口にすることさえ憚られることではあったが、王立派遣軍の中でも秘かに口の端にされていたことでもあり、オスカーにその意思ありと分かったことで、ある意味、王立派遣軍という立場上、公然に、とはいかないものの、少なくとも王立派遣軍内においては、調査を行うことに関して柵は無くなったといえる状態になったのだ。
 彼らは数多くいる王立派遣軍の軍人の中から、これはと思える存在を諜報部配属にし、教育を施した。その一方、そうした中の一部の者を、秘かに王立研究員に潜り込ませもした。王立派遣軍だけでは、調査できることには限りがある。サクリアのことなどについても調べるなら、王立研究員にも手を回すのは至極当然のことであった。
 そして現在、オスカーはフランツと共に副司令官のゲンシャー大将と対面している。
 ゲンシャー大将からは、フランツから聞かされたオスカーの意思を受けて、王立派遣軍がどう動いているかの説明がなされた。そして四名の、オスカー直属として設立されたという諜報部に所属する軍人を引き合わされた。
「閣下、この四名がこれから閣下と共に聖地に向かいます。閣下の元で、調べ上げたデータの集積、解析を行います」
「! だが、聖地にくれば……!!」
 ゲンシャーはオスカーの言いたいことを察した。聖地と外界では時間の流れが異なる。短期間のことであればともかく、長くなればなるほど、外界に戻った時、彼らを迎え入れる知り合いは全くいない状態になる可能性が高いのだ。
「四名とも全て承知しております。その上で、自ら閣下の元へ赴くと手を挙げた者たちばかりです。本当はもっといたのですが、あまり多くてもと思い、この四名を厳選いたしました。どうか、彼らを信用なさってください」
「本当に、よいのか……?」
「はい。閣下がなされようとしていることは、私自身も常々疑問に思っていたことです。それを調べるためというなら、私に否やはありません」
「私には既に身内と呼べる存在はおりませんから、閣下がご懸念なさっていらっしゃるようなことはご心配無用です」
「私の家族は、私の意思を尊重してくれました。軍人として、この宇宙に生きる者として、どうしてもやりたいことがあるのだと。そのためにもう二度と会うことは叶わないだろうと、正直に話しました。もちろん、内容については話しておりません。寂しそうな顔はされましたが、けれど、それでも、それが私の意思であるならばやりたいようにやりなさいと言ってもらえました」
「私は軍人です。軍人であるなら、命令に従うのは当然のこと。それに何より、私自身やってみたいと思ったことですから。ですからどうか、お傍においてください。ご期待に添えるよう、精一杯お仕えいたします」
 四人のそれぞれの言葉を聞いて、オスカーは改めてゲンシャー大将を見た。
「この四名は、閣下のお傍近くに仕える閣下直属の者です。直属ということで申し上げれば、諜報部全てがそうではありますが。どうぞ閣下のなさりたいように、彼らを使ってください。そしてそれは諜報部だけではありません。我が王立派遣軍が従うは、この王立派遣軍の総司令官であり、元帥閣下である閣下お一人です。我々は、閣下のご命令に従って動きます。それをお忘れのないように。そしてどうか、これまであまりにも聖地から我らの言葉を蔑ろにされてきたといってもいいこの王立派遣軍のこれからのこと、何卒よろしくお願い申し上げます」
 そう告げて、ゲンシャーはオスカーに礼をとった。
 ゲンシャーは退任間近である。故に、これからの自分が去った後のことが気にかかって仕方がないのだ。後任には、ゲンシャーの意向を受けた者を任命しており、先にオスカーに引き合わせてもいる。
「……感謝、する。もとをただせば、私の私怨とも言えるようなことから出たことなのに……。
 王立派遣軍の今後のことについては、シュレーダー大佐とも話したが、私は総司令官として、その職務を果たす所存だ。こんな若造がどこまで信用してもらえるかは分からないが、できる限りのことをしていくつもりだ。ただ、皆の協力が必要だと思うが」
 言葉を詰まらせるようにして告げるオスカーに、その場にいた者たちは、どこまでもこの方にお仕えしていこうという意思を強くした。





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