Schwur - 11




 オスカーが最初に聖地を飛び出して、そして戻ってきてからしたことの一つ。それは、炎の館に勤める者たちの解雇だった。
 自分のことは自分でやる、他人の手は不要だ、それ以上に、余人に、誰にもいてほしくない、そう告げて解雇を通告したオスカーに、もっとも強く反抗したのが執事のハインリッヒだった。
「オスカー様。オスカー様、いくらなんでもそれはご無理というものです。これだけの館となれば、それなりの管理も必要です。飼っていらっしゃる馬の世話や調教もあります。オスカー様が執務などで出ておられる際のこと、訪ねてこられる方があれば、その方への対応もございます。ですからどうか、全員とは申しません。それほどに人の存在を受け入れられないと仰るならば、せめて私と、私の身内の者だけでもおおきくださいませんか」
 ハインリッヒにしてみれば、何があったのか知ることはできないが、オスカーが館を飛び出す前の慟哭を知っている。そして聖地を飛び出していたという一週間。その間に何があったのかは想像すらできないが、飛び出す前とは随分と変わって戻られたと思った。
 そこへの解雇の通告だ。
 飛び出す前と戻ってきた今と両方を見比べれば、そして現実的な守護聖の館としてのこと、オスカー自身の考え、その全てを考慮すれば、誰一人残さずに全ていなくなり、オスカー一人にするということはできなかった。だからハインリッヒが告げたのは、せめてもの、最低限のことだった。せめてこれくらいは受け入れてほしいと、真剣に強く願いでたのだ。
 そしてそこまで言われて、流石にオスカーはハインリッヒの言葉を否定しきることはできなかった。
 結局、ハインリッヒとその妻、娘夫婦、そして甥とその婚約者が炎の館に仕えることになり、他の者はオスカーの通告通り、解雇となった。
 必要最低限のオスカーの身の回りの世話をハインリッヒが、料理や掃除、館の管理などを妻と娘夫婦、そして程なく甥の妻となる婚約者が、馬の世話は、調教師としての資格も持っているという甥が一手に引き受けることになった。
 そして数週間後、ふいにオスカーがハインリッヒに告げた。「近く人が増える」と。
「これから来る者たちは、おまえたちのような者とは立場が違う。来るのは、王立派遣軍での俺の部下たち数名だ。彼らは基本的に自分のことは自分でやるが、何か手伝いを求められたりすることがあれば、手伝ってやってくれるだけでいい。
 それとほぼ同時に、少しばかり館に工事も入る。大きな荷物も複数届くと思う。
 そしてこれが何よりも重要だが、彼らのことは口外無用に願いたい。決して、彼らが王立派遣軍に属する者だということは口にしてくれるな。工事や届く品については、何も聞いていないですませてくれ。実際、俺は何も言わないから、嘘をつくことにはならないから問題ないだろう。もし誰かにしつこく問われたりしたら、俺がそう言っていたと言えばいい。そうすれば何かあれば俺のところにくるだろうから、おまえたちの迷惑にはならないだろう。まあ、工事に関しては別の意味で迷惑をかけることになるかもしれないが。
 とにかく、これから来る者たちのために部屋の用意だけしておいてくれればいい」
 ハインリッヒは、オスカーの言葉に頷くことしかできなかった。
 初めて先代の炎の守護聖に連れられてこの館に来られたばかりの頃とは、随分と変わられたと思う。そしてその変わった結果が先の言葉に繋がるのであれば、自分はそれに従うだけだとも。全員解雇というのを撤回させ、自分たちだけでもと粘って認めさせたのは自分なのだから、今度は自分がオスカーの言葉を受け入れる番だと、そしてまた、何かあって変化した現在のオスカーの意向に添うのが己の務めと、ハインリッヒは全てを受け入れた。
 数日後、やってきたのは男女二名ずつの四名だった。ハインリッヒは、彼らにはオスカーと同じく館の2階に私室を用意した。
 工事については、ハインリッヒたちには知らされなかったが、一つはオスカーの私室に王立派遣軍総本部とのホットラインを引くことだった。ちなみにオスカーが執務で宮殿の執務室にいる時には、そこに自動的に転送されるように設定されていた。加えて、オスカーが執務で外界に出ている時は、また別の方法で連絡がとれるように手配し、工事はそのように進められていた。
 そして時をほぼ同じくして届けられた荷物だが、確かにオスカーが継げた通り、大きいものが多かったし、全体的に数も多かった。それらは館の地下に運び入れられ、やって来た四人の指示のもとで工事が行われた。そこに何が出来上がったのか、見ることも許されなかったハインリッヒたちは知る由もないが、それは地下にある食糧庫等のごく一部を除いた、殆どを一室にして造り上げられた巨大なコンピュータールームだった。そしてそこに入ることが許されたのは、普段はオスカー自身とその部下である四人、そして時折、メンテナンスなどでオスカーに呼ばれた限られた者が入ることができるだけで、ハインリッヒたちはその部屋に関してはノータッチを求められ、それがオスカーの意思ならばと、ハインリッヒたちは受け入れたのだ。
 オスカーがこれから何をしようとしているのか、それはハインリッヒには推測もつかない。オスカーは何も言わないから。だが漠然と、これはこれから先のいつか、この聖地に何か大きな変化をもたらすものになるのではないかと、そう思った。





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