Schwur - 10




「久しぶり、だな、フランツ。あの折りは世話になった。それに、この姿に驚いた様子がないことから察するに、あの頃から、やはり俺のことについて気付いて、いや、知っていたんだな」
 目の前のソファに腰を降ろし、気軽にフランツに対して声をかけてくるオスカーに、フランツは以前の時のように応じた。
「ああ。ゲンシャー将軍に半ば無理矢理聞き出してな。
 それにしても、どうやらすっかり落ち着いたようだな。おまえが帰ってから、こちらでは四年近く経ったが、おまえの方ではさほど経っていないだろうに」
 フランツの返しに、オスカーは苦笑を浮かべた。
「そうだな。確かにあちらでは二週間ほどしか経っていない。だがその間も、あちらの夜の間だけだが、流石に毎晩ではないが、抜け出してこちらに来ていた。考える時間がほしかったから。それにはあちらにいる時間だけでは足りないと思ったので」
「なんだ、こっちに来てたのか。なら顔を出してくれればよかったのに」
「誰も知る者のいないところで、一人だけで考えて、答えを見つけたかったんだ。これから先、どうすべきなのか」
「それで答えは出たのか? だから、またここに来たんだろう?」
 本来なら、王立派遣軍総司令官である元帥と、一中佐の立場だ。互いに、こんなふうに気軽に言葉を交わせる関係ではない。だが、オスカーがフランツに向けてはなった最初の一言で、二人は以前の、同居して共に暮らしていた頃の、フランツがオスカーの面倒を見ていた頃のような感じに戻っていた。
「とりあえず、やりたいことは決まった」
「それは?」
 なんなのかと、そこまでは告げずともフランツはオスカーに先を促した。
「まずは、というか、とりあえず、調べたい。答えが欲しい。
 サクリアとは一体なんなのか。そしてそれは本当にこの宇宙に必要なものなのか。
 少なくとも、この宇宙が創生された当初から、サクリアも聖地も、もちろん女王や守護聖という存在もなかったことは調べた。明確な証拠はないが、宇宙の歴史よりも、聖地の歴史の方が遥かに短いのがその証拠と言えなくもないだろう。
 ということは、少なくとも、聖地というシステムができるまで、あるいはその少し前くらいまでは、この宇宙にはそれらのものがない時代が長くあったと容易に推測できる。それはつまり、サクリアや聖地などは、そこに存在し、それを操る存在も含めて、なくても宇宙は存在しうるのではないか。そう考えた。
 だがこれはあくまで俺の推測であって、それを証明する確たる証拠はない。だからそのための証拠がほしい」
「確かに、言われてみれば全てその通りだな。で、そのために何をどうしたい?」
「そこから先が悩みどころだ。やりたいことは決まったが、それをするにはどうすればいいのか、それが、そのための方法が今一つよく分からない。決められない。それで、また面倒をかけることになってしまって申し訳ないと思うんだが、フランツの知恵を借りたい。そう思ってやってきた」
「分かった。少し時間をくれ。どうすればいいか、考えてみよう。それがどういう方法になるかはまだなんとも言えんが、それをするとなると、色々と用意する必要も出てくるだろうしな。
 で、おまえ自身はこれからどうするつもりなんだ、オスカー?」
「歴代の、王立派遣軍総司令官たる守護聖は、その殆どが名誉職、いわば紙の上だけの存在で、王立派遣軍の実態をきちんと把握していなかった。以前、おまえはそう言っていたな。そしてそれが王立派遣軍に属する者たちの不満の種の一つであり、俺の……故郷の事態を招いた一因にも繋がっていると」
 オスカーの言葉に、フランツはあえて答えず、ただ頷き返した。
「ならば俺は、守護聖として聖地にあるから、常に、というのは無理だが、可能な限り、聖地を抜け出してここにきて、俺如きの経験ではとても相応しいとは言えないのは承知しているが、それでも与えられた役職を、務めを果たしたいと思う。そうすれば、表向き、聖地の他の者たちはどうあれ、少なくともこの王立派遣軍の頂点に立つ俺だけは、王立派遣軍の実態を知ることができるし、ヴィーザの時のようなことが起こった場合も、王立派遣軍が聖地に奏上してその判断を待つまでもなく、早急に俺が指示を下せる。聖地には何も知らせずとも。俺が、総司令官たる俺の判断で、王立派遣軍を動かせる。シビリアン・コントロールということで考えれば、いささか逸脱してしまうことかもしれないが、それがもっともよい方法なのではないかと考えた」
 今のオスカーは、決して見た目通りの年齢ではない。少なくとも、以前この地にあった二年、そして聖地に戻ってからもこちらにちょくちょくきていたというのなら、純粋にこちら側で経った四年に比べれば短いだろうが、それでもやはり少なくとも一年以上から二年近く、あるいはもっとかもしれないが、過ごしているのではないかとフランツには思える。
 オスカーが口にしたことは、彼が聖地に戻ってから今日までの間に、考えに考え抜いて出した結論なのだろう。自分が体験したこと── 故郷であるヴィーザのこと、聖地を飛び出してこちらで過ごした二年、そして聖地に戻ってからこちらに抜け出して時を過ごしつつ、聖地と外界とを比較して── から。
 ならば、自分はオスカーがやりたいと思うことができるように、可能な限り手を貸してやろうとフランツは思った。そしてそれはまた同時に、以前、聖地を抜け出したオスカーを自分に預けた副指令の立場にあるゲンシャー大将の思惑に沿うこととも言えるのだから。オスカーの告げたことは、オスカー自身のみならず、王立派遣軍のためにもなることだと、そうフランツは判断を下した。
「なら、そのための用意も必要だな。ここは」そういって室内を軽く見回した。「あくまで名目上の必要性から用意されたもので、おまえが本気で役職に取り組むというなら、色々と足りない。おまえが寝泊まりするところをどうするかも考えなければならないだろう? 来てその日一日で戻る、というわけでもないのだろうから」
「あちらで特に何もなければ、あちらが夜の間、こちらに滞在する。守護聖の立場で外界に出ることもあるようだし、そう考えると毎晩は無理だろうが、来ることができた時は、聖地の時間で五時間位と考えて、多少の余裕を持っても二十日近くはいられると思う」
「分かった。ではこの部屋もそれなりに造り替えよう。執務のためのスペースだけではなく、泊まり込むための寝室もついていた方がいいだろう?」
「そうしてもらえると助かる」
 フランツがオスカーの考えを肯定してくれたことが、オスカーは嬉しくて、微笑を浮かべた。どこかしら安堵したといった態も含ませて。
「ところで」
「うん」
「調べて、そうして出た結論、それがどういったものになるかは分からないが、仮にそれがおまえが推測した通りだったとしたら、おまえはそれを受けてどうするつもりだ?」
「……正直、まだそこまでの答えは俺の中でも出ていない。結果が出ていないから、というのもあるが、聖地のことだって、全てを把握したとは言い難いし」
 少し言いづらそうに応えるオスカーに、フランツは確かにその通りなのだろうと思った。
 オスカーの立場からすれば、そう簡単に、単純に答えを出せるものでもないのも事実だろうとフランツは思う。
「で、話は変わるが、今夜の宿泊先の予定は?」
「あ、まだどことも。どこかホテルを探すか、それとも……」
「なら久しぶりに俺のところへ来い。まだしがない独身生活だ。遠慮することはない」
「……邪魔でないなら」
「邪魔なんかであろうはずがない。さんざん二年もの間、居候してたくせに、今頃何を言ってる」
 そう返しながら、フランツは軽く笑った。



 その夜、二人はフランツの官舎で、一緒に夕食を摂った後、軽く今後の予定について話し合った。
 今回は、オスカーは明朝には聖地に戻ること、そして次にオスカーが来るまでに、副指令であるゲンシャー将軍にもオスカーの意思を伝えて話をして、プランを立て、フランツが色々と用意を整えておくこと。ゲンシャーの意向に添うことでもあるのだから、否やはあるまい。次にオスカーが来るまでに、全てを整えるのは無理かもしれないが、できなかったものは順次用意を進めていくことで話は纏まった。
 そして、フランツはほぼ四年振りにオスカーを抱いた。
 最初にフランツがオスカーを抱いたのは、まだオスカーを預かって間もない頃、夢に魘されて一人では眠れずに、日々やつれていくオスカーを見かねて、抱きしめて眠ってやったのがきっかけだった。オスカーは故郷が滅亡したことにより、たった一人の生き残りとなった。他には誰もいない状態。そして、夢の中に現れるのは、苦しみのた打ち回りながら死んでいく多くの同胞たち。オスカーは決して独りきりではないのだと、それを確認したくて人の温もりを欲しているのではないかと考えたのがはじまりだった。気が付けば、いつしかフランツは、単にオスカーを抱きしめるだけではなく、抱いていた。それから、時に娼館へ連れていくこともあったが、幾度も肌を重ねた。フランツが最後にオスカーを抱いたのは、オスカーが聖地に戻る前の晩だ。
「明日、帰る」
 そうフランツに告げたオスカーを、これが最後だろうと思いながら抱いたのが最後だ。それが再びこうしてオスカーを抱いている。二度ともうこのようなことはないだろうと、そう考えていたのにもかかわらず。
「オスカー、一つ約束してくれ」
「な、にを……?」
 フランツ自身を身のうちに感じながら、オスカーは問い返した。
「女はいくら抱いてもいい。たぶん、俺もそうするだろうからな。この先、結婚して子供を作る可能性も高いから、女のことについては何も言わない。けどな、男は俺だけにしといてくれ」
 オスカーの体にのめりこむように激しく突き上げ、己をオスカーの身のうちに刻み込みながら、覚えこませながら、喘ぐオスカーにフランツはそう告げた。
「……わ、わか、った……。そのかわり……」
「ああ、俺も、男はおまえだけだ」
 オスカーの言いかけた言葉を察してフランツは答え、唇を重ねて、オスカーの発する嬌声をフランツは呑みこんだ。



 そして翌朝、まだ早い時間、聖地は深夜もいいところだな、と思いながら、オスカーは聖地へ戻っていった。フランツと次に会う予定を約束して。





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