Schwur - 14




 王立派遣軍での会議で取り決められたことを受けて、炎の館には様々なものが運び込まれ、聖地に滞在する部隊の交代にまぎれて諜報部の四人も聖地入りし、オスカーの住まいである炎の館に入り、執事であるハインリッヒたちに自己紹介だけ済ませると、あとは工事を取り仕切り、今後の仕事の進め方について彼らだけで具体的な話し合いを行い、そのために必要と思われる準備を進めた。
 それらは、日中、オスカーが守護聖として宮殿に参内している間に殆ど終わっていた。とはいえ、流石に工事の方は一日では終わらず、最終的に三日ほどかかったが、それでも昼夜を問わずの突貫工事といってもいい状態だったとは思えぬほどに、きちんと整えられていた。
 炎の館に滞在する四人は、流石に炎の館に努めるもの以外の周囲の者に、自分たちが王立派遣軍の者だと知られるわけにはいかないと、軍服を脱いで私服で過ごしている。しかも、余人の目がある時には、オスカーに、炎の館に仕える者であるかのように過ごしていた。
 そうして外界での会談で、そして炎の館についてからの話し合いで定めたように、工事終了後、四人は、当初はぎこちなくはあったが、次第にどのようにしていけばいいかを把握し、きちんと職務を、オスカーの望むことを形にしはじめていった。それにはもちろん、外界の王立派遣軍、そして何よりも王立研究員に入り込ませた隊員たちからの報告もあってのことであったが。



 そして漸く様々なことが軌道に乗りはじめた頃、副指令であるゲンシャー大将の退任の日がやってきた。
 その日、オスカーは丁度聖地が夜にあたることもあって、王立派遣軍総本部に詰めていた。
 退任するのはゲンシャーだけではなかった。
 しかし、彼らは王立派遣軍が設立されて以来、はじめて、その退任式に総司令官の列席を仰ぐという光栄によくしたのである。
「本日をもって退任する諸君には、これまで本当にご苦労だった。これからは躰をいとい、軍人ではなく、一般の民間人として、幸福な余生を送ってもらいたい」
 オスカーは檀上でそう告げて、彼らを送り出した。
 そして特にゲンシャーに対しては、個人的に時間をとった。
「ゲンシャー大将、貴方には深くお礼を申し上げます。貴方がいなかったら、俺はどうなっていたかわからない。貴方が俺を救って下さった。これからは俺が、可能な限り、貴方が望んでおられたように、この王立派遣軍を導いていく所存です。どうか長生きして、それを見守って下さい。そしてもし俺にいたらぬと思えるところがあったら、遠慮なく、フランツを通して叱ってやって下さい」
 そう告げて、オスカーはゲンシャーに頭を下げた。
「閣下、今の貴方はもう十分に私が望んでいたように、いや、それ以上にやって下さっています。あとは、この王立派遣軍を利用して、閣下がお知りになりたいこと、お調べになりたいことを、思う存分になさって下さい。それが、最終的にはこの宇宙のためになることのように思えるのですよ」
 それまで、王立派遣軍に属する者が総司令官を“閣下”と呼ぶことはなかった。なぜなら、それまでの総司令官はあくまで守護聖でしかなかったからだ。だがオスカーは違う。彼は立派に総司令官としての役目を果たそうとしている。だから、ゲンシャーはオスカーを“閣下”と呼ぶのだ。ゲンシャー以外の者も皆、これからは皆、そう呼ぶようになるだろう。いや、既にそうなりはじめている。
「フランツ、よく閣下にお仕えしてお役に立つようにな。それが私のおまえに対して望むことだ」
「ええ、分かってます。叶うなら貴方ご自身がおやりになりたかったであろうこと、俺が代わりにやります。ですからどうぞご心配なく」
「うむ。では閣下、お健やかに。これからの王立派遣軍のこと、よろしくお願いいたします。
 フランツ、おまえも元気でな」
 ゲンシャーは最後に二人にそう告げて、畏れ多いと言いながら、フランツを従えたオスカーの見送りを受けて王立派遣軍総本部を去っていった。



 オスカーが総司令官としてあるようになってから、基本的に外界とのやりとりをしていない聖地にはそうと知られることはなかったが、王立派遣軍は明らかに変わった。
 以前は何かあれば聖地に奏上していたが、それがなくなった。総司令官であるオスカーに伝えれば事足りるのだから当然だろう。そのことについて、聖地、特に守護聖の首座であるジュリアスの反応がいささか気になっていたオスカーではあったが、もともとそのようなことは少なかったこともあり、ジュリアスはさして気に留めていないようだった。ただ、連絡がないということは、特段何の問題もなく、宇宙は恙なく運行しているのだと判断していたと思われる。実際には、小さな問題や、小さいとは言い切れぬことがそちらこちらで起きていたのだが、それらは総司令官たるオスカーの指示を受けて、あるいはオスカー自らが出ることによって治められていた。それを聖地が知ろうとしなかっただけのことだ。
 聖地にいるオスカーと、外界にある王立派遣軍総本部との連絡も、炎の館に設置したホットラインを中心として、問題なく稼働している。オスカーとしては、いずれ折りをみて、直接、宮殿の自分の執務室にもホットラインを引こうと考えている。
 その一方で、これまでは民間のもので十分と、内部的には蔑ろにされてきたといっては言い過ぎかもしれないが、オスカーは退役した者たちのことも考え、色々な福祉的政策にまで手を出しはじめている。
 その一例が、退役者、およびその家族や、殉職した者とその遺された家族に対する保障や、施設の整備などだろうか。
 また、これはオスカー自身の私財を投じての部分がまだまだ大きいのだが、王立派遣軍に対しての納品業者、特に武器や装備品に関しての業者に対して、その株の買い取りを行いはじめている。これは、先のことを見据えて、全てを自分たちで調達できるような準備を進めている次第だ。何がある、というわけではない。だが、オスカーは自分のもとに挙げられてくる報告書を見るにつけ、どこか言い知れぬ不安感を覚え、そのための対処として考えて行動に移しているに過ぎない。すくなくとも今の段階では。



 きっかけは、全て己の出身惑星であるヴィーザのことだった。
 それはオスカーに限らず、当時の王立派遣軍にとっても言えることだった。
 オスカーは自分が何も知らずにいたことを、王立派遣軍は己らの無力さ加減を嘆いていた。それをこれから改革していこうというのだ。王立派遣軍を統括していると思っている聖地に知られぬように。時間はかかることだろう。そうすぐに全ての必要と思われる改革が終えられるなどとは思っていない。
 しかし、それを無事にやり進めていくことができれば、少しなりとも、死んでいったヴィーザの同胞たちへの贖罪になるのではないかと思うのだ。そうやって改革を進めていくことで、少しでもヴィーザのような悲劇を防ぐことができればと。
 そのせいだろうか、オスカーが悪夢に魘されるのは、間違いなく少なくなってきているのだから。

── das Ende




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