Schwur - 2




 これは何だ? 一体、これは何なのだ!?
 オスカーは目の前のスクリーンの中央に映し出されたものに、我が目を疑い、その目を見開いた。
 信じられなかった。こんなことがあるはずがない、これは何かの間違いだと、星図を確認し、座標を確認して、パネルを操作する。何度も何度も数字を打ち込み直す。けれどそうして映し出されるものは、何度繰り返しても、やり直しても、変わらなかった。
 そこに映し出されるのは、エメラルドのように輝く惑星(ほし)のはずだった。一面の緑の大地のはずだった。だが今、オスカーの目に映るのは、赤茶けた見知らぬ惑星だった。見るからに焼け爛れ、草木の一本も確認できない変色した大地だった。
「……どうして……、一体何があったんだというんだ……?」
 生まれ故郷の変わり果てた姿に、声が震える。いや、声だけではない、全身が、微かに震えていた。
 嘘だ、こんなことがあるはずがない、何かの間違いだ、と頭の中で何度も繰り返す。
 オスカーが故郷を離れてからまだ3ヶ月と経っていない。そしてその最後に見た故郷は、美しい翠に輝き、その煌めきはエメラルドを思わせるかのように美しかった。それがどうだ、今、スクリーンに映し出される惑星は!? これのどこが同じ惑星だなどと信じられるだろう。それほどに変わり果てていた。だが無情にも座標を示す数字は、紛れもなく、この惑星がオスカーの生まれ故郷たる、Ω座ルアサ星系第3惑星ヴィーザであることを指し示している。
 オスカーは握り締めた両の拳を、思わず操作パネルに叩きつけていた。そのまま暫くの間、パネルの上に両手をついたまま震える躰を支えていたが、顔を上げると、再び忙しなくパネルを操作した。ややして、脇のプリンターから白い紙が何枚も吐き出されてくる。
 出てきた紙の束を手に取り、揃え直して、目を通していく。枚数を重ねるごとに、その顔は蒼褪めていった。
 やがて全てに目を通し終えたオスカーは、何かを耐えるように唇を噛み締め、スクリーンに映る惑星を睨み上げた。紙の束を掴んだ手はブルブルと震えていた。
 オスカーは何かを振り切るように後ろを振り向くと、足音も荒くブースを出て、そのままライブラリを後にした。
 途中、擦れ違う者たちが思わず一歩下がる程の形相で、すさまじい勢いで宮殿の奥へと歩を進める。誰も、話し掛けられるような状態ではなかった。
 そうして辿り着いたのは、女王補佐官ディアの執務室だった。
 礼儀も何も無い、非礼であることなど考えもしない、オスカーの中にはただ怒りだけが渦巻いていた。その怒りのままに、歩いてきた勢いそのままにノックもせず扉を開け放つ。
 バン! と、大きな音を立てて勢いよく開かれた扉に、取次ぎの間にいたディアの秘書を務める女性が思わず座っていた椅子から立ち上がった。
「オスカー様! っ!?」
 非礼でありましょう、と言いかけて、声を呑み込んだ。そんなことを言えるような状態ではなかった。
 彼女の知るオスカーは、礼儀正しい青年だった。
 最近、炎の守護聖に就任したばかりのこの青年は、整った容貌と、その司るサクリアそのものを具現するかのような印象的な燃えるような緋色の髪、そしてそれと相反する冷たい氷を思わせる蒼氷(アイスブルー)の瞳を持ち、一見、近寄りがたい雰囲気を持っていたが、彼の明るく気安い性格が、彼の周囲に人を集めていた。
 だが今自分の前にいる青年からは、普段の明るさは微塵も感じ取れない。それどころか、逆に激しい憎悪のようなものが感じられて、思わず一歩後退った。
「ディアは?」
 底冷えがする、といった表現が正に相応しい声で、怯えた様を見せる秘書にオスカーは尋ねた。
「……な、中に、いらっしゃいます……」
 震える声で、漸くといった感じで答える女性秘書に、オスカーは冷たい一瞥をくれると、扉の把手に手を掛けた。
「お、お待ちください、今取次ぎを……」
 常とはあまりに違うオスカーの様子に怯えながらも、今にも扉を開けようとしているオスカーに駆け寄り、止めようとその右手に手を重ねた。
 オスカーは、その手を無言のままに思い切り振り払う。
「きゃあっっ!!」
 あまりの勢いに、一つ悲鳴を上げると、女性の小柄な躰は壁に叩きつけられた。予想もしていなかった衝撃に気を失い、そのまま沈み込む姿に目もくれず、オスカーは思い切り扉を開けてディアの執務室に足を踏み入れた。
「オスカー」
 遣り取りまでは聞こえなかったものの、何かがあったのは気が付いていたのだろう、ディアは執務机を離れ、扉に歩み寄っていた。
「オスカー、一体何事です、貴方らしくもない」
 静かに聞いてくるディアに、オスカーは大股で近づいた。
「何事か? それを聞きたいのは俺の方だ。どういうことか、答えてもらいたい!」
 叫ぶようにそう言って、オスカーは手に持っていた紙の束をディアの顔目掛けて投げつけた。ディアは反射的に腕を上げて顔を庇い、紙はバサバサと音をたてて床に散らばった。
「オスカー?」
 オスカーの切羽詰ったような、そして怒りに満ちた顔に、何があったのかと訝しみながら、腰をかがめて床に散った紙を拾い集める。
 そうするうちに、その紙に記されているものが何であるかに気付いて、ディアの顔が微かにではあるが明らかに蒼褪めていく。そうして見上げれば、オスカーの握り締められた両の拳がわなわなと振るえているのが見て取れた。
 ディアは大きく息を一つ吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……分かって、しまったのですね」
 拾い集めた紙を見つめながら、ディアは静かに言った。そうしてオスカーの顔を見上げる。その瞳にあるのは、憐れみか、同情か。
「貴方は知っていたはずだ、ヴィーザが俺の故郷だということを! なのにっ! なぜ教えてくれなかった!? なぜ黙っていたっ!?」
 オスカーの悲愴な声に、ディアは瞳を伏せた。
 そう、ディアは知っていた、ヴィーザと呼ばれる惑星が、オスカーの故郷であることを。そしてその惑星が辿った運命も。知っていて、けれど告げなかった、いや、告げられなかった。
「いつかは知れることと分かっていました。けれど守護聖交代という大切な時に、貴方に動揺を与えたくなかったのです。だからジュリアスや、あの時まだ炎の守護聖だったウォルフと諮って、貴方が炎の守護聖として在ることに慣れて落ち着いたら話そうと、そう決めて、暫くは黙っていることにしたのです。貴方のためを思えば、知らずに済めばそれが一番良かったのですけれど……」
「俺のため?」
 ギリッとオスカーは唇を強く噛んだ。強く噛みすぎて、血が滲む。
「俺のためを思うなら、なぜ言ってくれなかった!? 何が知らずに済めば、だ!! 本当に俺のためを思ってくれるなら、言ってくれた方が良かった、後からこんな風に知ることの方がどんなに……っ!」
 オスカーは踵を返すとディアの執務室を飛び出した。
「オスカーッ!!」
 そのオスカーの後ろ姿に腕を伸ばして呼びかけて、けれどそこまでだった。
 今のオスカーに一体何を言えるだろう。オスカーに掛けるどんな言葉があるだろう。慰めの言葉は、ある。けれど今のオスカーにはそんな慰めの言葉など、通じはしないだろう。意味はないだろう。そう思うと、今のディアは、彼に掛けるべき言葉を、何一つ持たなかった。





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