「放浪の民、か……」
オスカーは口角を上げて嘲笑った。
「オスカー……?」
そんなオスカーの表情に、リュミエールは不安げに、はじめてその名をもって呼びかけた。
「彼の一族は、最初から定住の地を持たなかったわけじゃない。彼らは元々は主星に近い惑星に住んでいた。それがなぜ故放浪の民となったのか? 理由は簡単だ。彼らは追われたのだ」
「追わ、れた?」
最後の一言に、ある者は眉を寄せ、ある者は他の者と顔を見合わせた。
「そう、追われたのだ、聖地の名の元に、生まれ育った故郷の惑星から追い立てられ、辺境を彷徨することを余儀なくされた」
「そんな……、聖地の名の元にだなんて、聖地がそんなことをするはずはない! 何かの間違いだ!」
必死に否定するランディの叫びにも、オスカーは表情を変えることはなかった。ただ、冷たく一瞥をくれるのみだ。
「聖地が直接関与したのかどうか、そこまでは分からない。だが、たとえそれが直接のものでなかったとしても、その行為に対して聖地に一片の責任も無いとは言わせない。聖地と女王の名の元にその行為が行われたのであれば、聖地がそのことを何も知らずにいたなどということは考えられないからだ。もし万に一つ知らなかったとしても、知らなかったで済む問題ではない。少なくとも、彼らを追い立てた者たちに、そのような行動をとるように駆り立てたものが当時の聖地にあったと言えるからだ。直接その行為に関与したかどうかに関係なく、聖地に責任の一端があることは否めないはずだ。それでもなお、直接関わったわけではないというその一事をもって、聖地には責任が無いと言い張るなら、聖地に宇宙を統治するなどというような、そんな権利は最初から無い!」
確かに、彼の告げる通りだ。
たとえその行為事態に聖地が関与していなかったとしても、たとえそれが聖地の望んだことでなかったとしても、聖地の名の元になされた行為であるならば、責任は全く無いと回避することはできない。少なくとも、その行為を止めさせることはできたはずなのだから。
誰も反論すべき言葉を見出すことはできなかった。
しかし── 。
「なぜ、です? なぜ、そんなことが行われたのです?」
もっともな疑問である。
如何なる理由をもって、そのような行為が行われたのか、オスカーはまだ告げてはいない。
「なぜか? 理由は簡単だ」
リュミエールの問い掛けに返しながら、オスカーは玉座にある女王と、その傍らに立つ女王補佐官を真っ直ぐに見詰めた。
その瞳は無言のうちに告げていた。おまえたちは知っているはずだと。
女王は蒼褪めた顔をしながら、それでもオスカーから目を反らすことなく見詰め返した。傍らにある女王補佐官ロザリアは、形の良い唇を噛み締め、聖杖を握る手に力を込めた。
そんな二人の様子を瞳を細めて見遣りながら、オスカーは続ける。
「彼ら一族はサクリアを否定し、聖地による、女王による宇宙の統治を認めなかった。人間を堕落させるもの、宇宙の理を乱すもの── それが彼らのサクリアに対する考え方だったからだ。そしてその考えを改めることがなかったために、彼らは追われたのだ、生まれ育った故郷の惑星から」
「……たった、それだけのことで……?」
疑問をその表情に浮かべながら、呆然としたようにマルセルが呟く。
「そうだ。たったそれだけのことで、彼らは故郷を追われたのだ。
そしてどこにも定住することもできず、辺境を彷徨い続け、やがてそうなったそもそもの理由を、彼ら以外の者全てが忘れても、だがそれでも故郷の惑星に戻ることも叶わぬままに、やがて滅んだ。
そしてクラヴィスは、その一族の最後の一人だ」
リュミエールをはじめとする何人かの守護聖が、息を呑んだのが分かった。しかしオスカーの言葉はさらに続く。
「そうやって滅んでいった種族は、俺が把握しただけで片手を軽く超えている。
その一方で、前の宇宙が滅びかけている中、それでも惑星を誕生させ、そこで生きることなどできないと分かっていながら生命を誕生させる。
これで命を弄んでいないと言うなら、他になんと言えばいいんだ? ましてや、生物学上の観点から言えば、聖地は完全にこの宇宙を、そこに生きるものの存在自体をを歪めているというのに」
そう言って、オスカーは一同を見回した。
そのオスカーの言葉には、誰も何も答えられなかった。
そんな中、ロザリアが手にした錫杖を握る力をさらに強くして、オスカーに問い掛けた。
「それでオスカー、貴方は私たちにどうしろと言うのですか?」
「そうだな」
オスカーは真っ直ぐに女王とその補佐官であるロザリアを見据えた。
「まずは聖地の解放。聖地と外を区別するのを止めてもらおうか。それから、サクリアの使用禁止。これについては幾つかの方法がある」
「その方法とは?」
「一つは、手術によってサクリアを使えなくさせる。もう一つはこの宇宙からの追放。そうだな、聖獣の宇宙への追放、とでも言おうか。この宇宙の力を吸い取って作り上げられた宇宙だ、向こうは喜んで受け入れてくれるだろうよ。最後に、特殊な装置によるサクリアの放出を遮る屋敷への監禁、といったところか」
本当に何気なく言われたそれらの内容に、皆息を呑んだ。
「……女王候補の二人も、ですか?」
少しして、女王が問う。
「いいや、候補のお嬢ちゃんたちはあくまで候補であって、まだサクリアの禅譲は受けていない。従って、これが済めば解放だ、家へ帰らせてやる」
「……分かりました。では、私以外の者は全員聖獣の宇宙へ。たとえこの宇宙の在り方がオスカーの言う通り間違ったものであったとしても、私は女王として、これからこの宇宙がどうなるか、見届ける責任と義務があると思います。でも、他の者たちをそれに巻き込むわけにはいきません」
「陛下! ならば私も残ります!」
「ロザリア!?」
「約束、したでしょう、貴方が女王となると決まった時に。私たちはずっと一緒だ、って」
「ロザリア……」
差し伸べられたロザリアの手を取った女王の眦に、一粒の涙が浮かぶ。
「私も、ご一緒いたしましょう」
「リュミエール?」
「どちらにしろ、私の守護聖としての時間は、既に次代の者を捜しはじめていることからもお分かりのように、そう長いものではないのですから、聖獣の宇宙へ行くほどのものではありません。陛下、私もご一緒させて下さい」
「リュミエール様」
マルセルが涙声でその名を呼ぶ。
「貴方方はまだ若い。時間があります。どのような手術か、無事に済むかどうかも分からないものを受けるよりも、聖獣の宇宙に行きなさい」
「それでは決まりだな」
リュミエールの言葉を受けて、オスカーが言い放つ。
「女王と女王補佐官、そして水の守護聖がここに残り、他の者は皆聖獣の宇宙へ。では早速次元回廊を開いてもらおうか。全員が向こうに行き次第、次元回廊は二度と使えないように破壊させてもらう」
そうして連絡を取るために、女王は監視人と共に星の間へ、女王補佐官と水の守護聖であるリュミエールは、次元回廊を開き、皆が聖獣の宇宙へと無事に赴くのを見届けるために、そして残りの守護聖たちは聖獣の宇宙へと行くために、王立派遣軍の数人の軍人と共に次元回廊のある部屋へと向かった。
「アンジェリーク、詳しいことは言えないけれど、リュミエール以外の守護聖たちがそちらに向かいます。受け入れてやって下さい。そしてどうか、彼らをよろしく」
少し涙声で話す女王に、聖獣の宇宙の女王であるアンジェリークは不思議に思った。
『一体何があったというのですか? もし何か私でお役に立てるようなら……』
「いいえ、貴方には彼らを受け入れてもらえればそれで充分です。
貴方と話をするのもこれが最後となるでしょう。いつまでも元気で」
『陛下っ!?』
アンジェリークの自分を呼ぶ声を最後に通信を切った女王は、自分についている監視人と共に、次元回廊のある部屋へと向かった。
「陛下」
女王の姿に気付いたロザリアが、声を掛ける。
「詳しいことは何も話さなかったけれど、皆を受け入れてくれるようにと、アンジェリークに頼んできたわ。さあ、いつまでいても未練が残るだけ、皆、行きなさい、そして思うように生きて下さい」
「陛下」
「陛下っ、ロザリアっ」
「リュミエール様……」
ロザリアが錫杖を振り上げる。
「次元回廊を、開きます」
次元回廊の扉が開き、その向こうに聖獣の宇宙が見える。
「さあ、行きなさい、皆」
リュミエールの言葉が合図になったかのように、皆、後ろを振り返り振り返りしながら、次元回廊の扉を潜っていく。
そうして最後の一人が扉を潜り抜けた後、扉は閉まった。
王立派遣軍の軍人は、残った三人を少し下がらせると扉に爆薬を仕掛ける。
それは数瞬の間をおいて爆発し、次元回廊の扉は破壊された。
力が抜けたようにその様を見ていた三人は、促されてオスカーの待つ謁見の間に戻った。
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