Heldensage - 4




「え?」
 オスカーのその問い掛けに、ランディは目を見開いた。
 それは何もランディだけの反応ではなかった。何をいまさら分かりきったことを── というのが、守護聖たちの主たる思いだった。
 だが数瞬の後、オスカーの口許に微かに浮かんだままの笑みに、彼が何を指摘しようとしているのかを何人かの守護聖は朧に察して、そして蒼褪めた。
「戦争をしていれば、その相対する敵に勝つためにより強い力を、と望む。それはもちろん、一刻も早い終戦を、平和の訪れを願ってのことだ。誰も、敗戦して惨めな思いなど味わいたくはない。
 だからヴィーザの人間は願った、敵も味方も、相手に打ち勝つための力を、手段を、と。だが彼らは聖地に対してそれを願ったわけじゃない。なぜなら、ヴィーザに住む者の殆どは、聖地や守護聖、サクリアの存在など知らなかったからだ。その存在を知っていたのは、権力中枢にいるほんの一握りの者にすぎなかった。聖地からサクリアを引き出すために、国民が皆そう願うよう、その連中によるアジテーションはあっただろうが。そして、聖地はその願いを捉えて、サクリアを送った。
 聖地は、すなわち女王と守護聖は、宇宙を守り、育み育てていくために存在するという。そしてそのためにサクリアを星々に送るのだと。つまり、ヴィーザの人間がより好戦的な民族になっていき、あの結末を迎えたのは、そのサクリアによる育成の結果だとそう考えられないか? 実際、ジュリアスはヴィーザのことを問い詰めた俺に、こう言ってのけたからな、『与えてやったサクリアをあのような方向にしか活用できぬ愚かな民だったのだ』と。
 もしかしたら、いずれは同じ道を辿ったのかもしれない。しかし少なくとも、サクリアによる干渉などがなければ、その歩みはもっと遅かっただろう。あそこまで戦争にのめりこんでいくことも、急激な兵器の開発もなかったに違いない。そうして得られた時間の中で、別の道を辿る可能性もあったはずだ。
 内政不干渉と言いながら、その実、その惑星(ほし)の民が望んでいるからとサクリアを送り続けることの、一体どこが内政不干渉か!? 確かに、直接的な干渉は行われてはいない。しかしサクリアを送ることで、その惑星の将来の方向付けに対して影響を与えているならば、たとえ間接的にであれ干渉していることに他ならない。それとも、『育成』という名の下に行われる行為は、たとえそれがどのような結果を生もうとも決して干渉ではなく、何をしても許されるとでもいうのか!?
 そして加えて、育成と称してサクリアを送り続けた結果に対しての無責任さ」
 無責任── その一言に、返す言葉もなく黙ってオスカーの綴る言葉を聞いていたリュミエールが、キッと顔を上げた。
「無責任とはなんです!? 女王陛下をはじめ、私たちがどれほどこの宇宙のことを真剣に考え、心を砕き、務めを果たしてきたか、それを知らぬとは言わせません!!」
 サクリアの本質が、王立研究院の公表したデータの通りであったとしても、それでも自分たちは、宇宙のために、全ての民のためにとそれだけを思い、尽くしてきたのだ。その気持ちまでも否定されてはたまらない。
 その思いが、リュミエールをしてオスカーを睨み付けさせた。
 しかし、オスカーがリュミエールのそんな視線如きで竦むはずもなく、逆に彼はリュミエールに対して見下すような視線を向けた。
「ならばなぜ、ヴィーザは死の惑星にならねばならなかった?
 サクリアという力によってこの宇宙を守り、育み、民を導くのが聖地の── 女王と守護聖の務めと言うのなら、なぜそれを怠ったっ!? それとも、おまえたちの言うそれは、サクリアを送ることだけとでも言うか! 民が誤った道を進みそうになったなら、ただ望まれた力を送るだけでなく、その道を正してやってこそ本当に導いていると言えるのではないのか!? それをせずして何が育成か! 何を導いていると言えるのか!?
 そしてそれは、なにもヴィーザだけのことではない。
 ゼフェル」
 オスカーは呼びかけるようにして、鋼の守護聖にその顔を向けた。
「な、なんだよっ!?」
 突然のことに戸惑いながらも、ゼフェルは自分を見詰めるオスカーを見詰め返した。そのどこかしか反抗的な視線は、オスカーの記憶の中のそれとダブった。
「おまえの生まれ故郷とてそうだったではないか」
「えっ?」
 オスカーのその一言に、他の守護聖たちの視線がゼフェルに集まる。
「おまえの故郷の工業惑星も、俺の故郷とは辿った道は異なるが、似たようなものだ。ただ、最大の違いは、おまえの故郷は自力でそれを乗り越えることができたということだな」
 言いながら、オスカーは目を眇め、どこか寂しそうに、あるいは羨ましそうに口許を歪ませて、自嘲の笑みを浮かべる。
「どういうこと、です? ゼフェルの故郷に一体何があったと……?」
 訝しげに眉を寄せながら、リュミエールはオスカーに問い掛けた。
「ああ、おまえは知らないんだったな。いや、現在(いま)となっては、この聖地にいる者でそれを知るのは、俺を別にすればゼフェルだけ、か」
 その科白に、ゼフェルはその当時のことを思い出したのだろう、唇を噛んで顔を背けた。
「ゼフェルの故郷である工業惑星は、鋼のサクリアを大量に送られ、その結果、急激な発展を遂げた。しかしそれは同時に甚大な環境汚染を招いた。人間が住み続けるには適さないほどに。そしてそんな惑星に対し、聖地は廃棄という決定を下した」
 ある者は目を見開き、ある者は眉を潜め、それぞれに顔色を変えた、廃棄── というその一言に。
「ほ、本当なの、ゼフェル?」
 マルセルが、ゼフェルの腕を掴んで問い質した。
 ゼフェルはゆっくりとそのマルセルの方を向きながら、頷いた。
「そうだ、あいつの言う通りだ」
「そんなことがあったなんて……」
「ただ、最終的にその決定が公表される前に、故郷の連中は、汚染されきった環境を浄化する方法を考え付いて、おかげで廃棄という最終的な事態は免れたけどな」
 はじめて知ったその事実に、マルセルの顔は蒼褪め、ゼフェルの腕を掴むその手は微かに震えていた。
 かつて、ゼフェルは何かというと反抗的で、他の守護聖たちに反発ばかりしていた。その影にはこんな事実が隠されていたのかと、それが彼のあれほどの反抗心の元となっていたのかと、改めて思う。そして何も知らずにゼフェルを責めてばかりいたランディと自分── 。いまさらながらに、いかに自分が、自分たちが何も知らない子供だったのかと思い知らされたような気がした。
「住民が望んでいるからとサクリアを送り続け、その挙句、行き過ぎた行為に人の存在に適さなくなったと知ると、その当事者たる住人たちの意思を無視して廃棄を決める── 、あるいは、俺の故郷のように、内政不干渉という名の元に、何の手を打つこともなく見捨て去る、これの一体どこに正義がある!?」
「でも! 結果としてゼフェルの故郷はサクリアによって得た力で、再生することができたんでしょう? オスカー様の故郷のことは、なんて言っていいか分からないけど、でも、決して見捨てたりなんかするはずない、ただ、小さな判断ミスがあって、それで……」
「そんなことは、おまえなどに言われるまでもなく分かっている!」
 マルセルの言葉を、オスカーは怒鳴りつけるようにして遮った。
「だが、ゼフェルの故郷について言えば、それはあくまで結果論に過ぎない。ヴィーザについては、そうさ、判断ミスだろう。ジュリアスは、事態をあまりにも軽く考えていたんだ。そして気が付いた時には既に遅く、全てが終わっていた。そのたった一つの判断ミスによって惑星は滅び、10億からの人間が死んだ事実をおまえたちはどう考える? 単なるミスだから許せとでも言うか!? 宇宙全体からみれば、たった一つの惑星の、たった10億の人間の生死など、取るに足らぬ問題だとでも言うのか!!
 ゼフェルの故郷の連中は、もし、廃棄というその結論が公表されていたらこう考えただろう、自分たちは聖地に見放されたと。ヴィーザの連中は、聖地のことなど知らぬ者が殆どだったが、もし知っていたらこう思っただろう、自分たちは聖地に見捨てられたのだと」
「だから、見捨てたりしたわけじゃないと……!」
「聖地側がどう思ったか、何を考え、どうしようとしたかではない!」
 なんとか説得しようとでもするかのように言葉を綴ろうとするランディを、オスカーはマルセルにしたように封じ込める。
 ゼフェルは、先刻から自分の故郷のことが話題になっていることもあってか、眉を顰めて唇を噛み締めたまま俯いたきりだ。
「それをされた側が、聖地のやり様をどう思ったか、どう受け止めたかだ。
 そしてもう一つ。どちらの側に立つのでもない、第三者の目で見た時に、聖地のしていることが果たしてどう見えるのか」
 オスカーは、そこで一旦軽く瞳を伏せ、それから感情の読めない褪めた薄蒼(アイスブルー)の瞳で一同を見渡した。
「俺は……、いや、俺のオリジナルは、前の炎の守護聖だった。つまり、聖地側の人間だった。だが私人としての彼は、聖地に見捨てられて滅び去ったヴィーザの最後の一人であり、彼の聖地に対する最も大きな感情は、憎悪だった。それは彼の記憶をそのまま移した俺自身にも言えることだ。
 だが、それらの感情を極力抑えて、聖地がこの宇宙に対して行っていることを見た時に、ふいに脳裏に浮かんだことがある。それは、聖地が育成と称し、統治と称して行っていることは、単にこの宇宙に生きる者たちの命を、星々の運命を玩んでいるに過ぎないのではないかと」
「なっ!? あ、貴方は言うにことかいて、なんということを言うのです!!」
 オスカーの告げた言葉に、リュミエールは責めるように彼を見据え、声を荒げた。
「長く見続けていればいるほどに、俺にはそうとしか思えなくなったのだ、当の本人たちにそのような気が全くなかったと分かっていてもなお」
 静かに告げながら、オスカーはまるで蔑むような、そしてまた同時にどこか哀れむような、見ている方が切なくなるような視線で一同を見回し、それからその視線をリュミエールに合わせて、止めた。
「前の闇の守護聖クラヴィス、彼が放浪の民と呼ばれる一族の出であることは、おまえなら知っているだろう、リュミエール?」
「クラヴィス様?」
 突然の話題の転換に、リュミエールは訝しみ、その表情にはっきりと疑問を浮かべながらも頷いた。
「……確かに、クラヴィス様が放浪の一族と呼ばれる辺境の種族の出であることは耳にしたことはありますが、それが一体……?」





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