Heldensage - 6




 三人が戻った謁見の間は静かだった。
 オスカーと彼に従う王立派遣軍の軍人の他には、女王候補の二人の少女が残っていた。
「終わったか?」
「はい」
 オスカーの問い掛けに、軍人の一人が一言で応える。
「それでは後は、聖地と外界との境界を解いてもらおうか。その後、改めて貴方方の住まいを用意する間、そうだな、リュミエールの屋敷に住んでいてもらおうか。新しい屋敷の準備が整い次第、そちらに移ってもらう。そこでサクリアが完全に消失するまで、監禁とさせてもらう。といっても、庭くらいは用意するから、一部屋に閉じ込めるというようなわけじゃない。屋敷の外に出なければいい。もちろん、警備、いや、監視というべきか、それはさせてもらうが」
「……分かりました。ところで、他の屋敷やこの宮殿はどうするのです?」
「取り壊す。これだけの敷地だ、遊ばせておくのは惜しい。それなりに活用させてもらう。
 連れていけ」
「待って! 女王候補の二人は本当にそのまま帰してもらえるのでしょうね?」
「もちろんだ。約束は違えない」
 女王たち三人は、王立派遣軍の軍人に連れられて、リュミエールの屋敷に赴いた。
 軍人たちが屋敷の周りを囲むが、中には入ってこようとしない。
「……」
「陛下、お疲れでしょう?」
 ロザリアが気遣うように声を掛ける。
「疲れてないと言えば嘘になるけど、それは貴方たちも同じでしょう? 肉体的にというより、精神的に疲れたっていう感じね」
「そうですね。とりあえず、ハーブティーでも淹れましょうか、少しは心が落ち着くでしょう」
 そう言って、リュミエールは三人分のハーブティーの用意をした。
 リュミエールの淹れたハーブティーを飲みながら、三人は話す。
「あのオスカーの言っていたことは、本当に事実なのでしょうか?」
 ロザリアの問い掛けに、リュミエールが答えた。
「あの人は、隠し事はしても、決して嘘を言うような人ではありませんでした。彼があのオスカーの紛れもないクローンなのだとしたら、いえ、そうなのでしょうね、でなければ、あそこまで同じはずがない。彼の告げたことは事実でしょう」
「なぜ、今まで誰も気付かなかったのかしら」
「長い間の慣習に忘れられていったのでしょう。けれど、あの人は自分の故郷が滅んだことで疑問を持ち、長い時間をかけて調べ上げた。そしてその結果が、今日(こんにち)の出来事を招いたのでしょう」
「私たちは、これから長い時間(とき)を一つの屋敷の中に閉じ籠って過ごすわけね」
 三人の口から深い溜息が漏れた。



 それから暫くの日が経って、三人は聖地の外れに用意された、2階建ての、三人で済むには十分な広さをもった屋敷に案内された。
 一応、買い物や何やら、外との出入りも必要だし、何かと手も必要だろうと、男女二人ずつの四人の者を付けられた。
 その屋敷に移る際に見たかつての聖地は、すでに宮殿も、守護聖たちの住んでいた屋敷も取り壊され、何やら新しい建物が建てられている途中だった。
「今、建てているのは何?」
「連邦評議会の建物です。この地が宇宙の中心であることに変わりはありませんから」
 新しい屋敷に赴く途中、何気なく問い掛けた女王の問いに、案内役であり監視役である王立派遣軍の軍人からそう簡単に答えが返ってきた。
「そう」
 そうやって、自分たちは過去の者となり、何もかもが新しくなっていくのだと、三人は思った。


◇  ◇  ◇



「そうして長い年月(とき)が流れて、今に至っておるのじゃよ」
 そう言って、老人は長い物語を語り終えた。
「ねえねえ、その屋敷に閉じ込められた女王様たちはその後どうなったの?」
「さあ、まだ生きているとも、とうに亡くなったとも言われていて、儂らには分からん」
「大元帥様はそれからどうされたの?」
 子供たちが次々と老人に問い掛けていく。
「聖地が無くなって混乱した宇宙を、今は連邦軍と名を変えた、当時の王立派遣軍を使って鎮め、新しい道筋を示された。それに従って宇宙は平和に治められている。
 大元帥が亡くなられた後、部下の方たちは、新しい指導者の存在、選択に悩み、結局また大元帥様のクローンを作られ、今もそれが繰り返されて、大元帥様の指導の下、宇宙は平穏な日々を過ごしているのじゃ」





 聖地の消えて伝説の中だけの存在となり、宇宙は新たな時代を迎え、聖獣の宇宙とも疎遠になって350年余り。現在のオスカーは、オリジナルから数えて七人目になる。
 オスカーは連邦評議会の、自分の他には今は誰もいない執務室の大きな窓から外を見て思う。
 ── 誰か、誰でもいい、誰か、俺を殺してくれ! 二度と目覚めることのない、真の眠りを! 死を俺に与えてくれ!!
 思わず窓に右手を打ち付ける。
 死んでも新しい肉体を与えられて蘇る。そこに真の死はない。
 こんなことのために聖地を壊したわけではないというのに、自分には真の意味での死は与えられない。
 オスカーの心は疲れ切っていた。
 しかし他に指導者を見い出せない宇宙は、いつまでもオスカーの存在を必要とし、彼の心が悲鳴を上げていることには誰も気付かない。
 ただ平穏な宇宙の在り方に満足し、連邦評議会議長でもある、“緋の大元帥”の存在に感謝している──

── das Ende




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