「そ、その言い方は、まるで私たちが、聖地がオスカーの故郷を滅ぼしたようではありませんか!?」
動揺する心を必死に抑えながら、リュミエールは問い質す。そのようなこと、ありえるはずがないと。
「それ以外の意味に聞こえたのなら、それは俺の言い方が悪かったのだろうな」
オスカーはリュミエールを見返しながら、唇の端を上げ、嘲るようにそう返す。
「何かの間違いです! たとえ、サクリアの本質が貴方方の公表したとおりのものであったとしても、私たちは星々を、そこに住む人々を育成し、導いてきたのです、決して滅ぼしたりするなどということは……」
「ならば!」
オスカーはリュミエールの方に一歩足を踏み出すと、その一言で続く言葉を遮った。
「ならばなぜ、俺の故郷は滅びた!? なぜ、10億からの同胞たちは一人残らず死なねばならなかった!?」
怒りと憎悪に満ちたその問いに答えられる者は、誰もいない。その根底には、信じられない、という思いがあったからかもしれないが。
「戦争は核兵器すら実戦に用いるという最終局面に陥り、加えて、大きな地殻変動が起きはじめたことから、監視をしていた王立派遣軍は危険だと警告を発したのに、当時の聖地は内政不干渉とただその一言で切って捨てた! 見殺しにした! 少しでも軍の言葉に耳を傾けて動いてくれていれば、少なくとも全滅は免れたはずだ。それでも憎んではいけないと言うのか!?」
それは既に問い掛けではない。断定、だった。だから聖地を憎むのだと。
「……嘘だ……、そのようなこと、嘘に決まっている!」
光の守護聖リュシアンは、真っ直ぐにオスカーを睨みつけ、握り締めた拳を震わせながら叫んだ。
「あのオスカー様に限って、そんなこと有り得ない! 出鱈目に決まってる!!」
今でも前任者のジュリアスからオスカーを紹介された時のことは、はっきりと覚えている。
『私生活では何かと問題のある男だが、事、執務に関しては、これほど頼りになる者はいない。執務の事で何かあったら、彼に相談するといい』
微笑いながらそう告げるジュリアスに、オスカーに引き合わされた。
私生活では── と言われたことに対してか、苦笑を浮かべながら、よろしく、と差し出されたその掌は、大きくて、そして温かかった。
彼は誰もが認める、そしてジュリアス自身がなくてならぬと認める、ジュリアスの片腕といえる存在で、それは程なくリュシアンにとっても同様となった。
私生活では何かと問題のある── と言われた通り、頻繁に聖地を抜け出すことや、常に女性との噂が絶えない── しかも、聞く度にその相手の女性の名が変わる── ことには眉を顰めたが、それ以外の面では、オスカーはリュシアンにとっては常に頼りになる先輩守護聖、良き相談相手であり、剣技においては尊敬する師でもあった。
誰よりも信頼していた。兄のように、慕っていた、のに。
そのオスカーが自分に見せていた笑顔の裏側で、聖地を憎んでいたなんて、聖地の滅亡を願っていたなんて、そんなこと、信じられない、信じたくない。
いつしか意識しない涙がリュシアンの頬を伝っていた。
「……それほどに信じられないというのなら、自分の目で確かめるがいい。Ω座、ルアサ星系第3惑星ヴィーザ── それが俺の故郷。あれから1500年近い歳月が流れたというのに、いまだ高濃度の放射能と有毒ガスに覆われ、草木の一本もなく、生命反応一つない、醜く焼け爛れた死の惑星だ」
言いながら、オスカーは脇に控える部下たちに顎をしゃくった。
すると同行してきていた王立研究院のメンバーの一人が頷いて、謁見の間の中を移動する。
壁際の一角、研究員がカーテンに隠されたパネルを操作すると、女王や守護聖たちの正面、そしてオスカーたちの真後ろに大きなスクリーンが現れ、そこに立体の宇宙図が投影される。それは次々と映し出す星の位置を変え、やがて一つの惑星を大きく捉えた。
「Ω座ルアサ星系第3惑星です」
研究員の声が静かな室内に響き渡る。
惑星全体を映し出したその映像では、細部までは確認できない。それでも、明らかに人が棲めるような状態の惑星ではないと、見て取ることはできた。
「……長く続く戦争の中で荒廃したところもあったが、それでも、俺がヴィーザを離れ、はじめて宇宙から見下ろした時には、翠に輝く惑星だった。まるでエメラルドのように。それがこの様だ。何も知らされず、楽園といわれたこの聖地で過ごしていた俺が、はじめて故郷のこの在り様を、惨状を知った時の気持ちが、おまえたちに分かるか!?」
徐々に拡大され、はっきりと見えてくる惑星の惨状に、女王候補の二人は揃って顔を背け、女王と女王補佐官は両手で口許を抑えた。
「……おまえ、さっき言ったよな……、言い方は違うけど、オスカーは故郷に帰った、って……?」
ゼフェルの、微かに震える声での問い掛けにオスカーは頷いた。
「言った」
「その星が本当にオスカーの故郷で、そしておまえの言った通りの状態だというなら、あいつは……」
オスカーの後ろ、スクリーンに映し出される惑星を指差しながらのゼフェルの言葉に、他の者たちも彼が何に気付き何を問おうとしているかを理解して、改めて顔を背けかけていたスクリーンに見入った。
「……無事に任務を終えたと報告するために、そして家族や同胞達の元へ、故郷の大地へと還るため── つまり、死ぬために帰った」
ゼフェルが口にできずにいたその事実を、目の前のオスカーは静かに肯定する。
「俺の中にあるオリジナルの記憶は、彼が守護聖の任を解かれこの聖地を離れた時までのもので、その後、故郷に向かう船の中で彼が何を考えたのか、死の間際に何を思ったのかは俺にも分からない。推測することはできてもな。その後のことについては、彼を故郷へと連れていった駆逐艦の艦長を務めたデーニッツ大佐の記録と、そして彼の最期を映した映像からしか知らない」
「……最期を映した、映像……?」
「小型シャトルで惑星に降り立ち、そこから出て、文字通り血を吐き苦しみながら死んでいく様を、その全てを記録した映像だ。当時の軍首脳部が、なぜその映像を残したのか、それは分からない。もしかしたら、その頃から俺という存在を創り出すことを考えていて、俺にそれを見せるため、だったのかもしれないと思うこともあるが……」
そう告げて薄蒼の瞳を伏せたオスカーの脳裏に、見せられた映像の中の、オリジナルの最期の姿が蘇る。
覚醒した時には、既にオリジナルの記憶が自分のものとしてあった。そうして起き出した自分に、軍の首脳部が最初に見せたのが、デーニッツ大佐の残した記録と、その映像で── 。
変わり果てた故郷の大地に降り立ち、シャトルから離れて歩き出し、やがてよろめき、膝をつき、血を吐いて、崩れるようにその場に倒れ付した姿。
映された彼の姿はその殆どが後ろ姿で、表情を窺い知ることはできなかった。だが苦痛に歪んでいただろうことは容易に想像がつく。
「彼は、今もこの星の大地の上にその屍を晒している。聖地では僅かに一年程だが、外界の時間で既に100年近く経って、とっくの昔に骨だけとなり── 、あるいはその骨すらも、放射能の影響でとうにその形を留めずにぼろぼろになっている可能性も大きいがな」
オスカーの話に、守護聖たちは愕然としたまま、醜い姿を晒す惑星の映像に声もなく見入る。
かつての炎の守護聖オスカーを知る者たちは、自分たちの知るオスカーの姿を思い浮かべた。
「……嘘だ……、嘘だ! 大嘘だっ! 自分から死を選ぶなんて、そんなのオスカー様じゃないっ!! おまえの言ってることは何もかも出鱈目ばかりだっ!!」
両の拳を握り締め、必死に叫ぶマルセルに、オスカーは溜息を吐いた。
「よくもまあそれほど嘘だ嘘だと繰り返すものだな。信じたくない気持ちは、分からなくもないが……。おまえたちが見知っていたのは彼の表面だけ、守護聖として見せていたほんの一面に過ぎないというのに」
何も知らないのはおまえたちの方だろうにと、目を眇めて自分の前にいる守護聖たち、その奥の玉座に在る女王とその脇に立つ女王補佐官を見やる。
「ずっと、そうやって死ぬために生きていたんだ。同胞たちが業火に焼かれ苦しみながら死んでいったのを何も知らずに過ごしていた自分の、それがせめてもの彼らに対する贖いだと── 」
「贖い、って、なぜ……? 経緯は分からないけど、でも、オスカー様が知らなかったのは、オスカー様の責任じゃないでしょう? ……オスカー様の故郷が滅びたのだって、皆が死んだのだって、オスカー様に責任のあることじゃないでしょう……?」
「……何も知らなければ、許されるのか?」
言い辛そうに問うマルセルに、オスカーは氷のような瞳をさらに凍らせた冷たい瞳で見詰めながら、問い返した。
「時には、知らないということが罪になることもある」
返らぬ答えに、オスカーはそう自分で答えた。少なくとも、自分にとってはそうだったのだというように。
「実際、覚醒してからこちら、俺自身でさえ、無性にあの大地に還らねばという思いに捕らわれることがある。既にオリジナルがその望みを叶えたと知っていてもなお。── だから、俺は残されたもう一つの望みを叶える」
オスカーは後ろに映し出されている故郷の大地を見やりながら、静かに告げた。
「── ならば、ならばなぜ、と今度は問います!」
リュミ−ルの声に、オスカーは先を促すようにそちらに顔を向けた。
「かつて皇帝がこの聖地を侵略してきた時、どうしてオスカーはあれほどまでに戦ったのですか? いくら新宇宙の女王たるアンジェリークの力があったとはいえ、実際の戦闘の中、オスカーの存在がなければもっと苦戦していたでしょう。もしかしたら破れていたかもしれない。そうしたら貴方が言うオスカーの望みは、その時に叶っていたかもしれないのに!」
「何度も同じことを言わせるな。俺は任務を忠実に実行していただけだ。守護聖として女王に仕えよ、という命令にな。だが、そうだな、あの時、内心ではとても喜んでいたよ、それは認める」
オスカーは、自嘲めいた笑みを口許に浮かべながら答えた。
「侵略された聖地を解放するために、捕らわれた女王を救い出し、この宇宙を守るために、レヴィアスやあいつの部下たちと戦いながら、俺は確かに思っていた。このまま聖地が滅びればいいと。聖地がこの宇宙から消えてくれるなら、この命と引き換えにしてもいいとすら思った。差し伸べられたレヴィアスの手を、何度取りたいと思ったか知れない」
レヴィアス── と、オスカーがその名を出したことに、確かにこの男は前の炎の守護聖の記憶を持つ者に違いはないのだと、皆は思い知らされた。
かつての侵略者は、記録には『皇帝』とのみ記され、その名── レヴィアス── は表には出されなかった。それは神獣の女王アンジェリークが、アリオスと、姿を変え名を変えて近付き、共に旅をした皇帝自身に抱いた恋心を慮ってのことだったのだが。そうして時を経た今、その名を知るのは、当時、共に戦った者たちだけで、その後に代替わりした守護聖たちfgvすらも、レヴィアスの名は知らない。
そしてまた、何かを懐かしむように、そしてどこか甘さを込めて告げられた最期の言葉に、それの含む衝撃の事実に、当時を知る者は息を呑んだ。
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