機体の扉が開き、タラップの上にオスカーが姿を現したのが、艦橋の中央スクリーンに映し出された。
防護服もマスクも、何も着けていない。
艦橋を後にした時のまま、王立派遣軍の元帥としての正装を身に纏い、軍用ケープをその背に靡かせてタラップを降りる。
スクリーンに映し出される姿は小さかったが、それでも、その顔が既に苦痛にだろう、歪んでいるのが見てとれた。
「カメラ、異常ありません。追います」
シャトルの機体には、船外カメラが二つ取り付けられている。そのうちの一つを、駆逐艦から操作してオスカーの姿を映し出す。
オスカーがカメラの方を向かない限りその正面から姿を、表情を捕らえることはできないが、駆逐艦のカメラから最大望遠で捉えるよりは、遥かに近くにその姿を捉えることができる。
タラップを降りきったところで、オスカーがよろめいた。
さらに数歩進んだところで、膝が崩れた。そのままその場に膝をつく。
それを見て、艦橋にいる者たちが、あるいは息を呑み、あるいは小さな声を上げた。
◇ ◇ ◇
息が、苦しい。
躰が、熱い。
血が、沸騰しているようだ。
右手をついて、かろうじて倒れこむのを防ぐ。
思わず、左手で胸を抑えた。
千数百年を経てもなお、浄化されない有毒ガスが、高濃度の放射能が、オスカーの躰を蝕み、苛む。
普通の人間ならば、もうとうに息絶えていてもおかしくはない。だが守護聖であった名残りのサクリアが、抵抗していた。そしてそれはそのままオスカーの苦痛を長引かせることを示している。だがオスカーはそれすらも己の贖いと、そう捉えていた。
ふいに、オスカーの脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。
── ……フランツ……。
フランツ・シュレーダー。最終階級は、王立派遣軍総司令部付き幕僚総監を務めた王立派遣軍中将。
かつて、生まれ故郷の末路を知り、絶望し、ただ一人何も知らずに生き延びている自分を責め、守護聖であることを嫌悪するオスカーを、当時、王立派遣軍の副司令官だったグレゴール・ゲンシャー大将と共に、ゲンシャーとは別の意味で引き上げてくれた男だ。
生きていることを責めることはない、誰も責めはしないと、そして、生きている以上、人生を楽しんで何が悪いと、オスカーに様々な遊びを教えてくれた男でもある。
酒も煙草も、ギャンブルも、そして女も、全部、教わった。もちろん遊びだけではなく、それ以外の様々なことを。
── ……こんな時に、あんたのことを思い出すなんてな、思ってもみなかった。
今の俺を見たら、あんたは俺を詰るだろうな、こんなことをさせるために俺を拾ったわけじゃないって。
結局、俺は、あの悪夢から解放されなかった。そしてこんな生き方しか、終わり方しか選べなかった俺を、嘲笑ってくれ……。けど、俺は、俺は……
こみ上げてくるものに、左手で口元を覆った。
一つ咳き込むと、指の間から鮮血が滴り落ちた。
── ……もう、疲れたんだ……。だから、いいだろう? もう逝っても……。
かろうじて身体を支えていた右腕が、支える力を失って折れた。
◇ ◇ ◇
支えを失った躰が、力無く、静かに倒れていく。
口から溢れた鮮血を受け止めた左手だけでなく、右手の白かったはずの手袋も、血が滲んでいるのがスクリーンを通して見える。
皮下出血だろう。おそらく、手だけでなく、軍服の下、全身が似たようなものだろうと簡単に察することができる。
女たちは、ある者はもう見ていられないとスクリーンから目を背け、ある者は、両手で顔を覆っていた。
男たちは何一つ見逃すまいと、目に焼き付けようとするかのように、食い入るようにスクリーンに見入っている。
暫くして、僅かな機械音以外、何一つ物音のしない静まり返った艦橋に、ただ一人、目の前のディスプレイから目を離さずにいたオペレーターの、緊張した、決して大きくない声がやけに響いた。
「……生命反応消失、死亡を、確認…………」
その声を合図とするかのように、女性軍人たちから嗚咽が漏れはじめ、デーニッツをはじめとする男たちは、立ち上がり、スクリーンの中、既に息絶えて動かぬ男に向けて最後の敬礼を捧げる。
千三百年以上に渡って、名実共に王立派遣軍の頂点に立ち続けた男の、これがその最期である。
その死を悼み、宙に向け、駆逐艦がその艦体を震わせながら、主砲から弔砲を発し続けた。
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