Aufgabe und Liebe - 6




 部屋に入ってきたアンジェリークは、もちろん用があったからオスカーの元へやってきたのだろうが、なかなか話し出せないようで、オスカーの前に顔を俯けたまま、どうしようか、といったような感じで立ち尽くしていた。そんなアンジェリークに、いつまでもこのままというわけにもいくまいと、オスカーはアンジェリークに対して、部屋に備えられたソファに座るように勧めた。
 アンジェリークがオスカーに促されるままソファに腰を下ろしたのを認めた後、その彼女の前ににある小さなテーブルを挟んだ反対側のソファに、オスカーも腰を降ろした。
 しかしアンジェリークは相変わらず何も発しない。時折、口を開きかけるのだが、それはまたすぐに閉じられてしまう。
 オスカーに何か言いたいことがあるのに、明らかにそれを躊躇っている。そんな状態を見かねて、オスカーから促すようにアンジェリークに声をかけた。
「お嬢ちゃん、何か俺に言いたいことがあって、ここに来たんだろう? だがそう黙ったまま何も言われないのでは、さすがに俺にも、お嬢ちゃんが何を言いたいのか検討もつかん。言いたいことがあるなら、はっきり口にしてもらえると有難いんだが?」
「……オスカー様……、私……」
 オスカーからの促しに、アンジェリークは俯き気味だった顔を上げ、オスカーを見つめた。そんなアンジェリークの表情の中に、オスカーは、アンジェリークが言いたいことはあるが、本当にそれを告げてしまっていいのか悩んでいるような、そんな不安感、躊躇いを見て取った。
「……オスカー様、私、ずっと悩んでたんです。告げてしまっていいのかどうか……」
 オスカーの言葉に、その背を押されたように思ったのだろう。まだ躊躇う気持ちが完全に払拭されたわけではなさそうではあったが、アンジェリークは今しかない、というように、ようようその重たい口を開いた。
「オスカー様は炎の守護聖で、私は女王試験を受けている女王候補の一人、そして今では次代の女王となることが定まった身です。その立場を考えれば、……こんなこと、言ってはいけないって、何度もそう思って……。でも、言わなければ何もないままに終わってしまう。そうしたら私の気持ちは……宙に浮いたまま、どこにも行き場がなくなってしまう……。ずっとそんな思いを持ってました。自分の想いが叶うなんて思ってません、でも、ディア様から今回の許可をいただけて……、それで、この機会を逃したら、本当にもう二度と、自分の気持ちを口にすることなんて、それこそ許されなくなってしまうだろうと思ったんです。つまりその……、今回はいいチャンスだって、最後の機会だって、そう思って……」そこまで時に言葉に詰まりながらも告げたアンジェリークは、一旦顔を俯けた後、再びその顔を上げて、本当にまっすぐにオスカーを、その氷のような薄蒼(アイスブルー)の瞳を見つめ、改めて口を開いた。「……私、オスカー様が好きです。
 最初はからかわれているばかりのように思えて、その、呼び方も“お嬢ちゃん”で、決してきちんと名前を呼んでくださることもなくて、私、自分はオスカー様に嫌われてるって思ってました。そして私自身、よく知りもしないのに、オスカー様の表面だけを見て、今になっては本当に申し訳ないと思うんですけど、嫌でした、嫌ってました。試験に臨む以上、女王候補としてはこんな気持ちじゃ駄目だって、そう頭では分かっていても、それでも、そう思ってしまってました。けど、夢魔の件の時のこととかを切欠にして、それまでのオスカー様の私への言動を考えてみたんです。そしたら、もしかしたら、これは私の勝手な思い込みかもしれないですけど、オスカー様は聖地という場所に、守護聖様方との慣れない遣り取りに、何よりもうまくいかない大陸の育成に落ち込んでいる私を、勇気づけるために、ハッパをかけるために、あえてあんな言動をとられていたんじゃないか、そう思えてきたんです。それから、オスカー様のことをよく知ろうと、どんな方なのかはっきり知ろうと思って、オスカー様のことを見るようになりました。いつも多くの大人の綺麗な女性の方々に囲まれていて、そうじゃない時はオスカー様は誰かしかを口説いていらっしゃったりして、女性に対しては、とても軽薄そうに見えるけど、でも、オスカー様を見ているうちに気付いたんです。決して軽薄な方なんかじゃないって。そう見せていらっしゃるだけだって。守護聖としてのオスカー様は、いつもとても真剣で、私の拙い依頼に対してもきちんと対応してくださって、時には助言をしてくださることもあって。執務に対してはそれほどに真摯に向き合ってらっしゃる方が、そんなに単純に女性に対して軽薄だなんて思えなくなって。気がついたら、私のオスカー様への想いが、変わってました。自分の想いが通じるなんて、そこまで簡単には考えてません。何より、オスカー様には大人の女性がお似合いだと思いますし、お互いの立場もあるし。でも、何も言わないままでいったら、私のこの想いはどこへ行くことになるんだろう、って……。だからこれは私の自分勝手な、オスカー様の立場を考えない、もしかしたらご迷惑をかけるだけのことになってしまうかもしれないことだとも思いました。だから、何度も伝えようか止めようか考えたんですけど、もし伝えるとしたら、さっきも言いましたけど、これが最後のチャンスだと思って……。
 オスカー様、私の気持ちに応えてほしいなんて、そんなことは言いません。いえ、それ以前に無理だって分かってます。ただ、私の想いを知っていていただきたいんです。私、本当にオスカー様が、好きです、大好きなんです」
 必死にそこまで自分のオスカーへの想いの丈を伝えたアンジェリークの頬を、一筋の涙が伝う。
 じっと黙ってアンジェリークの言葉を聞いていたオスカーは、身を乗り出すようにして、右手でアンジェリークの頬を伝う涙を優しく拭ってやった。
「お嬢ちゃん、いや、アンジェリーク、俺は、酷い男だな。卑怯な男だ」
「オスカー様……?」
 オスカーは乗り出していた身を戻し、ソファに座りなおした。
「実を言えば、君の気持ちにはうっすらとではあるが、気付いていた。君の俺を見る()が明らかに変わってきた時から。
 最初の頃は、君はロザリアと違って女王候補としての教育なんて受けていないただの女の子で、緊張で一杯一杯の君が大変そうで、どこか頼りなげでもあって、だが精一杯虚勢を張っているのも分かった。だからあんな態度をとっていた。そして真剣に女王試験に向かう君の態度に、それから夢魔の時のロザリアに対する君の態度に、気持ちに、俺の中の君に対する気持ちも変わっていった。しかしその時には、同時に、次代の女王には君がなるだろうと、それも分かってしまっていた。だから俺は黙っていたんだ。黙って、女王となった君をずっと見守っていこうとそう思って。
 だから君の気持ちに気付いていながら、あえて態度を変えずにいた。そもそも女王と守護聖の恋なんて認められるわけがない、というのもあったしな。
 その結果、君に辛い思いを、決断をさせてしまった。君から告白させるという。許してくれ」
「オスカー様……。それじゃ、私の想い、私からの一方的なものじゃなくて、オスカー様も……」
 微かにではあったが、アンジェリークの表情が変わっていった。どこか嬉しそうな、けれど切なそうな部分も伺える。
「ああ、俺も君のことが好きだ。たとえこの想いが許されるものではないと分かっていても」
 アンジェリークはオスカーが自分の言葉、想いに対して真剣に応えてくれたことが、彼もまた自分を好きでいてくれているのだと分かって嬉しかった。だが同時に、オスカーが告げたように、その立場ゆえに自分たちの想いを叶えることが許されることはないということも改めて認識することとなり、悲しかった。
「アンジェリーク、俺は、多分これからも、今までのように聖地一のプレイボーイで通していくだろう。君に対する俺の想いを他の者に知られぬように。それが君を守ることでもあると考えるから。
 そんな俺を、君は許してくれるだろうか?」
 常の自信に満ちたオスカーとはまた違った面を見せる彼の姿に、アンジェリークのオスカーに対する想いはまた強くなる。
「構いません。オスカー様が私を好きでいてくださる気持ちが変わられないなら。それに、私だって、女王として、他の守護聖様方と同じように接することしかできない。特別扱いなんて許されないでしょう? オスカー様はあくまで女王に仕える炎の守護聖なんですもの」
「その意味では、お互いの気持ちを隠しながら、これまで通りに、いや、正確には、君の立場が変わるから、同じということにはならないが、お互い様というところか?」
 少し苦笑気味に告げるオスカーに、アンジェリークは思わず微笑みを浮かべた。
「……一つだけ、いいですか?」
「なんだい?」
「もし、私が女王でなくなった時、オスカー様がまだ守護聖として聖地にいらしたら、そしてその時、まだお互いの気持ちが変わっていなかったら、その時は私をオスカー様のお嫁さんにしていただけますか? だって、女王でなくなったらただの一人の女になるから、そうしたらオスカー様のところに行くこと、許されるかな、って思うんですけど」
 アンジェリークの言葉に、オスカーは思わず目を見開いた。
「……とんでもないことを言い出すな、君は……」
 そう言って、オスカーは深い息を吐き出しながら、右手を頭の上に置いた。
「駄目、ですか……?」
「いいや、大歓迎だよ、アンジェ」
 今はじめて、オスカーは笑みを浮かべながらアンジェリークを“アンジェ”と呼んだ。アンジェリークにはその呼び方にオスカーの自分に対する本当の想いが込められているように思えて、つい笑ってしまった。
「それまでは、炎の守護聖として、女王に使える忠実な剣士として、女王である君を守る。そして一人の男として、一人の女性である君の心を守りたいと思う。それで許してもらえるか?」
 そう尋ね返してくるオスカーに、アンジェリークは「勿論です」と頷いて答えた。
 そうして互いの気持ちを確かめることができ、オスカーはアンジェリークに部屋に戻るようにと促した。それに対して、アンジェリークはもう少しオスカーと共にいたいと、そんなことができるのは今夜だけだからと告げたが、オスカーの苦笑を浮かべながらの、「俺の理性が()ちそうにない」との言葉に、「仕方ないですね」と頬を赤らめながら了承して、「自宅での最後の夜だ、自分の部屋でゆっくり(やす)みなさい」と言うオスカーの言葉を最後に、額に軽い口付けを受けた後、アンジェリークはおとなしく自分の部屋へと戻っていった。





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