Aufgabe und Liebe - 7




 翌朝、朝食を終えて一休みすると、アンジェリークは前日に纏めておいた荷物を持って、オスカーと共に2階から両親のいる1階へと降りた。
「忘れ物はないかい?」
 アンジェリークの姿を認めるなり、そう尋ねたのは父親だった。
「うん、寝る前にも確認したし、さっきももう1度確認したから大丈夫」
「そう。じゃあ、これが最後になってしまうでしょうけれど、私たちがいつもおまえのことを思っていることだけは、忘れないでね」
 母親が目尻に涙を浮かべながら、そう伝える。
「うん。お母さんのことも、お父さんのことも、絶対忘れない。二人がいたから、今の私がいるんだもの」
 精一杯の笑みを浮かべながら、アンジェリークは両親の顔を見てそう告げる。そして、これが最後と、互いに抱擁を交わした。
 アンジェリークが役目を果たしてこの外界に戻る頃には、とうに二人は存在しないものとなっているだろう。そして思う。一人娘の自分がいなくなったら、両親はこれからどう過ごしていくのだろうかと。特に年老いてからのことを考えれば、悩みはつきないが、それでも、オスカーから、女王の両親だ、他の者には知られないようにだが、それなりに聖地側で対処するから心配はいらないと、そう伝えられていたことがせめてもの救いとなっていた。
「娘のこと、どうかよろしくお願いいたします」
 父親がオスカーに向かって頭を下げる。その様に、アンジェリークは首を捻ってオスカーを見上げた。
 それに「あとでな」とだけオスカーが軽く小さく答え、アンジェリークは惜しみながらも家を後にした。
 そして家からそれなりに離れた時点で、聖地へと向かいながら、オスカーに疑問を尋ねた。何故、父親は単なる中尉となっているオスカーにあのように告げたのかと。
「実は、バレてな、俺が炎の守護聖だってこと。いや、正確には、派遣軍の元帥だということが、だが。君の父親の勤め先は派遣軍総本部に属している病院だろう?」
「あ、そういえば確かに……」
 言われて、そうだった、とアンジェリークは思わず口元に手を当てた。
「だが、君の意向にそって、君は女王補佐官になることが決まったと伝えてある。女王には及ばないが、補佐官も大切な役目だからな。納得、してもらえた、と思う」
「そう、ですか……。そうですよね、お父さんの仕事を考えたら、オスカー様のこと、知っててもおかしくなかったんですよね」
 オスカーの答えに、アンジェリークは俯きながら応じた。それでも、オスカーの言葉を信じた。父親は、そして母親も、自分が女王ではなくその補佐官になると思ってくれていると。
 しかし実際のところは、父親はアンジェリークが次代の女王に選ばれたことに気付いているし、おそらく母親も、父親からそれを聞かされていることだろうとオスカーは思った。それでも彼らは娘の言葉を、その意思を思って黙って受け入れたのだと。
「……心残りは、ないか?」
「……ない、って言ったら嘘になります」オスカーの気遣うような問いかけに、アンジェリークはためらいがちながらも正直に答えた。「でも今の私にできるのは、立派な女王となって、両親の住むこの宇宙を守っていくことだと思うから。あ、もちろん、両親だけじゃありませんよ。両親を含めて、この宇宙に生きている人みんな、ってことですよ」
 そしてすぐに、自分の決意を伝えなおした。オスカーに誤解されたくはなかったから。
 そうして二人は、私的な意味で二人だけで過ごせるだろう最後の時間を大切にするように、ゆっくりと聖地へと戻っていった。



 聖地で宮殿のすぐ外まで出てきて、最初にアンジェリークを出迎えたのはロザリアだった。
 ロザリアはアンジェリークの姿を認めると、走り寄ってきて、その躰を抱きしめた。
「ちゃんと帰ってきたのね。それも思っていたより早かったけど、よかったの?」
 抱擁を解いて、ロザリアは問いかける。
「ええ、きちんと両親とも友達とも最後の挨拶を済ませることが出来たから、だから大丈夫。
 そしてロザリア、このチャンスを作ってくれたこと、ディア様に口添えしてくれたこと、本当に感謝してるわ」
「じゃあ、今日はゆっくり休んで、明日から即位式までの間、みっちりと女王となるための勉強ね」
「えーっ!」
 ロザリアの言葉に意地悪、とでも言うように不満を漏らすアンジェリークに、ロザリアは言葉を重ねた。
「女王になるって決めたんでしょ。だったら、きちんとしっかりした、歴史に残るような女王になってもらわなきゃね。ましてやこの私が補佐官になってあげるんだから。だから私がこれ以上ないくらいにみっちり教えてあげるわ」
 そしてロザリアが宣言したとおり、アンジェリークは翌日から女王としての心構えからはじまって、猛勉強と立ち居振る舞いを教え込まれた。途中、「意地悪、もう少し手加減してくれたっていいじゃない」「出来ない」「もうこれ以上は無理!」などと苦情を叫びながらも、それでも自分できめたことだからと、途中で投げ出すようなこともなく、アンジェリーク曰く、「ロザリアの鬼のしごき」に耐え抜き、その間に古い宇宙から新しい宇宙への移動、そして古い宇宙の封印も無事に終えて、きでけば、明日は即位式、という日になっていた。



 そしていよいよ即位式の日─────
 光と闇の守護聖二人に挟まれたアンジェリークが、女王としての宣言を行い、それによって、アンジェリークは第256代にして、新しい神鳥の宇宙の初代女王となった。
 そしてアンジェリークが女王となると同時に、女王補佐官となったロザリアは思った。
 アンジェリークの想いはオスカーに伝わったのだと。そしてオスカーもその想いを受けとり、そして返したのだと。
 アンジェリークのオスカーに対する想いの変化は── 相談されたりなどして── 聞かされていたこともあり、以前から知っていた。
 女王候補と守護聖という立場を考えれば、その想いを交わすのは、実らせるのは無理だろうと思っていた。ましてや相手は、自他共に認める聖地一のプレイボーイと呼ばれ、空いた時間にはいつも大勢の女性に囲まれているか、もしくは誰かを口説いているオスカーだったのだから。
 けれど、この即位式の様子を見て理解した。
 アンジェリークは女王として、彼女に仕えることになる守護聖一同を見回したが、その中で、オスカーに向ける視線だけが異なっていた。
 そしてまたそのオスカーも、アンジェリークを見つめるその瞳は、決して女王に仕える忠実な騎士、炎の守護聖にして王立派遣軍の総司令官たる元帥としての、執務にあたっている際の厳しさ、真剣さに満ちただけのものではなく、慈愛に、愛しさに満ちたものだった。
 それが理解できたから、ロザリアは思う。
 確かに女王と守護聖の恋愛など認められるものではない。それでも、いつかアンジェリークが女王という立場から解放され、その地位を次代の者に譲ることになった時、まだオスカーが守護聖としてこの聖地にあったなら、どうか二人の想いが叶うようにと。それ以前に、それまでに二人の互いを想う気持ちが変わらないことが前提ではあるが。
 これから女王としてこの新しい宇宙を導いていくことになるアンジェリークはきっと大変だろう。もちろん、自分も精一杯そんなアンジェリークを支えるつもりではあるが、オスカーもまた、彼女の心の支えになってくれることを願ってやまない。
 どうかいつか、二人に幸せな時が訪れんことを、とロザリアは願ってやまない。

── das Ende




【INDEX】 【BACK】